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いばらの冠  作者: サモト
忌み枝
48/53

17.

 カークがペンダントを取った。

 神の目を模したかざりが、陽光に光って、ロゼットはおもわず目をつぶる。

 まぶたの裏に光の残像がやきついて、ちりちりした。


 カークは水筒の中身を一口飲むと、なあ、とつぶやいた。


「姉貴も、本当に死ななくちゃならなかったのか。姉貴が死んだって、やつらに得はなかったはずだぜ」

「その人が天命で死ぬことを知っていたとして、それを救わないことは、殺人に値する?」


「天命、ね。……どうだろうな」

「故意と任意の区別はむずかしい。あいつ以外の跡継ぎが死んだのも、全部、偶然なんだろ?」


「そうだよ。知ってるよ。あいつらが何かやったって証拠は、何もない。偶然だ。

 ただ、偶然がうまく重なりすぎているから、皆、あいつらをうたがって、怖がってるんだ。

 天すらやつらに味方してるんだったら、もうやりきれねえな」


 カークはガラスの筒をすすめてきたが、ロゼットはいらないと首をふった。


「それは僕と相性が悪いみたいだ。使ったら、いやなやつに会った」

「そりゃ残念。また、別のをやるよ」


「ちなみに、天はあいつに味方しているかもしれないけれど、本人は、それを嫌だと思っているみたいだよ」

「めちゃくちゃ腹立つ言い分だな」


「だろ。腹立つだろ」

「マジで一度ぶん殴りてえ」


 カークは足を投げ出し、また庭師の方をむいた。

 きちんと剪定されたバラは、うつくしい花をつけている。

 切り落とされてしおれる枝と、のこされて咲きほこる花の爛漫さは、残酷なほどあざやかな対比だった。


「ああやって剪定される枝を、忌み枝っていうんだ。俺らみたいなはみ出し者は、あの枝なんだろうな」

「君は、自分が要らない枝だと思っているの?」


「そりゃそうだろう。小さいころから、兄貴や姉貴みたいにデキはよくなかったし、おまけに妙なモンが見えて、狂人扱いだ。親父もおふくろも、俺はいないものとして扱ってる。俺は生きた幽霊だ」


 そう、とロゼットはつまらなさそうにつぶやいた。


「たしかに、あの切られた枝は、切られなくちゃいけない枝だったかもしれないけれど。

 もし、あの枝が、庭師だったら、自分を切ったかな?」


「そりゃ、切らないだろ。でも、枝だから切られるしかない」

「枝ならね。僕は枝じゃなかった。人間だった。だから、自分以外の枝は全部切り落とした」


 カークは目を見開いた。ぎこちなく、となりをむく。

 ぶきみなほどにしずかに光る緑の目に、息を止める。


「切り落としたって。何を。……どうやって」

「そのままの意味さ。僕にとっちゃ、自分の一族の方がいらない枝だった。君も枝じゃない。どの枝を切るか、自分で決めろ」

「俺を説得する方便にしちゃ、ずいぶんフカすな」


 ロゼットの背は、カークの肩ほどしかなく、線も細い。

 武器ももっていないので、とても人殺しをするようにはみえないらしい。


「親兄弟の愛情なんて、あきらめがついているんだろ?」

「……ああ。つけるタイミングを、見失っているだけだ」


「最初に会った夜、館のまわりにいたのは、おやじさんを助けに来てたの?」

「エセルのやつを見てやろうかと思っただけだよ。あの変態オヤジに辟易している顔が拝めるんじゃないかって」


「なんとかしろよ、あの変態」

「知らねえよ。もう俺の親なんかじゃねえし」


 ふっきるように、カークは笑った。ロゼットはハンカチをふる。


「マリアは? 今日は一緒じゃない?」

「家にいるよ」

「そっか。直接返したいんだけど」


 カークが探るような目つきになる。


「お嬢も説得する気か?」

「説得しない方がいい? この世には、悪い魔法使いを取り締まるやつらがいるらしい。彼女が人の記憶をあやつった罪でつかまったら、君は、後悔するんじゃないか?」


 カークは迷いをみせたが、うなずきはしなかった。反抗的ににらんでくる。


「君が、マリアに魔法をかけさせたの?」

「違ェよ。


 話すと長くなるけどよ。ある日、お嬢があの指輪を拾ったんだ。俺はすぐにミセス=アイリス=マスカードのもんだって気づいた。で、一応、おふくろにみせた。


 そのとき、一緒にその場にいたリリックが、悪知恵を思いついたんだよ。この指輪を使って、だれかをエセルの父親に仕立て上げて、エセルを失脚させようって。


 リリックは俺にてきとうな相手をみつけてくれるよう、頼んできた。俺もエセルにやり返してやりたいと思っていたから、それに乗っちまった。


 そしたら、お嬢もそれに協力するっていいだして。ここの領主はたぶん魔法がつかえて、それで悪いことをしている。悪い魔法使いはとっちめないといけないからって」


 カークは、はあ、とため息を吐いた。


「だからまあ、俺が原因っちゃあ原因か。俺が何かとエセルを悪者扱いしていたし」


「君とマリアは、どういう関係?」


「俺が道端で幽霊を見つけてよ、よけたら、お嬢から声をかけて来たんだ。見えるの? って。それからなんとなく、一緒にいる仲。

 お嬢の故郷はここよりもっと、遠いところだ。帝国に滅ぼされた小さい国。詳しいことはよく分かんねえけど、戦争になって、逃げだして、逃げているうちに一緒に逃げたやつらともはぐれて、俺と会った時には一人だった。

 心細いからお嬢は俺についてくるし、俺は、お嬢は幽霊祓えるから、一緒にいてもらった方がありがてえ。共存ってやつだ」


「ふーん」

「なんだよ、その含みのあるいいようは」


「君とっちゃ、大の苦手の幽霊をはらってくれるマリアは、女神様みたいなもんだろうなあと思ってさ」

「あんなガキんちょ、女神様には程遠いっての」


「後ろから、目ん玉飛び出て腐りかけてるおっさんが、君にとりつこうと……」

「ぎゃあああっ! お嬢ー!」


「嘘だよ」

「てめー……腹立つ小僧だな」


 カークはにやにや笑うロゼットをにらんだ。

 ひらひらゆれるハンカチに、口をへの字にする。


「女神様は大げさかもしれないけれど、少し、楽になったんじゃない?」

「……まあ、そうだな。はじめてお嬢が幽霊をはらうところを見たときは、ガラにもなくこの世の奇跡を信じたよ。

 はらうというよりは、お嬢は幽霊を浄化するんだ。亡者が、今までの苦しみも忘れて眠る。安らかな顔でさ――」


 感動をどう言い表していいかわからないらしい、カークはもどかしそうにした。

 わかるよ、とロゼットはつぶやく。


「僕も、べつの奇跡を見たことがあるから」

「おまえは、そうか。エセル? 助けてもらっているんだもんな」

「そういう契約だったんでね。だからべつに、特別なことはない」

「ふーん」


「なんだよ、その含みのあるいいようは。いっておくけど、僕のいってる奇跡は、それじゃないからな」

「じゃあ、どんなんだよ?」


「君と一緒で、一言でいい表すのはむずかしいよ。陳腐ないい方をするなら、世界に祝福が満ちあふれるって感じ」

「どんな感じだよ。全然わかんねえよ」


 ロゼットはまぶたを閉じた。

 自分が見た光景を、脳裏に鮮明に思い浮かべる。


「吹き荒れていた風がそよ風に変わり、打ちつける豪雨はめぐみの雨になり、荒れ狂う海はないで、ふるえていた大地もしずまり、暗い雲のあいだから、天にのぼる階のように陽が差しこむ。


 生き物を飲みこもうとしていた土砂は押しもどされて、氾濫した川に流された人は岸によせられ、起きた火事は消え、あらゆるところに見えない救いの手が差し伸べられる。


 倒れた麦は起き上がり、折れた枝は脇から新たな枝が生え、落ちてしまった実からは芽が出る。

 しおれた葉は生気を取りもどし、無数に枝葉を増やし、つぼみはすべてがどれも大きく咲きほこる。


 ありとあらゆるすべてが、生気にあふれて、よみがえる」


 島が復活したときのことだ。

 死にかけていて、実際にこの目で見られるわけがないのに、なぜか、島の様子をつぶさにみることができた。

 感じていたといった方がいいかもしれない。世界と感覚を共有しているような、ふしぎな感覚だった。


「大勢の犠牲の上に、たとえ自分自身も苦しめられた上にあるものだとしても、許せてしまうほどのものが、この世にはある」


 ロゼットは大まじめだったが、反応はいまいちだった。不審そうにされる。


「そりゃ、何かのおとぎ話の最後か? おまえが目の前で生き返った時の方が、まだ現実味あるぜ」


「いうと思った。まあ、信じなくてもいいよ。お互い、自分の感動は自分の中にだけしまっておこうか。人に話して、台無しにされるのは、いやだしね」


 で、とロゼットはハンカチをカークのまえに突きつけた。


「どうする? 彼女が自分から魔法をとけば、彼女のしたことは不問になる。

 でも、とかなければ、彼女はかわいそうに。得体のしれない連中につかまって、いいようにつかわれるだろうねえ。世間から隔離され、君とも会えず、さみしい思いをするだろうな」

「ああ、もう。わかったよ。返せ。説得しとくから」


 カークはひったくるようにしてハンカチをとった。

 しわにならないよう気をつけて、懐にしまう。


「大事なものがあるってのは、幸せだよね」


「おまえにだって、あるんだろ? 生きててよかった、いや、おまえの場合は、死んでもいい、か。そう思った奇跡が。またそういうものを見つければいいじゃねえか」


「それが、そう単純でもなくてさ。やった本人は、それをなかったことにしたがってるんだよな。たぶん過去の汚点ぐらいに思ってる」


「はあ?」

「僕が奇跡と思ったものは、嘘だったらしい」


 不機嫌なロゼットに、カークはぼりぼりと頭をかいた。水筒をロゼットにむかって投げる。


「じゃ、本当の奇跡が見つかるまで、それでもなぐさめにしてな」

「どうも」


「今は七番街の大通りから、二本北に入ったところの、趣味の悪いピンクに塗られたボロアパートにいる。二階の左端。ひまだったら遊びに来な」


 カークは去っていく途中、腰をかがめた。

 庭師の切った枝のなかから、蕾や終わりかけの花がついているものを二、三本えらんでひろう。

 そして、警備兵にとがめられるのもかまわず、幽霊のいるという西門のそばに投げ捨てていった。


 西門に落ちていた枯れた花は、カークのしわざだったらしい。

 ロゼットはあきれた。


「どの口で世の中なげいてやがる。軟弱なひねくれ屋め。とっくの昔に、立ち直ってるじゃないか」


 夢も希望も知らない、人に何もできないとうそぶきながら、まだあきらめてなどいない。

 本当にあきらめていたら、亡者のために花はつめない。祈りはしない。

 カークはもう自分で自分を支えられるものを手に入れていながら、気づいていないのだ。


「君の祈りがとどくことを願って。献杯」


 西門の幽霊にむかって、ロゼットも水筒をかかげた。

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