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いばらの冠  作者: サモト
忌み枝

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46/55

15.

 朝陽に照らされた城壁には、ところどころにキズや修繕の痕があった。

 過去の戦禍による痕だ。城壁にのこる雨だれは、戦死者の涙にも見える。


 西門のそばに、花が何本かおちていた。

 花はすでに枯れ、色あせ、しおれていたが、気まぐれに摘んで捨てた花にはみえない。

 ロゼットは不自然な場所に落とされた花を一瞥し、城壁に沿って走りつづけた。


 昨日うっかり天に召されかけた身体は、すっかり元どおりだった。

 日課をしても差し支えない。キートとエドロットのまえを難なく走れる。


「ってかさー、結局、どう、すんだろうな、明日のっ、裁判」


 キートが石を飛びこえながら、口火を切る。

 走っているため、言葉には妙な抑揚がついた。


「魔法使いは見つけたけど、さ。ラベットにかかってる魔法は、解けてねえし」

「伯爵、解いてないの?」


 ロゼットは肩越しにふりかえった。

 キートが身体のまえで、ないない、と手をふっている。


「どうするのかってきいたら、さあ、って」

「たのもしいお返事だことで」


 エセルのやる気のない回答に、エドロットが天をあおいだ。


「まあ、でも、むりに解くと、廃人になるらしいから。やりたくないのは当たり前だよな」

「ヨランド先生に頼んで、ラベットはまだ証言能力不十分ってことにして、すこしのあいだ、判決を引きのばすか」

「でも、引き延ばしても、なあ」


 キートはむずかしい顔をした。

 ラベットにかかっている魔法を解こうと思ったら、カークかマリアのどちらかを説得しなければならない。


「俺、自信ねえわ」

「説得より買収を検討するな」


 キートもエドロットも、説得に関してサジを投げていた。


「おまけに、ラベットの魔法が解けたとしても」


 エドロットが急にペースを落とした。

 城の正門に、見覚えのある馬車が止まっていた。判事の馬車だ。


 そして、降りてくる判事を、メリナがわざわざ出迎えている。


「あのバスケット判事じゃな。正しい判決が期待できない」


 メリナは差し入れですわと、判事にパンや果物を盛ったバスケットを手渡していた。

 受け取る判事の顔はしまりがなく、メリナの表情は期待に満ちている。

 ロゼットたちは、木陰からバスケットの中身をおおいに邪推した。


「なんかいい方法ねえかなー」

「いい方法っていうかさ。大陸には、その人のやったこと全部わかる鏡だとか、投げれば正しいか正しくないかわかる石とか、ないの?」

「ねえよ」


 辺境の島は、時として、大陸の文明をかるがると凌駕していた。


「エヴァンジェリンの神殿にはあったのに。神殿の人にいって、貸してもらう?」

「判事官と弁護士にぶっ壊されるっつーの」


 全判事官と弁護士を失業に追いやるおそろしい道具だ。

 仮に大陸で発明されたとしても、世にでる前に、不特定多数によって葬り去られることだろう。


「ん? あれ? クレイオさんじゃねえ?」


 キートが坂を上ってくる細長い人影を指さした。

 おはようございますー、と緊張感のない挨拶を周囲にふりまきつつ、クレイオが正門へとやってくる。


 正門をくぐろうとしたとき、意外なことが起こった。

 同じく正門をくぐろうとしていた判事が、先をゆずったのだ。それも恐縮しながら。


「クレイオさん、判事と知り合いかなんか?」

「意外とすごい人?」

「さあ……なんか裏工作してたけど」


 キートとエドロットに背を押され、ロゼットはしかたなく、クレイオの後を追いかけた。

 呼び留めると、クレイオはいつもの三割増しうざったく――ではなく、元気はつらつと挨拶してきた。


「おはようございますロゼットー! きいてくださいよ、すごいんですよ!

 昨日、あなたが飲ませてくれたドリンクのおかげで、もろもろの身体の不調が、一発で治ったんです! 

 筋肉痛は消えたし、肌はぴちぴちになるし、肩は上がるし、最高ですよ、あのドリンク!」


 ヨランド家特製ドリンクのブレンドのことだ。

 白目をむいて気絶するほどのまずさだったはずだが、良薬口に苦し。抜群に効いたらしい。


「ありがとうございました、ロゼット。あとで伯にもお礼いわないと!」

「悔しがられることまちがいないからやめとけ」


 ロゼットは元気すぎるクレイオに、早くもげんなりとしていた。

 が、相手はかまわずかまってくる。背をかがめ、いきおいよく顔をのぞきこんできた。


「ところでロゼット、昨日、なんかありました?」

「何かって?」

「いやー、これが。昨日、一時、ヘンな動きしたもので。何かあったかなと」


 クレイオはふところから、魔力探知機だというコンパスをとりだした。


「ああ……僕が死にかけたせいかな。魔法が解けかけてさ」

「え! ロゼット、昨日死んでいたんですか!」

「時と場所と内容を考えて発言しろ」


 ロゼットは人目を避けるため、クレイオを居館へ蹴りこみ、自室へと急き立てた。

 万能ドリンクでも、やはり失言癖は治らなかったらしい。


「でも、まだ生きているということは、伯がまた魔法をかけ直したんですか?」

「そうだけど」


 クレイオはあふれる感動の雄たけびをこらえてか、口を引き結んだ。

 思いあまって、奇跡の産物と化しているロゼットのからだに頬ずりする。

 もちろんすぐさま、掌打、蹴り、投げの連続技を食らうはめになったが。


「本当に魔法大好きだよね。何がそんなにいいの?」


「はは。ロゼットは、生まれたときから魔法に苦しめられてきたから、全然ですよね。

 私は小さいころ、乳母が寝るときに楽しいおとぎ話をきかせてくれたもので。魔法に夢と希望を感じてしまうんですよ。

 貧乏な主人公が魔神に出会ってお金持ちになったり、魔法使いが冒険の手助けをしてくれたり。ピンチを助けてくれる万能のヒーローがいるなんて、すっごくステキじゃないですか?」


「いても、君のとこには絶対きてくれないよ」


 ロゼットはどこまでも辛辣だったが、夢見る三十路男はへこたれない。


「いいんですよ。それでも。夢があるだけ幸せです。どんな危機に陥っても、夢があればあきらめなんてない。

 何もかもを失った時、絶望から人を救うものは、夢であり、奇跡であり、希望であり、信仰であり、神である――なんてね。

 ロゼットも、そうは思いません?」


「この世に夢も希望も救いありはしないさ。夢を夢見ることから始まるよ。神すら、存在しているがゆえに絶望してる。

 希望や奇跡の象徴を神だと定義するなら、僕の神はもう死んでいるし」


 ロゼットは壁に立てかけていた、師の形見の槍をふった。

 声は深海のように、暗くつめたい。


「伯は、ちがうんですか? エセル=エヴァンジェリン殿はあなたのヒーローにはならない?」

「どうして」

「呪いを解いてくれた上に、おおがかりな魔法を使って助けてくれているなんて。まさにピンチを助けてくれる万能のヒーローじゃないですか」

「あいつねえ……」


 ロゼットは頬の古傷をなぞった。


「どんな最強のヒーローだって、動かなかったら意味がない」

「はい?」

「師匠以上のヒーローはいないっていったの」

「はいはい。あいかわらず、おじい様大好きなんですから」


 ノックがあった。エセルだ。一汗かいた様子のロゼットをにらむ。


「昨日、朝一番に顔を出せといったはずだが」

「君、朝起きるの遅いんだもん。だたへさえ寝起き悪いのに、むりに起こしたら、不機嫌決定だし。そんなに急ぎの用だった?」


「……調子がいいなら、いい」


 エセルはいろいろ言いたそうだったが、飲みこんだ。ため息だけ吐く。

 ロゼットは変な顔をした。


「いいってなんだよ。用は? 体調は万全だから、もうなんだってできるよ」

「明日、裁判ですよね。どうにかなりそうです?」


 クレイオの気づかいを、エセルはあからさまに迷惑そうにした。


「そうか。おまえのしわざか」

「何がです?」

「さっき判事と会ったが、急に、私にこびへつらうような挨拶をしてきた」


 ロゼットもクレイオを追いかけた目的を思い出し、となりをにらんだ。

 いたずらがバレた子供のように、クレイオは、いやあ、と頭をかく。


「勝手にやったことですので、お気になさらず」

「あの判事に、君が裏から手をまわしたのか。いったい君は、そうまでして伯爵に何をさせたいんだよ」


 クレイオは部屋の外に人のけはいがないことを確認し、咳ばらいを一つした。


「前にもいった通り、私は出資者つきで、魔法について研究しています。

 なぜかといえば、魔法は存在し、放っておくことはできないものだからです。悪さをすることもある。それを止める存在を必要としているんです」


「魔法使いを止める魔法使いを?」


 クレイオはうなずき、エセルの顔色をうかがった。


「伯は魔法を使うことの責任をよくご自覚しておいでです。ぜひ、ご協力いただきたいのですが」

「代わりの魔法使いを紹介してやる」


 エセルはにべもなかった。


「代わり、ですか。それはそれで、ありがたいですね」

「代わりって、伯爵、まさか」


 ロゼットの懸念はあたった。


「昨日、おまえを殺しかけた子供だ」

「マリアを売る気?」

「あの子供は、自分の意志で魔法を扱えていない。一人で野放しにしておくのは危険だ」


 エセルのいうとおりだった。

 マリアが今、ラベットに魔法をかけているのは、悪い魔法使いをこらしめるためだというが、その動機はあやふやなものだ。

 カークが魔法を解くな、といえば、たとえ自分の意に反していても、それに従ってしまっている。


「君がなんとかしてやれよ。同じ魔法使いだろ。得体のしれないやつらに引き渡すなんて」

「ロゼット、私たち、べつに魔法使いを悪いようにはしませんよ。とくに、子供とあれば。年長者にあずけて、よい魔法の使い手となるよう育ててもらいます」

「君らのいう、いい、が本当にいいかどうかは、どうやって証明してくれるんだ?」


 ロゼットは唾を吐きかけるようにいった。


「そのマリアさんという魔法使いは、伯のいい方からすると、おひとりなんですよね?」

「カークってやつと一緒にいるよ」

「まったく血のつながりのない、他人といるんだ。たぶん両親や家族、同胞というのはいないだろうな」


「では、なおのこと私たちと来ていただいた方が、マリアさんにとってもいいでしょう。同じ魔法使いという仲間ができた方が、心強い」

「マリアは仲間といるより、カークといたいっていうよ」


 昨日、マリアは何度もカークをかばっていた。カークと似ているといわれることを喜んでいた。

 マリアはカークのことを、本当の家族のように慕っているのだ。

 ロゼットはめずらしく感傷的な反論をつらねた。


 しかし、エセルの方は冷然としていた。きっぱりいい放つ。


「魔法の初歩は、自分の感情を制御し、統御すること。自分の意思なく魔法を使うのは、愚の骨頂。最後は、使う魔法に自分が使われる」


 クレイオが逡巡ののち、遠慮がちに口をひらく。


「それは、あなたの経験上の教訓ですか?」

「魔法の初歩の、補足です。どうして守らなければならないかということの」


「もし、過去を後悔なさっているのでしたら、なおさら私たちに協力していただけませんか。

 おそらくは、あなたのお母上、ミセス=アイリス=マスカードも、人助けをなさっていたようですから」


「母は島を救うこと以外に、興味はありませんでした」


「最終的には、島を救うために関係していたために、したことかもしれませんが。

 まえにお邪魔した館の画廊には、大変、興味深いものがまじっていました。よくない魔法のかかった品や、やっかいな因縁のあるものが、偶然にしてはおおすぎるほどにあった。

 ミセス=マスカードが、積極的に引き取っていらしたからでは?」


 エセルは油断ならないものを見る目で、クレイオをにらみつけた。

 ロゼットは、メイドが画廊の模様替えをしていた時、エセルが注意していたことを思い出した。


「だから君、勝手に動かすなっていったの?」


「あなたのお母さまは、たびたび、お姿を消されていたことがおありになったのでは?

 ここからはなれた地方の話なんですけれどね、ある日、銀髪碧眼の女神のごとくうつくしい女性があらわれて、村をすくったという話があるんですよ。

 どうでしょう?」


 クレイオは身を乗り出した。


「持たざる者へのほどこしは、富める者のつとめ――貴族と同じです。魔法の脅威から、人々を守る手伝いをしていただけませんか。あなたは近年まれにみる魔法の使い手だ」


「どうも話がずれてきていますね。私があなたにお伝えしたいことはただ一つ。

 マリアという子供の魔法使いが、ラベットという男に偽の記憶を与え、人生を狂わせ、私をふくめる大勢をふりまわしているということです。

 悪い魔法使いを取り締まる役を自称するのなら、まずは目のまえの仕事を片付けるのが先でしょう」


「もちろん、その仕事も片づけます。ですが」

「買いかぶっていただいて、光栄ですが。あいにくと、今や私は、これを維持するので精一杯ですので」


 エセルはロゼットを指さし、一言一言、いいきかせるようにいった。


「今後、魔法で何かをする気もありません。放っておいていただきたい」


 ようやくクレイオも説得の言葉をのみこんだ。エセルに背をむけられても、もう、だまってうなだれる。 

 ところが、今度はロゼットがだまっていなかった。


「逃げるなよ」


 細い肩をいからせ、あざやかに燃え立つ緑の目で、エセルをにらみつける。


「こいつらをマリアにけしかけて終わらせようなんて。売られた喧嘩ぐらい買え、この女男」

「どうとでもいえ。決着をつけるのに、おまえの納得がいるわけでもない」


「クレイオたちのことにしたって。聞いていれば、いつまでもうじうじうじうじ、回りくどい言い訳してさ。

 魔法を使いたくないのは、本当は、ただ怖いんだろ? 自分の中に、確かな正義がないから。正義だと思ってしていたことが、じつは許しがたいことだったって気づいて、幻滅することに怯えてるんだろ?

 逃げる口実に僕を使うな」


 エセルの表情はゆらがない。

 さすが感情の制御は完璧じゃないか、とロゼットは心の中で毒づいた。


「いつまで過去を悔やんでいるつもりだよ。君がまだグダグダ悩むなら、僕が君を裁いてやる。

 君は無罪だ。君が少数を犠牲に、島を救ったことは正しい。バラの枝を大きく育てるために、よぶんな枝を切るように、あれは必要な犠牲だったんだ。

 君は、自分の魔法を――奇跡をもっと信じろ。奇跡を起こしたくても、奇跡を起こせない人間が、世の中にどれだけいると思ってる」


 それでもエセルが眉一つうごかさないので、ロゼットは無性に腹が立った。

 なんとなく、エセルにつっかかるカークの気持ちがわかった。なんとしても、この鉄面皮をひっぺがしてやりたくなる。


「どうしてもこの先、魔法を使わず生きていきたいっていうのなら、僕にかけている魔法も解けよ。それが道理ってもんだ」


 エセルが動かないので、ロゼットは槍の穂先を自分で自分にむけた。


「魔法をつかいたくない君にとっちゃ、僕も本当はいらない枝みたいなもんさ」

「ロゼット、やめなさい!」


 クレイオが取りあげるより先に、エセルが穂の根元をつかんで、切っ先をずらした。

 はっと、ロゼットは笑いをもらす。


「卑怯者」

「それは貴様だろう。私に自分の魔法を信じろだなんて、貴様がいえた義理か。この死にたがり。自分で自分の先をつぶすようなことばかりして、まともに生きていくことから逃げているくせに」

「今さら、まともがわかれば苦労はしないさ」


 思いのほか強い力で引かれ、ロゼットはあっさり槍をうばわれた。


「起こした奇跡をむだにする人間が目のまえにいて、何を信じろと?

 私がいくらおまえを魔法で救い、生きのびさせたところで、本当の意味で救いはしない。

 結局、魔法なんてあってもなくても同じだ。人を幸せにも不幸にもしない。無用の長物だ。人に幻想を抱かせる分、道端の石ころよりタチが悪い」


 ロゼットは唇をわななかせた。本当はまだ何かいいたいのに、言葉が出ない。

 くやしまぎれにエセルを押しのけ、ドアの取っ手に手をかける。


「どこへいく」

「不毛な会話より、有益な会話をしにいくんだよ。これを返しがてら、カークとマリアの説得をね」


 ロゼットはマリアから借りたハンカチをひらひらさせた。


「クレイオ!」

「はいっ!」

「自分から魔法を解いたら、マリアのしたこと、不問にして、なおかつ存在をだまっててくれるよね」

「え、あ、それは」

「もちろんだよね。わかった」


 ロゼットはクレイオの鼻面に扉を叩きつけ、部屋を出た。

 目じりを袖でぬぐう。

 何が悲しいのかは、自分でも分からなかった。


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