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いばらの冠  作者: サモト
いばらの冠
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3.

 王が討ち取られて戦いが終わると、おびただしい数の死体が残された。兵士だけでなく住民たちも、死体に片づけに借り出された。墓場と牧草地を、何度も死体をのせた荷車が行き来する。


 ロゼットももちろん、片づけに参加していた。討ち取ったラヴァグルート王の首をつかみ、死に顔をながめ、死体を積んだ荷車に放る。


「ねえ、なんで王族の死体だけ埋める場所がべつなの?」

「一般庶民と埋めてやりたいのか?」

「だって、死ねば一緒じゃないか」


 ロゼットは王族の死体だけが載った荷車を、つま先で蹴った。エセルは口だけで笑う。


「一般庶民と同じにはできないものでな。ラヴァグルート一族は。特別だ。ブツクサいってないで、さっさと回収しろ」


 特別、という言葉がロゼットは気に食わなかったが、黙って片付けをつづけた。


「気持ちのいいもんじゃないよなー。自分が殺した相手の死体を片づけるって」

「そう? 思ったほど、感慨はわかないな」


 キートとは対照的に、ロゼットは淡々と第一王子の死体を持ち上げた。ラヴァグルート一族に仕えていた兵士が寄ってきて、荷車に載せるのを手伝う。載せると、兵士は死体に向かって深く礼をした。


「これで全部かな」

「ううん、まだあるよ。あそこ」


 ヤナルは残りの死体のありかを見て、首をかしげた。町民がラヴァグルートの王子の死体を取り囲んでいたのだ。ナイフを持って。


「早くしないと、なくなっちゃうな。あの人たち、死体を食べるつもりなんだよ」

「食べ――?」

「この島の神様は、昔、エヴァンジェリンに自分の血肉を分け与えることででも力を与えた。だから、この島では、優れた人間の身体を食べるとその能力が得られるっていう言い伝えがあるんだよ。ほら、どいたどいた!」


 あっけに取られているヤナルを尻目に、ロゼットは槍を振り回した。ラヴァグルートに仕えていた兵も剣を振り回し、町民を追い立てる。キートはげんなりとした表情だったが、エドロットはどうでもよさそうに、通りかかった女の子に口笛を吹いていた。


「今度こそ、これで全部だな。運ぶか」

「城の東側だっけ? 西側の海ならまだしも、東側は丘だろ。わざわざ穴掘るのか。めんどくさ」

「穴は今、他のやつらが掘ってるから大丈夫」

「海に落としちゃえばいいのに」


 ロゼットはラヴァグルート城を振り返った。城門から王妃と王女たちが連行されているところだった。縄で数珠繋ぎにされた状態で、一列に歩かされている。王を殺されたショックで、どの顔も暗く沈んでいた。


 王妃は、王が討ち取られたと知るや否や、すぐさま開城した。降伏を申し入れ、命乞いをした。マスカード伯は降伏を聞き入れたが、一つ、条件をつけた。兵の命を保障する代わりに、ラヴァグルート一族は、女も子供も皆死ぬこと、と。


 マスカード伯の陣営にいる何人かの幕僚は、そこまでしなくとも、と反論したが、エセルは一切聞き入れなかった。王族はあくまで皆殺しの方針だった。


「敵の子孫は後々争いの芽になる――あの表情じゃ、そんな気は全くなさそうなのにな。君らの主人は結構えぐいね」

「うーん……伯爵、残虐なことは好きじゃないタイプだけどな」

「でも、現にしてるじゃないか。残虐というより、容赦ないのかな」

「容赦ないってのは賛成。でも、なんか変なんだよな、今回は」


 エドロットは腕を組み、王妃と王女たちの後ろにつづくエセルを見やった。エセルは無表情だった。何を考えているのかさっぱり読めない。


 ロゼットはエセルの思惑を探ろうとしたが、途中でやめた。殲滅してもらえる方がありがたいのだから。目線をエセルから外す。そのはずみで、王妃と視線が合った。


「ロゼット……何をしているの、あなた! そんなところで!」

「あんた誰? 僕はロッツ。人違いだ」

「ああ、まさかこんなに恩知らずだとは思わなかった! どこの馬の骨とも知れない男の子供だって言うのに、王宮においてやっていたのに!」


 王妃は栗色の髪を振り乱し、自由にならない手を振り回した。やつれた顔に怒気が加わり、元の美しさは見る影もない。こけた頬が、顔に暗い影を落としている。


「あの女……あの女はどこ! ロビュスタは! ロゼット、あなたが逃がしたんでしょう!? 腐っても母親ですものね! どこにいるの! どこに!」

「……うるさいなあ」


 ロゼットはかるく槍に触れ、王妃を横目にした。王妃がびくっと身体をふるわせ、固まる。


「いいこと教えてくれてありがと。あの女、逃げたんだ? どこ行ったんだろ。つくづく運のいい女」

「ろ……ロゼット……? あなた……一体?」

「おめでたい頭してるね、王妃。鼠が猫を噛むことは考えなかったの?」

「あ……あなたにそんな力、あるわけが」

「何年前の話? 君の子供の狩猟ごっこに付き合わされてた時と、僕は違うよ。

 君にはよく遊んでもらったねえ。森の中、僕が鹿で、君の子供たちは猟師。皆弓矢もってさ。とっても楽しかったよ。君はリンゴ酒飲んで見てたっけ? 愛されない女の鬱憤、少しは晴れた?」


 侮辱に、王妃の頬が赤くなった。ロゼットは哂う。


「最期に一緒に遊ぼうか。今度は僕が猟師で、そうだな、鹿はこっちの王女さまにしようかな。

 かわいいね。怒った顔も素敵だよ。僕の髪を焼いてくれた時ほど、活き活きとはしてないけど」

「よくも……お兄さまたちを……!」

「安心しなよ。すぐに愛しいお兄さまたちに会わせてあげるから」


 王女は怒りに震えた。手に渾身の力をこめ、縄を引きちぎる。

 だが、ロゼットに襲いかかることは不可能だった。王女は敵の構えた槍に自ら飛びこんだだけだった。


 王妃の絶叫が木霊する。前後の親類を引き倒すのもかまわず、暴れ出した。ありとあらゆる言葉を使って、ロゼットをなじる。


「――師匠。師匠の形見を、こんなふうに使うことをどうか許して」


 ロゼットは槍につぶやくと、槍を一閃させた。王妃が事切れると、先ほど死んだ王女とともに荷車に積む。何事も無かったかのように、ロゼットは行こう、とヤナルたちを促した。


「……ま、自業自得だな」


 エドロットは肩をすくめ、生き残っている王族たちを先へと進ませた。キートも荷車を曳く馬に鞭をあてる。ヤナルは少しためらいながら、荷車を後ろから押した。


 ラヴァグルートは全体的になだらかな丘陵と平野がつづく。牧畜と耕作に適した土地が多かった。城の東は青い麦畑に埋められ、果樹園もそこかしこに見受けられる。のどかな光景だ。


「お、できてるできてる」

「こりゃまた大きい穴で」


 休耕中の畑に、深い穴が掘られていた。長さは三十歩ほど、幅は人一人半ほど。掘った兵士たちは、鍬や円匙を放り出し、穴の底にへたり込んでいた。


「入れろ」

「あいよ、伯爵」


 ラヴァグルートの王族たちは、親兄弟が穴に呑みこまれていくのを、硬い表情で凝視していた。助けを求めるように視線をさ迷わせるが、その場にいるのは敵だけだ。絶望的に空を仰ぐ。


「ラヴァグルートは皆殺し、か」


 ロゼットは槍を抱え、エセルの無表情な横顔を見た。


「ひょっとして、冠外したら、僕もそうする予定だったの?」

「さあ? どう思う?」


 エセルは顔を動かさず、意味ありげに尋ね返した。そうする予定だったのだろう。


「ろくでもない人生の終わり方するところだったな」

「助かってよかったな」


 ロゼットは敵の指揮官をにらみ、槍を強く抱いた。エセルは眼だけ動かしてそれを一瞥し、穴に王女の死体を落とした。


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