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いばらの冠  作者: サモト
忌み枝
35/53

4.

 ロゼットはホールをでると、主階段をのぼった。ひとまず自室にもどることにしたのだ。

 階段をあがるにつれて、空気がほこりっぽくなる。

 メイドが画廊の模様がえをしていた。


「それ、だれ?」


 ロゼットは自室にもどる足を止め、メイドがもっている絵を指さした。


 銀髪の女性の横姿が描かれていた。


 着ているものは、身体の線が透けそうなほどうすい簡素なドレス一枚。

 首飾りも耳飾りも身につけていない。

 左の薬指にはめた、大きな紫水晶とダイヤの指輪が、身分の高さをうかがわせた。


 女性は横姿だけでも、うつくしさが端々ににじんでいた。

 肌は白くすきとおるように塗られ、輪郭がぼかされているために、発光しているような錯覚をおこした。

 銀の髪は冠をいただいているような光沢があり、思わず触れたくなるようななめらかな質感をしている。


 胸もとになまめかしくバラの花がさされているが、ふしぎといやらしさはなかった。

 女性の目線ははるか彼方にむけられ、とおった鼻筋はつんとして、笑みのない唇はつめたい。


 背景には、この館の幾何学的にととのえられた複雑奇怪な植栽が描かれている。


 なぞめいた雰囲気もあり、むしろ近寄りがたいほどだった。


「ひょっとして、伯爵のお母さん?」

「はい。アイリス=マスカード様です。……アイスバーグ城から送られてきたので、こちらにお飾りしようかと」

「伯爵そっくり。お父さんは?」


 メイドは首をふった。ここにはないらしい。


「りっぱな口ひげを生やした、たくましい体格のお方ですよ。威風堂々となさった、とても男らしいお方です」

「つまり、伯爵とは似ても似つかない感じなわけだね?」

「そんなことは」


 年若いメイドは、否定しながらも少し笑っていた。


「肖像画で横むきって、めずらしい気がするけど」

「画家が正面から描けなかったそうです」

「描けなかった?」

「アイリス様はとても魅力的なお方でしたから。目をあわせたら、好きになってしまうって。画家も、先代様も懸念なさって」


 ロゼットは驚きあきれたが、絵を見直して、納得した。

 ひとたびアイスブルーの目がこちらをむいたなら――想像するだけで心をざわめかせる凄みがあった。


「先代はよっぽどアイリスさんに惚れてたんだね」

「それはもう。一目惚れで、毎日、熱烈に求婚なさったとか。先代様には、奥さまがいらしたのですけれどね」


 メイドはあっと口を押さえた。

 若いだけに、まだ口は軽はずみなことが多いようだった。

 話している相手が、自分と年が近いので、気がゆるむせいもあるのだろう。


「一目惚れなさったのは、前の奥さまがいらしたときですけれど、求婚なさったのは、その奥さまが事故でお亡くなりになってからですからね。もちろん」


 メイドは自分を反省してか、作業にもどる。

 ロゼットは邪魔にならないよう、画廊を一回りした。


 異国の絵皿や花瓶、絵画にガラス細工、銀の鏡やタペストリー、金やべっこうの指ぬきといったものもあれば、価値のわからない古びた杯や異国風の刀剣、ひび割れた砂時計といったものもある。


「よくわからないけど。全部高いんだよね、きっと」

「家が一つ買えるものだってあります。もう、緊張しっぱなしです」


 メイドがおっかなびっくり大きな絵を動かそうとしたので、ロゼットは手を貸した。


「ちなみに、ここにあるもの、ほとんど全部アイリス様への贈り物なんですよ」


「先代からの?」


「先代様からのもございますけれど、そうでないのも。

 アイリス様は男性だけでなく女性からも人気がおありで、贈り物が絶えなくて。

 この館も、アイリス様が先代様にねだって建ててもらったものですけれど、半分は貢ぎ物を売ったお金でできているなんていわれているんですから」


 ロゼットは内装にもこだわった館を見回した。

 どれだけの金がつぎこまれているか、考えるだけで気が遠くなる。

 それがアイリスの魅力一つで賄われたというのだから、ため息ものだ。尋常でなかった。


「――さすが魔女だな」


 メイドが身体をこわばらせた。


「どうかした?」

「い、いえ……」

「ああ、そっか。大陸には魔女とかいないもんね。今のたとえは忘れて。傾国の美女ってやつだね」


 ロゼットは発言を打ち消すように手をふった。

 が、メイドはなぜか真剣に、ロゼットの表情をうかがうようにする。


「……魔法って、本当にあるんですか?」

「どうして?」


「深い意味はないんですけど、気になって」

「ないよ。そうでしょ?」


「でも、ロゼット様のいらした島には魔法があるって。警備兵の人たちが」


「魔法じかけはこの大陸の方さ。正確な時刻のわかる時計だとか、鉛の玉がでる武器だとか、空飛ぶ船だとか、缶に入っていつまでも腐らない食べものだとか」


 ロゼットが否定すると、メイドは言葉をまごつかせた。

 最初は否定をしていたのに、今度はあると肯定しかねない様子だった。


「何かあったの?」

「ロッツー、出かけるぜー」


 エドロットが主階段を上がってきた。エセルも一緒だ。

 主人の姿を認めると、メイドはあわてて作業にもどった。表情がこわばっている。


「その絵は?」


 エセルがたずねると、メイドは身を跳ねあがらせた。


「あっ、えっ」

「アイスバーグ城から送られてきたんだって。こっちに飾っておこうと思って、模様がえしてるみたい」


 ロゼットが代わりにこたえる。

 言葉はままならず、メイドはかすかにうなずくだけだった。


「……ここのものを勝手に動かすな」


 エセルが眉をひそめると、メイドは真っ青になった。死刑宣告でもされたような怯えようだ。

 ロゼットはまた助け舟を出すことにした。


「雑巾とかあった方がいいんじゃないかな。絵をどけたら、ほら、ほこりが」

「は、はい! 取ってきます!」


 メイドは早足に、使用人の使う裏階段を下りていった。


「君、人気ないねー」

「昔からだ。――エド、あとは任せていいな」

「へいよ」


 エセルはさっさと回れ右をする。

 ロゼットは口をへの字にまげた。今日は絶好調に、伯爵様の逆鱗をつっついているらしい。


「リナちゃんと何をお話ししてたの、おまえ」

「この家について知っておこうかなって思って、まずは伯爵のお母さんについて聞いてただけだよ」


 エドロットは、ああ、と肖像画を見た。


「ミセス=アイリス=マスカードも色々とやったのかな?」

「さあ。わかんねえけど。なぞの多い人だったみたいだな。たまにふらっと姿消したり」


「亡くなっているんだよね?」

「さあ。三年前に、行方不明って形でいなくなった」


「行方不明?」

「先代のまえに現れたのも突然なら、消えたのも突然だ。なぞだろ?

 伯爵家について知りたいなら、道中説明してやるから。まずは準備しろよ」


 エドロットは早くもロゼットの背をおし、出発をせかす。


「今から俺とおまえとヤナルで、アイスバーグ城に行って調査だ。モンクリフ夫人が何をたくらんでいるか、調べるぞ」

「ヤナルも?」


「ヤナルは、アイスバーグの町に親父さんがいるんだよ。城に出入りしているから、何かしら情報がもらえるだろ。

 ま、あとは、たんに会わせてやろうっていう気づかいじゃね?」


「エドロット、めずらしくやる気だね」

「そりゃ、たまには場所を変えて気分転換したいさ。準備できたらヤナルのとこに集合な。ビアンカ、ソフィア、ヴィオラ、カノン、マーニャ、クレア、みんな、今行くぜ!」


 エドロットは意気揚々と準備をはじめた。


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