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冬が終わるまで  作者: なつる
十二月
12/17

 眩しい朝の光に叩き起こされて五嶋が目を開けると、横に寝ていたはずのしのぶの姿はなく、消えかかったぬくもりだけが残されていた。

 身体を起こしてむき出しになった肌に、冷え切った部屋の空気が沁みる。

 部屋の中を見渡しても、彼女の影も形も見つけられない。殺風景な部屋がただ広がるだけだ。


 あれは夢だったんだろうか──なんて思えるほど、ロマンチストでもオプチミストでもない。あれが夢なら、自分のこの体たらくはなんだ?

 しのぶが出て行ったのさえわからないくらいに、深く眠っていたらしい。未だ身体に残る心地よい疲れが、それをはっきりと教えてくれる。

 寒さに震えてもう一度布団に潜り込むと、枕元に置いてあった一枚の紙切れが目に止まった。ベッドに横たわり、その紙を天にかざす。


『ありがとう。先に帰るね』


 流麗なしのぶの字。

 大きく息を吸い込むと、微かに香る彼女の匂いに胸がズキンと痛む。

 ため息をついて痛みを逃がし、眩しい朝日を遮るように腕で目を覆った。


「ありがとう……か」

 呟きは一人残された部屋に木霊して消える。

 目を閉じた暗闇に浮かぶ、しのぶの顔──

「後悔するのはオレのほうだったな」


 しのぶの気持ちには気づいていたはずだ。

 気づいていながら──なぜしのぶを抱いてしまったのか。

 彼女の口車に乗せられて? いや、ちがう。

 自ら乗ったのだ。しのぶの挑発を「口実」にして。

 自分の気持ちを確かめるために……いや、それでさえも気づいていたはずなのに。


 いつしか彼女を想っていた。

 朗らかな笑顔に、皮肉たっぷりな冷笑に、騙されて怒る顔に、瞳から零れ落ちる大粒の涙に──そして時折見せた、柔らかな春の陽のような微笑に、その全てに心奪われている自分がいた。

 その想いは少しずつ、それは音もなく深々と降る雪のように、いつしかこの胸に降り積もっていたのだ。

 罪悪感はさらさらない──と言えば嘘になる。超えてはならない「一線」に怖気づいていたわけではないが、歳の離れたしのぶに好意を抱いている自分に気がついて、恥ずかしさにも似た罪の意識を抱いたことは確かだ。


 そして今、罪は本物になった。

 しのぶが自分を愛しているとわかっていたのなら、彼女を突き放すべきだった。

『ありがとう』

 礼を言われるようなことは何一つしていないのに……

 情けではない。この想いは親切でも思いやりでもないのだ。

 あの時、しのぶに言った「後悔するぞ」という言葉は、本当は自分自身に向けられたものだった。

 その答えを彼女に託してしまった。彼女のせいにしてしまった。

 ほんの少しの罪悪感が、一線で踏み止まることも、素直に想いを伝えることさえも不可能にしてしまったのだ。


 五嶋はもう一度、大きなため息をついた。

 空っぽになった胸を満たすのは、深い後悔のみ。

 カーテンをわずかに開けて見えた空は青く、降り積もった雪が光を反射して忌々しいほどに眩しい。

 この雪が解けて春になれば──しのぶは学校を卒業して遠い地に旅立つ。


『私は三月になったら卒業して、ここからいなくなっちゃうのよ』


 しのぶの言う通りだ。

 卒業まであとわずか。

 そんな残り少ない時間で、自分に何が出来る? 彼女に何を残せる?

 引き止めてまでしのぶを幸せに出来るだけの力が、自分にあると言うのか?


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