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いばらの冠  作者: サモト
薔薇の花冠
26/53

5.

 夜になると、ヤナルもやってきた。狭い詰所だ。大人が五人集まると、互いの肩がくっつくほどになった。


 椅子も足りないので、椅子の取り合いに負けた組は木箱や空の樽を調達だ。ひびが入ったり縁が欠けたりしている皿をならべ、机にそれぞれ持ち寄った食べ物をならべる。


「たいしたもんはねえけど、量は確保してきたから、たっぷり食べてくれよ。

 ベーコンは、猟場番やってるうちのじーちゃんが獲ってきた猪で作ったやつなんだ。このピクルスとパンにはさんで食うのがおススメ。こっちはキジの丸焼き。このソースでドゾ。

 エド、パン追加でちゃんと入手してきたか?」


「したした。パン屋のかわいこちゃんがオマケしてくれたからこんなにたくさん。あと果物とチーズもゲット。ヤナルは、いつもの?」


「ごめん、いつものパイで。どこかで別のを調達しようとしたんだけれど、母が持って行けってきかなくて。あとこれ、豆のスープとリンゴのシロップ漬け」


「ああ、この前ごちそうになったパイか。おいしかったよ。僕は酒もってきたよ。夕食君らと食べるから、いらないっていったら、執事さんがお酒くれた。クレイオももらったから、二本あるよ」


「ご親戚の来訪で、こちらにかまっていられないようで。お詫びの意味もあるんでしょうねえ」


 それぞれ口を動かしながら、手も動かす。テーブルの上を、何本もの腕が自由に行き来したり交差したりする。


 館から少し離れた場所にある詰所は、周囲に何もなく、夜の静寂が壁一枚向こうに迫っているが、それを忘れるほどにぎやかだった。


「ほい、ロッツ。肉増量しといた。落とすなよ」

「ありがとう。すごいね。チーズまではさんだの? なんでもアリだな」


 すでにずり落ちかけているベーコンの端をかじり、ロゼットはそのままパンに思い切りかぶりつく。最初はカトラリーを使おうとしていたクレイオも、ロゼットにならった。おいしい、と細い目をさらに細める。


「今さらですけど、なんでロッツって呼ばれているんですか?」

「島で軍にいたときにそう名乗ってたから。女名前だと面倒でしょ」

「はあ。で、今もまだ?」


 クレイオはなじめない様子だった。食んだソーセージをもごもごと咀嚼している。キートが身を乗り出した。


「ってことは、昔、ロッツはフツーに女のコだったの?」

「ええ。稽古の時以外は女の子のかっこうしていましたし、一人称も私、でしたよ」

「昔のロッツってどんなカンジ?」

「無口で無表情で無愛想でしたね。私には今と同じ調子。祖父にだけはとってもすなおでよい子でした。

 祖父が待っているようにいったら、雨が降ろうが、日が暮れようが、野犬が出ようが、ひたすら言われた場所で待ってましたよ」


 うひゃあ、とキートたちは驚嘆した。今であれば、だれに厳命されようとも、雨が降った時点で家に帰るだろう。意外そうな視線が話題の主に向けられた。


「ロゼット、これから伯のところでお世話になるなら、性別をきちんと戻しておいた方がいいんじゃないですか? 周りが混乱しますよ?」

「いいさ、べつに。そんなに長居するつもりないし。路銀を稼ぐ間しかいない」


「どこか旅に?」

「君を見て思いついた。師匠の故郷に行ってみたい」


 クレイオはかじる動作を一瞬止めた。ああ、と顔をほころばせる。


「いいですよ。一緒に行きましょうか」

「その後、君にくっついて世界をあちこち回らせて。いろんなものを見たいんだ。君と再会できたのは、運がよかったな。一人でないなら、あいつもうるさくいわないだろうし」


「あいつ?」

「伯爵。旅したいっていったら、危ないからって止められたんだよね。あいつは僕の保護者か何かのつもりか?」


 ロゼットは不可解そうに酒をあおった。酒瓶をつかむと、エドロットも空のカップを差し出してくる。


「べつに変な意見じゃないだろ。俺でも一言いうぜ。とりあえず後悔ないよう一筆残してけよって」

「あいつの仕事は僕の命を助けるところまでだ。それ以上のことはしていらない」

「おまえって、無器用な生き方してるよなあ」


 エドロットは椅子の背にもたれ、カップの酒をちびちびとなめた。細かく刻んだベーコンを、一つ一つつまむようにして食べる。


「旅に出るのを無理に止めはしねえけどさ。旅立つ前に、いっちょ伯爵に発破かけてってくれよ。

 こんなところでのんびり隠居なんてしている場合じゃないだろ、やられたらやり返せって」


「僕があ? いわなくても、やるだろ。あいつの性格からして」


「自分に非があると思ってなけりゃあ、だ。下手すりゃ伯爵、たぶん爵位も捨てる気でいるぜ」


 予想していなかったらしい、キートとヤナルが驚いて身を乗り出す。クレイオは用を足しがてら、水をもらいに中座しているので、この場にはいなかった。


「何、非って? あいつ、そんなこと気にする性格だっけ」


「前に、伯爵が言ってなかったか? 自分はひたすら島のため島のためって育てられてきたって。そのために、どんなこともしてきたって。

 伯爵は、周りに対して負い目があるんだよ。どこまで関係しているかはわかんねえけど、マスカード家の前当主の前妻とその子供は馬車が暴走して事故死、前当主の弟たちは流行病でぽっくりいってる。とりあえず、跡を継ぐのに邪魔な奴は何かあって全員いなくなった」


 ロゼットは喉を鳴らして、酒を飲みこんだ。


「前当主の重鎮たちも犬みたいになんなく飼い馴らして、自分に都合のように動かして、非と言っていたことも是にさせて。

 三秒見つめりゃ、どんな相手も陥落だかんな。他家に仕えていた家臣でも、あっさり主人を裏切って伯爵に寝返る寝返る。

 俺が伯爵に使われてんのって、自分の意志だよな? って自分を疑った瞬間だったぜ」


 エドロットは足を組み、息を吐いた。


「伯爵にしてみりゃ、今の地位は島を救うための手段だった。島を救った今、手段にこだわる理由はない。

 潔癖なエセルちゃんのコトだ。むしろ、そんなことをして得た地位に興味もない。爵位も奪われたってかまわないって思ってんじゃねえのかな」


「傲慢だな。そんなの、すべてを持って生まれてきたやつの偽善だよ。一度、底辺に落ちてみればいい。まともな人間でいられるありがたさから理解し直せ」


「それそれ。そーゆーの。伯爵にガツンといってやってくれ」


 エドロットが身を乗り出すと、それまで黙っていたヤナルとキートも身を乗り出した。それぞれ思っていたことを口に出す。


「ロッツ、本当にバルフォアさんと出ていくの? もっといなよ。何かやけに急いでいる気がするけど、何か遠慮しているの?」

「そんな急がなくていいだろ。あちこち連れてこうと思ってたのに。友達がいのない奴だな」


 三人に迫られ、ロゼットは引け腰になった。気まずそうに宙に視線をやる。その時、外で悲鳴があがった。


「うっひゃあああああああ!」


 恥も外聞もない、情けない悲鳴だった。ロゼットはげんなりした表情になったが、警備兵の槍を取り、外に飛び出る。クレイオが水差しを投げ出し、地面にしりもちをついていた。


「おい、クレイオ、今度は何やった。肥溜めにでも落ちた? 狩猟用の罠にかかった? 密会中の男女の邪魔でもした?」

「ち、違いますよ。なにか妙なのが」


 ロゼットはクレイオを背後にかばい、眉間にしわを寄せた。


 たしかに、妙なものがいた。全身が青白く燃える、白い獣だった。目と口は赤く、荒い息遣いが聞こえる。


「なんだ、あれ。このあたりにはあんな妙な獣がいるの? 大陸も案外変なトコなんだなあ」

「いねえよ。初めてみたよ!」

「あの島と一緒にすんな!」


 キートとエドロットは猛然と反発した。ヤナルはクレイオを助け起こし、安全圏へと連れ出す。


「――っと!」


 獣が動いた。ロゼットは槍をふるうが、さすがに獣の動きは俊敏で、穂先は相手を捕え損ねた。二度、三度と槍をふるうが、すべてかわされる。それどころか、間合いに踏み込まれ、獣のまとう青白い炎に跳び退るハメになった。


「ロ……ロゼットー?」

「うっさい! 腕力脚力瞬発力その他もろもろ普通に戻ってんだよ!」


 不審そうなクレイオに、ロゼットは怒鳴り返した。獣は相手を変え、キートに跳びかかる。からくも避けて、爪は警備服の胸のあたりをひっかけただけだった。


 ころりと、やぶれたポケットから何かが落ちる。すると唐突に、獣が身を退いた。唸り声のようなものを上げてじりじりと後退し、去って行った。


「……なんだったんだ、あれ?」

「何かマトモじゃないものだろ」


 ロゼットは槍をおろすと、身をかがめた。クレイオがキートたちに贈った、魔よけのメダルが月光にきらめいた。

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