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いばらの冠  作者: サモト
忌み枝
51/53

20.

 結局、裁判ははじまるまえから霧散霧消した。

 あつまっていた人々が肩透かしを食らったように、広間から散っていく。

 カークがアルフに助けられながら、判事に事情を説明しているので、まもなく事態は完全に収束するだろう。


 ロゼットは眉根を寄せた。

 カークたちに集中してしまって忘れていたが、裁判のもう一方の当事者がいない。

 先に広間についているはずだが、最初からどこにも姿がなかった。


 首を左右にふっていると、ヤナルの呼ぶ声がした。


「ロッツ、伯爵なら庭にいるから。行こう」

「庭? あいつ、こうなること予想して、フケたな」


 エセルは広間から遠くはなれた、北側の塔の下にいた。

 ホウキなんぞをもって、落ちているバラの枝を掃いている。

 枝も、エセルがさっき落としたものらしく、青臭いにおいがたちこめていた。


「伯爵様に庭仕事をなさる趣味があったとは存じ上げなかったなあ」

「茶番に興味はなかったからな」


 やはり結末をわかっていてさぼったらしい。

 エセルは涼しい顔で、枝を掃きあつめる。

 キートとエドロットも手伝わされており、庭のすみに穴を掘らされていた。


「何してるの? ゴミ捨てるなら、埋めるより、燃やしたら?」

「ゴミにするな。肥料だ」

「ふーん」


 キートたちが掘った穴に枝をはこぶ。

 石灰や糞をまぜ、ワラをかぶせておくと、やがて堆肥になるらしい。


「伯爵、ついでにアレも一緒に埋めとく?」


 キートが庭の隅に、縄でしばられ、転がされている物体を指さした。

 リリックだ。カークは逃げたといったが、途中でつかまったらしい。


「あれはゴミにしろ。肥しにもならない」

「うへえ。そのいいよう。容赦ないんだから」

「指輪、取りもどした? そいつがもってるらしいけど」


 エセルは無言で指輪を見せてきた。

 いわれるまでもなく、といわんばかりだ。


「万事解決か。オメデトウ」

「結局、おまえの一人勝ちだ。おもしろくねえな」


 ロゼットの後ろから、カークがぬっと顔を出した。


「腹立つぜ。一発殴らせろ」


 エセルは当然のように無視した。ホウキが地面を掃く音だけがひびく。

 他の面々もただ主人の命令に従事するので、カークの相手をしたのはロゼットだけだった。


「事後処理も終わった?」

「ああ。余分な枝がなくなって、すっきりしたろ?」


 カークは抜いたナイフで、塔にからみついているバラの枝を払った。

 ロゼットはなぜだかどういう顔をしていいのかわからず、カークと同じ分だけ、笑んでみせた。

 このあいだもらった水筒を差し出す。


「ごちそうさま。中身は、僕からのプレゼント」

「ご丁寧にどーも。今夜は祝杯といくかな。でも、その前に――」


 水筒を差し出した右手首をつかまれ、そのまま後ろにひねりあげられる。

 しまったと思ったときにはもう遅い、ロゼットの身体はカークの虜になった。


「なんのつもりだ」

「もう一つよぶんな枝が残ってる。あいつだけ何にもなしなんて、平等じゃねえだろ?」


 カークはロゼットの首にナイフをあて、エセルの後姿をにらんだ。

 ヤナルが異変に気づいて、三人を呼ぶ。


「おまえに傷がついたら、エセルのやつはどんな顔をするだろう」

「無意味だ。やめろ」

「無意味なわけがない。かわいいかわいい大事なペットに傷がついたら、あの無表情も少しはゆがむだろうなあ」

「……はあ?」


 ロゼットの不可解そうな返事は、まったく相手にされなかった。

 ナイフをもっている手で、無理やり上をむかされる。へえ、とカークが口元がゆがんだ。


「頬の傷にばっかり目がいっていたけど、よく見れば、結構キレイな顔してんじゃん。もう少し肉つけて、一、二年もすれば、エセルに見合う美少年だな」


「なに一人で納得してんだよ。もう一度言うぞ。無意味だから、はなせ」


「しらばっくれんなよ。おまえが死にかけたときのエセルの反応はふつうじゃなかった。

 鬼気迫るってのは、まさにあのことだな。一心不乱にワケのわかんねー呪文唱えてよ。


 おまえ、エセルの魔法で生きてんだろ?

 お嬢がいってたぜ。エセルはおまえを生かしておくのに、膨大な手間をかけていて、そのために、魔力のほとんどを失っているって。


 ただの仕事仲間に、そこまでするとは思えない」


「そういう契約だったんだよ」


 一応いってみたが、効果はなかった。ナイフの刃が首筋を刺激してくる。


「喉をかき切って死んでもらうってのも、いいかもな。

 もう一度、愛あるキスシーンでも拝ませてもらおうか。

 女っ気のないやつだと思っていたけど、なるほどね。こっちのシュミだったとは。意外。奇想天外だ」


 ロゼットは絶句した。もちろん想像を絶する気持ち悪いさを感じてだ。

 エセルも同様だった。奇想天外すぎる誤解に、もう怒りも燃え尽きている様子だった。


「……遊んでいないで、おまえも手伝え『ロゼット』」


 エセルは本名で呼んで、さっさと作業にもどった。

 カークの拘束が一瞬だけゆるむ。


「……女?」


 ナイフの刃がはなれた。

 ロゼットは左足で相手の股間をけりあげた。みぞおちに肘鉄を叩きこみ、距離をとる。


「一番救いようがないのは――」


 ロゼットはかるく助走をつけ、いきおいよく身体を回転させた。

 痛みに悶絶しているカークの首筋めがけて、強烈な回し蹴りを決める。


「おまえだこの頓珍漢!」


 カークは頭からイバラのしげみにつっこんだ。

 仕上げといわんばかりに、自分のナイフを突きつけられ、ぽかんと口を開けた。


 キートたちが、あーあ、と頭の後ろで手を組む。


「なんでよりにもよってそれ選ぶよ」

「こいつに比べたら、俺らは子猫ちゃんってくらいなのに」

「ロッツ、傷を負わせるのはダメだよ。君がやることないからね」

「安心してよ、ヤナル。僕は礼儀正しい現代人だ。刃物で切りつけるなんて野蛮はしない」


 ロゼットはナイフをヤナルにあずけ、かわりに水筒をひろった。フタをはずす。


「嘘だろ!? マジで女!? でも、あいつらにはロッツって呼ばれてるよな?」

「このかっこうだと、男名前でないと面倒だからね。なんなら証拠を見るか触る?」

「……触る方で」

「本気で選ぶなおっさん」


 ロゼットはカークの口に水筒をつっこんだ。

 一口ふくむなり、相手の顔色が変わる。

 だがロゼットは、もがくカークの腕を両足でふみつけ、鼻をつまみ、すべて容赦なく流しこんだ。


「毒、じゃない、よね?」

「ちがうよ。良薬口に苦しってやつだ」


 ヨランド家特製ドリンクのスペシャルブレンドを一気飲みさせられたカークは、クレイオ同様、白目をむいて気絶した。


「起きたらきっと、生まれ変わった気分になれるよ」

「ちなみにロッツ、そいつ、伯爵と一つしか違わないから」


 キートの補足に、ロゼットは先ほどのカークと同じくらいおどろいた。


「嘘だろ!? 本当に!? でも、ホントだ、意外とお腹にムダな肉がないや」

「どこ見てんだー!」


 男たちは、年下の少女に馬乗りにされ、意識もないまま服をまくられ、好き勝手にされている同性が気の毒になって、ロゼットを取り押さえた。


「カーク、どうしたの!?」


 パタパタとかわいらしい足音が近づいてきた。マリアだ。

 警備兵たちに追いかけられながら、一直線にこっちに走ってくる。

 外で待っていたものの、心配になって忍びこんできたといったところだろう。


「どこかに寝かせておいてやれ」

「はい」


 ヤナルがカークを背負い、エドロットがマリアをエスコートした。

 ロゼットはようやくキートから解放される。


「っていうか、愛あるキスシーンってなんだ。そんなこと、した覚えないぞ」

「伯爵がおまえを生き返らせるときにさ。やっぱ眠り姫には王子様のキスが――もが」


 エセルがキートの口をふさいだ。

 おそるおそる、顔だけロゼットをふりかえる。


「……人工呼吸?」

「自分のもっている力をわけ与えるためだ。それが一番手っ取り早い。術を修復し終わっても、なかなか起きないから、最終手段でしただけだ」

「へえ。そんな方法もあるんだ」


 エセルは何かを恐れるように距離を取ったが、ロゼットは気にもしていなかった。

 頬にやった指に、血がつく。カークに反撃するときに、うっすら切ったらしい。


「そういや、まえに、疫病神がやけどにキスしたら治ったな。同じ原理?」

「簡単な治療なら、知識も呪文もなしにできる方法だ」


 頬の傷に、エセルの唇がふれた。

 ロゼットははじかれたように、相手を見上げる。

 もう一度手をやった頬に、もう傷はない。


「さすがに、顔に傷は」

「なに怯えているんだよ。そのくらいで怒るわけないだろ」


 エセルは明らかにほっとしていた。

 今更ながら、ロゼットは頬を押さえる。すこし熱い。


「……べつに、今さら顔の傷が一つ増えるくらい、どうってことないのに」


 すでに頬に傷跡が残っている。

 すると、今一度、エセルの顔が近づいた。ぎょっとして、よけようとすると、エセルがいった。


「じっとしろ」


 ロゼットは魔法にかかったように動けなくなった。


 何かあたたかい力が自分に働いているのが感じられた。

 治癒の魔法はここちよい。


 だが、エセルの主張していたとおり、人には本当に魔法なんて必要ないのかもしれない、とロゼットは思った。

 やさしいささやき声一つで、人はこうも簡単に動けなくなってしまうのだから。


「生きているだけで、十分に奇跡なんだ」


 エセルの指が、傷のあった場所をなぞる。


「私はおまえにかけている魔法が、今まで使ったなかで一番価値のある魔法だと思っている。

 だから、死ぬな」


 願うように、いう。

 あまたの人知を超えた魔法をあつかう魔法使いが。


 あまりに単純でちいさな願いに、ロゼットは笑った。


「ありがとう」


 ロゼットはひろい集めた忌み枝たちを穴におき、そっとわらをかぶせた。


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