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すべて世は事も無し

作者: アマミネ

 営業を一筋に続けて五年がたつ。女のくせにとかよく言われるが、そんな風に言うなら自分たちもちゃんと契約を取ってくればいい。私は人様に後ろ指をさされるような営業の仕方はしたことはない。ちゃんと相手をリサーチしていく。自分の売りたいものが相手の欲しいものとは限らない。それでもそこを攻め込んで、欲しいものだと役に立つものだと思わせるのだ。そこらあたりがわかってないから駄目なんだ、お前たちは。

 あとは自分のペースに巻き込んで、落とすだけだ。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 この会社の営業の女性は私だけ。事務仕事のように机にかじりつくのは性に合わない。パソコンとにらめっこするよりも、外に出ているほうがはるかにいい。

 社会に出て五年もたてば後輩もできる。その中でも群を抜いて成績がいいのが難波だ。二十五歳と私より二つ年下。けれど、営業成績は私の上を行っている。しかも顔がイケメンで女性社員からはモテモテというマンガのような設定だ。


 だが残念ながらマンガのように私は難波に恋をすることはない。私はイケメンが好きではない。男は顔じゃない。


 男なら、筋肉で勝負だ!


 そう、肉だ肉。筋の肉だ。決して贅の肉ではない。半袖のシャツから覗く上腕二頭筋。肘のあたりの腕とう骨筋。さらに手首へとつながる美しい筋肉。そして厚い掌。


 うむ。そういう意味では難波と同期の末沼あたりはいい。褐色の肌に鍛えられた体。首の太さは圧巻だ。いわゆるゴリマッチョだな。マッチョがゴリでなくてどうする。細いマッチョなど私は認めない。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 会社の行事でバーベキューにきている。砂浜には私たち社員だけ。ここは社長のプライベートビーチだ。奇麗で、人も少なくて素晴らしい環境だ。ここでバーベキューができて、海に沈む夕日を眺められというのがこの会社にいる楽しみでもある。


「ほらほら、その荷物運んで」

 車からバーベキューセットを運び出す。お肉とジュースの入ったクーラーボックス。相当重いのに、末沼は軽々と運ぶ。

 うむ。力の入った三角筋と上腕二頭筋のふくらみ。いいですなあ。


「これも運んでいいですか?」

「おう。頼む」

 折り畳み式のベンチを示されて、私は難波に気軽に答えた。その周りに女性社員どもが群がっている。

「え~、こんなの持てない~」

「すごいね。難波君て。こんなに重いの持てるんだ」

 お前らの目は腐っているのか。凄いのは末沼だ。折り畳みベンチなんて私だって運べる。

「ほら、あんたたちも群がってないで運びな」

「え~!? やだぁ」

 やだぁ、じゃない! お前たちはお客さんじゃないんだぞ。ちゃっちゃと働け!

「営業成績がトップの奴は、やっぱり動ける女が好きなんじゃないか? ここで動いとけば点数稼げるかもよ」

 私がヒソッと放った言葉は絶大な効果があった。女性社員が動く動く。

 うむ。若いやつが働け。




 さあ、火をおこすぞ!

 私はこう見えて………あ、見えてないか。

 うむ。今更だが自己紹介。

 私の名前は山下喜伊子≪キイコ≫。年齢二十七歳。バリバリの営業社員だ。上から95・65・90を目指しているキュ・キュ・キュの女だ。ようするに横から見ると平たいわけだ。

 うむ。目指すことに意義があるのだよ。


 さて、気を取り直して火をおこそう!

 私はアウトドア大好き。バーベキューでは男性顔負けの火おこし術で羨望のまなざしをおくられる。

 軍手をはめてタオルを首に巻く。うちわを2枚用意して、火おこし開始。



 ぐふふふっ。いいぞ、いいぞ。燃え上がれ! すべてを焼き尽くしてやるのだ。

 必死にうちわをバタバタ煽いで空気を送り込む。小さな火種はすぐに大きくなった。炭を足してさらに火を広げてやる。


「よしっ!」

 一つのコンロに火が付いた。隣を見れば、同じようにうちわで種火に空気を送り込んでいる難波がいる。

「あ~、ダメダメ。それじゃ弱い。ちょっとどいて」

 必殺! うちわ二枚使い!

 左右のうちわをバタバタ煽ぐ。


 ぐふふふっ。いいぞ、いいぞ。燃え上がれ! すべてを焼き尽くしてやるのだ。


 え? 二回も言わなくていい?

 だって、このセリフってラスボスみたいでカッコいいでしょ? 自分でも気に入ってるんだけどなあ。


 火はあっという間についた。炭を足してコンロに広げていく。網を乗っけて完成。


「山下先輩って、本当に凄いですよね。何でもできて。惚れそうです」

「だろ? 苦しゅうない。崇め奉れ」

「ははあ」

 難波が私に向けて頭を恭しく下げる。私はその姿に噴き出した。難波も顔を上げて爆笑している。



 コンロに火がついて乾杯の声が上がればもう無礼講だ。それぞれが皿を手に思い思いの肉や野菜を口に運んでいく。おにぎりを女性社員が握ってきたらしく、それを豪快に手掴みで食う奴もいる。

 こういう雰囲気がいいんだよね、バーベキューって。


 私はというと、トングで肉をどんどん焼いていく。髪が煙臭くなろうが、服に臭いが染み付こうが私は肉焼き係。こういうことをするから世話好きとか姐御あねごと言われたりするんだろうな。煙が目にしみようが、それでも肉を焼き続ける。総勢四十人もいればどれだけ焼いても追いつかない。焼くそばからなくなっていく。


「代わります」

 首にタオルを巻いた末沼がトングを手にやってきた。私の横に並ぶと見上げるほどでかい。私の身長は百五十八センチ。高くもないが低くもない。そのさらに二十センチほど上に末沼の頭がある。私は末沼を見上げて笑みを浮かべた。

「いいよ。末沼もガッツリ食え。遠慮してるとなくなるぞ」

「でも、先輩、全然食べてないでしょう?」

 お、よく見ているなコイツ。こういう周りをしっかり見ている奴は後々急成長する場合がある。そのうち難波を抜くくらいの営業成績になるかもな。


「じゃあ、食べさせて」

 ちょっとだけ甘えてみた。末沼の目が少しだけ見開く。慌ててトングを置いて皿とお箸を持ってきた。

「お、俺の箸ですけど」

「私がそんなこと気にすると思う? あ~ん」

 大きく口を開けて肉を待つ。親鳥のように末沼が私の口に肉を入れてくれた。


「あっつ!」

 焼きたての肉は熱々だった。口の中でハフハフ言わせながら、時間をかけて飲み下す。舌が火傷しそうだ。

「私は猫舌だ。次はふーふーしてから頼む」

 一口食べると、今更のようにお腹がすいてきた。末沼に肉をさらに要求する。

「あ、はい!」

 末沼が肉を取り上げて、ふーふー息を吹きかける。

 うむ。そういった表情もなかなか可愛いではないか。イケメンとはとても言えないが、愛嬌があってよろしい。


 口を開けて待っていた私に、先ほどと同じようにかいがいしく箸を口元に持ってきてくれる。次はウィンナーを所望しよう。


「あの、俺代わります」

 声をかけられて反対側を見ると、難波が箸とお皿を私に差し出してきた。

「あ? いいよ。難波も遠慮なく食え。ほら、この肉焼けたぞ」

 トングで肉を取って難波の皿に入れてやる。するとそのトングを奪われた。代わりに箸とお皿を押し付けられる。落とさないように慌てて受け取った。意外に強引だな難波は。


「じゃあ、少しだけ代わってくれ。ちょっと食べたらまた代わるから」

 難波が私の言葉に目を細める。私はコンロの前から離れた。


「お~い、そこの女性社員。難波に肉を食わせてやってくれ」

 おしゃべりに夢中になっていた女性社員に声をかける。難波は色男だから、左右から肉をもらえるだろう。これで難波も食いっぱぐれることはないはずだ。


 うむ。バーベキューとは皆で楽しまなければならない。誰か一人が食えないような状況は絶対にしてはいけないのだ。


「先輩、何飲みます?」

 末沼に言われて私は喉の渇きを覚えた。そういえば水分摂取も怠っていたな。クーラーボックスにはまだたっぷりのビール缶とジュースが氷水の中に浮かんでいる。

 明日は日曜で会社は休み。となれば選ぶのはもちろん。


「ビール!」


 水分摂取にはもちろんならないが、この喉越しがたまらない。


 おっと、お酒は二十歳になってからだぞ。二十歳未満のものはノンアルコールかジュースを飲むように。あと、運転手も!

 私も車は持っているが、今日は同乗させてもらったから飲んでもいいのだ。運転手には悪いけど、こういうところは遠慮しない。最近のノンアルコールビールは馬鹿に出来ないほど旨いからね。


「は~、生き返る!」

 ビールをごくごく飲んでプハッと一息つく。この苦味と喉越しがビールの魅力だ。

「その言葉。おっさんじゃないですか」

「あれ、知らなかった? 私の性別は日によって変わるのだよ。今日はおっさん日」

 言葉に末沼は笑った。


「さて、肉を食うか。難波とも代わってやらんといかんしな」

 振り向くとコンロの前でトングを握る難波の周りからは女性社員がいなくなっている。風向きが悪くて難波はもろに煙を受けていた。女性社員は早々に退散したらしい。


 難波は首にタオルも巻いていない。あれじゃ煙で呼吸もしにくいだろう。馬鹿たれが。


 テーブルに皿とお箸をおいて難波の後ろに回り込んだ。

「代わる! 退け」

 タオルを顔に巻いて臨戦態勢をとりながら難波に声をかけた。

「いや、いいです。俺、大丈夫ですから」

 ゴホゴホせき込みながら、目もウルウルさせていう言葉か。馬鹿者が。

「見てるこっちが辛い。お前はあっちで肉でも食ってろ」

 無理矢理トングを奪う。奪った途端にまた奪われた。意外に強情だな。


「お前、先輩の言うことが聞けないのか?」

「今日は無礼講です。関係ありません」

 おっと、言うねえ。


「いいから代われ。一酸化炭素中毒で死んだら、私の寝覚めが悪い」

 トングを奪う。

「密室じゃないから死にません」

 トングが奪われる。

「密室じゃなくても死ぬ場合があるんだぞ」

 トングを奪う。

「鍛えてますから、大丈夫です」

 トングを奪われる。

「鍛えてるのか。そうか、やるな」

 トングを奪う。


 ふと見ると、網の上の肉が一部黒くなっている。

「あー! 馬鹿者。肉がもったいない。末沼!」

 私は近くにいた末沼を呼んだ。末沼が持ってきた皿にてんこ盛りに肉を乗せる。

「ほら、二人で食え」


「いやいやいやいや」

「男二人で皿をつつくのはちょっと……」

 二人が顔を見合わせる。その顔が面白くて、私は思わず噴き出した。


 周りを見ると、ほとんどの者が食べ終わって食休みに入っている。もう付きっきりで肉を焼く必要はなさそうだ。


「じゃあ、私が食べる」

 皿を末沼から受け取って、私は適当に砂浜の上に座り込んだ。別にレジャーシートの上じゃないと座れないわけじゃない。自分が煙臭いのは知っているから、人から離れて座った。

 その両側に末沼と難波が座る。


「なんだよ、お前ら。狭くなるからあっち行け。特に難波。お前がいると女性社員の目が痛い」

「俺も肉食べたいです」

「俺も」

 難波と末沼が自分の箸を私の皿の肉に伸ばした。さっきは一緒の皿をつつくのは嫌だとか言っといて、この状態はどうなんだ。


「子供か、お前らは」

 それでも苦笑して私は二人の行為を許した。

 三人で食べると肉はあっという間になくなった。また焼いて、座って食べる。やはり二人は私の横に座り込んできた。



「お前らさ、女いないのか?」

「はあ?」

 肉を食べながら、ふと思いついて二人に聞いてみた。二人同時に同じ言葉が返ってくる。正直にその反応は腹立つな。

「あそこに綺麗なお姉さんがたくさんいる。女がいないならあの中から選ぶってのはどうだ? あの中で言うなら、中野はいい乳をしている。あれは揉みがいがあるぞ」

「それってセクハラじゃないですか」

「揉んでないからいいんだ。見てるだけだ」

 私は肉を口に運んだその箸で、女性社員を指し示す。

「小林はケツがいい。プリッとしてて触りがいがある。あと、増田の体の曲線はそそるぞぉ」


「先輩は今日、おっさん日でしたね。女性を見る視点が男性そのものですね」

「おうよ。今日の私は男目線なのだ」

 私は自慢げにない胸を張ってみた。

「知ってるか?」

 言って私は二人に自分の指を見せた。


「人差し指と薬指のどっちがより長いかで、思考が男よりか女よりかわかるんだってさ。私は見たとおり両方とも圧倒的に薬指が長い。だから考え方が男よりなんだ」

 以前にテレビでやっていた話だ。その時は自分の指を見て少し落ち込んだものだが、こういう時のネタにはちょうどいい。



「お前らは、まあ当然薬指か」

 何だつまらん。どっちかが人差し指が長ければ思い切りおちょくってやったのに。それにしても。


「難波って意外と筋肉あるんだな」

 左側にある難波の腕の筋肉を見つめて私は感心して口にした。鍛えているというだけあって、細い中にもしっかりと筋肉がついている。よく見ればTシャツの胸の下側には影ができている。大胸筋をしっかりと鍛えている証拠だ。

「まあ、末沼ほどじゃないけどな」

 私は反対側の末沼のTシャツを眺めた。こちらも胸の下にくっきりと影ができていた。

 うむ。いい影だ。


「鍛えている奴はカッコいい。そのままの筋肉を維持するように」

「先輩は筋肉質な男が好きなんですか?」

「違う。私は筋肉が好きなんだ。男でも女でも鍛えている者は美しい」

 難波の言葉に私はそう答えた。


 私も鍛えている。けれど、体質なのか腕の筋肉ははっきりと出てこない。腹は結構割れているんだけどね。美しいとほれぼれするほどの筋肉を私は手に入れることができないのだ。だから人に求めてしまう。



「あの、先輩は彼氏いないんですか?」

「はあ?」

 難波に問われて私は先程の二人と同じ反応を返した。


「いないんですか?」

 末沼にも聞かれて私は肩をすくめた。

「いるよ」


「ええっ!」

「嘘!」

 おいおい、失礼な反応だな。私に彼氏がいちゃいけないのか。もっとも、彼氏といっても人間じゃない。

「私の彼氏は人体模型のスグル君だ」

「人形じゃないですか!」

「いやいや、あの筋肉質なスグル君を馬鹿にしてはいけない。鍛えた三角筋に大胸筋。背中の僧帽筋なんかはなかなかに美しい。あと意外に素敵なのが大殿筋だ」

 いわゆるお尻の筋肉だ。


「今のところ私の旦那様候補だな」

「いやいや、人形と結婚って」

 呆れたような声で末沼が息を吐く。


「はいっ!」

 突然、難波が右手を上げた。なんだ、質問か?

「なんだね、難波君」

「立候補します」

 私は言葉に眉根を寄せた。誰も何も決めようとしてないぞ。クラス委員にでもなるつもりか?


「彼氏に立候補します」


 瞬き一つ。

「末沼のか?」

「なんでそうなるんですか!? 先輩のですよ、山下先輩の彼氏に立候補します!」

「お前っ! 抜け駆けはなしだろうが」

 叫んで末沼が同じように右手を上げる。

「俺も立候補させてください」



 こういう時って、女性ってのはトキメクものなのか? なんというか、告白には雰囲気ってものが必要不可欠じゃないのか。肉をつついてビールを飲みながら勢いで告白ってどうなんだ。

 しかも私は今日、おっさん日なのだ。トキメク胸は家に置いてきた。



「あ~、悪い。今のところスグル君で手いっぱいなんだ」

 私の答えに二人は愕然とし、それから二人して海に向かって走って行った。


 夕焼けの海に向かってバカヤローと叫ぶ二人の姿は、なかなかに見ものだった。背中の僧帽筋、二人ともTシャツの上からいい影を落としているね。




 うむ。すべて世は事も無し。

 まあ、二人がいつかスグル君の美しい筋肉を超えたら、考えてやるか。それまで二人が私を好いていてくれればの話だが。





なんとなく書きたくなって、書き上げました。


面白いと思っていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「私は猫舌だ。次はふーふーしてから頼む」 ……言うじゃないですかあああ!! もう!! 年下侍らせて、もう!! キャラクター性が良く出てますね。 [一言] 私は難波派ですね。細マッチョ希望。…
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