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いばらの冠  作者: サモト
忌み枝
47/53

16.

 カークは居館の外にいた。建物のかげで、背を壁にあずけ、庭師の仕事をながめている。


 ロゼットはカークを見つけるのに、そう時間がかからなかった。

 なんとなく、こういう場所にいるだろうという予想がぴたりと当たった。


「おもしろい?」

「べつに。することもねえから、見てただけだよ」


 カークはゆらりと立ち上がった。ものうげに、服についた草を払う。

 服装は昨日と変わっていなかった。シャツもズボンもしわが目立つ。ヒゲの剃り方もいいかげんだ。


「どうよ、身体」

「問題ないよ」

「悪ィな。お嬢が早とちりしちまって。大事に育てられていたみたいでよ、世間知らずってか、思い込みやすいってか。昨日は人を殺しかけたって、ずいぶんショック受けてたよ」


「それは君が、エセル=マスカードが悪い魔法使いだって、教えこんだからだろ?」

「事実だろ?」


 カークは斜にかまえた。剣呑な態度になる。


 装備は、短剣が一本。手に、拳ダコができている。剣術よりも体術らしい。

 カークはつねにゆらゆらとして不安定な姿勢でいるが、決して頼りないわけではない。

 エセルに蹴りを繰り出した時、軸足はぶれなかった。柳のようにねばり強い、しなりのある蹴りだった。身体の芯はしっかりと鍛えられているのだ。


「おまえ、エセルとどういう関係?」

「協力するかわりに、命を助けろって約束した仲。仕事仲間ってところ」


 頭の中で攻撃してきたときと、そのときの対処を考えながら、表向き、ロゼットはそんなそぶりも見せず答える。

 槍をもっていないのは幸いだった。カークの闘争心を下手に刺激しないで済む。

 たとえ暴力的につっかかられたとしても、攻撃をすべてかわせる自信はあった。


「それだけか?」

「他に説明のしようがない。一応、今はやつの客分扱いで滞在中。何かあったときは手伝ってるよ」

「何を?」

「今回でいえば、君の説得かな」


 カークはさらに警戒をあらわにした。今にも攻撃してきそうだ。


 しかし、ロゼットはひるまなかった。

 キートもエドロットも説得をあきらていたが、不可能だという考えはロゼットになかった。


「べつに、やつのしたことを許してやれなんていうつもりは毛頭ない。ただ、やつを憎むなら、君は僕をふくむもっと多くの人も憎まないといけない」


 ロゼットの言い分に、カークは眉間にしわをよせた。


「君には、やつが魔法使いだってわかっているから、全部いうけど。

 伯爵や、伯爵の母親がこの家を手に入れるために、あれこれやったのは、僕の住んでいた島を救うためだったんだ」


「島? ……去年、エセルのやつが攻め取った?」

「そう。あの島にあった三つの王家を滅ぼし、生贄にして、島を救わないといけなかったんだ。彼らはそういう役目を背負った魔法使いだったんだよ」


 カークは、目を点にした。

 幽霊が見える彼にとっても、あまりに突拍子もない話だったらしい。

 冗談か作り話と判断したらしく、額に怒りすら浮かべる。


「君が信じなくても、これは事実なんだよ。だから僕は生き残ってる。あの島の、何千人という住人達も。

 だから、もし、君があいつを憎むなら、僕も、あの島の住民も憎め。原因は、僕らにあるんだから。

 嘘だと思うなら、僕が君を島に連れて行って、あれこれ証拠を見せてあげるよ」


「なんだよ、そりゃ」


 一度目は、おどろきで。


「……なんなんだよ、そりゃあ」


 二度目は、どうしようもない徒労感とともに。


「他に、方法、なかったのかよ」

「そうだね。君たち以外が、不幸になる方法があったかもしれない」


 カークはあきらめたように腕をだらりと下げ、また座った。空を見上げる。


「彼にそれを命じたのは、神だ。神様に天罰を願っても、君に救いはないよ?」

「おまえってやつは、とことん人を泥沼に沈めるのが趣味か?」

「早いうちに、あきらめをつけさせてあげた方が楽かと思っただけだよ。ここまで絶望したら、君は何に救いを求めるか、興味もある」


 ロゼットはカークの隣にしゃがんだ。


「僕も、君と同意見なんだ。世の中すべてがむだで、徒労で、あがいてもだめ。愛や夢や幸福なんて、結局は他人事。もう、うらやましいと思うことも忘れた。

 そんな状態で、乗っている泥船に水を入れられとき、先輩の君ならどうするの?」


「……ま、これでもやっとけ」


 カークは白い粉の入ったガラスの筒をふった。それかこれ、と酒の入った水筒を取り出し、一口飲む。


「弱いやつは、最悪だな。とことん弱くあるしかない。自分がゴミで屑だと分かっていたって、どうしようもなく、ただただおぼれていく。とめどなく沈んでいく」


「浮かぶ方法はないわけ?」


「それを俺が知ってたら、とっくに自分だけじゃなく他人のことも助けてるよ。ラベットだって。

 夢や希望を知っているやつはいい。それを信じて、人を救えるだろう。

 だけど、それを知らない人間は、他人に聞かせるような言葉がない。自分が知らない物を、どうやって教えられる」


 カークが、不意に、西門を指さした。


「あそこに、昔、ここで死んだ兵士がいるんだけどよ」


 ロゼットにはもちろん見えなかったが、だまってうなずいた。


「まだ若い。お前と同じくらいの年だ。親に売られるようにして、傭兵になって、死んだ。年長のやつらに捨て駒として使われて、苦しみながらな。

 どうしてって、いってる。どうして弟は売られなかったのに、自分は売られて。それでも一生懸命働いたのに、どうして裏切られたのかって。死ななきゃいけなかったのって。

 俺にわかるかよ。たぶん家が貧しかったんだろう。弟はかわいがられたんだろう。裏切った奴らは、おまえを道具にしか見えていなかったんだろう。

 でも、そんなこといったって、何の足しになる?」


 カークは魔除けのペンダントを、地面においた。視線をめぐらせ、新たな一点を指さす。


「あそこには、この城塞に攻めてきた敵に犯されて殺された女がいる。

 あっちには、皿を一枚割って殺された召使。こいつは故郷に一度帰りたかったって未練を残してる。

 井戸には、たまたま運悪く井戸に落ちた子供。むしゃくしゃしていたやつに殺された犬。まだ殺したりないとうろついている殺人狂。

 皆、なぜこんなことになったのかって、自分の不運を嘆いているよ。

 いってやりてえよ。てめえの命なんて、てめえが思っているほど貴重なもんじゃねえし、この世にはとどまる価値のあるほどのものはない。とっととあの世に行け」


「なぜなんて聞かれたって、答えられるわけがないのにね。ずっと聞かれるってのは、苦痛だな。しかも、君は見えるだけなんだろ?」


「そうだよ。なんにもできねえんだ。俺にあいつらの言葉は聞こえても、あいつらに俺の言葉はとどかない。ヘタに近づくと、こっちが危なくなったりする。――おまえ、まだ死ぬなよ」


「どうして?」


「おまえはきっと、あそこに立ってる坊やと同じになる。生きている意味が分からずに死ぬから、死んだこともわからずさまようハメになるんだ。死んだら楽になるなんて、思うなよ」


「君も人をとことん泥沼に沈めるのが趣味らしいな」


「道連れは多い方がいいってね」


 カークはゆがんだ笑いをうかべた。自嘲と尊大、卑下と嘲笑が複雑にいりまじったみにくい笑いを。


 ロゼットもまた、笑みをうかべた。

 鏡に映したようにカークと同じ笑みを。


 ロゼットは、キートもエドロットも即座に説得にさじをなげたのに、この男を説得しようと思った訳をさとった。

 この男が自分と似ているからだ。


 自分は生まれたときに呪いを与えられ、カークは人とはちがう“目”を与えられた。

 親兄弟からの愛情はなく、周囲からも相手にされることもない。

 そんな生いたちから性格はひねくれ、物の見方は冷め、人を信じられずに攻撃してしまう。そっくりだった。

 カークが自分に親切だったのも、無意識のうちに同じにおいを嗅ぎつけていたからこそだろう。


 ロゼットはカークを凝視した。

 クマのできたよどんだ眼も、冴えない肌色をした顔も、薬と酒におぼれるただれた生活も、哂えはしない。

 目のまえのこの男は、もう一つの自分の姿だ。

 

 今すぐ両手で首をつかんで縊り殺してやりたい。

 ロゼットの胸には、したしみと同時に、いまいましさがこみあげた。

 凶暴な衝動が鎌首をもたげる。


 しかし、すぐ行動にうつせないのは、まだ何かいい足りない気がするからだ。

 罵倒か、激励か、皮肉か、気休めか、何かわからないが、まだ。


 どうしてやりたいのかわからないくせに、はなれることもできず、ロゼットは自分の鏡像のまえに居つづける。

 この男といれば、眠れない夜をなくす方法がわかりそうな気がして。

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