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冬が終わるまで  作者: なつる
一月、そして二月
14/17

「……よく降るなぁ」

 諏訪が帰り支度を始めていると、不意に五嶋が言った。まだ窓の外を見ている。

 朝からずっと降り続く雪は銀世界をさらに白くし、まるで化粧直しをするかのようだ。今日だけでかなり積もっただろう。


「このまま冬が終わらなかったら……どうなるんだろうな」

 五嶋らしくない言葉だ、と思った。

「そんなことありませんよ。三月になったらちゃんと雪が解けて、春は来るんですから」


「このまま春が来なかったら……」

「え?」


 思わず聞き返すと、こちらを見る五嶋の目はわずかに見開かれていた。

 自分でもらしくないとわかったのだろうか、明らかな照れ隠しの笑みを浮かべて、またそっぽを向く。


「お前ら一生卒業できないな」

「やめてくださいよ。卒業させてください」

「何ならここでずっとオレの秘書やってくれてもいいよ」

「イヤですよ」

 諏訪は苦笑いを浮かべながら、バッグを肩にかけた。少し早いが、今日の秘書業は終了である。

「結城とデートか?」

「家庭教師のバイトですよ。春賀ならしのぶさんと遊びに行きましたよ」

「そうか」


 驚くほどそっけない返事をして、五嶋は持っていた本に視線を逸らした。

 しのぶの名前を出した途端に、態度が豹変した気がする。その横顔は、諏訪には無表情を装っているように見えた。

 五嶋の奇怪な振る舞いに、諏訪はどうしても疑問をぶつけられずにはいられなくなった。


「先生……本当はしのぶさんと何かあったんじゃないですか?」


 言ってから「しまった」と思ったが、時既に遅し。一瞬間を置いて、五嶋は無表情のままの顔を向けてきた。


「あったとしたら……どうする? お前もオレを責めるのか?」


 曖昧な答えだ。逆に問い返してきた五嶋の妙な迫力に、思わずたじろいでしまった。

「いや、そうじゃないですけど……」

「じゃあなんだ?」

 五嶋はこちらをせせら笑うかのように頬を歪める。諏訪はショックを隠しながらも意を決して答えた。


「しのぶさんは、僕や春賀の大切な友達です。先生が悪い人じゃないのはよくわかってますが……しのぶさんを傷つけるようなことはしてほしくない、って思っただけです」


 言うだけ言って一息つく。五嶋は意外そうな顔で諏訪を見つめていたが、深いため息をつくと口を開いた。


「お前ってさ、オレよりも教師に向いてるのかもね」

「え?」

「まあ安心しろ。あいつの将来を台無しにするようなことはないから」


 五嶋は頭をかいて笑ったが、諏訪は笑える気分ではなかった。

「ん? この答えじゃ不満か?」

 顔に不満が表れていたのだろうか。だが諏訪は首を横に振った。

「いえ……それならいいんです」


 いや、よくない。

 五嶋の答えにある程度は納得しているものの、本当に聞きたかった答えはそうじゃない──かといって、期待していた答えが何なのか、自分でもはっきりとはわからない。そんなもどかしさが諏訪の心を苛立たせる。

 だがこれ以上、この男を問い詰めることは至難の業だ。諏訪はあきらめて帰ることにした。


「お先に失礼します」

「おう。気をつけてな」

 五嶋は何事もなかったかのように立ち上がり、本棚に向かっていた。ドアを開け部屋を出ようとして、もう一度五嶋を見た諏訪は息を呑んだ。

 薄暗い部屋の中で一人、窓の外の雪空を見つめる男のシルエット。

 その背中が泣いている──なんて思ってしまった自分も相当にらしくない。





 一月はあっという間に行き、「逃げる」二月に入った。

 五年生は卒業を目前に控え、最後の試験を迎える。ここで落ちたら春からの新生活も立ち消え、恥をかくことこの上ない。五年間ずっとトップを守り続けた諏訪にとっては、全く関係ないが。

 テスト最終日。今日が終われば明日からは春休み、次に皆と会うときは卒業式だ。

 朝のホームルームで、教壇に立った五嶋は全員の顔を見渡した。


「今日で最後だからな、気ィ抜くなよ。それと、明日から春休みだからってハメ外し過ぎたら、最悪内定取り消しになるからな。遊ぶのも程々にしとけ」


 級友たちは気のない返事をする。

 五嶋も級友たちも、何一つ変わらないいつもの朝の風景。五年間付き合ってきたこの顔ぶれとも、今日と、あとは卒業の日にしか会えないというのに、感慨もへったくれもない皆の様子にはもはや苦笑するしかない。


 諏訪はふと、三つ隣のしのぶを見た。

 今日も窓際の席で外を眺めている。最近の五嶋にそっくりだ。その横顔が心なしかやつれているように見えたのは、気のせいだろうか?

 あれから結局、五嶋としのぶ、それぞれの問題にそれ以上の進展は何もなかった。五嶋にも、そしてしのぶにも、直接話を聞くことはついにできなかった。


 取り越し苦労に終わったのなら、それでいい……のだけれど。

 胸の内のモヤモヤは未だおさまらない。全く接点を持たなくなった二人を見ていると、もどかしささえ感じてしまう。所詮は他人事、それもどこにも確信のない間柄だ。それなのに、どうしてこんなにも気になってしまうのだろう。

 だが諏訪がどうあがこうと、高専生活は今日で終わる。何事もなく終われば、きっとそれでいいのだ。もはや自分が口を出す隙も暇もない。諏訪は自分にそう言い聞かせることにした。


 ホームルームが終わり、テストが始まる時間になって諏訪は頭を切り替えた。

 そのまま、高専生活最後の日は何事もなく終わるはずだった。テストが終われば退寮の準備をはじめ、早めの春休みを平穏に過ごして三月の卒業式を迎えるはずだったのだ。

 そんな諏訪の思惑を一気に覆したのは、テスト終了後に呼び止められた、思いつめたような春賀の衝撃の告白だった。


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