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猫と異世界

少女は何を想うのか――


どうぞ、お楽しみください。

あたしは平々凡々な人生が送れればいいって思ってた普通の女子高生だった。

憧れていた高校に入って、憧れていた楽しい学校生活が待っているだろうと、ただただ楽しみにしていたあたしは、少し幼稚だったのかもしれない……



 事の発端は、あたしの目の前を一匹の三毛猫が通り過ぎたことだった。

通学途中に見かけたその猫は、まるであたしを誘っているかのように、ちらちらとこちらを振り返りながら歩いていた。

「なんだろ。なんかカワイイ!」

 あたしはそんなかわいい仕草をするその猫を、無視することも出来なくて…

いつの間にか追いかけていた。

 だからあたしは、自分の身に起こったことにも気付かなかった。

「待って!って…ここ、どこ?」

 猫を追いかけていたら、見知らぬところだった。

スマホの地図にも表示されない。

「うそ…これって、迷子?」

 慌てて周りを見回す。と、視界にあの三毛猫が映った。

「あっ!あの子はっ」

 目が合うと、ニャーと可愛らしく鳴いて見せた。

「ど、どうしろって言うのよ…」

 半ば途方に暮れそうになったとき、私が想像もしなかったことが起こった。

「なんだそんなこと、おれについて来れば、万事解決だぞ?」

「へ?今の、誰の声?」

「おれだよ、おれ。おれ様の声が聞こえないとは言わせねぇぞ」

 何だか、足元から聞こえるような声に、あたしが下を向けば…

果たしてそこには二本足で立ち、人間の言葉を喋る三毛猫がいた。

「は?!何で猫が人間の言葉しゃべってんの?」

「ん?それは聞き捨てならねぇぞ?人間様以外に、言葉を使えるのがいないと思ったら大間違いだぜ」

「違うよ、問題はそこじゃない…」

「んー?何がチガウってんだぁ?同じじゃねえか」

「おんなじじゃないでしょ、どう考えても。はぁ…どうなってんの?あたしは夢でも見てるわけ?」

 普通の女子高生は、たぶん猫と会話したりしない。うん。

じゃあ今のあたしは普通じゃない、ってことになるの?

「ま、とりあえずおれ様について来い!」

 何故か弾んだような声で私に話しかけてくるその猫に、あたしは意を決して話しかけた。

「ねぇ!あたしさ、帰りたいんだけどどっちに行けばぃ…」

「何言ってんだ?扉にギリギリで滑り込んだって言うのに、向こうに戻るってか?冗談じゃねぇ。おれだってお嬢様に怒られるだろ」

 すると、間髪いれずにそう言われてしまった。

何を言っているのかは分からないが、とりあえず帰れないということはあたしにも分かった。

 猫にいきなりただついて来いと言われて、素直についていけるものでもないが、行く当てなど無いのでついていくしかない。

「そう、なんだ…?」

「おうよ。さ、行くぞ」

 そう言うと猫は、先ほどの様に誘うような歩き方ではなく、確実にあたしの前を歩いていく。

あたしは、黙ってついていった。だって、猫と何を話していいかなんて分かんないし。

 しばらく歩くと、殺風景だった周りの景色も、穏やかで心地の良さそうな風景に変わってきた。

「そろそろだ」

 そう言う猫の視線の先には、御伽噺にでも出てきそうな豪華な城があった。

「え?もしかして、あそこに向かってるの?」

「そうだ」

「え、でもあれって、偉い人とかが住んでるようなところじゃないの?」

「そうだ。だってお嬢様は偉いんだからな!」

 あたしは得体の知れない場所で、得体の知れない偉い人に会わなくてはいけないらしい。

「お嬢様ってことは、女の子なんだよね?どんな子なの?」

 とりあえず、相手の様子を知ろうと猫に話し掛けてみる。が、すぐに猫は首を横に振った。

「そんなの、教えられるわけねぇだろ~?ま、女ってことは合ってるぞ」

 あまり功を奏さなかった。ここでは、迂闊に動かないほうが良いだろうとも思うから、あまり詮索するのはやめておく。

 あれから少し歩いて目的の城に着くと、猫はあたしを門の前に残して、1人?で城の中に入っていった。

「はぁ…あたしこれからどうなるんだろ」

 考えたって分かるはずもないが。

と、門が開く音がして、一人の少年が顔をのぞかせた。

「おい、入っていいぞ」

 その声にはどこか聞き覚えがあった。

少し考えて、すぐにひとつの結論に辿りついたあたしは、思わず叫んでいた。

「えぇ?!あんたまさか、あの俺様猫?」

「だったらなんだよ」

「いや、なんかいろいろ違いすぎて…」

 あたしは驚いて少年をまじまじと見つめた。

少年は、茶色い短めの髪にオレンジに近い色の目をしていて、長袖ブラウスに短パンのサロペットをはいているといういでたちだった。

「かわいいじゃん…」

「んぁ?なんか言ったか?」

「言ってない!」

 思わず呟いてしまい、なぜか軽くにらまれてしまった。

かわいいといわれるのが嫌なのだろうか。…ホントにかわいいのに。

 少年の姿になった、さっきの猫の後についてあたしも城の中に入る。

外見に劣らず、内装も様々な装飾品で飾られていて、目を瞠ってしまうほどきれいだ。

「迷わないように、こいつについていけ。おれは後で行く」

 城に入ってすぐの広間からは、階段や通路が何本も延びていた。

おれは行くところがあるからと、他の人にあたしの案内を頼んだようだ。

「こんにちは、お嬢さん。おや、これはこれは…あの子があんなに興奮していたのにも納得ですね。ご褒美は何でしょうか」

 後半は半ば笑いながら呟かれた。

少年の代わりに現れた、物腰の柔らかそうな青年は、静かに微笑んだ。その顔は、一瞬女かとも思える様な綺麗な物だった。

しかし細くても男性の物であるその体躯からも、男性なんだと分かる。彼は細身の長身に、赤に近い茶色で男性にしては少し長めだと感じる長さの髪、燕尾服のような黒いスーツを着ていた。

(この人は、可愛いじゃなくて、綺麗なんだよね)

 第一印象は『綺麗な人』だった。

まぁ彼もあの少年のように、他の姿を持っているのかもしれないが。

「さぁ行きましょうか、お嬢さん」

 さっきの俺様猫と違って、とても丁寧な態度だと思った。

 大人しくついていくと、一つの広い部屋に通されて待つように言われた。

「待てって言われなくても、動けないけどね」

 知らない場所で当ても無く歩き回る勇気はあたしには無い。…今朝の猫のことは別にして。

しかし、広い部屋には物語の中でしか知らない天蓋付きのベッドや、綺麗な装飾の施された可愛らしいドレッサーなどがあって、あたしは少年が戻ってくる頃には、ウキウキと旅行にでも来たかのような心境だった。

「…緊張感のカケラもねぇな。お前、結構ばかなのか?」

 ふわふわのベッドにちょっとだけ、と飛び込んでいたところに来た猫の少年に、呟かれた。

「なっ、バカはないんじゃない?」

「だって、おれたちのお嬢様はそんなことしねぇし?なんてったっておれたちのお嬢様だからなぁ」

「ふぅん…」

 そんなことを言われると、ますますそのお嬢様とやらが気になってくる。

「でさ、あたしって何のためにここに連れてこられたわけ?帰れるに越したことは無いんだけどさ、なんか簡単には帰れなさそうじゃん?」

「ん、そーだな。今のお前に残されてる道は、とりあえずその辺で飢えて死ぬか、なんかの仕事してここに居座るか、だな!」

「は?」

 そんなこと、いきなり言われても困る。

ていうか、質問の答えになって無いじゃん!

 文句を言っても聞き入れてもらえなさそうなので口を噤んだが、先ほどの発言にあった『その辺で飢えて死ぬ云々』のところは是非とも詳しいところを聞きたい。

「じゃあさ、あのさ、仕事って何すればいいの?」

 私が問うと、待ってましたとでも言うかのように猫の少年が嬉々として口を開いた。

「なあに、簡単なことだ。ま、貴族生まれじゃないお前が務めるにはすこーし難しいかもしれないけどなー」

「何よその言い方…なんかムカつくんですけど」

「おい!そういう言葉遣いは早急に正せよ!お嬢様の面子にかかわるんだから…」

 それを聞いてあたしは、ピンと来た。

「あ、分かった!あたしはそのあんたの言うお嬢様に、お仕えするってことね?」

「ん?まぁ、そんなところだ…」

 あたしの言葉に、なぜか猫の少年はごまかすように笑った。

しかし、今はそんな細かいことは気にするなとでも言うように猫の少年が声を上げると、どこからともなくメイドらしき人たちが、あたしの部屋に押し入ろうとでも言うかのような勢いで駆けつけた。

「もう、おしゃべりがあんまり長いから」

「呼ばれないんじゃないかって心配になったじゃないの」

「あ、この方が?」

 彼女達は入ってくると、猫の少年に詰め寄ったがすぐにあたしのほうに向き直った。

「あぁそうだ。お前たちはこいつに仕えるんだ」

「へぇあたしに…って、ちょっと待ってあたしに?!仕えるって言った?」

「なに驚いてるんだ、こんなことで」

「あ、あたしにはこんなことじゃないんだよね…あはは」

「そうか?こんなことで驚いてたら、この先身が持たないぞ」

「そうなの?」

 まあ自分でも少し驚きすぎたと思った。

だってここは異世界。異世界じゃなくても、あたしは貴族様のことなんてなんにも知らない。知らないだけで、実際は案外普通のことなのかもしれないじゃない?

そうよ、客に専用のメイドをつけるくらいの事、貴族なら簡単にやってのけるんだわ。

 自分の中で勝手に結論付けて、深呼吸をすると落ち着いた。

それを見計らってか、メイドたちが口を開いた。

「お嬢様に仕えさせていただく、メイドたちでございます」

「よろしくお願いいたしますね」

「は、はい。よろしくお願いします」

「きゃ~ん、私達に敬語は必要ありませんわ」

「そうですの。お嬢様は何なりと、私達にご命令を下さればいいのですわ」

 なんかキャラの濃い人もいるみたいだけど…みんな優しそうでちょっと安心。

仲良くなれそうな気がする。

「おいお前たち、仕事を忘れてるぞ、仕事を」

「そうでしたわ」

「ごめんなさいね」

「ただいますぐに」

「…ものは悪く無いと思うんだがな…」

「えぇ、大丈夫ですわ」

「私達にお任せくだされば!」

「皆が息を呑むお嬢様に」

「してさしあげますわ!」

 時々リレーのように話す二人は、どうやら双子のようだ。

しかし…何だかメイドたちがせわしなく動き回り始めた気がする。

何が始まるのだろうと、半ば傍観者になっていたところで、メイドの1人に袖を引かれた。

「え、なに?」

「お嬢様、お着替えでございます」

「着替え?なんで?」

「正装になっていただくのです。主に謁見いたしますので」

「あ、そうなんだ」

 確かにこの服は失礼に値するのかもしれない。

あたし達の世界では普通に『制服』なんだけどね。

 隣の部屋に連れて行かれると、そこにはメイドたちが様々な煌びやかなドレスを抱えていた。

「お嬢様の髪は茶色ですのね」

「あるじ様の髪色は、金色ですの」

「ドレスは何色がいいかしら?」

「お嬢様は何色がお好き?」

「あ、あたしは…青、かな?」

「まぁ…」

 何?あたしなんかまずいこと言った?

「…お嬢様はやはり適任ですわね!」

「あの子も本当にでかしましたわ!」

 沈黙したメイドたちに慌てたあたしだったが、彼女達は何事も無かったかのように、むしろ先ほどよりも生き生きとして、あたしにドレスを着せ始める。

まあ、なんでもないならなんでもないで良かった。

あたしはされるがままになっていた。


 ドレスを着せられ、メイクもして、キラキラしたアクセとかも着けてもらって…何が何だか分からないうちにあたしは別人のような姿になっていた。

「なにこれ…」

「お気に召しませんでしたか?」

「ううん!そういうことじゃなくてね、自分じゃないみたいだからびっくりして…。こんな風にしてもらえるなんて嬉しい!」

「それなら私達も嬉しゅうございますわ」

 皆でニコニコしていたら、猫の少年が顔をのぞかせた。

「おい、もう終わったんだろ?行くぞ」

「う、うん」

 ついにお嬢様とご対面ってわけね?

それにしても、どんなお嬢様なんだろう…?とか考えながら歩いている最中に、目の端で捕らえたのは、廊下ですれ違う人々があたしの顔を見てとびあがり、平伏する姿だった。

 何なんだろ?お客様には礼儀正しくとか教えられてるのかな?

なんてあたしはそんなことを考えていた。隣では猫の少年が鈍い奴…と呟いていた。



 謁見の間についた。なんか意味もなく緊張するんですけど…。

猫の少年に、目で訴えてみても何にもならないが、とりあえず彼を睨みつけた。

元はと言えば、こうなったのは彼のせいなのだ。

 ふいに、猫の少年がこちらを向いて一言。

「お嬢様にはガンとばすなよ」

「わ、分かってるよ…」

「それならいいけど」

 この少年は、かなりお嬢様に盲目のようだ。

(すごくかわいいのかな?)

「行くぞ」

 少年のその一言で、あたしは顔をあげた。

 なんだか、不思議な感覚だった。目の前の扉が、ゆっくりと開いていく。

その豪華な部屋に足を数歩踏み入れると、少年はうやうやしく腰を折った。

「お嬢様、娘を連れてまいりました。こちらが例の娘でございます」

 少年の言う娘とは、あたしのことだろう。

あたしはいまだに、何のためにこの少年に連れられてきたのか、何をすればいいのかが全く分からないと言っていい状況にある。

 説明が欲しくても、誰もしてくれないのだから仕方がないが。

「ごくろうさま。さあ、そこにお座りになって」

 かわいらしい少女の声が聞こえたかと思うと、あたしのもとに先ほどあたしを部屋まで案内してくれた青年が、椅子を持ってきた。

「ありがとうございます」

 思わずお礼を言うと、青年はくすりと笑って小声で呟いた。

「使用人に礼を言うなんて、面白いお方ですね」

 一瞬ポカンとしかけて、ハッと気付いた。

そういえば、さっきのメイドも言っていた。敬語は使うな、と。

主人のお客は、たとえあたしのような素性も知らないどこかの小娘でも、主人と同じように扱われるのかもしれない。

つまりは、今のあたしは使用人の彼らよりは身分が上なのだ。

 知らなかったとはいえ、彼らの常識から外れた行動をとってしまったことに、恥ずかしさを感じて、顔が赤くなるのが分かった。

 それを見た青年が、気にしなくていいというようにあたしの背に軽く触れた。

なんだか、ここにきてからまともに人とコミュニケーションをとれた気がして、うれしくて表情が緩みそうになる。しかしここはお嬢様の前である。

「お前、もうその子と仲良くなったの?手が早いのも困りものね」

「ふふ、ご心配には及びませんよ。私はお嬢様にしか興味はございませんから」

「どの口がそれを言うの?今までの行動を振り返れば、心当たりがあるでしょう?」

 少女の声がして、青年がそれに返す。

あたしには分からないやりとりがなされて、あたしは茫然としていた。

「おいお前、お嬢様に口答えをするなよ!」

 怒ったように声をあげた猫の少年に対して、青年は肩をすくめただけだった。

そうして、青年は後ろのほうへ下がっていった。

「さて、本題に入りましょうか。あなたは何のためにここに来たかは分かっているの?」

 少女にそう問われ、しかしあたしはその正しい答えがわからなくて口ごもる。

「失礼ながらお嬢様、この娘には何の説明もしていません。逃げられても困ると思ったものですから」

 黙ってしまったあたしの代わりに口を開いたのは、猫の少年。

「では何と説明したの?」

「仕事をすればこの城においてやる、と」

「そう…お前にしては機転を利かせたのね。お前にはあとで、この子を見つけてくれたご褒美をあげなくちゃね。お前は働き者で忠実だから、期待していたのよ」

 そんなセリフとともに、かわいらしく笑う声も聞こえた。

だけど、お嬢様の姿は見えない。

 でも今のあたしにはそんなことはどうでもいいことだった。

なぜかと言えば、先ほどの猫の少年の言葉に、引っかかりを覚えたから。

だってさっき、『逃げられても困る』って言わなかった?何それ、聞いてない!

もしかして、何か危ないことさせられるんじゃないかって、心配になる。

「…じゃあ、あなたはまだ何も知らないのね。そんなに危ないことじゃないから安心して」

 あたしの表情から不安を読み取ったのか、少女が優しく言った。

「それで、何をしてもらうかって単刀直入に言うと、わたくしの身代わりをしてほしいの」

「はい…って、え?身代わり?」

「そう。簡単なことよ」

「簡単って、そんな訳…」

 ない、と言おうとした時、あたしの隣にいた猫の少年があたしに何かを差し出した。

見ると一枚の写真で、何かと思えばそこに写っているのは一人の少女だった。

その少女は、さっきあたしが鏡の中に見た少女にそっくりだった。

(これって、あたし?!)

「…これってまさか!あんた盗撮したの?!」

「はぁ、だれがそんな悪趣味なこと。よく見ろよ…」

 呆れたような少年の声に引っ張られるように写真に目を戻すが、どう見てもそこに写る少女は自分に見える。先ほどと何ら変わりはない。

「…お前は、前にここに来たことがあって、この色のドレスを着たことがあるのか?」

 その少年の言葉に、ハッとした。

「ない!え、じゃあこれは…まさか、ね?」

「そのまさかだ。何のために俺がお前を連れてきたと思ってるんだよ」

 そう、その写真に写っていたのはあたしではなくて、本物のお嬢様だった。

「え、じゃあ何?あたしとお嬢様がそっくりだからって理由だけで、あたしはお嬢様の身代わりを?」

「何言ってるんだよ。充分じゃないか?誰かに顔を見られても、偽者だってバレないんだから」

「そんな、むちゃくちゃな…」

 つまりはこういうことか。

お嬢様が何らかの理由で、身代わりになる人物を探していたところ、お嬢様の忠実な猫が人間界でお嬢様にそっくりなあたしを見つけた。

見つかったあたしは、猫につられてここに来た。

簡単には帰れないので、逃げ出すこともできずにいるあたしに、極端な二択を押しつける。

選択肢は『死』または『住み込みの仕事』

命は惜しいから、あたしは仕事を選んだけれど…

その仕事っていうのがお嬢様の身代わりってわけ、ね。

 なにこの展開?って感じ。

なにがなんだか分からないながらも、あたしにはこれ以上の選択権も拒否権もないようだ。

「あなたがわたくしの身代わりをしてくれている間にわたくしはやることがございますの。どうか分かっていただけないかしら?」

 自分よりも幼いような少女の声でそんな風に頼まれたら、断れるものも断れなくなりそうだ。

まぁあたしの場合、初めから断れないが。

「分かりました…」

 しぶしぶあたしが返事をすると、少女の声はよりいっそう明るくなって言った。

「本当?ありがとう、とても嬉しいわ!わたくしがここを留守にする間は、あなたがここの主よ。使用人もメイドもたくさんいるから、好きなようにしてくれてかまわないわ」

「は、はい」

 少女の声は弾んでいて、姿が見えなくてもとても喜んでいることが分かった。

引き受けると言ってしまった以上、何とかしなくてはいけないが、とりあえず混乱している頭の中を整理するために、あたしは部屋に戻ることにした。



「で、なんであなたたちまでついて来るの?」

 初めに案内された部屋に猫の少年と戻ってきたのはいいが、なぜか先ほど謁見の間にいた使用人やメイドなどが、ぞろぞろとあたしのあとについて来ていた。

「主は今日のうちに出発するとおっしゃっておりましたので、今日からお世話になるのですからご挨拶を、と思いまして」

「ここには人がいっぱいいるんでしょ?そんなに一気に挨拶されても、あたしだって覚えられないし…」

 あたしが言うと、彼らは皆揃って不思議そうな顔をした。

「覚えるって、何をだ?」

 彼らを代表して、猫の少年が聞いた。

「え、何をって、普通に名前と顔とか…」

「は?何言ってんだ?そんな必要ないだろ?」

 あたしの答えに、猫の少年が呆れたように言うからあたしはムッとして言い返す。

「なんで?あたしだってこれからお世話になるんだしって思って!」

「だから…覚える必要はないって言ってるだろ。覚えるなら顔だけ覚えろ…」

「は?なんで?」

 言い争いを続けようとしたあたしを遮るように、メイドの一人が声をあげた。

「あの!お嬢様、落ち着いてくださいませ。…名前を覚えなくていいというのは、ただ必要がないという理由だけで、彼も言っているわけではないのです」

「そうなのです」

「だから彼を責めないで上げてくださいませ」

(これじゃあ、なんだかあたしが悪いみたいじゃない…)

 そう思ってしまったから、理由が知りたいと言った。

すると、メイドたちは言ってもいいものかと顔を見合わせた。

 しかし彼女たちが口を開く前に、先ほどの青年が口を開いた。

「お嬢さん、実は私たちは名前を持っていないのです。だから、お嬢さんが覚える名前もないのですよ」

 彼らはまるでそのことを変だと思っていないようだった。

あたしは、彼らに名前がないのだと知って、この世界ではそれが普通なのかもしれないと思ったが、気にしていない彼らになんだかムカついてきた。

(だからあたしはここに来てから、一度も名前を聞かれてないんだ)

 そこで、あたしはこのイライラを抑えるためにもと、一つの提案をした。

それは、彼らの名前を考えること。

彼らは戸惑うそぶりを見せたが、青年は明るく答えた。

「良いんじゃないですか?私は反対しませんよ。お嬢さんと仲良くなるための一種のイベントだと思えば楽しいものです」

 思わぬ加勢を得たあたしは、嬉しくなって言った。

「そうよ!名前がないとよそよそしい感じがして嫌なの。あたしはみんなと仲良くなりたいの!」

 一気に言うと、彼らも折れてくれたようだ。

しかし、いざ名前を考えるとなると、彼らも乗り気でなんだか戸惑っていた割には嬉しそうだった。

(名前がなくちゃ寂しいじゃん。素直にそう言えばいいのに)

「それはそうと、今からみんな分なんてさすがに考えられないし、あたしもいろいろあって疲れちゃったから、今日のところはここで解散ってのはどう?」

「まぁ、気付かなくて申し訳ありません」

「や、別に良いんだけど……あーなんか、かしこまられるのってやっぱ慣れないからさ、もうちょっとその…言葉づかいを崩せるようなら崩して欲しいなぁ、なんて…無理ならいいの!気にしないで」

「いえ…分かりました。気をつけてみますね」

 微笑んでそう言ってくれるメイドにつられて、あたしも笑った。



 その夜、猫の少年や物腰の柔らかい青年、それから他にも数人の使用人たちが集まっていた。

「お前、どういうつもりなんだ…?」

「どういう、とは?」

 猫の少年の問いかけに、青年が笑って言う。

「しらばっくれるなよ。お嬢様のご命令にも、必要以上にあの人間と関わるなって…」

「まぁまぁいいじゃないの。あんたは真面目なんだか違うんだか分かんない性格のくせに、お嬢様のことに関しては堅すぎるくらいよ?」

「そうそう。お嬢様がいらっしゃらない今、僕達がしっかりしないといけないのは分かるけど、正直怒る人がいないのは嬉しいな~なんて」

「はぁ…お前たちはどいつもこいつも、なんでそんな軽く物事を受け入れられるんだ?明日からここにいるお嬢様は、偽者だって言うのに」

「考えすぎでしょう。あのお嬢さんはなかなか興味深いですよ」

「あ、そうだ!お前はそれも直せよ、そのお嬢さんってやつ」

「ああ、そうですね。明日からはきちんとお嬢様とお呼びしますよ」

 事の重大さを理解しているのは、猫の少年だけなのではないかと言うくらい、他の使用人たちの態度は変わらなかった。むしろ、楽しんでいる者もいるようだ。

「くそ…お前が余計なこと言わなければ、あいつだって名前考えるなんて言い出さなかっただろうに」

「またそんなことを言って…。あなただってまんざらでもなかったでしょう?」

「…ばかじゃねえの」

 そう言った猫の少年だったが、恥ずかしげに顔を伏せた。

「ふふっ素直じゃないんだから」

「あのお嬢さんは私が見たところでは、とても素直そうなお嬢さんでしたよ」

 使用人たちの楽しい集まりは、夜が更けるまで―――




 翌日、日が高く昇ってもあたしの部屋には誰も顔を出さなかった。

「何でだろ?お嬢様はもう出発したんじゃないのかな?」

 お嬢様のお世話とか、見送りにこんなに時間をかけるとも思えない。

それに昨日のメイドたちは、どこだろう。 あたし専属だって言う、あの。

 しかし勝手にお城の中をうろつくわけにはいかない。だってあたしは今、お嬢様の偽者なんだから。

まだなんにも知らない人とかに会ったら、どうすればいいか分からないし…。

 昨日の今日で、まだ混乱が引かないあたしは、部屋で大人しく待つことにした。

 することもないから、とりあえず近くにあったワンピースに着替えて、誰かが来るのを待っていた。

しかし本当に退屈で、そろそろ暇すぎてあたしが死にそうになる頃、やっと部屋の扉が開かれた。

「おはようございます。ってあら?もうお目覚めですの?」

「おはよう。もう、何時間待ったか分かんないよ~」

「まぁそうでしたか。私どもの主はいつも、昼食の時分までお眠りになっているものですから、お嬢様もそうだとばかり…」

「そうなんだ」

「それでは、お部屋にはもっと早く伺ったほうがよろしいかしら?」

「うん、その方がいいとおも…」

 メイドの言葉にあたしが頷いて返事をしようとしたとき部屋の扉の方から、もうあたしの耳には聞き慣れた猫の少年の声がした。

「その必要は無い。ここの生活に慣れたら、いつもの時間に戻るだろうから」

「そう、分かりましたわ。でも慣れるまでは、7時ごろにこちらに伺いますわね」

 猫の少年の言葉に納得したのはメイド。あたしは彼の言うことは、会った初めからぜんぜん分からない。

首をかしげていると、穏やかな声が聞こえて顔を向ける。

「あなたはお嬢様に説明が足りませんよ。ほら、お嬢様が混乱していらっしゃる」

 その声は、昨日の穏やかそうな青年のもの。微笑みかけてくれたので、あたしも自然に微笑み返すと、なぜか猫の少年が彼を睨みつけていた。

(変なの…)

 青年やメイドに、ほらと促されるようにして、猫の少年があたしのほうに歩み寄ってきて言った。

「…後で詳しく説明してやるから、とりあえず飯食って来いよ」

 ぶっきらぼうに言われた言葉がそんな言葉だったから、あたしは思わず呆気に取られた後、小さく吹き出してしまった。

「何言うのかと思ったら、それ?ちょっと身構えちゃったじゃん」

 笑いながら言うと、猫の少年はますます仏頂面になった。

猫の少年のこの態度にも慣れてきたあたしは、手を伸ばして猫の少年の頬を軽く引っ張った。

「ほら~そんな顔してたら、かわいい顔が台無しだよ?」

「かわいくなんか無いぞっ!おれは男だ!」

「はいはい」

 もっと怒るかと思ったのに、猫の少年はそれきり黙りこんだ。

「本当に、素直じゃありませんね」

 楽しそうな声音で青年が呟く。少年はそれにも短くうるさい!とだけ返すと、食事が済む頃には戻ってくると言って、部屋から出て行った。

「お食事はご予定が無い限り、このお部屋にお運びいたしますね」

「あ、はい。ありがとう」

「いえ。まだ慣れないかとは思いますが、ぞんざいな、というか命令口調にはお嬢様も慣れてくださいね」

「あ…う、うん」

「その調子ですわ」

 メイドは話しやすい人ばかりだと思った。

この環境に慣れないあたしには、それがとてもありがたかった。


 食事が運ばれてくると、あたしのお腹も鳴った。

「そういえば、昨日のご飯からなんにも食べてないんだった」

「はい。たくさん召し上がってくださいね」

 昨日のご飯といっても、ここに来てから普通にご飯は出してもらえた。

朝ご飯を抜いたようなものだから、お腹が空いているのだ。

「お口に合うとよろしいのですけど…」

 少し心配そうに言うメイドの1人に笑いかけて、おいしいと頷くとほっとしたように彼女も笑う。

なんだかんだ言って、あたしはここに来てからよく笑っていた。


 食事が終わると、食器などは下げられてあたしは着替えるように言われた。

「これから城下の者たちに昼の挨拶をします。バルコニーに出て、民に手を軽く振るだけですから、あまり緊張する必要はありませんわ」

 挨拶という言葉に身を硬くしたあたしに、メイドは言った。

しかし、簡単な形式的なものだといっても、普段そんなことをしないあたしは当然緊張するわけで…。

 何とか挨拶とやらは終わったが、あたしは挨拶の間、心ここにあらずといった感じだった。

「おい、お前固まりすぎだろ」

 戻ってきた猫の少年にも、そう言って苦笑される始末。

この挨拶は、毎日やらなくてはいけないらしい。仕方が無いと割り切ってしまうしかなさそうだ。

(だって、あたしがわがままを言うわけにはいかないのよ。あたしがお嬢様の偽者だってばれたら、大変なことになりそうだし…)

 あたしは苦笑するしかなかった。


 その後は、思っていたよりも暇だった。

大変な仕事が待っているかと思い、身構えていたあたしの気持ちとは裏腹に、ほとんど何もすることが無いと言われてしまったからである。

「え?あたし、なんにもしなくていいの?」

「あぁ。今のところはな」

「へぇ…もっといろんなことに追われるものだとばかり…」

「追われたかったのか?」

「ううん!そういうわけじゃないよ!」

 慌てて首を振るあたしを見て、メイドたちが小さく笑う。

「賑やかですこと」

「本当、お嬢様がいらしてから、お城が明るくなった気がいたしますわ」

「ね。私達も、楽しいですし」

「そうか?あまり変わりは無いように思うが?…賑やか、と言うよりはうるさくなったんじゃないか?」

 猫の少年が、ぼやく。それを聞いてまた、メイドたちが笑う。

 そんなことをして、その日の午後は過ぎていくと思われた。

が、新しい客の来訪で、新たな展開へと流れていくことになるのだった―――

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