4.
城に帝国の旗がたなびくと、ラヴァグルートの貴族たちは城へ殺到した。新しい主人に挨拶するためだ。城へとつづく道には連日馬車が列をなし、城の一室は贈り物で埋め尽くされた。
主だった貴族は全員、城を訪れた。それは、ラヴァグルートがマスカード伯による支配を受け入れることを承諾したのと同じことだった。
「町の人たちの人気も上々みたいだし、よかったね、伯爵様」
城下から帰ってきたロゼットは、応接室の長椅子にどっかりと腰を下ろした。
「君のところの兵は略奪しないから、すこぶる人気がいい」
「指揮官が優秀だからな」
エセルが尊大に足を組む。自画自賛に、ロゼットは大げさに呆れてみせた。
「ずいぶんと遅かったな。一族の墓参りにでも行っていたか?」
「いいや、師匠の墓参りに行ってきた。一族の墓には、お礼参りに行ってきた」
「師匠? ああ、武術を教えてくれたとかいう」
「武術だけじゃなくて、文字の読み書きも、計算も、礼儀作法も、全部師匠に教わった。大陸のことも教えてくれたな。僕の命の恩人だ」
ロゼットは師の形見である槍をなでた。浮かべる微笑に皮肉はない。猛々しく復讐を望んでいた人物とは同一に思えないほど、素直で穏やかだった。
「墓参りといえば、貴様、母親の行く先に心当たりは? 顔も知らないのでは、探しようがない」
「顔なら、王の部屋に飾ってある肖像画がそうだよ。あとで持ってきてあげるよ」
「ついでに、母親がよく使っていたものを持ってこい。手がかりがないことには探せない。見つけたら、貴様に場所を教えてやる」
「それは、行けってことかな?」
「当たり前だ。取って来い。もしできなければ、貴様の首を取ってやる」
「上等」
ロゼットは不敵に笑い、槍をかついで立ち上がった。執事が次の来客が来たことを告げに来ていた。
「本当にひっきりなしに来るね。そういや、君のために貴族たちが宴を開くって? ご機嫌取りに応じるのも楽じゃないね」
「そんなことはないさ。後々のことを考えれば、このくらいの苦労は安いものだ。機嫌取りもしようとしないやつの相手をするよりは、ずっと楽だな」
「君とは、与えるものと与えられるものが等価で関係が成立してるはずだけど?」
ロゼットは腕を組んだ。エセルに媚びへつらう気など、最初から皆無だった。
「宴のときは、おまえも私の護衛をしろ」
「僕も? どうして」
「守る人数は多い方がいいだろう? 王女様」
皮肉をこめた物言いに、ロゼットはかちんときた。ロゼットがまともに王宮で生活していないことは、言動で分かる。宴で恥をかかせてやろうという魂胆らしかった。
「お望みなら、ドレスを用意してやるが?」
「護衛をするのに、長い裾は邪魔だと思うけど?」
「邪魔か。合理的な発想だな」
エセルは執事を呼びつけると、あれにとびきり上等な服を作ってやれ、といいつけた。執事は、赤金色の髪をいいかげん切り、糸のほつれた服を着て、底の擦り減った靴をはき、おまけに頬にはうっすら古傷のある子供を見やったが、何もいわず、黙ってうなずいた。
執事の方もよく教育が行き届いているらしかった。
「ありがと。華やかな場に出ることは少なかったから、嬉しいな。感謝するよ」
「それはどうも。たっぷり楽しんでくれ」
ロゼットとエセルは、お互い形ばかりの微笑を浮かべた。
数日後、ロゼットは執事から臙脂色の礼服を押しつけられた。大陸の服の型なのだろう、襟の高い、二列釦の服だった。白絹のスカーフが合わせられており、釦は金で、細かい模様が彫られている。たいへん上品で上等な服だった。
「エドロット、よく似合ってるね」
「当然。元がいいからな」
エドロットはさらりと前髪をかき上げた。エドロット、ヤナル、キートの三人もロゼットと同じ格好だった。
「君らってなんなの? 伯爵の直属の兵士?」
「そ。おもな任務は、伯爵の護衛と御用聞き。伯爵といると、かわいい女の子といっぱい出会えるから嬉しいねえ。給料もいいから、伯爵の変な力をわざわざ騒ぎ立てる気にもならないし」
エドロットは鼻歌を歌いながら鏡をのぞきこんだ。飾り紐の位置を微調整する。戦の間は無精ひげを生やし、土と汗にまみれてせっかくの色男ぶりが台無しだったが、こうして身なりを整えると、どこかの貴族のようだった。
「やっぱりあいつ、変な力持ってんだ」
「おっと、口が滑った。でも、まあ、気づいてただろうからいいか。そう、伯爵様は魔法が使えるんだよ。あの森で待ち伏せてたのも、おまえがあそこにいるって伯爵が魔法で突き止めたから」
「キートたちも知ってるの?」
話を振ると、キートは襟を正しながら首肯した。
「知ってるよ。でも、伯爵のことは子供の頃から知ってるから、気味悪いとは思わねえな」
「悪いことばかりする力じゃないからね。人のケガを治すこともできるから」
付け足すヤナルも、エセルとは子供の頃から面識があるという。ヤナルの一家は、マスカード家に代々付いている医者の一家なので、家族ぐるみで付き合いがあるらしい。
「男どもとのむさ苦しい生活には飽き飽き。今日は思いっきり女の子と過ごすつもりだから、子供は邪魔するなよ」
「邪魔しないけどさ、護衛の仕事も忘れないようにね、エドロット」
「鋭意努力いたします」
まったくもって熱意の感じられない宣誓だった。ロッツは呆れながら、スカーフを指先でいじった。慣れない型の服なので、落ち着かない。
「この服、早く脱ぎたいよ。窮屈だし、合わないし」
「そうかあ? なかなか似合ってんじゃん」
背は低いし、頬に傷もある。上品な服を着ても似合わないことは、ロゼット自身がよくわかっていた。
「じつはそれ嫌味でしょ」
すると、エドロットは違う違う、と首をふった。
「嫌味じゃなくて、社交辞令」
「……」
ここまで面と向かっていわれると、さすがのロゼットも返す言葉がなかった。上司が上司なら部下も部下だ、と天井を仰いだ。
「個性的だね」
「おまえほどじゃない」
ロゼットとエドロットはにやりと笑い合った。