WP任務録
ワールドポリス。通称WP。
読んで字のごとく、世界を股にかけて活躍する警察組織だ。隊員たちは日夜訓練を重ね、悪と戦っている……と言えば聞こえはいいが、まあ普通に警察としての仕事をしているだけ。
でも世の中は高度科学技術化の時代。車を超改造して空でまでも迷惑運転する輩が現れ、電脳関係の事件は昔よりも格段に多くなっている。そんな犯罪者に対抗するために、警察側も新たな『力』を得るべく、研究や実験を行っていた。
その結果僕が生まれたのは、幸か不幸か。少なくとも、WPのお偉いさんからしてみれば、この上ない喜びだったのだろうけど。
***
「おらぁっ、待てっつってんだろーがーっ!!」
犯人を追い詰めるために開発された超高速移動靴を履き、銃を構え、暴言を吐きながら高速道路を疾走しているのは、僕の同僚。若くして刑事課のエース、しかも容姿も可憐な少女、諸星舞羽だ。……重要なことなのでもう一度言っておく。『容姿も可憐な』『少女』だ。
「……舞羽、女の子がそんな乱暴な言葉使うものじゃないよ」
「うるせえ邪魔すんな。これが俺の素なんだからいいんだよ」
台詞だけだとどこからどう見ても男の子なんだけど。
僕たち刑事課――と言っても僕と舞羽の二人だけだけど――は現在、高速道路を車で逃亡中の窃盗犯を追っている。しかも逃走の為に使われているのは改造車のようで、恐らく時速300kmはゆうに出ているだろう。絶賛スピード違反中。それに追いつけるこの超高速移動靴の仕組みがどうなっているのか是非知りたいけど、僕は機械には疎いからさっぱりだ。
「おい、何ボーッとしてんだ、億人」
「え? ああ、ごめん。で、状況は?」
「警告無視。ま、ここで警告に従う方がどうかしてるだろうがな。前方100m先に目標確認。ただし当然のごとく防弾ガラスだから銃撃は不可能」
「……作戦は?」
「交通課に連絡取って、高速の出口をシャッターで封鎖してもらった。さすがにあの程度の武装ならシャッターまでは突破できないだろうからな。とりあえず、目下の目的は犯人を逃げ場のないところまで追い詰めること。その後は……まあ、察しろ」
「大変そうなことだけは察したよ……」
「はっ、弱音は聞かねえ。適当に死なない程度にボコって逮捕するぞ」
「……はーい」
高速道路の出口まであと100km。このスピードで考えたら、あと20分くらいで着くはずだ。そこから先は頑張れと。……ため息出てきた。
***
研究や開発の結果、WPの技術は飛躍的に進歩した。しかし、同時にそれを十二分に扱える人材も必要になってくる。そして、素でもある程度戦える人間が必要になってくるのだ。そのために、隊員を親に持つ子供たちは小さい頃から訓練を受けると聞いたことがある。そういう人たちがエリートというわけで、舞羽もその一人だそうだ。普段の言動からは、そんな様子全く見受けられないけど。
一方の僕は、訓練などを受けてきたわけではない。でも、エースの舞羽とコンビを組んで活動できているのには理由がある。
僕は人間じゃない。
僕は、WPの研究によって生まれた人形。所詮、偽者だ。
***
「捕まえた。もう逃げらんないぜ」
「くっ……」
ついに犯人を追い詰めることに成功した僕たちは、車を降りた犯人と向かい合っていた。車を降りたとはいえ、まさか無抵抗で捕まってくれるはずもないだろう。僕は腰に吊り下げた銃に手をかける。弾はこの任務が始まる前にきちんと装填しておいた。準備は万端だ。
「さあ、どうする? 大人しく自首するか?」
「……そ、そんなわけあるか!」
「言うと思った。なら実力行使の方向で、……いいよな? 億人」
「何でわざわざ僕に確認を取るのさ……」
舞羽は地を蹴り、50mはあっただろう犯人との間合いを一瞬で詰める。そのあまりの素早さに反応が遅れた相手は防御しようとするけど、それよりも早く舞羽の蹴りが腹に決まった。ドスッと重い音がして、犯人は吹っ飛ぶ。さすがの脚力。これ僕必要ないんじゃないかなあ、と心の隅で思うけど、口にしたら確実に舞羽に殺されるので黙っておく。僕の仕事は舞羽が自由に戦えるよう、環境を万全の状態にすることだ。僕はささっと辺りを見回す。障害になるようなものはなさそうだ。
「かはっ……このっ……」
「どうした、もう終わりか? 情けねえなあ、年下の女子にやられてボロボロになるとか」
女子だって自覚があるのなら、それに見合った行動をしてほしい。あとその挑発と黒い笑みはやめなさい。どう見ても悪役だ。
と、僕は完全に油断していた。
「これでも……喰らえっ!!」
「!!」
犯人がパチリと指を鳴らすと、僕たちの背後にあった車――逃亡に使われていた改造車から、カチリとスイッチが入る音がした。僕と舞羽は即座に後ろを振り返る。車はヴヴヴ……と鈍い音を響かせ、その一瞬後、僕たちに向かって光線を発射してきた。何てことはない、今までも何度も相手にしてきたことがある自動攻撃装置だ。不意をつかれたものの、僕と舞羽がそれを避けることは容易かった。
だけど、僕はひとつ忘れていた。
シャッターの封鎖のためにこの場にいた、交通課の人の存在を。
「――危ないっ!!」
「おい、億人!?」
舞羽の声が、どこか遠く聞こえた。
僕の足は反射的に動き、光線の軌道の先にいる、交通課の女性隊員に向かって走っていた。大体150m。光線が彼女に当たるまであと約7秒。
大丈夫、僕ならいける。彼女を救うだけの力は僕にもある。いや、正確には『僕』というよりも『俺』なのかもしれないけど。
光線が当たる直前、僕は恐怖で固まってしまっていた女性隊員の上に被さるように倒れ込んだ。同時に、右腕が燃えるように熱くなった。多分、光線が掠ったんだろう。
ああ、駄目だ。この、右腕は。
***
人形遣い。そう呼ばれる人が、いや、そういう能力を持った人が現れた。自らの体の一部を素材として、自分のコピーを作り出す能力。植物の株分けや挿し木と似たような感じだと言えば、分かってもらえるだろうか。同時に高い治癒能力も持ち合わせていて、複雑骨折くらいなら10秒もあれば治るという話を聞いたことがある。
新蘭那由他も、その一人だった。舞羽の幼馴染みで一緒に訓練しながら成長した彼は、ある日WPの研究部にその力を見出だされ、研究に協力することになった。そしてその実験で生まれた最初の被検体が、僕だった。僕を生み出すときに、那由他が払った代償は彼の右腕。
つまり僕は、WPで任務をこなすためだけに作られた、人間の模倣品にすぎない。
***
「馬っ鹿じゃねえの」
舞羽が500mlペットボトルのサイダーを一気に喉に流し込む。炭酸ばっかり飲むのは良くないよ、うるせえ馬鹿。そんな会話をしてから、舞羽は黙り込んだ。まずい、これは相当怒っている。いつもの口の悪さに磨きがかかっているような気がする。
僕の右腕には、真っ白な包帯が巻かれていた。それなりに日焼けした肌とのコントラストが眩しい。
「考えなしに行動すんな。無事だったからよかったようなものの」
「でも、あの人は」
「あいつだって交通課の一員だろ。あんな自動攻撃装置、避けられて当然だ。むしろ刑事課の俺たちよりも、改造車の扱いには長けているはずだからな」
「うう……」
「そもそも、俺が最初に犯人と戦い出した時点で、事実上部外者である交通課の奴らを逃がさなかったのが問題だ。俺のパートナーなら、そのくらいは考えて行動しろ」
「……はい」
冷静に僕を責める舞羽。その感情の感じられない声が僕に突き刺さる。
「もし死んだら、どうするつもりだったんだ」
「……別にいいんじゃないかな」
「はぁ?」
「僕は人形だし、代わりはいくらでもいるし」
「お前、本気で言ってんのか!?」
一転、舞羽の声に明らかに怒りの色が混じる。
「僕は、人間じゃないよ」
「お前は人間だろ」
「……え?」
「意志がある。感情がある。過去がある。そして自分がある。そのお前の、どの辺が人間じゃないんだ?」
「でも、僕は」
「那由他はお前みたいな甘ちゃんじゃないし、お前は那由他みたいな頭いいだけの運動音痴でもない。
俺のパートナーは、新蘭那由他じゃない。新蘭億人だ」
――『検体OQ-10……ならお前の名前は「億人」だな』
――『俺はお前だ。だけど、お前は「那由他」である前に「億人」でいろ』
彼の、那由他の声が甦る。そうだ、僕が生まれて最初に与えられた任務。那由他である前に億人であること。すっかり忘れていた。
「……舞羽はさ」
「あ?」
「僕と那由他、どちらかをパートナーに選ぶとしたら……どうする?」
舞羽は目を丸くして僕を見る。そして、当然のように言った。
「何言ってんだ。さっきも言ったろ。俺のパートナーは億人だ」
ああ、その言葉だけで十分かもしれない。
「…………まあ、さ」
「どうしたの?」
「さっきの行動。軽率だけど、お前らしくていいんじゃないか……って」
舞羽はそっぽを向いてそう言った。耳まで少し赤くなっているのが分かる。何だっけ、こういう人を表現するのにピッタリな言葉があったはずだけど……あ、そうだ。
「舞羽って……ツンデレ?」
「はあっ!? 何言ってんだ殴るぞ!」
「ごめん舞羽に殴られたらタダじゃ済まない!」
でも僕も、パートナーが舞羽でよかったと思うよ。そう言えば結局殴られた。右腕の怪我よりも重傷な気がする。解せぬ。
ピリリリと機械音がした。伝令が入ったらしい。さっき任務から帰ってきたばっかりの怪我人に何させようって言うんだろう。まったく、お偉いさんは人使いが荒い。
「……仕方ねえな……行くぞ、億人」
「うん、舞羽」
ふと見上げた空は、いつもより綺麗で澄んでいる気がした。