表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いばらの冠  作者: サモト
花守の手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/62

6.

「ロゼット様は、ハングリーストライキをしていらっしゃるのですか?」


 三日目。執事が心配そうにいった。


「昨日も何も召し上がっておられないようですが……」

「水は飲んでいるらしい」


 キートいわく、知らない間に洗面器の水が減っていたという。

 人が運んだものは口にしたくないのだろう。


「料理長が気落ちしております。自分の料理に手落ちがあるのかと……」


 執事は今日も、すべての料理を少しずつ取り分ける。


「このままでは料理長が勤め先を変えかねないと、ロゼット様にお伝えくださいませ」


 エセルが憮然とすると、執事は言葉を足した。


「もちろん、例えでございます。料理長も旦那様の評価は、重々承知しておりますので」

「わかっている。皿を空にして返すのが、料理人への一番のねぎらいということもな」


 エセルは紅茶をすすった。


 今朝は、これだけだ。固形物は何も口にしていない。

 訪問先では先方を慮って、できる限り食べるので、出かけた翌日は絶食だ。

 料理人泣かせの少食ぶりである。


 それに対し、ロゼットといえば。

 朝昼晩きっちり食べ、おやつまで平らげる。

 料理長が作りがいを感じていても無理はない。


 少し申し訳なくなって、エセルは魚のソテーを一切れつまんだ。

 焼き加減もソースも申し分ない。

 腕のいい料理人はもてなしに必須の人材だ。辞められては困る。


「今日こそ何か食べさせる」

「よろしくお願いいたします」


 朝食トレイを運んでいて、エセルはふと気づいた。

 今朝のメニューは、どれもロゼットの好物ばかりだ。


「……うちの食卓、居候に乗っ取られてるな」


 ぼやきつつ、自室に向かう。

 キートとエドロットが廊下に立っていた。


「おまえたちが外に出ているということは。着替えているのか?」

「そうなんだけど……なかなか出てこなくてさ。手間取ってんのかな?」


 エセルはノックをしてみた。返事がない。

 三人は顔を見合わせ、そっと扉を開けた。


 ――風が、頬を撫でた。


 窓が開いてる。


「――げ。まさか」


 三人は室内をくまなく見て回った。

 どこにもロゼットの姿がない。


「逃げた!?」


 窓から身を乗り出すが、近くに姿はなかった。


「ロープも何もないのに。どうやって降りた?」

「なくたって、ロッツならできるだろ」

「窓枠とか、壁のちょっとの凹凸使ってさ」


「猿か? 猿なのか、アレは?」

「猿だよ」


 エセルの問いかけに、キートたちは投げやりに答えた。


「ともかく、手分けして探すぞ」

「了解」


 踵を返したところで、戸口からヤナルが顔をのぞかせた。


「ロッツ、今、俺の部屋にいるんですけど。

 部屋に閉じ込めておくのは、やめたんですか?」


 あっさり居所が判明し、エセルは肩透かしを食らった。


「やめていない。どこにいた?」

「庭の木に登って、りんごを食べてましたよ」


 空腹に耐えかねて、食べるものを探しに脱走したということなのだろう。エセルは額を抑えた。


「木にのぼって食事か。やっぱり猿だな、アレは」

「だから、猿だっていってんじゃん」

「人間です」


 ヤナルは生真面目にが訂正した。


「どうやって部屋に連れていった?」

「『お腹空いてるなら、何かあげるからおいで』って誘ったら、ついてきましたけど」


 これにはエセルだけでなく、キートたちも驚く。


「警戒されなかったのか?」

「特には。会った瞬間に『ヤナル?』って聞かれましたけど」


「何かで思い出したんだろう」

「そういえば……俺のにおいを嗅ぐようなそぶりをしていました。

 薬のにおいが印象的なのかも」


 すれちがう時に気づく程度だが、ロゼットの五感は鋭い。


「素直に物を食べるとはな。

 こちらでは、キートが勧めても食べなかったんだが」


 エセルがふしぎがると、エドロットが謎を解いた。


「ヤナル、よくロッツにおやつやってるからだろ。

 給餌係って認識されてんだよ」


「きゅ、給餌係……。

 俺は弟妹にあげている気持ちだったんだけど」


 はからずも餌付けしていたヤナルだった。


 ともかく一行は、ヤナルの部屋へ向かった。


 棚に囲まれた室内で、ロゼットは食事していた。

 粥にゆで卵、チーズ、マッシュポテト、果物などを旺盛に飲み食いしている。二日分を取り戻す勢いだ。


「伯爵、今日はロッツの記憶を戻せそうですか?」

「……どうだろうな」


 ヤナルの問いに、エセルは返事を濁す。

 キートが補足した。


「伯爵、警戒されちゃっててさ。

 治療しようにも、近づけない状態なんだよ」


「それは――辛いですね」


 医者のヤナルは、エセルに同情した。


「治療でミスしたっていう事実だけでもショックなのに……。

 患者に信頼してもらえないのは、堪えますよね」


「ヤナル……私にはおまえだけだ」


 心からの労りは、エセルの心に深く刺さった。

 心優しき隣人の両肩に手を置く。


「うわ。俺、伯爵のために刺されたのに」

「俺は誤解された上に、胸倉を掴まれたのに。何この差」

「不定期の忠節より、定期的な思いやりを評価するのは当然だろう」


 ぶーぶー不平を漏らす護衛に、エセルはもっともな正論を突きつけた。


「ヤナル、伯爵が近づけるように、ロッツのこと説得してみてくれよ。

 おまえの言葉なら信じるかも」


「そうかなあ。一応、やってみるけど」


 キートに頼まれ、ヤナルは部屋へ入っていった。

 数分後、困った顔で引き返してくる。


「だめ?」

「『怖がらないで大丈夫。伯爵は、本当は優しい人だよ』って説得してみたんだけど」


 ヤナルは斜め下に目線を落とす。


「『たまに優しい人は、別に優しくない。本当に優しい人は、いつも優しいと思う』って返されて……」

「正論すぎる」


 先ほどキートたちに叩きつけられた論法が、今度はエセルに叩きつけられた。


「他、誰かいたっけ? ロッツを説得できそうな人」

「クレイオさんは? どこにいるか分からないけど」

「ここを発って、三ヶ月だもんなあ」


 話し合う三人の横で、エセルが動いた。

 四方に人がいないことを確認すると、近くの部屋から水差しを持ってきた。

 その水で、床に円と文字を描く。


「居場所が分からないなら、呼び出すまでだ」


 エセルは呪文を唱えた。

 円が輝き、糸目で長身の男が現れる。


 ――ズボンを降ろした状態で。


「……伯爵、相手にも都合ってもんが」

「一声かけるとかしようぜ」

「すみません、クレイオさん! 突然にすみません!」


 クレイオはぽかんとしていたが、やがて事態を呑み込んだ。

 平身低頭している三人に手をふる。


「いやー、こっちもすみません。これから用を足そうかってところだったので」

「早くしまえ」


 勝手に呼びつけておきながら、伯爵様は一方的にわいせつ物を見せつけられた被害者のような態度だった。


「どんなご用でした?」

「アレが記憶喪失になった」


「ロゼットですか?」

「元に戻そうにも、警戒心が強すぎて近づけん。近づけるよう説得しろ」


 指し示されたドアを開け、クレイオは「あらら」と声を上げる。

 

「なんだか懐かしい反応してますね」


 人の気配を察知し、ロゼットは部屋の隅に移動していた。

 抱えた食料を頬張りつつ、入口を警戒している。


「とりあえず、行ってきます。

 説得の前に、私のこと思い出してもらわないといけないですけど」


 待つこと数分。おでこをさすりながら、クレイオが戻ってきた。


「途中、つまづいて、棚で頭を打ってしまって。

 おかげで、ロゼットにはすぐ思い出してもらえましたけど」


 クレイオはロゼットの無意識に擦りこまれるほどのドジっ子なのだ。


「どうだった?」


「『師匠はどこ?』というので、伯に記憶を戻してもらえば分かると伝えたんです。

 付いてきてくれそうな様子だったんですけど……」


 いざ部屋を出るとなると嫌がったらしい。


「後一押し、という感じですね。力及ばず、申し訳ありません」


 背を丸めるクレイオを、ヤナルたちが気遣った。


「こちらこそ、お取込み中のところ、お呼びだてしてしまって」

「お手洗い行く?」

「茶、もらってくるわ」

「いいんですよ。むしろ、呼び出されて助かったくらいです」


 クレイオは鷹揚に手を振る。


「実は今、海賊に捕まっていまして」

「海賊!?」


 とんでもない状況に、三人は目を剥いた。


「別に危ないことはないですよ。

 船長さんの話し相手として、強引に引き止められてしまって。

 なかなか下船できな――」


「手間をかけたな。帰っていいぞ」


 話の最中に、クレイオの姿はかき消えた。エセルが消したのだ。


「……伯爵、今の話、聞いてた?」

「なんで海賊船に返すの?」

「気の毒じゃないですか」


「使ったものは元の場所に戻すのが基本だろう」


 部下たちは、鬼、冷血漢、お慈悲を、と責め立てたが、エセルは知らん顔だった。


 人の周囲をこそこそ嗅ぎまわっていた相手に、手心を加える必要なんぞ皆無である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ