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お客と使用人

新しいキャラクターとして、新キャラとお客様が登場します。

 穏やかな雰囲気の中で賑やかに話していたときに、その人は訪れた。

「あの~お話中すみませんが、お客様がお見えです。お通ししても?」

 扉を開けて、入ってきた使用人の1人が言った。

「あぁ。どうせあのお坊ちゃんだろ?」

「いえ、諜報に出していた者が拾ってきた者です」

「そうか。収穫があるのは良い事なのか悪い事なのか…」

「まぁお客様?謁見の間にお通しするのがいいかしら?」

 猫の少年が、半ばうんざりしたように言った。

お客が来たとあって、メイドたちも動き出す。

「あの…あたしは何をすればいいの?」

「あぁ、お嬢様はお客様のお話を聞いていればいいのですわ」

「そうですわ。謁見中は私がお傍に居りますし、ご安心くださいませ」

「そっか。分かった」

「じゃあ、謁見の間に通してやれ」

 猫の少年が客の来訪を告げた使用人に声をかける。

「猫のくせにエラそうにしてんなよ…」

 その使用人が呟いた声はとても小さくて、あたしには聞こえなかったけど、猫の少年には聞こえたのか使用人を軽く睨みつけ、早くしろと促した。

「では、失礼いたしました」

 丁寧に腰を折って部屋を出て行くしぐさは、優雅ささえ感じられた。

「あの子は?」

「使用人の1人でございます。おもに、お嬢様のお傍仕えをいたします」

「…後で挨拶をさせるから、まずは客の相手をしろ」

 丁寧な態度でかわいらしい様子の使用人が、自分の傍仕えをしてくれると聞いたとたんに気になりだしたのを感づかれたのか、猫の少年にそう言われた。

「好奇心旺盛なお嬢様ですこと」

「えぇ、そうね。はつらつとしていて」

「そうかしら?お嬢様にはもう少し、淑やかさも必要だと思うのだけど?」

 ふとメイドたちの中から厳しい声が聞こえて、あたしはビックリした。

 ずっと、あたしなんかにみんなが大人しくへりくだっているなんて、おかしいとは思っていた。

しかしここまで唐突に、悪口のように言われるとは思っていなかったから、少し驚いてしまったのだ。

 すると1人のメイドが、少し厳しい口調で言った。

「そうね。…じゃああなたがお嬢様に教えて差し上げなさいよ」

「そんな!どうして私が?」

「あなたは貴族の出で、このお嬢様が気に入らないかもしれないけれど、この方はれっきとした主です。主の足りないところを補うのが私達のお役目でしょう?」

「……分かりました」

 毅然とした態度のメイドにそう言われて、反抗(?)したメイドは、しぶしぶといった風に頷いた。

(この人、貴族の人なんだ。まぁ貴族の人なら、こんなあたしがいきなり来て、主だって言われたら気に入らないのは分かるかも…)

「それじゃあ、行きましょうか。お客様を長くお待たせするのは失礼ですし」

 少しとがってしまった空気は、メイドのそんな一言で消えていった。


 謁見の間に着くと、昨日とは違う通路から通された。

 今日は、昨日本物のお嬢様がいた場所で、客の話を聞くのだ。

あたしの姿は客からは見えないらしいが、あたしはそれも何だか気に入らなかった。

(あたしが偽者とはいえ、お客さんと話をするのにどうして姿を見せちゃいけないんだろう?)

 話は面と向かってするものだ、とあたしは昔から考えてきたから、違和感が拭いきれない。

(こういうのも、この世界では当たり前のことなんだろうなぁ…)

 日本でさえ、平安時代などにはすだれのようなものの奥と手前で話していたそうだから、あまり変わらないのだろうけれど、今はそんな習慣は残っていない。

「ねぇ、身分の高い人って顔を見せちゃいけないとか言う決まりがあるの?」

 問うてから気がついたが、そういえば今朝は顔を隠すことなんてせずに、町の人たちに手を振らなかったか…?

 そんなあたしの心情を知ってか知らずか、傍らのメイドは苦笑して答えた。

「謁見の場合、お客様とお嬢様の距離が近いのでございます。そんな時に、攻撃などされようものなら、私達は誰もお嬢様をお守りすることが出来ません。最悪の事態を避けるためにも、謁見はこのような形を取っているのです」

「そうなんだ…」

 やはり、命を狙われるのだろうか…。

そんな不安が脳裏を掠めたとき、謁見の間の扉が開いた。


 入ってきたのは、体の半分が何かの動物という不思議な人だった。

兵士に連れられてきたが、反抗的な様子は見られない。穏やかな性格なのだろうか。

「はじめまして。お嬢様にはお初にお目にかかります。私は東の地で、様々なことを仰せつかっておる者です。どうぞお見知りおきを」

「えぇ…いつもごくろうさま」

「ほぅ…お嬢様はお話に聞いていた通り、お優しい方のようだ。安心いたしましたよ」

 朗らかに笑う彼のほうこそ、やさしそうな雰囲気をまとっていた。

「今日こちらに伺ったのは、東の地にて不穏な気配が感じられることのご報告に参った次第でございます」

「そうでしたか」

「はい。町の者も、少なからず怯えています。どうかご対処をお願いいたします」

 そう言って頭を下げる彼の姿は、町の者を守る者の責任感を漂わせていた。

それに感動したわけではないけれど、遠くまで助けを請いに来た人を、そのまま追い返すわけにもいかないということで、今夜、彼はこの城に泊まることになった。

「ありがとうございます。どうぞお構いなく」

 そこでふと、あたしは名前を聞こうとしてはっとした。 

紳士な態度で優雅に腰を折るその人にも、名前がないのだと思うとやはり少し悲しくなった。

しかし、出会った人たち全員に名前を考えるのは無理がある。あたしはそう思い、しぶしぶ諦めるのだった。


 部屋に戻ると、猫の少年があたしの顔を見たとたんにため息をついた。

「…お前なぁ、あんなちっぽけな願いを聞くなよなぁ。あんな依頼まで受けてたら、おれらの体がもたねえよ~」

「…ごめん。でも何の話かわかんないんだけど」

 とりあえず、呆れたように言われたので謝ってしまったが、そもそもあたしは何の説明も受けてはいないのだ。

「あーそういえば…先に説明しとくんだったか?」

「ほら、だから言ったでしょう。お嬢様はなんにも悪くありません」

 青年もあたしの部屋として使っている部屋に普通に入ってくると、くすくすと笑いながら言った。

(なんか、遠慮ってものが無くなってきた?でもこれが普通なんだよね)

 そう感じてこの空間に対して、なんだか安心感が生まれていることに気付いた。

しかし深く考える前に、再び扉が開く音が聞こえて視線を上げた。

「失礼いたします。少しよろしいでしょうか?」

 入ってきたのは、あたしの傍仕えをしてくれるという使用人だった。

「どうぞ!」

 謁見の前からその人のことが気になっていた事も相まって、あたしは思わず手招いていた。

 使用人の彼は、微笑むと歩み寄ってきて腰を折った。

「ご挨拶が送れて、申し訳ございません。僕はお嬢様のお傍仕えを務めることになった者です。至らぬ点も多いかとは存じますが、どうぞご容赦ください」

「えっと、うん。こちらこそよろしくね!」

 聞きなれないほど丁寧な言い方をされて、あたしは少し戸惑った。

あたしよりも小さい男の子なのにこんな言葉遣いが出来るなんて、と少し感動してしまったくらいだ。

今まで聞いてきた少年の言葉遣いは、どちらかというと荒いものだったから。言うまでもなく、それは猫の少年のものだが。

「お嬢様のお傍には、基本的にこの者が居りますので、ご用などございましたらお申し付けください」

「分かった」

 後で分かったのだが、このかわいらしい少年は猫の少年とどうやらライバルのような関係のようだった。どちらかがどちらかに、突っかかるような感じで。

その様子は見ていて何だか微笑ましくて、みんな何も言わずに観察していた。

 しかし見ているうちに、あたしはこの前青年に初めて会った時にも感じたことを聞いてみたくなった。

それは、猫の少年のように動物に変身できるのか否か、ということだった。

「ねぇねぇ」

 あたしが話しかけると、静かに行われていたであろうにらみ合いが中断され、二人はあたしの方を向いた。

「なんだ?」

「いかがいたしましたか?」

「…あなたも、そこの猫の子みたいに何かに変身したりするの?」

「…説明して差し上げてないのか?やはりお前がつかなくて正解だったな」

「あぁ説明はまだしてねぇよ。…これからしようと思ってたときにお前が来たんだろうが!」

「あーけんかしないけんかしない。なんにも知らなくてごめんね?」

 相変わらず使用人の少年の声は、小さくされてしまうと聞こえないが、どうやら猫の少年を挑発しているらしい。

 あたしが謝ると、使用人の少年が首を横に振って言う。

「いぇお嬢様、お謝りにならないで下さい。ご説明は僕がいたしますのでご安心を」

「ふん。仕事のほうは、おれが任されてるんだぞ…」

「うん、ありがと。また賑やかになって嬉しいかも」

 ふわりと微笑む使用人の少年は、言葉遣い以外は歳相応に見えた。

「では、僕の正体をご覧に入れましょう」

 使用人の少年がそう言うと、瞬きの後には少年がいた場所に、一匹の黒いウサギがちょこんと座っていた。

しかし普通のウサギと違うのは、人間の言葉で喋ることだ。

「僕の正体はウサギなのです。この城内には、僕以外にもウサギがいますが、黒ウサギは僕だけなんですよ」

「そうなんだ~。黒ウサギってはじめて見た!かわいい!」

「お褒めに預かり光栄です」

 そう答える黒ウサギを見て、猫の少年は不機嫌そうな顔になった。

「どうしてかわいいって言われて褒め言葉として受け取れるんだ…?」

 そんな呟きも聞こえた。

やはり猫の少年はかわいいと言われるのが嫌いなようだ。

「だから、まだまだ子供だなんて言われるのですよ」

 苦笑混じりのそんな声が聞こえて振り向くと、そこには狼が一匹…

「……っ!」

 驚いて思わず椅子から勢いよく立ち上がってしまった。

 するとその狼は、なんでもないかのように静かに口を開いた。

「あぁ、驚かせてしまいましたね。私ですよ」

 その声には聞き覚えがあった。

それこそ、さっきまで普通に聞いていたような…。と考えてすぐに思い至った。

「あ!案内してくれたお兄さん?」

「はい」

「びっくりした~」

 自分の背後に、いきなり狼が現れたら誰だって驚くだろう。

「いえね、黒ウサギが正体をさらしたのでついでにわたしも、と思いまして」

「うん。あなたもそうなのかなって気になってはいたの」

「ここには様々な獣が変身している使用人がまだまだいますよ」

「そう。それこそ、人間の使用人のほうが少ないくらいだ」

「へぇ。でもなんで正体は動物なのに、ここで働いてるの?この世界の動物って、みんなこんな感じで過ごしてるの?」

 あたしはなんとなく思ったことを口にしたが、彼らが一瞬黙ってしまったので、何か言ってはいけないことを言ってしまったかと思って申し訳なくなった。

 思ったことをすぐ口に出すのはやめよう、とこのとき思ったのだった。

 狼が静かに口を開く。

「…そうですね。すべてがこのように生きているかと言われればそうとも限りませんが、私達はお嬢様に少なからずご恩があるのです。だから、お嬢様にお仕えすると決めたのですよ」

 お嬢様と言われて、少し考えてしまったが、彼の言うお嬢様とは本物のお嬢様をさすのだと思い至って、なるほどと納得がいった。

「早く言えば、恩返しって事ね!律儀なんだ~」

 あたしがそう言うと、みんなは嬉しそうに笑ったようだった。

 このときにはもう夕方近い時間になっていて、メイドたちは夕食の準備をするために部屋を出て行った。

 部屋には、動物姿の使用人達が残された。

「あの…無神経でごめんね?なんか、聞いちゃいけないことだったりしたら、話してくれなくていいからね?あ、でも、仕事の話はして欲しいなぁなんて…」

 失礼だったとしたら申し訳ないと思ったから、声が若干尻すぼみになってしまった。

「ま、気にすんなよ。お前はなんにも知らないんだから、しょうがねぇよ。…説明が足りなかったなって、おれも思ってるし…」

 少し顔を赤らめながら言う猫の少年に、思わず笑ってしまった。

「あははっ。また照れてる~」

「~~っくそっ」

 顔を背けられてしまって、やはり照れ屋なんだなぁと思うと、猫の少年はやはり…

「かわいい!」

「だからっお前はどうしてそうやって!」

 思わず口に出してしまい、猫の少年は憤慨した。

「あ!そうだ!」

「どうかしましたか?」

「名前!みんなの名前、考えるね!正体も分かったことだし~」

 あたしは机に駆け寄ると、紙とペンを用意して、彼らの姿を眺めてみた。

 目に留まったのは、小さな黒ウサギだった。

彼は人間の姿のときは、黒い細身のパンツに白いブラウス、それとモノクロのベストを身に着けていた。

 人間の姿のときの髪や洋服の色などは、動物のときの毛色などで自然と決まるらしい。

「ん~なにがいいかな?…男の子だし、クロスくんってどう?」

「クロス、ですか?」

「だめかなぁ?洋服から、考えてみたんだけど…」

「いいえ!ありがとうございます!どうぞ、クロスとお呼び下さい!」

 嬉しいのか、黒ウサギは部屋の中を跳びまわり始めた。

どうやら動物姿のときは、人間の姿のときよりも感情が優先されるようだ。

「おい、猫!僕のことはこれからクロスって呼べよ!」

 誇らしげにそんな風に言われると、割と適当に名づけてしまったので逆に申し訳なくなってくる。

「おれは?おれのは?」

 そんなことを思っていると足元から声がした。

 声の主は猫の少年で、初めはあんなに反対していたのに、と思ってしまった。

自分より先にライバルである黒ウサギが名前を手に入れたのが気に入らないのか、飛び掛ってきそうな勢いで催促してくる。

「ちょっと待って。んー?……ガゥくんってどう?」

「ガゥ?」

「そう。…初めからなんかいろいろガウガウ言ってたから?」

「…なんだよそれ。しかも疑問系じゃねぇか。ま、いいや。よし、ガゥだな!その……ありがとな!」

 恥ずかしいのか、そう言うとこちらに背を向けて黒ウサギの方に駆けていく。

「では、私もお名前を頂戴いたしましょうかね」

 その声に、あたしは狼に向き直った。

ただの狼なら、見つめあうなんて恐ろしくて出来ないが、彼が優しいこともあたしを襲わないことも分かっているから平気だ。

「あれ?そういえば、お嬢様にも名前は無いの?」

 ふと浮かんだ問いを口にして、また考えもしないで…と後ろめたくなる。

「いいえ。お嬢様くらいご身分の高い方々にはお名前がございますよ。それに、私達は獣ですので」

「そっか!お嬢様とかにも名前無いのかと思っちゃった。やっぱり、この世界にも名前っていうのはちゃんとあるんだね」

「はい」

「えっと、じゃあ名前ね。ん~」

 目を閉じて考えてみる。

ふと、浮かんできたものがあった。

「…シドってどう?」

「シド、ですか?これはまた、なぜ?」

「んーと、申し訳ないんだけど、今あなたの姿を見てたらなんとなく浮かんできたの。やっぱり、他のがいい?」

「いいえ。私めには充分でございますよ。ありがとうございます」

「そう。よかった」

 彼もあたしに頭を下げると、じゃれあっているガゥとクロスの元に歩み寄っていく。

「お!お前の名前はなんていうんだ?」

「私はシドという名前をいただきましたよ」

「ていうかこいつの名前の由来聞いたか?あははっ」

「ガゥガゥ、でしたか?」

「っ!くそ…」

「いいじゃないですか。お嬢様が直々に付けてくださった名前ですし」

「…おぅ、この際由来は気にしねぇよ」

 そう言うと、またまたガゥはそっぽを向いたのだった。


 じゃれあっている動物達を眺めている間に夕食の準備が整ったようで、部屋に夕食が運ばれてきた。

「お客さんと一緒じゃなくて良いの?」

「突然のご来訪ですし、本日はそのような準備もございませんので」

「あちらもそのあたりは理解しておいでのはずでございます」

「そう。でもいきなり知らない人とご飯なんていったら、あたしどうしたらいいか分かんないや。話題にだって困るだろうし…」

 少し安心してそう言うと、だけど…とガゥが続けた。

「会食はしてもらうぞ?」

「会食?」

 あたしは首をかしげる。

「あぁ、お偉方達との、な。だけど作法の練習はさせるし、ほとんど喋ることもないだろうから、気にするな」

「そうですね。それもお嬢様のお勤めでございますから」

 お嬢様の勤めと言われては、逃れようが無い。

「そーなんだ。なんかめんどくさそうだね、お嬢様って」

「お仕事はたくさんありますからねぇ」

「ま、今日のところはおれらもゆっくりしようぜ」

 ガゥは仕事にやる気があるのか無いのか、そんなことを言った。

「えぇ猫ちゃんの言うとおり、ですわ」

 メイドたちが頷くと、ガゥは思い出したように言った。

「あ、そうだ!今度からおれを呼ぶときは、『ガゥ』って呼べよ!」

「ガゥ、ですか?」

「何でまた突然?」

「先ほどお嬢様に、名前を頂いたのですよ」

「そうなんだ。だからこいつ、子供のようにはしゃいでるんだよ」

「なにおぅ?!威張ることじゃないがな、おれはまだ子供だ!そんなこと言って、お前だってまだ子供じゃねぇかよ!」

「お前って言うなよな。僕にはもう、『クロス』っていう立派な名前があるんだから!すぐにそうやってカッとなって…だから子供だって言うんだ」

「まぁまぁ、お嬢様がお食事中ですし、ケンカの続きはお仕事のほうに持ち越しと言うことで、とりあえずは落ち着いて下さい」

「…僕も、少し大人気なかった。すみませんでしたお嬢様…」

「え、ううん。気にしないで」

 律儀にも謝ってくれたクロスに笑って首を横に振って答える。

「…でも、仕事では容赦しないぞ?」

「そっちこそ、泣いたりするなよ?」

 一言二言、小声でのやり取りが行われたようだったが、すぐに二人はいつもの調子に戻っていた。

「そう。僕のことは『クロス』って呼んでね!」

「まぁあなたも?」

「うん!」

「ちなみに、私も頂きましたよ。皆様方、これから私のことは『シド』とお呼びくださいね」

「あらぁ、いいわねぇ。私にも考えて下さるかしらぁ?」

 のんびりとした口調のメイドが言うと、他のメイドや使用人たちも、期待をこめたまなざしを向けてきた。

「う、うん。じゃあ、ご飯食べ終わったら、考えるね?」

「はぁい。ありがとうございますぅ」

 メイドは嬉しそうにふわりと笑った。

 夕食はいつもの通り、とてもおいしかった。

(こんなおいしい料理を毎日食べられるなんて、贅沢だなぁ)

 この頃には、なんだかこの暮らしも悪くないと思い始めていた。

 この温かな時間の後に、お嬢様のもうひとつの顔を、知るまでは―――


 夕食の後、食休みも兼ねて、メイドや使用人たちの名前を考えた。

「みんなも、正体は何かの動物なの?」

「えぇそうでございますぅ」

 先ほどのメイドが、あたしの前で白っぽい鳥に変身して見せた。

「わぁ、かわいいね!」

 そのメイドは、柔らかいミルク色の羽毛を持っていた。

人間の姿のときは、色素の薄いミルク色の毛色で、ミディアムヘアの柔らかい天然パーマのような感じだった。

「じゃあ…うん!あなたはミルクね。毛色がミルク色だなんてかわいいじゃんっ」

「わぁ、ありがとうございますぅ。お嬢様」

 ミルクは嬉しそうに高く飛び上がった。

 すると今度は、あの双子のメイドが進み出てきた。

「私達は」

「白ウサギですのよ!」

 そういって、双子のメイドは白ウサギに変身した。

「わぁ。目が赤いんだね。かわいい!」

「「ありがとうございます」」

「二人はホントにそっくりだね。どんなのがいいかなあ?」

 あたしは、双子に合う名前は何か無いかと首を傾げた。

 あたしの足元にいる、二人のその白い姿をとてもきれいだと思った。

だからあたしは、二人にこんな名前を考えてみた。

「白ウサギだから…シロとユキってどうかな?」

「私がシロ、で」

「私がユキ、でございますか?」

「そう。何か、目印になるものがあると嬉しいかも」

 頷きながら、そう申し出てみた。

彼女達は、姿だけでなく声などまで似ているのだ。よって慣れないあたしは、識別が出来ない…。

「はい。では、こうしましょう」

 ユキがそう言うと、ユキの首元にかわいらしい赤い首飾りが現れた。

よく見るとそれは、ウサギの形をしていた。

「おー。ありがとう。これで間違えないね!」

「「はい。ありがとうございます」」

 ぺこりと頭を下げて、後ろに下がる双子の代わりに今度は一匹の蛇が現れた。

「こんばんは、お嬢様。私にも、名前を下さいませんか?」

 その姿に似合わず、とてもかわいらしい声で蛇は言った。

「いいよ。あなた、不思議な色をしているのね。ピンク色の蛇なんて、あたしはじめて見た!」

「そうでございますか。…やはり、気持ちが悪いですか?」

 少しがっかりしたようにしょんぼりするその蛇に、あたしは首を横に振る。

「へ?なんで?かわいいじゃん?」

「かわいい、ですか?…そんな風に言っていただけたのは初めてです」

 俯いた蛇を慰めると、照れたような口調でそう言った。

「そうねぇ…じゃああなたはモモ、ね!」

「モモ、でございますか…?」

「そう!体がピンク色だから!…やっぱ、だめ?」

「いいえ。だめだなんて、そんなことはございません。お嬢様に、この色を気に入っていただけて、私はとても嬉しいのです」

「そうなの?よかった~。ねぇ、人間の姿も見せてくれない?」

「はい、喜んで」

 そう言って人間の姿に変身したモモの姿は、想像していたよりも断然に可愛かった。

「え…めっちゃかわいいじゃん!やっぱり、モモって名前で正解だったよね!」

「はい。ありがとうございます」

 ふんわりと笑ってそこにたたずむ姿は、お人形のように、本当に可愛かった。

「おい…テンションあがってるとこ悪いんだが……」

 声をかけてきたのに、どうしてか躊躇うように口ごもったガゥは、意を決したように言った。

その言葉に、あたしは思わず椅子から立ち上がって、モモに近寄った。

 小さな声で、囁かれた事実…

「……モモって、男の子なの?!…うそ、こんなに可愛いのに?どう見ても、女の子にしか見えないのに?」

「そうですよ。お仕事中は私と言っていますが、本当の一人称は僕ですし、性別も普通に男ですよ」

「思いっきり女の子だと思って、名前考えちゃったじゃん!男の子で、モモって…恥ずかしくない?」

「大丈夫ですよ。モモという名前は、お嬢様が付けてくださった、かけがえの無い大切な名前です。それに、お嬢様に桃色を気に入っていただけたようですので、恥ずかしくなんてありません」

「…うん。そういう大事なことは、早く言いなさいよ!もうっ」

 思わず、ガゥの背を叩いてしまった。

「いてぇよ!馬鹿力!」

「ご、ごめん…」

「あ…いや、そんなに痛くなかったぜ?猫は体が柔らかいんだからな!」

 そのときガゥがウニャッとうめいたので、あたしが申し訳なくなって謝ると、ガゥは慌てたように取り繕って笑って見せた。

「あの、それで今夜のお仕事は…?」

 使用人の一人が聞いた。

「お仕事?」

 あたしが首をかしげると、ガゥは首を横に振った。

「今日はまだいいんじゃないか?明日から、客と一緒に東へ行けば…」

 一刻を争うような用件でもなさそうだったし…、とガゥは小さく付け足した。

「そうですか、わかりました。では私も、お供いたします」

 使用人がそう言ったところで、ガゥはなにやら思いついたようだった。

「おい、そうだ。ちょっと聞いてくれないか?今決めたルールなんだが、お嬢様の仕事にお供できるのは、こいつに名前をもらったやつだけにするってのはどうだ?」

 その申し出に、使用人は困惑顔になる。

「では、私はお供できませんか?」

「いや?こいつに名前をもらえばいいだけだろ?仕事まで付き合いたいやつは、名前をもらえって言ってんだ」

「そうですか。…では、私も名前をいただいても?」

「う、うん。いいよ」

「…私の正体は犬でございます。お嬢様のためなら、どんなお仕事でもいたしますよ」

 そう言って犬の姿に変身した使用人は、前足を折って頭を下げた。

なるほど、丁寧な性格のようだ。

 彼が変身した犬の姿は、ゴールデンレトリーバーほどの大きさの、薄めの茶色い色をしていた。

「わぁ、思わず抱きつきたくなる感じ!きれいな毛色だね~。うん!チャイってどう?」

「チャイ…」

 確かめるように静かに呟くと、彼は静かにまた頭を下げた。

「ありがとうございます、お嬢様。精一杯、お仕えさせていただきます」

「ミルクティーみたいな色だったから、ミルクティーの名前にしたの!」

「そうでございますか。これで私も、お嬢様のお仕事にお供できますね」

「あれ…そういえば、お仕事って何するの?」

「あ……」

 ガゥが小さくうめいた。

「…名前だのなんだのって言ってたから忘れるところだったぜ……」

「思い出せてよかったですねぇ」

「やっぱり忘れてたか。そんなことだろうと思った」

「う、うるさい!思い出したんだからいいだろ!」

 今、思い出したの?とあたしも首を傾げてしまった。

さっきも仕事の話は話に上っていた気がしたのだが、肝心のあたしへの説明については思い出さなかったらしい。

「思い出したと言っても…」

「あくまでもお嬢様のおかげで、ですがね」

 シドとクロスにからかわれて、ガゥは顔をしかめた。

「…分かった、忘れてたおれが悪い…。説明するから、シロとユキはお茶でも用意してくれ」

「はい」

「お嬢様は、何をお飲みになります?」

「じゃあ、ミルクティーで!」

「かしこまりました」

「少々お待ちくださいね」

 そう言われて、シロとユキは部屋を出て行く。

「さて…お嬢様の本当の仕事は、これからだ―――」

 そうして、新たな仲間達が加わって賑やかになるのやら、どうなるのやら。


 しかし、楽しく過ごしていたせいなのか……

あたしはまだ、自分のおかれた状況がどれだけ大変なのか、分かっていなかったのだった―――

お仕事とはいったいなんなのやら……

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