2 (R15注意)
「結構食ったなぁ」
今日はしのぶのオゴリだという。先日実家まで送ってもらった礼だというのだ。
その料理も残り少なくなり、残り物をつまみながら二人でビールをチビチビと飲んでいる。既に二十三時を過ぎた。しのぶもさすがに飲み疲れたようでペースがグンと落ち、会話も途切れるようになってきた。
「なんだ? ニヤニヤして……」
口数が減った代わりに、しのぶはニコニコした笑顔で五嶋をじっと見つめている。深酔いしてるようには見えないが、その瞳が夜という魔の時間を反映して、妖しく光っているようでもある。
「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか」
「えー? 夜はまだ始まったばかりでしょ」
「ここで飲み明かすつもりかよ」
「……それもいいかもね」
しのぶは缶ビールの残りを飲み干して、息をついた。
「お前、飲みすぎだろ。送ってってやるから、帰って寝ろ」
「えーやだー」
「冬休み初日から、二日酔いで過ごす気か?」
そう言って、五嶋は気づいた。
「冬休みと言えばお前……正月はどうするつもりだ?」
「どーしよっかなー……実家に帰ってもしょうがないしねー」
しのぶは何か思いついたようにニヤリと笑った。
「……先生、おせち料理一緒に食べてくれる?」
しのぶは冗談めかしていたが、五嶋は彼女の切れ長の瞳をまっすぐに見て、微笑んだ。
「またオゴってくれるならな」
意表を突かれたように、しのぶはビックリして目を丸くする。
それから彼女もまた微笑を浮かべて、五嶋の目をまっすぐに見つめ返した。
「……先生って、やっぱり優しいね」
五嶋はその視線から逃れるように、横を向いてビールをあおった。
「ホメたって何も出やしないぞ」
テーブルの向こう側に座っていたしのぶが、四つん這いでゆっくりと忍び寄ってきた。その姿は、長い尻尾をピンと立ててすまして歩く猫にも見える。
しのぶは五嶋のすぐ横に腰を下ろすと、通った鼻筋を五嶋の横っ面に近づけた。
「ね、先生……セックスしようか」
香水の甘い香りが鼻をくすぐる。
五嶋は表情一つ変えずに答えた。
「お前……やっぱり酔ってるな」
「酔ってないよ。アレぐらいの酒で酔うほどヤワじゃないの」
「じゃ、オレをからかおうって魂胆か」
「ひねくれてるなぁ、もう」
そう言うと、しのぶは突然五嶋の唇を塞いだ。
柔らかい唇の感触を楽しむ間もなく、生温かい舌が口の中に滑り込んでくる。されるがままにしのぶに任せていると、床の上に身体を押し倒された。
しのぶは五嶋の上に馬乗りになって、それでも唇は塞いだまま離そうとしない。
口の中で舌を絡め取り、拒否の言葉まで奪い去るかのようだ。
「……女に押し倒されるのは趣味じゃないんだがな」
唇がようやく離れて、負け惜しみのようにそう言うと、しのぶは濡れた唇を満足げに歪めた。
「いいじゃない、たまには」
「満足したんなら、そこどいてくれ。重いぞ」
「まだ満足してないんだけど」
しのぶは五嶋のワイシャツのボタンに手をかけた。
「……女に脱がされるのも趣味じゃないんだけどな。一体何が目的なんだ?」
「純然たる性欲」
屈託のない笑みを浮かべて、彼女はそう言い放った。
「単にヤリたいだけだって言うのか?」
「そう。女だってヤリたくてしょうがない時はあるの」
しのぶはボタンを外す手を止めて、五嶋の頬をそっと撫でた。
「一回ヤッたからって、恋人ヅラするわけじゃないから安心してよ。今夜一度きり」
「逆にオレがお前にイレ込んじまう可能性は考えないのか?」
そう言うと、しのぶはどこか寂しげに笑って見せた。
「……私は三月になったら卒業して、ここからいなくなっちゃうのよ。だからさ、今夜一度きりのいい思い出にしようよ。後腐れは一切なしってことで」
「ずいぶんと都合のいい話だな」
「でも、先生にとっては悪い話じゃないでしょ?」
「そうは言ってもなぁ……」
煮え切らない五嶋に、しのぶは意地の悪い笑みを浮かべた。
「まさか……教師と学生って関係に尻込みしてんじゃないでしょうねぇ? 怖いもの無しの五嶋先生がそんなことでビビってるわけ──ないよねぇ?」
こんな言い方をされては、退路が断たれたも同然だ。しのぶの作戦勝ち、前に進むしかなくなる。
五嶋は腕を伸ばして、しのぶの顔を引き寄せた。
今度は自らの意思で、軽くキスする。
「……後悔するぞ?」
五嶋の問いに、驚くほど澄んだ瞳で、しのぶは言い切った。
「後悔なんて……しないわよ。先生だから……」
彼女の瞳に映る自分の姿が、次第に揺れ始める。
腕を引いて転がるように上下を逆転させると、乱暴に口付けして、しのぶの瞳の中から逃げ出した。