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いばらの冠  作者: サモト
忌み枝
41/53

10.

 ロゼットたちが一堂に会したのは、三日たってからだった。


 ラベットの症状が落ちつくのにそれだけの日数がかかったせいもあったし、エセルがメリナや判事や知人と会うことで、いそがしかったせいもある。

 キートとエドロットの調査も、時間がかかった。


「成果はどうだった?」


 ロゼットは、城の中庭にあつまってきたキートたちにたずねた。

 反応は、はかばかしくなかった。二人はうしろをふりかえる。化粧の濃い、中年の女性がいた。露出のおおい服装からみて、娼婦のようだ。


「ラベットと一番長くつき合っている女性、らしい」


 二人は、女性を主人であるエセルのまえに案内した。

 「どう?」とエセルを示しつつ、女性にたずねる。

 女性はじろじろと、無遠慮にエセルをながめまわしたあと、きっぱりと断言した。


「タイプじゃないわ」


 突然、初対面の女から対象外宣言をされ、エセルの顔面にわずかに変化が起きた。

 エドロットがすぐに補足する。


「タイプでないってのは、ラベットにとって、ミセス=アイリス=マスカードは好みでないってことで」


「ちゃんと分かるように説明しろ」


「ラベットとミセス=マスカードに関係がなかったってことを、確実に証明できる証拠はなかった。

 ラベットは一時期、マスカード家に出入りをしたこともあったらしいから、接触する機会がなかったとはいえない。

 だから、他の方面から証明しようと思ったんだよ。ラベットと、ミセス=マスカードが、おたがいに相思相愛になることはあったかっていう観点で」


「ラベットにとって、ミセス=マスカードは深い関係になりうる相手だったかっていうことを、確かめようと思ってさ」


 エドロットとキートが慎重に言葉をえらぶ中、女はずけずけという。


「ラベットが指名するのは、いっつもあたしみたいなタイプだもの。ありえないわよ」


「よく食べ、よく飲んで、ふくよかで」

「両目の間隔がひろくて、鼻も口も大きくて」


 キートとエドロットは、遠慮がちに連れてきた女性を表現する。


「そばかすは絶対条件よ。ラベットのママンがそうだったんですって。すごいマザコンなのよ、ラベットって」


 蓼食う虫も好き好きだ。

 みごとな三段腹をゆらし、大口をあけて、女は笑った。


「この銀髪の人に、女のかっこうをさせたような相手? 絶対ないない。まず、コトにいたれないって!」

「そっすか。断言どーも」

「ご協力、ありがとございましたー」


 キートとエドロットは丁重に女性を見送り、笑顔をはりつけたまま主人をふり返った。


「……おまえたちは、いますぐコシモを主人にしたいらしいな」

「いやいやいや! ミセス=マスカードの肖像画がすぐ近くにはないしさ!」

「伯爵に代役をお願いせざるを得ず!」


 二人は必死で弁明したが、それでエセルの怒りがおさまるわけがない。


「退職金もいらない条件で譲り渡すとしよう」

「他にたいして収穫がなかったんですごめんなさいっ!」

「逆にミセス=マスカードらしき女性があの居住区に来ていたことがあるなんて話まで聞こえてくるくらい、成果がなかったんですすんませんっ!」


 二人がすなおに謝罪すると、エセルは眉間のしわを消した。かるくため息をつく。


「ミセス=マスカードがいない以上、確実に否定できるのはラベットだけか」


 水をむけられると、ヤナルはむずかしい顔をした。


「それが……ラベットの主張は一貫しています。今も、薬欲しさに『くれるなら、ミセス=マスカードとの関係を否定してもいい』といいだすくらいで」


 同席しているアルフも、あごをしゃくって、しぶい顔をした。


「ミセス=マスカードとの交流がどんなものだったか聞いてみても、とくに矛盾がない。会った場所や会った時期を聞いてみても、話がよくできている」


「指輪については、いかがでした?」


「ミセス=マスカードの行方不明が騒がれた日に、彼女から『私を忘れないで』ともらったと。そのときの様子も事細かに語ってくれた。彼女の服装や、髪型までもね。

 もっとも、そのあたりのことは、モンクリフ夫人でも知っていることだから、信用する値しないが」


 アルフは中庭の入り口に目をやった。


 庭に、ラベットもやってきていた。警備兵につきそわれて、庭を散策する。背をまるめ、歩き方も生気がないが、三日前よりはましな様子になっていた。


 エセルに気がつくと、ちぢこまって、頭を下げる。ちかづくのも畏れ多いというような態度だ。


「仮にも父親と名乗っている男の態度じゃねえよな」


 エドロットのつぶやきに、全員がうなずいた。


「なあ、ヤナル。ラベットをちょっと締めあげても、主張って変わらなさそ?」

「麻薬の禁断症状は、拷問と同じくらいつらいよ。たぶん、変わらないと思う」

「仕事が三日とつづかなかったこともあるような根性なしなのに。なんだって、今回は根気のある嘘がつけるかね」


 キートは口をとがらせた。

 裁判は、三日後だ。

 何か反論の材料を見つけなければという悩みに、ヤナルたちはだまる。


「すまない、少し」


 メイドの一人に呼ばれ、アルフが場をはなれた。

 キートとエドロットは悩むことに早々に飽き、主人に意見をもとめる。


「どうする? 伯爵」

「首謀者っぽいサギ師のリリックを夜道で捕獲して締めあげる?」

「締めあげるなら、カークってやつもおすすめだけど」


 ロゼットはひろったペンダントをもてあそびながらいった。

 ひろって以来、カークを城内で見ないので、いまだに預かったままだった。


「なんでだよ、ロッツ」

「だってさ、エドロット。伯爵のお母さんの指輪をあずかったの、カークだったでしょ? あいつが盗むか拾うかしたからじゃない?」


 そういえば、とエドロットはつぶやいた。


「あとは『あなたはエセル=マスカードの父親です』とでも、詐欺師が催眠術をかけていたりしてな」


 キートが、ロゼットの指先で左右にゆれるペンダントを見て、ふざけた。突拍子もない思いつきにエドロットとヤナルは笑う。


 が、ロゼットは笑わなかった。エセルも笑わなかった。


「そうか。その手があった」


 ロゼットは手をたたき、エセルはおもむろにラベットの方をむいた。

 つかつかとラベットに歩みよる。監視役の警備兵が止めるのもきかず、ラベットの頭をつかみ、目を見つめる。目の奥の奥、頭のなかまでも見通すように。


「ちょっ――伯爵、どうしたんだよ?」

「魔法だよ」

「は?」


 ロゼットは、答えがまったく耳に入っていないキートに、もう一度、ゆっくりいう。


「だから、魔法さ。ラベットには暗示じゃなくて、魔法がかかっているのかもしれない」

「頭のなかをいじった形跡があった」


 もどってきたエセルは、めんどうくさそうな表情をしていい放った。

 キートはようやくいわれたことを理解し、顔色を変えた。


「ま――っ!?」


 叫びかけたキートを、エドロットとヤナルが口止めする。

 その二人も、目をぱちくりさせ、あっけにとられていた。

 かろうじて、ヤナルが口をひらく。


「つまり……魔法による洗脳、ということですか?」

「薬のせいだとうたがっていなかったから、忘れていたが」

「っていうか、魔法のせいって疑われないために、薬を使っているんじゃない?」


 ロゼットがこともなげに肯定しているので、ヤナルたちも事態をのみこんだ。あたりをはばかりながら、エセルにきく。


「魔法使いがどこにいるかは、探せるんですか?」

「魔法を解けたときのことを考えて、近くにいるはずだ。もう一度、ラベットにかけられている魔法をよく調べれば――」


 エセルは話を止めた。アルフがもどってきたのだ。


「すまない、家に急患がはこびこまれているようだ。家にもどらなくては」

「おかまいなく」


「伯は、いかがなされますか。今日は我が家にご滞在なされますか?」


 エセルはちらりと、部屋にもどるラベットを横目にした。


「気分を変えると、妙案が浮かぶやもしれませんし」

「そうですね。今日のところは、終わりにしましょう」


 エセルたちは中庭を出て、城門へと足をむけた。

 アルフが息子との会話に夢中になっている間に、ロゼットが小声でたずねる。


「――伯爵、妙なこと聞くけどさ。魔法使いがモンクリフの次男坊って可能性、ないよね?」


 ちがうことは、エセルの表情がすぐに証明した。


 ロゼットはひろったペンダントを見せた。陶製の、左目をかたどったペンダントで、目玉の部分は青い貴石がはめこでんある。塗装は色あせ、ところどころはげ、かなり古いものだ。


「こんな妙なもの、落としていったからさ。気になって」

「たしかに妙な品だが。あれに魔力はない」

「だよね。……なんなんだろ、あいつ。僕を化け物みたいな目で見るんだよなあ。なんかやったっけ?」


 ロゼットがめずらしく己の行いを顧みていると、ヤナルの会話が耳に入った。


「俺は今日もロッツと城にのこるけど――父さん、急患、一人で大丈夫?」


「使いの話では、脳震盪で意識を失っているだけのようだから、心配なさそうだが。バルフォア家のお方のようだから、放っておくのもな」


「バルフォア家の?」


 ロゼットは自問をやめた。

 ヤナルが、問うようにこちらを見ていた。


「……あいつ、まだいたのかよ」

「行くぞ。身柄引受人」


 エセルに肩をたたかれると、ロゼットは早くもつかれを感じてうなだれた。

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