そして冬は終わる 【挿絵あり】
「先生……五嶋先生ってば」
肩を揺すられて目を覚ますと、そこは自分の教官室で、目の前に諏訪の顔があった。
「こんなとこで寝てたら風邪引きますよ。もうお帰りになったらどうですか」
いつの間にかソファの上で居眠りしていたらしい。
夢まで見ていた──しかもあんな夢とは。五嶋は一人苦笑した。
「降ってきましたね……」
諏訪は嘆息しながら、持ってきた書類を机に置いた。窓の外を見ると、確かに宵闇に白く淡い雪が舞っている。
明日、諏訪にやらせるか──書類を見なかったことにして、五嶋は立ち上がりロッカーからコートを出した。
「確か車検中で歩きでしたよね? 僕の車で送りましょうか?」
「いいよ。雪に打たれて帰るのもまたオツなもんだ」
軽く噴き出す諏訪とともに部屋を出た。
「もうすぐ四月だって言うのに、また冬に逆戻りですね」
鍵をかけていると、後ろで諏訪がそう言った。廊下から見える中庭の雪は融けかけて、その下の地面も見え始めていたのに、降り出した雪は薄汚れた世界をまた白く塗り直している。
「ちゃんと冬は終わるよ。四月には、新学期の頃にはすっかり融けてるさ」
以前諏訪に同じようなことを言われた気がする。本人にそれを言うことになるとは、巡り合わせとはかくも奇妙なものだ。
「着任してから、もう一年経ったのか……早いなぁ」
「四年生はまた忙しくなるぞ。よろしく頼むよ、副担任の諏訪先生」
少しおどけて言うと、諏訪もまた笑って応えた。
「お疲れ様です」
そう言って彼は隣の教官室に帰って行った。
諏訪が、そして彼女がこの学校を卒業した三月から、既に九年が経っている。
外に出ると、融けかけてグサグサになっていた根雪は舞い戻ってきた寒さで固まり、歩きづらいことこの上ない惨状になっていた。
やはり諏訪に送ってもらえばよかったか──そう思いながら今更戻るのも面倒で、仕方なく歩みを進めた。
気づくと、校門の前に一台のワンボックスカーが止まっている。近づくと、運転席から女が長い黒髪を翻して降りてきた。
「ちょっと、そこのオッサン。良かったら乗ってかない?」
人を小ばかにした笑みと物言いは、何年経っても変わることがない。
「わざわざ待ってたのか」
「買い物帰り。そろそろ帰ってくる頃かなって思って、張ってたの」
そう言うと、しのぶはニヤリと笑って見せた。
「父ちゃん! 早く帰ろうよ!」
後部座席の窓が開いて、小憎らしい一人息子が顔を出した。日に日に自分に似てくる気がする……
ふと空を見上げると、いつしか雪は止み、雲の隙間に星が瞬いていた。明日からは晴れて、暖かな陽気が戻ってくるらしい。一週間も続けば、この雪もかなり融けるだろう。
助手席に乗り込むと、運転席に座ったしのぶは五嶋の顔を見て幸せそうに微笑んだ。
さっき見た夢と変わらない、暖かな笑顔──
春はもう、すぐそこまで来ている。
この3月は、「こうせん!」3年生編エピローグ後の3月につながります。
初稿を書き上げたのが……うわ、7年前(汗
当時は習作のつもりで、原稿用紙100枚以内という縛りをつけて書いていました。
その作品を、同人誌用に改稿・加筆し、そこからまた多少改稿してこちらに連載させていただきました。
この作品は自作の中でも1,2を争うほどに大好きな作品です。
これを書いていた当時は、自分の中にオッサンが住んでいましたw
そのくらい、五嶋先生に入り込んで書いていたので、五嶋先生は自作の中で一番好きなキャラです。
世界観と大雑把なキャラだけ決めていた「こうせん!」の世界の中で、愛がほとばしってwこのスピンオフを一番最初に書き上げたというヘンな順番になってしまいました。
「こうせん!」連載開始後はネタバレになってしまうということで、外に出せなくなってしまったこの「冬が終わるまで」ですが、こうやって皆様の前にお出しできたこと、本当にうれしく思っています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本編「こうせん!」未読の方は、ぜひこちらにもいらしてくださいませ。
http://ncode.syosetu.com/n8942bk/