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いばらの冠  作者: サモト
花守の手

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54/55

1.

※エセル視点のお話です

 エセルがマスカード伯として政務に復帰し、数ヶ月が経過した。


 領地の混乱はひとまず収まり、失われた権限と名誉も取り戻した。

 裏切った者には然るべき罰を、信頼できる者には再びその場を。

 領主としての評判も、ほぼ回復している。


 しかしその裏で、エセルはもう一つの課題に頭を悩ませていた。

 ロゼットの身体の治癒だ。

 政務の順調さとは裏腹に、こちらの進捗は芳しくない。


「……うまくいかんな」


 徹夜明けの目に、朝日がまぶしい。

 時間切れを悟って、エセルは呪具のひとつである香炉にフタをした。

 ため息とともに、肩を落とす。


 目の前――エセルの寝台には、ロゼットが横たわっている。

 昨晩から今にかけて、エセルは彼女の治療に励んでいたのだ。


『エセルは、治癒魔法に対して身構えすぎだよ。

 緊張のせいで、魔法が本来の半分も働いてない』


 頭の中に響くのは、エセルの主――エヴァンジェリン一族の神の声だ。


『物を動かす魔法のときは、動かしたいと思ってやるでしょ?

 身を守りたいときは、守りたいと思ってやるでしょ?

 治癒魔法も同じだよ。相手を癒したいと、ただそう思ってやらなくちゃ』


 性格はふざけているが、魔法の師としてはこれ以上ない相手だ。

 嫌々ながらも、エセルは耳を傾ける。


『もっと心をくつろげて。患者を治したいとだけ願って。

 余計なことは考えない』


 ――やっている。

 そう反論したいが、現実を鑑みて言葉を呑む。

 ささくれ立つ心を抑え、静かに問うた。


『何が足りない?』

『患者のこと――いばら姫のぜーんぶを自分の優しさで包みこんであげたいと思う、海のように広く、谷のように深い愛』

『……また呼ぶ』


 エセルは不機嫌に会話を打ち切り、後始末にかかった。


 部屋の中は――一般人から見れば――異様な状態だ。

 隅という隅に呪符が貼られ、床には枯れた薔薇の花が散乱している。

 患者の下には魔法陣を描いた布、サイドボードには宝剣や杯、本や香炉。

 どこを見ても怪しげなものばかりだ。


「戻れ」


 エセルは掛け声とともに、手を一叩きした。

 一瞬にして、部屋は治療を始める前の状態へと戻る。


 念のため、取り残しがないか目視で確認する。

 万が一、使用人に呪具や薬草を見つけられると困る。

 この時代、魔法はすでにおとぎ話。使うには、常に細心の注意が必要だ。


(……まだ、起きそうにないな)


 ベッドに横たわるロゼットのまぶたは、固く閉ざされたままだ。

 一度止めた術が動き出すには、少し時間がかかる。

 そう分かっていても、毎度この時間は落ち着かない。


 もし目覚めなかったら?

 取り返しのつかないミスをしていたら?


 苦手意識があるだけに、心が乱される。


(呼吸は正常。脈拍も問題なし)


 不安をなだめるように、患者の首筋に触れる。

 温かな肌が、生きていることを知らせてくれる。


(……表面の傷くらいは、さっさと消せると思っていたんだが)


 シャツの合わせ目からのぞく、鎖骨の傷痕をなぞる。

 傷はそこだけではない。胸部や腹部、素足にもある。


(それどころか、臓器にまであるというのに)


 ため息がもれる。

 気が急くのに成果は出ない。空回りしている実感がある。


「……愛情、か」


 ぽつりと、エセルは神からの助言をつぶやいた。


 脳裏に、ロゼットとのこれまでの思い出が蘇った。

 初対面でナイフを向けられたこと。

 その後には平手打ちもされ、槍で威嚇もされたこと。

 再会したときにも、やはりナイフを向けられたこと。


「……いつ芽生えろと?」


 相手の意識がないのをいいことに、エセルはその頬をつねった。

 脱力し、文机に身を預ける。


 そのまま、少しだけ眠ってしまったらしい。

 気づくと、寝台は空になっていた。


 ロゼットは窓際にいた。

 カーテンを開け、外をきょろきょろ眺めている。


「調子はどうだ?」


 エセルは立ち上がり、さりげなくロゼットを窓際から遠ざけた。

 なにせ彼女の服装は、大きなシャツ一枚。鎖骨はあらわ、素足もむき出し。

 女性としてはあまりにも無防備な姿だ。


「ゆっくり歩いてみろ」


 手を差し出して促す。

 しかし、相手は動かなかった。

 戸惑った顔で、ただ立ち尽くしている。


「どこか違和感でもあるのか?」


 眉をひそめると、小さな唇が開いた。

 ところが、声がかすかで聞き取れない。


「声が出ないのか? 喉を見せろ」


 エセルが手を伸ばした瞬間、相手は飛び退いた。

 きれいなグリーンアイがまん丸に見開かれている。

 瞳孔の開いた目に宿っているのは、怯えだ。


「――」


 また、何か言っている。

 エセルはなんとか聞き取ろうと、一歩踏み出した。

 途端、追い詰められたように、相手が大きな声を出した。


「あなた、だれ?」


 その一言で、エセルは自分が何をやらかしたのか把握した。

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