8.
翌朝もロゼットはきれいに食事を平らげた。
空になった皿に、執事がほっと胸をなでおろす。これで料理長の意気も戻ることだろう。
「ロゼット様はいつまで謹慎なのです? もう四日目になりますが」
「そうだな……そろそろ外に出してやるか」
まだ記憶が戻っていないので、城内で自由にさせるのは危うい。
エセルはロゼットを連れて外出することにした。
「ロゼットちゃーん。お出かけだからお着替えしましょうねー」
外出と聞くや否や、エドロットがまたどこからかドレスを調達してきた。
挿し色の赤がかわいらしい外出着だ。
ケープや帽子も、ロゼットは言われるがまま身につける。
「うっわー、かーわい。今なら元王女様の肩書もなじむわー」
「なんか顔つき変わってきたよな」
エドロットとキートはきゃっきゃと盛り上がる。
ちなみにエセルの着替えはほったらかしである。
「伯爵、あちらのお嬢様、リボンがあれば完璧だと思いません?」
「好きにしろ」
エセルは引き出しから赤いリボンを取って、エドロットに投げつけた。
自身も、伸びた髪を結ぶ。
(もう二度と伸ばさないつもりだったのに)
髪を切らないのは、魔力を溜めておくためだ。
枯渇すれば生命に関わる――ロゼットの。
(……生活のほぼ全てを振り回されているな)
鏡の前で、エセルは嘆息する。
だから嫌かといえば、そうでもない。
不思議と受け入れていた。
「ところで、どこまで出かけんの?」
「近くの湖を適当に散策する」
身支度を終えると、一行は馬車に乗った。
木枯らしの吹く季節。木々は紅葉し、湖の周辺には落ち葉が積もっていた。
その上に、ぽつぽつと落ちているものを見て、キートが楽しげにする。
「栗だ。伯爵、拾ってきてイイ?」
「自由にしろ」
キートが小走りに駆けていくと、ロゼットも興味深そうについていった。
二人して、無心に栗を拾い始める。
戻ってくる頃には、キートの帽子いっぱいに栗が入っていた。
「帰ったら、暖炉で焼いて食おうぜ」
うなずくロゼット。
その手元を見て、エセルは柳眉をひそめた。
「……素手で拾ったのか?」
「手袋、借り物だから」
栗のイガに刺されて、細い指先には血がにじんでいた。
エセルは軽くため息をつき、その手を取る。
「あまり傷を作らないでくれ。頼むから」
離した時には、治癒の魔法によって傷は消えていた。
ロゼットは両手を二度三度、返す。
「……なんで?」
緑色の目が、怪訝そうにエセルをうかがう。
「すぐ治るのに」
「……私が不愉快なんだ」
「訳すと『あなたが傷ついているところを見たくないです』ってイミな。ロゼットちゃん」
不機嫌に言い放たれた理由を、エドロットが翻訳した。
ロゼットは大きくうなずく。
「エセルは心配性なのね」
「誰が心配――」
「ありがとう」
素直にお礼を言われると、エセルは先が続かなかった。
否定を呑みこむ。
「どういたしまして」
二時間ほどかけて、湖を一周する。
本来ならその半分の時間で回れるのだが、同行の三人があれこれ道草するので仕方ない。
やれ鳥がいる、ドングリが落ちている、野ウサギがいたと頻繁に足を止める。途中では水切り石大会も催された。
「私はおまえたちの引率か?」
「そう」
皮肉が吐きかけられても、ツラの皮の厚い面々は全力肯定するだけだ。
エセルは真上にある太陽を見上げた。
「昼にして。帰るぞ」
「はーい」
適当な場所に敷物を広げ、城から持参したバスケットを開ける。
中は、肉料理や魚のテリーヌ、焼きたてのパンや甘い菓子などが隙間なく詰まっていた。
どれも手の込んだものばかり。復活した料理長の意気が感じられる内容だ。
「おいしそう」
ロゼットは目を輝かせて、取り皿を取った。
ローストビーフなら真ん中を、パンなら焦げ目のきれいなものを、ブドウなら一番大粒のものを、より抜いて皿に盛っていく。
「伯爵は何食べんの?」
キートが主人のために取り皿を持った。
「私は――」
「はい」
答えようとしたエセルの前に、山盛りの皿が差し出された。
「エセルの分」
ロゼットの言動に、場が凍った。
「え……」
「ロッツ、おまえ……?」
エドロットとキートは信じられない、という顔をした。
猫が喋り出したとか、魚が陸を歩いているとか、そういうレベルの驚きを露わにした。
「……苦手なもの、あった?」
周りの動揺などどこ吹く風で、ロゼットは小首を傾げる。
「い、いや……大丈夫だ」
エセルはこわごわ、皿を手に取る。
怖い。
ものすごく怖い。
この突然の親切は、不可解すぎた。
(何か裏が……?)
探る視線を向けるが、ロゼットにそんな様子はない。
エセルの分を用意した後は、自分の分を取っている。
ただただ普通に給仕しただけのようだ。
その証拠に、今度はグラスを差し出してくる。
「エセルは何にする?」
「……ワイン、で」
動揺を押し殺し、エセルは答える。
(よく分からんが。これは信用されている、のか?)
席もすぐ隣だ。
誰に勧められたわけでもないのに。
「……具合が悪いの?」
一向に皿に手をつけないので、ロゼットが心配そうにした。
「いや、別に。大丈夫だ」
ようやく、エセルは皿に手を付けた。
ところが半分も食べないうちに手が止まったので、またロゼットは不安げにした。
「やっぱり具合が」
「どこも悪くない! 元々そんなに食べないだけだ!」
額に手を当てられて、エセルは慌てふためく。
「おまえこそどうした。急に」
ロゼットはきょとんとしている。
「私の心配なんて。らしくもない」
「……そうなの?」
「記憶を失う前のおまえは、私を嫌ってたぞ」
すると、ロゼットはやはり首を傾げた。
「そんなことはないと思うけど。
だって――」
不意に、ロゼットは背後を振り返った。
湖を指す。
「エセルを思い出した時、一緒に、あんな光が思い浮かんだの」
水面は光を受けて、きらきらと輝いている。
「あれより、もっと強くて眩しかったけど。
真っ暗な視界が晴れていくようだったわ。
嫌いだったなら、そんな印象は残ってないと思う」
思いもよらない台詞に、エセルは目を皿にした。
「えー……これ、俺らが聞いててもいいやつ?」
「席外した方がいい?」
「妙な雰囲気にするな!」
外野に怒鳴って、エセルはワインを煽った。
料理を口に押し込む。
何か喉に詰めていないと、心の揺らぎが外へこぼれ出てしまいそうだった。




