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いばらの冠  作者: サモト
忌み枝
53/53

銀と銅の間に

番外編。ロゼット目線ですが、メインはキートです。

 暑い日のつづくようになったこの頃。

 ロゼットが城内を散策していると、畑で雑草を抜いているキートの姿を発見した。


 キートはエセルの護衛だ。たまに主人の命令で護衛以外の雑用もこなすが、それでも畑作業は職務の範疇外だ。

 理由を察して、ロゼットはにやっと笑った。


「キート、今度は何やったの?」


「何やったって、事故だよ事故。警備兵のやつらの差し入れに、ちょっといたずらでさ、生のじゃがいもをりんごっぽくむいて渡したんだよ。そしたら、お客さんがこの季節にリンゴだなんてめずらしいってつまんじまってさ。事故だと思わね?」


 しかもそれが、運悪くエセルの客だったらしい。もちろんすぐに客は吐きだしたので、大事には至らなかったが、キートはエセルに大目玉を食らい、懲罰労働中というわけだ。


「この間もなんかやって、この畑の水やりと雑草抜きしてたよね」

「ブーブー鳴くクッションをおいといたことかな」


「その前はメイド頭にお小言言われて、この畑に種まきしてなかった?」

「草むらにストッキングとガータベルトが落ちてたからさ。木にはかせといたんだよな。男連中には好評だったぜ?」


「この畑耕してたのは、師団長に怒られてだっけ?」

「もう覚えてねえよ。

 しっかし、そう思うと、俺って一人でこの畑を全部世話するくらいいろいろやってんだな」


 こうなったら収穫時期にも何かやろう、ともはや手段と目的が逆転していることをいう。

 平穏な町だ。退屈しやすい日常に、キートのいたずらは評判だが、たまにやりすぎて怒られる。主にエセルに。


「よくクビにならないよね」

「首の皮一枚はつながっているように加減してっからな」


 自慢するようなことではないのだが、キートは自慢げにいった。

 汗がたれてこないよう、頭や首に布を巻き、畑の手入れにいそしむさまは、ザ・農夫だった。しっくりなじんでいる。


「農夫に転職したら?」

「転職も何も、俺、農家の出だぜ? あっちの方の畑、俺の実家の畑」


 キートは城の東にひろがる畑を指さした。よく聞くと、かなりの範囲がキートの実家のものだとわかった。キートは大地主の子供らしい。マスカード家とも、昔から馴染みの仲のようだ。


「俺、三男坊なんだけどさ。あまりに落ち着きなくてやんちゃだったから、子供の時、行儀見習いにお城に奉公に出されたんだよな。まあ、見事ダメだったけど」


「自分で言ってちゃ世話ないよ。よく今まで追い出されもせずつづいてるね」


「伯爵のとーちゃん――大旦那様が寛大でさー。男の子はこのくらい元気でやんちゃな方がいいって。大奥様も、やさしかったし。よくお菓子もらったなあ」


 人はそれを餌付けされたというが、キートに自覚はない。


「やさしくなかったのは伯爵だな。

 子供のころの伯爵は、マジ見た目天使でさ。光のわっかでも載せてんのかってくらい髪の毛つやっつやのさらっさらで。髪も長かったから、男っていわれてても一瞬まちがえかけるくらいかわいくて。

 まつ毛なげーわ、顔ちっせーわ、肌白いわ、目ガラス玉みたいにすきとおってて。物静かで、お行儀良くて。

 ホントに同じ生きものかって、まずそっから疑うくらいだったんだけど」


「その頃から性格悪かったの?」


「聞いて驚け。第一声は『うるさい、山猿』だった」


「今と変わらないねー」


「なんにもしゃべんねーから、俺、しゃべれないんだと思って三日くらい一方的に話しかけてたんだけど。ただ無視されてただけっていう」


 キートは口をとがらせながらも、笑っていた。エセルの冷淡な態度も全くこたえていなかったらしい。


「腹立たないの?」

「立つけど、俺って能天気だから。一晩寝ると忘れて、怒りが長続きしないんだよな」


 ついでに怒られたことも忘れるので、今日も元気に農作業なのである。


「そのうち伯爵の方が俺に慣れたっていうか、折れたっていうか、あきらめて話してくれるようになって。今に至るって感じ」


「じゃあ、喧嘩もしたことないんだ?」

「そうだなあ……いや、一回あるわ。はじめて、伯爵の魔法を見ちゃったとき。

 伯爵、俺の記憶を消そうとしてさ。絶対誰にもいわないっていってるのに、全然信じなくて。俺、怒って、伯爵と数日間しゃべらなかったんだ」


「無理やり消されなかったんだ?」


「そりゃ俺、常にだれかにひっついて、伯爵と二人きりにならないようにしてたからな。

 伯爵、覚えていない方がいいからっていってたけど。でもそれって、なんか違うよな」


「そうかな? 忘れた方がよかったと思うけど。覚えててよかったことってある?」


 キートは返答に詰まったが、だからといって、ロゼットの意見に賛成もしなかった。口をへの字にしたり、とがらせたりする。


「結局、どうやって和解したわけ?」

「よく覚えてない。たぶん、うやむやのうちに終わったんじゃねえのかな」


 キートがまた作業にもどったので、ロゼットも歩き出した。が、数歩で呼び止められる。


「ロッツ、忘れモン」


 紙片がひらひら揺れる。

 ロゼットは自分のベストのポケットを確認し、目を丸くした。


「いつの間に」

「ポケットからのぞいてたから、なーんか気になっちゃってさ。抜いちゃった。やけに古そうなメモだな。紙が変色してる」

「最初から、べストに入ってたんだよね。このベストも伯爵が子供の時使ってたやつだから、昔、伯爵が入れたまま忘れたんだと思うんだけど」


 メモの中身は、アイスバーグ城の簡単な地図だった。庭の一角に×印が打たれている。


「なんだろうね?」

「何か埋めたとか?」


 キートは作業に飽いており、ロゼットは手持ち無沙汰だった。

 そこに良いネタが飛び込んできたら、出る結論は一つである。


「よし、掘ってみようぜ!」

「賛成!」


 二人は農機具置き場からシャベルを持ち出し、現場へ直行した。


「なんだろ。おもちゃとか? なんかめずらしいもんとかかな?」


「意外と思い出の品とか」

「何か失敗したものを隠してたとか」


「キート、そのパターンでしょ」


 キートはぺろっと舌を出した。昔どころか、今もよくありそうだ。


「おまえは?」

「木の実とか食料を隠したかな。人に見つからないよう、見つけても取れないようなところに隠すんだけど。人は良くても、動物に取られてさー。悔しい思いをしたよ」


「俺は隠したはいいけど、隠した場所忘れるんだよな。意味ねえわ」


 目的の場所は、一本の木だった。二人は根元をザクザクほった。

 やがてシャベルの先が何かにあたる。


「あ、なんかある!」

「ホントだ。よーし、一気に……!」


 深くシャベルを差し、キートが土をどける。


 頭蓋骨と目が合った。


「……」

「……」


 どちらも、目をこすった。

 しかし、こんにちはしているのは、どうみても人の頭の骨だ。


「えーっと……」


 二人はしばし放心していたが、遠くに聞こえた人の声に、次の行動を決定した。

 すなわち、また埋める。

 何も見なかったことにして、頭蓋骨にもう一度土をかぶせる。


「何にもなかったね!」

「おう! 骨折り損だったな!」


 二人は掘り返したところを、念入りにシャベルでたたいた。


「……ま、まあ、今更こんなことの一つや二つ、どうってことなくない? 僕にしたって、キートにしたって、戦場いってたわけだしさ。一緒のことやってるじゃん?」


「そうそう。いまさら、こんなことくらいでビビったりしねえっての」


 ただ、わざわざ埋められて、隠されていたのが問題だ。

 どんな後ろ暗い背景があるのか。

 二人はエセルの過去に想像をふくらませた。


「そこで何をしている?」


 動悸を抑えていると、今、最も会いたくない人物の声がした。

 おそるおそるふりかえる。

 エセルだ。

 二人は肩を飛び上がらせる。


「いやー、ちょっと」

「ネコのフンが落ちてたから、埋めていたんだよ」


 二人はそそっとエセルの脇をすり抜ける。

 エセルは勘がよい。話しているうちに勘付かれると困る。


「ネコか。変なところに入り込まないといいが」


 ぽつりと、エセルがつぶやく。


「地下室にもぐりこんだはいいが、出られず死んだネコがいたからな。よけいな好奇心を出さなければ死ぬこともなかったのに」


 その話、なんで今するの?

 さっさと逃げようとしていたロゼットとキートは、言い知れぬ寒気をおぼえて足が凍った。


「あそこを掘ったのか」


 エセルが木の根元に近づいていくけはいがした。

 二人はシャベルをつかんだまま、声も出ない。


「――見たか?」


 静かな問いかけに、二人は一瞬息も忘れた。

 つばを飲み込み、そろそろふりかえる。


「見てない見てない!」

「何も見てないけど!?」


 二人は思い切り否定したが、ごまかせていないことはわかった。

 エセルは何もかもお見通しというように、かすかに顎をあげ、斜にこちらを見ている。


「……見たら、何かあるわけ?」

「これだ」


 もうなかば開き直ってキートがたずね返すと、エセルが指で首を斬るフリをした。


「へ?」

「だから、これだ」


 再度、エセルは指で首を斬るマネをする。

 うっすら唇に笑みすらのせて。


 美貌に添えられるかすかな笑みは、ときに酷薄さを感じさせる。


「そういっただろう?」


 ロゼットたちの判断は早かった。

 二人はシャベルを放り投げ、駆けだした。



*****



 南門前の広場までやってくると、二人は立ち止まった。背後にエセルはいない。壁に手をつき、あらく息を繰り返す。どちらも顔は青い。


「まさか即刻口封じなんて……」

「俺ら、黙ってるのに……」


 ロゼットは短剣をにぎった。


「こうなったら、やられる前にやるしか」

「バカ! 勝てるわけねえだろ。忘れたのか、伯爵は――ほら、アレだよ。人間の範疇超えてる人だろ?」

「分かってるよ。マのつく反則武器をフル装備した人外魔境だよ」


「だれがなんだって?」


 エセルが不機嫌もあらわに、行く手をふさいでいた。


「ぎゃ――――ッ!」


 四方にひびく叫びをあげて、二人はまた全速力で逃げ出した。

 一目散に北の城門まで駆けたが、急ブレーキをかける。


「思ったけど、逃げたってムダだよね」

「伯爵、俺らがどこ行ったって、簡単に探し当てるよな」


 二人が逃げたい相手は、自分が知りたいと思わなくても、人の居場所を無意識に察する魔法使いだ。どこに隠れても意味がない。


「と、とりあえず、人の多いとこ行こうぜ!」

「そうだね。人目が多いところにいれば、伯爵も変なことできないだろうし」


 二人は広間に身をよせた。この時間は、昼食のために、大勢が集まっているからだ。せっかくなので、ロゼットたちも昼食をとることにする。


「あれ? ロッツ、お昼、こっちで食べるの?」


 その他大勢と同じく、食事に来ていたヤナルが、ロゼットの姿を見とがめた。


「伯爵と食べないの?」

「たまには、こっちで食べるのもいいかなって」

「伯爵の食卓の方が豪華なのに」

「大勢と食べた方が楽しいでしょ?」


 苦しまぎれの言い訳を、ヤナルはあっさり信じた。じゃあいっしょに食べようと、ロゼットたちの向かいに座る。


 今日のメニューはパンとスープ。追われていたってお腹は空く。ロゼットはさっそくスープに入っていた肉団子にかじりついた。


「いっ……!」


 ガキっと、口の中で金属音がした。

 ロゼットはおそるおそる、肉団子を吐きだした。

 ナイフの先のような、小さな金属片がまじっていた。


「うわっ、大丈夫!? 肉を細かくしてるときに、入ったやつかな」


 ヤナルがすぐさま口の中を診た。

 さいわいにも、口の中にけがはない。


「よかった。飲み込んでいたら、危なかったよ」


 ロゼットは神妙な面持ちで小さな凶器を見つめた。

 キートも同じだ。二人は無言で料理を遠ざけた。空腹を抱え、おいしそうに食事をするヤナルを恨めしげにする。


「そういえば、二人は何にしたの?」

「何が?」

「ロッツもキートも、まだ聞いてない? 伯爵が――」


 ヤナルは話の途中で、言葉を切った。あわてた様子で、キートの肩のあたりをはらう。


 ボトッ、とサソリが床に落ちた。


「……なんでこんなところに?」

「ふつう、こんな土地に絶対いないだろ……」


「たぶん、荷物に引っ付いてきていたんだよ。この間、遠くから荷物がたくさん来ていたから。刺されなくてよかったね」


 ヤナルはこともなげにいうが、ロゼットとキートは固唾をのんだ。サソリが退治されても、生きた心地がしない。

 もはやだれかと一緒にいても安全であるとはいえなかった。見えざる魔手は常にそばにある気がした。


「おーい、キート」


 料理の載ったトレイをもって、あらたにエドロットがテーブルにやってきた。


「それにロッツも。ちょうどよかった。おまえらに伯爵から伝言。あとで部屋に来いってさ」


 二人は頬をひきつらせた。午後から用事が、まだ畑仕事が、ともごもご言い訳する。


「あと、さっきのことなら冗談だ、っていってたけど。なんのことだよ? おまえら、なんかあったわけ?」


 どちらも、エドロットの疑問に答える元気もなかった。

 金属片とサソリに、あらためて戦慄する。


「いまさら冗談っていわれてもな」

「凶器を思いっきり振りかぶっておいて、わざとじゃないっていわれても怖いだけだよね」


 かといって、逃げ回っていても、また災難に見舞われるだけだろう。二人は腹をくくることにした。重い足を引きずって、エセルの部屋の前に立つ。


「とにかく、俺ら黙ってるからって説得してさ。命だけは勘弁してもらおう」

「当然。黙っているってのが信用できないなら、記憶消してもらえばいいしさ。なんなら、あいつに関する記憶を全消去してもらってもいいし」


 ドキドキしながら、ノックし、中に入る。


「お呼びとのことで、参上いたしました」

「失礼いたします、伯爵サマ」


 慇懃な挨拶に、エセルは怪訝そうにした。近くに、と合図しても、二人が五歩以上の距離を保つので、柳眉をひそめる。つっけんどんに本題に入った。


「このあと来客があるから、用件だけいうぞ。何が欲しい」


 どんな脅し文句が降ってくるかと警戒していた二人は、意外な質問に耳を疑った。

 なぜそんなことを聞かれるのか、理由が分からない。

 やがてロゼットの方が一足早く、結論を導き出した。


「キート、これ、アレだ。何でも欲しいものやるから、さっきのこと黙ってろってやつだ」

「俺らをモノを釣ろうってことか。伯爵め……」


 小声で話し合いを終えると、二人はきっとエセルの方をみた。


「俺、休み欲しい! 休み!」

「僕、短剣! 切れ味いいやつ!」


 二人はあっさりつられた。

 いいぞ、と二つ返事で了解が得られる。


「キートが休みで、ロゼットが短剣だな。

 休みか。長めにやろう」


「マジで? いいの?」

「ああ。――お前ひとりいなくなっても、なんとでもなるし」


 付け加えられた一言に、キートが不安げになった。

 長い休暇――深読みすると怖すぎた。


「ロゼット、短剣なら、これをやる。私のものだが、ほぼ新品だ」

「使ってなかったの?」

「……まあ、色々とな。最後に使ったのは、おまえと同じ年のときか」


 いろいろと。最後に。何があったのか。

 ロゼットの脳裏を、例の白骨がよぎった。

 手のなかの短剣が重い。


「伯爵、ごめん、やっぱ短剣返す」

「俺も。休みはいいや」

「は?」


「さっきの記憶――いや、伯爵に関する全部の記憶を消すってことで。それでいいから」

「俺は記憶消されるのヤだから。二度と伯爵にかかわらないようなところに、新しく働き口が欲しい」


 エセルは目に見えて、当惑した。


「……本気か?」

「本気だよ」

「長いこと、お世話になりました」


 エセルは長々ととまどっていたが、やがて、執事が客の来訪をつげた。


「……わかった。準備ができたら、また呼ぶ」

「よろしくお願いいたします」


 二人は深々と頭を下げて、退室した。



*****



 カン、と音を立ててカップを突き合わせる。麦芽酒の泡が宙にはね、ロゼットとキートはジョッキをあおった。ふーっとため息を吐く。


「この光景ももうすぐ見納めかあ」


 キートは感慨深げにつぶやいた。ロゼットはつまみをくわえ、口をとがらす。


「離れたくないなら、記憶消してもらえばいいじゃん。なんでわざわざ遠くに行くことにしたの?」


「記憶消すってさ。俺のこと、本当に信用してないってことじゃん。俺はいざというときは、伯爵の身代わりになるつもりでいるのに。信用されていないんじゃ、伯爵のそばにいる意味ねえだろ?」


「キート……」


 ロッツはちょっとキートを見直したが、


「でも、信用とかいう前に、あいつ、そもそもキートのことあてにしてないと思う」

「俺もそれは何となく気づいてる」


 キートは一気に酒をあおった。


「とんだとばっちりだよね。僕ら、何一つ悪くないのにさ」

「そうだよな。元はといえば、伯爵が悪いんだよな」

「あいつが後始末をしっかりしないから悪いんだ」

「メモまで残すなよって話だよな。何考えてんだ、伯爵のやつ」

「まぬけもいいとこだ」

「ロッツ、遠くに行っても、おまえのことは忘れないからな。伯爵のことは忘れても」

「僕も一生キートのこと忘れないよ。伯爵のことは忘れても」


「二人とも、今日はやけに仲良しだね」


 城壁に上ってきたヤナルが、ひしと抱き合う二人を奇妙そうにした。エドロットもいる。キートが小首をかしげた。


「あり? エド、今日はもうお役御免? 伯爵、今夜、どっかの家の晩餐に招かれてなかったっけ? お供は?」


「いらないって。近いところだからって」

「ええ? 不用心だろ」


「大丈夫。執事さんが無理やり、他を同行させたよ。

 キートかロッツか連れていけばいいじゃんっていったのに、伯爵、全然聞かなくってさ。いらないの一点張り。

 なんかヘソまげてるみたいなんだけど、おまえら、何か知ってる? てか、なんかやった?」


「さあ……心当たりねえけど」

「僕ら、伯爵の望むようにしただけで、へそを曲げられるようなことはしてないよ」


 ロゼットもキートも、疑わしげなエドロットに、心外そうにした。


「ところでキート、これ」


 ヤナルがポケットから釣り針を取り出した。


「部屋整理してたら出てきたから」

「何それ。知らねえけど」

「知らないって、キートのだよ。子供のころ、俺の部屋に隠していっただろ?」

「そうだっけ?」


 ヤナルはやれやれと、あきれ半分にため息をつく。


「キートはいっつもそうだもんね。大事なものとか、他の兄妹に取られたくないもの隠すんだけど、隠し場所どころか、隠したことすら忘れるんだから」


「リスと一緒だな」


 エドロットも一緒になってあきれる。


「昔、あそこにも埋めてたよね。回収した?」


 ヤナルは今日、ロゼットたちが掘り返したところを指さした。


「え? あそこ?」

「しきりにあそこを気にしてる時があったから、どうしたのかって聞いたら、ものすごく大事なものを埋めたって」


「……何埋めたって?」

「さあ。キート、詳しくは教えてくれなかったけど。賭けをしているんだっていってたよ。伯爵と」


 キートは目を真ん丸にした。


「もうすっかり忘れたの?」


 キートは木を凝視していたが、やがてジョッキをヤナルに押し付け、走り出した。ロゼットもジョッキをエドロットに渡し、後を追う。


 キートはもう一度、シャベルを地面に突き立てる。今度は、昼間の場所とは少し違う場所だった。


「……昼間さ、いっただろ。伯爵に記憶消すなって喧嘩したって」

「うん」


「でも伯爵、聞いてくれなくてさ。じゃあどうしたら信じてくれるのかって聞いたら、同じ魔法使いだったら信用するっていってきたんだ。だから俺も魔法を見せることにした」


 ほどなくして出てきたのは、硬貨だった。銀貨と銅貨。二つは麻ひもで十字にしっかりと縛りつけられていた。

 目当てのものだったらしい、キートは満足げにそれをつまむ。


「これが俺の魔法」

「それが?」


 キートはにっと笑う。


「いつだったか、うちの実家に、変な旅のおっさんが泊まっていったことがあってさ。

 そのおっさんは自分を錬金術師って名乗ってて。ガラスを鍋で煮ると水晶になるだの、溶液に板をつけて電気を流すと金になるとか、俺らが小遣い渡すと秘術を教えてくれたんだよな」


「秘術って。小遣い巻き上げるためのホラでしょ?」


 その通りらしい、キートは笑った。だが、子供の時だったので、信じたのだろう。


「その中に、性質の違う物質も、お互いをしっかりしばって、土に埋めておくとくっつくって、話があってさ」


「それはまた。魔法みたいな話だね」


「そ。魔法っぽいだろ。だから、伯爵の前で、これを埋めてみせたんだ。何年後かに掘り返して、二つが見事くっついてたら、俺の記憶を消すのはなしって。くっついてなかったら、俺をクビにしていいっていって、説得したんだ」


 ロゼットはシャベルを地面に突き立てた。

 ようやく話がつながってきた。


「つまり伯爵は、昼間、僕らがここを掘り返してたのは、その賭けの結果をたしかめていたんだって誤解したってことか」


「伯爵は、この二つがくっつくなんて、もちろん信じてなかった。だから、ここを掘った俺らが、いかにも気まずそうにしているのを見て、自分が賭けに勝ったと思ったんだな」


「それで、約束通り、クビだっていったわけだ」


 ロゼットは首を斬るマネをした。

 どっと肩から力が抜ける。


「今思い出したけど、この場所のメモ書いたのも、俺だったわ。忘れないようにってメモしたはいいけど、どっかで落として、伯爵が拾って持ってたんだな」

「どうりで。伯爵が書いたにしては雑だと思った」


 キートは慎重に、ナイフで紐を切った。

 二枚のコインは、キートの指の間で、裏合わせにぴったりと重なっている。


「……くっついていそう?」

「細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ、なーんてな」


 キートはいたずらっぽく笑って、コインを挟んでいる指先を動かした。



*****



「おはよーございまーす」

「ご機嫌いかがー、伯爵ー」


 翌朝。

 キートとロゼットはエセルの部屋へ自ら出頭した。

 昨晩遅かったからか、エセルはご機嫌ナナメだった。じろりと二人をにらむ。


「まだ準備はできてない」

「ああ、昨日のあれ、やっぱりナシ。俺、最初にいってた通り、休みがいいや」

「はあ?」


「欲しいもの聞いてくれたの、コシモの一件で頑張ったご褒美だったんだな。ちゃんといってくれよ。珍しいこというから、誤解しちまったじゃん」


 キートは怒りのおさまらない様子のエセルにむかって、手のなかに持っていたものを投げた。

 二枚のコインが机の上で跳ねる。

 裏合わせになった、銀貨と銅貨が。


「賭けは俺の勝ち。クビってのはナシな?」

「……」


 エセルはコインをつまみ上げた。おもむろに、ペーパーナイフを二枚の間に割り入れる。めりめりと音をたてて、二枚ははがれた。ねちゃっとした糸を引いている。


「ずいぶん粗雑な魔法だな」

「冗談冗談。それは偽物。本物は、まだ土の中」

「だからどうした。おまえの負けだ。くっつくわけがない」

「何をおっしゃるやら。あと百年たったら、くっつくんだよ。賭けはまだまだ続行。何年でくっつくなんて、俺、いわなったもん」


 エセルはため息をついた。

 書いていたものをくしゃくしゃとまるめ、苛立たしげにキートにいう。


「廊下に立ってろ。昨日はおまえが罰をやっていたおかげで、エドが一日見張りだった。今日はおまえだ」

「へいへーい。休みは? くれるよな?」

「エドにも了解を取って、休みたい日をいえ」


 エセルはまるめた紙を投げつける。

 ひでえと叫びながら、キートは廊下に出ていった。


「……で。お前も結局それでいいのか」

「そう。僕も昨日のは取消」


 ロゼットは早々と、昨日もらいそこねた短剣を腰に収めた。

 さすが貴族の持ち物だけあって、上等だ。特注だろう。


「なんでこれ、使わなかったの?」

「特注したのは、私の父だ。私の十三の誕生日に贈ってくれた。……一般の規格だと、私の手には重かったり、太かったりで、扱いづらいだろうからと」


 ロゼットは一般男性より細身で華奢なエセルの身体をみやった。

 今もそうなのだ、昔は今以上に、女性的な細い容貌がコンプレックスだったはずだ。父親の気遣いがすなおに受け入れられず、ほとんど使わなかったというわけだ。


「柄の装飾も女っぽいもんねえ」


 エセルの父親が、エセルをどういう風に見ていたかが垣間見える一品だ。


「父は男らしい人だったから。物足りなかっただろうな」

「そう? かわいがられたんじゃないの? 一目惚れの奥さんにそっくりな息子なんだし」

「もちろんかわいがられたが。……父は、小さい男の子が腕白をしても、男の子はそんなものだと笑って許していた。たぶん、本当はそんな風に息子をかわいがりたかったんだろう」


 腕白な男の子というのは、キートのことだろう。

 ロゼットはちょっと意地悪く笑った。


「伯爵がキートのこと嫌いだったのは、妬ましかったから?」

「あいつが初対面の私に何をしたと思う。人の頬をつねって『人形じゃなかった』だぞ! お望み通り三日間、口もきかずにいてやった」

「やるなあ、キート。僕はまだまだだ」


 ロゼットは部屋を出ていこうとして、まるめた紙を拾い上げた。


「『紹介状』?」

「使用人が次の就職先を探すときは、それが必要なんだ」


 キートのために書いていたのだろう。


「じゃ、もう捨てておいていいね」

「まったく。やめるといったり、やめないといったり。人騒がせな」


 ロゼットはどんなものなのだろうと、なにげなく中を開いた。

 すぐにエセルに取り上げられる。

 が、内容は少しだけ読めていた。


「……なんだ、その目は」

「いやー、意外と。うん」

「いうなよ。つけあがるから」


 いいながら、エセルは何か投げてきた。さっきのコインだ。キートに返しておけという意味だろう。


「一つ聞きたいんだけどさ。コインを埋めてあった近くに、一緒に白骨死体があったんだけど。あれって何?」

「白骨? 知らないが。ここは戦場にもなったところだから。白骨の一つや二つ、めずらしくもないだろう」


 今も、掘り返していて骨がでてくることはよくあるらしい。


「こっちも一つ聞きたいんだが。昨日はなんだったんだ? 新しい遊びか? ……私を化け物扱いして逃げまわって」


 エセルはむすっとしている。


「ああ、あれ? 君の冗談が理解できなくて、怖がってただけだよ。本当に首を切られるかと誤解したの」

「するわけないだろう、そんなこと」

 

 心の底から心外そうに、エセルはまだブツブツと色々いっていたが、ロゼットは聞いていなかった。注意は手の中のコインにむいていた。

 いつの間にか、コインが表合わせになっている。


「ねえ、これ。裏合わせになってなかったっけ?」

「…さあ」


 エセルは素知らぬ顔で、また執務机にもどる。


「賭けはキートの勝ちだね」

「何を言っている。本物はまだ土の中だ」


 コインはぴったりくっついて、爪先も入れない。


 廊下から、キートのくしゃみが聞こえた。

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