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いばらの冠  作者: サモト
忌み枝
39/53

8.

 報告には、ロゼットだけがもどった。エドロットとヤナルはのこって、メリナたちの動向の監視と情報収集だ。


 城の軍馬を拝借したため、帰りは早かった。ロゼットが厩舎に馬をあずけ、庭に出ると、すぐキートが顔をだした。たまたま、庭を散策するコシモの監視で、外に出てきていたようだ。


「俺一人留守番でさ~。つまんねーの。みやげは?」

「ヨランド家特製ドリンク」

「やっぱみやげ話だけでいいや。二人は?」

「僕だけだ。二人はのこって内偵のつづき。伯爵は?」


 キートが庭の一角をむいた。


 渦中の人物は、バラのからまった日陰棚の下で読書を楽しんでいた。そばには銀製のティーセット。金縁のカップを口にはこぶさまはゆったりと優雅で、そこだけまるで別世界のようだ。


 ロゼットはおい、と乱暴に呼びかける。


「ここで報告をしていいのかな?」

「馬で帰ってくるとは、よほどのことらしいな」


 エセルは本を閉じ、執事をさがらせた。

 ロゼットはエセルのカップを取りあげると、一気に飲みほした。一息ついてから言葉を発する。


「モンクリフ夫人が、君が先代の嫡子でないと訴えでた」


 キートはおどろき、コシモはしぶい顔をした。すかさずロゼットがにらみつける。


「おっさん、やっぱ知ってたな?」

「まさか、本当にいいだすとは思っていなかった。義兄の遺品を整理していたときに、そういう話をしたことはあったが……」


 エセルはどう思っているのか、無表情だった。

 コシモの方がそわそわと、報告を気にする。


「しかし、何を証拠に?」

「ミセス=マスカードと深い仲だったっていう、ラベットっていう男を連れてきたんだよ。

 ラベットは、ミセス=マスカードが大事にしていた紫水晶の指輪をもっていた。

 どっちも、すごくうさんくさかったけど」


「なんだ。捏造かよ」


 キートがあからさまに軽蔑すると、コシモは意地悪く笑った。


「それはどうかな? ミセス=マスカードは虫が多かった。たびたび姿をくらましていて、何をしていたのやら。

 この館にしても、半分は彼女の熱烈な求愛者のおかげで建ったようなものだとか。あってもおかしくないと思うがね」


 コシモは横目で、エセルの表情をうかがった。


「先代と結婚する前は、娼婦まがいのことをしていたとも聞くし――」

「てめえ!」

「やめろ」


 エセルの命令で、キートはいやいや拳をひっこめた。コシモはふふん、と笑う。


「エセル君がいなくなれば、君たちの雇い主は私だ。かしこいふるまいをすべきだね」

「あんたたちに雇われるぐらいなら、辞めてやるね」


 キートはべっと舌をだしたが、そのくらいではコシモの調子はくずせなかった。


「エセル君、君も。過失は君のせいではないのだから。君の態度次第では寛大な措置をとろう」


「真実だった場合、私とあなた方の間には何も関係ないことになりますので。ええ一切」


「エセル君!」


 コシモ同様、エセルも調子をくずさなかった。ひたりと叔父を見据える。


「しかしながら、まだ真実は明らかになっておりませんので、私は当主の権限を有しています。――キート、客人には部屋にお引きとりねがえ」


 キートはよろこんで、その命令にしたがった。

 庭園に、またおだやかな時がおとずれた。遠くでは小鳥がさえずり、のどかだ。


 エセルはあたりをひらひらと舞い飛ぶ蝶に手をのばした。蝶が、さそわれるようにその指先に止まる。


 蝶の青と黒のうつくしい羽根が三度上下したところで、ロゼットの我慢が切れた。


「――で、どうするんだよ?

 君の父親とか名乗ってるふざけているやつは、ヤナルの見解だと、薬漬けにされてしたがっているだけじゃないかって話だ」


 カークがラベットに投げたボールのなかには、ロゼットの吸った麻薬のもととなる鎮痛剤がつまっているのだという。

 ロゼットの使ったものほど、快楽や依存の度合いは強くないが、依存性はあるらしい。


「指輪の方は、エドロットいわく、盗品市でたまたま見つけて買ってきたんじゃないかってことだった。

 君は、何か確かな反論があるの?」


「とくにない」


 エセルはふっと、蝶に息を吹きかけた。ふわふわと、蝶はまた飛んでいく。

 あまりに他人事の様子に、ロゼットはテーブルをたたいた。


「僕は君からはなれられない。この体をちゃんと治してもらわないといけないらしいからね。ここで負けてもらっちゃ困るんだ」

「自由にしても問題ない。必要なときに現れてやる」


「本気でいってるの? 君に一般市民の暮らしなんてできるわけないだろ」

「私がこの先、どういう暮らしをするか、おまえに関係があるのか?」


 ロゼットは話しあいがムダだとさとった。勝手にしてやると心に決め、槍をひっつかみ、踵を返す。


「出自については疑っていない」


 制止するように、エセルが強い声でいった。


「……何を根拠に?」

「ミセス=アイリス=マスカードも魔法使いだったから」


 ロゼットはちんぷんかんぷんだったが、エセルはようやく、こちらをむいていた。きちんと話す気があるようだ。


「魔法使いにとって、誓約は絶対だ。誓約をたてれば力を得ることができるが、破れば得たものに見あった代償、最悪は自分の命を払うことになる。

 ミセス=アイリス=マスカードは、先代のマスカード伯と結婚するとき、誓約をたてた。――死が二人を分かつまで、我、汝を愛すると」


 エセルは右手の指で、左手の薬指を指さした。


「そして、誓約の証として、左手の薬指に指輪をはめた。この指は心臓とつながっているといわれている。ここに指輪をはめることは、魔法使いにとっては死を覚悟した誓約ということになる。

 危険な誓約だが、おかげで彼女は強い力と、この家のすべてを手に入れた。わざわざ誓約を破るという危険をおかしてまで、ほかの男と関係するとは思えない」


 ふしぎが当たり前の島で育ったロゼットは、エセルの話をすんなり受け入れた。

 しかしながら、あいにくとここはふしぎが異様な大陸だ。


「それは、ここでは説明にならないよね」

「現実的な方策は、私の父親を名乗っている男をよく調べ、指輪の出所がどこか明らかにすることだろうな」


 ロゼットは肩を落としたが、しかたがない。


「指輪が気になる。実物は見たか? 偽物の可能性は?」

「肖像画のと同じだったけど、本物かどうかは、遠目からだったから何とも。どういう経緯でなくなったの?」


「母が行方をくらます時、一緒にもっていったと思っている」

「ちなみに、伯爵はお母さんの行方は?」

「知らない」


「心当たりは? 彼女に聞ければ一番早いだろ?」

「三年前に姿を消して以来、何もわからない」


 エセルの声は感情がおし殺されていて、何も読み取ることができなかった。

 ロゼットは真っ白なテーブルクロスに爪先をたてた。


「……質問を変えてもいい? 君の言い方だと、彼女は自発的な行方不明ってことらしいけれど、事件に巻きこまれた可能性はないの? たとえば強盗におそわれ、指輪も盗られた」


「どうだろうな。あるかもしれないな。考えたことはなかったが」


 エセルの目は無機質でつめたい。見覚えのある目だった。見ているようで何も見ていない。自分を守るために。


「――何があったの?」


 ロゼットは慎重にたずねた。自分も干渉されるのが大嫌いなだけに、人に干渉するのは苦手だった。


「三年前っていったら、ちょうど、これから島を攻めようってときだろ? 念願かなう前にいなくなるなんて、変わってる」

「……」

「喧嘩でもした? 君もずいぶん母親のことが嫌いみたいだけど」


 ロゼットは皿のビスケットをつついた。やっぱりこの問答は保留にしようかと思いかけたとき、エセルが口を開く。


「故意と過失は、紙一重だ。偶然と必然、公私も、正義と悪徳も」

「殺人者が、平和な時は犯罪者で、戦争の時には英雄になるように?」


 ロゼットはビスケットを口に放りこんだ。


「前に、いっただろう。島を救うためなら、なんでもやったと。

 やっているうちに、だんだん分からなくなった。これは本当に必要なことなのか。

 子供のうちは母にいわれるがまま従っていたが、大人になるにつれて、疑問は大きくなっていった」


 エセルは椅子の背にもたれかかった。


「疑問が爆発したのは、従姉が死んだときだ。


 母の行動は、すべて、島を救うために役に立つか立たないかで決まっていた。

 だから、母は従姉が私の婚約者になることに反対していた。従姉は魔力も何もないふつうの娘で、私に利益をもたらさないから、と。


 従姉の死は表面的には、自殺だ。でかけた母と私の後をつけている途中で、暴漢に襲われ、自殺した。夜に若い女一人で出かけたのだから、当然の成りゆきともいえる。


 だが、私がでかけたのは、母に誘われたからだった。母が途中、不意に首をかしげたことがあった。

 どうかしたのかとたずねたら、母はなんでもないといったが――」


「君にはそうは思えなかった?」


 ロゼットは顔をしかめた。時間をおきすぎたせいで、ポットから注いだお茶は苦かった。


「母は、従姉の姿に気づいていたのでは? そうなると、知っていたのでは?

 問いただしたら、母は、彼女の身に起こったことは天命だといった。ねじまげてはいけないことだと」


 エセルは皮肉げに笑った。


「今までさんざん人の運命をねじまげておいてなんだと思った。ついに、今まで積み重なっていたものが爆発した。気づいたら、母に叫んでいた。いい加減にしてくれ、あの島の何がそんなに大事なんだと」


 過去の怒りを思いだしたのか、エセルが手を握りしめた。


「後から思えば、彼女には島のためにしか魔法を使わないという誓約があったんだろう。


 でも、その時の私にはわからなかった。青いバラの指輪を引き継ぎ、島を救うという誓約をたて、右手の薬指に神との契約の証として指輪をはめたとき、はじめて誓約の重要さを知ったくらいだ。


 島のことを救ったら、自分はここから消えてやると啖呵を切ってな。だから貴女も消えろといった」


「消えろ? すごいな。本気でいったの?」


「半分は勢いだ」


 ロゼットは紅茶にたっぷりとミルクをそそぎ、笑った。


「後悔したでしょ」


「母が消えたのは、それから三カ月ほどしてからだ。父が戦死し、私がマスカード家を継いだとき、姿を消した。事情はわからない。自分の役目が終わったから、姿を消したのかもしれない。

 もしそうなら――島のことが終わってなお、ここにいる私は矛盾だ」


「しかたないよ。君には君を必要とする人がいるからね。エセル=マスカードとして」


 ロゼットはバラのしげみから見え隠れするオレンジ色の髪をふりかえった。


「ねえ、お茶のおかわり持ってきてくれたなら、ちょうだいよ。喉かわいてるんだ」

「へいへい、ロゼットお嬢様」


 立ち入るのを遠慮した執事からあずかってたらしい、キートは新しいポットとカップを持っていた。しずしずと執事よろしく、ロゼットに茶をそそぐ。


「なあ、伯爵。俺はいやだからな。あんな変態おっさんが主人なんて。

 あのおっさんが主人になるくらいなら、ありとあらゆる手を使って伯爵を伯爵にした方がマシ!」


 キートを見て、執事も入ってきた。ロゼットのまえにさくらんぼのタルトをおき、こほんと咳払いをする。


「旦那様、わたくしも、メイドを捕まえては騒ぎを起こすようなお方はごめんでございます」

「ヤナルはもちろんだけど、エドロットも君が主人の方がいいっていってたよ。ほかも――」


 ロゼットは、足でテーブルを押し、思いきり椅子をかたむけた。

 ほうぼう、遠くから、召使たちがちらちらとこちらの様子をうかがっているのがわかる。


「成りゆきが気になるていどには、君のことが心配らしい」


 召使たちはみな、不安そうだ。すくなくとも、主人の危機をうれしがってはいない。

 

「けちな小悪党より、大悪党の方がましってね」

「どういう論理だ」


 エセルは口をまげたが、ロゼットはもちろん聞いていなかった。タルトを平らげると、槍を手に立ちあがる。


「じゃあまあ、徹底抗戦ってことで」

「宣戦布告も、とどいたようだ」


 伝令が、判事からの呼び出し状をたずさえてやってきていた。

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