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いばらの冠  作者: サモト
いばらの冠
19/53

18.

 立ちはだかる三人に、神官はあっけに取られていた。


 だが、すぐに表情を引き締めた。神秘の言葉をつむぎ、ラヴァグルートに風の刃で切りつける。盾で防いだが、ラヴァグルートの腕に赤い筋がついた。


「ラヴァグルート、腕を」


 セレスティアルがラヴァグルートの腕に触れた。たちまち傷は癒え、何もなかったように、元通りになる。


「そんな……バカな……」

「あなたたちの時代は終わりよ、エヴァンジェリン」

「そろそろ、次代に譲ってもらおう」


 アヌシュカが歌うように、エヴァンジェリンだけが知る魔法の言葉を唱える。


「アヌシュカは勤勉だもの。あなたたちの言葉、少しは分かったわ」

「嘘だ……そんな……神が」


 神官はセレスティアルの言葉など耳に届いていない様子だった。アヌシュカは呪文をもう一度、繰り返す。かかりが悪い、と舌打する。


「――手伝います」


 アヌシュカの後ろに、白いヴェールをかぶった女性が立った。それ自体が発光しているかのように肌は白く、細い肩の上を、神官と同じ銀の髪が流れ落ちていく。


「あなたは?」

「新しい巫女です。……先代様は彼らの傀儡とならない高潔さゆえに、この人たちの手にかかってしまいました。どうしても仇を取りたいのです」


 三人の目に、暗い影が走った。警戒するように、巫女からは一歩はなれる。


 しかし、巫女は三人の反応を気に留めることはなかった。両手を組み合わせ、美しい声で神秘の旋律を奏でる。アヌシュカも我に返り、一緒になって唱えた。


「まだ……神が生きているはずが……」


 神官はこぼれ落ちそうなほど、目を見開いた。何を見ているのか、虚空の一点を凝視し、口を開く。空気を求める魚のように口を何度も開いては閉じ、身体をふるわせた。


 絶叫が響き渡った。


* * * * *


 アヌシュカの王城は気が抜けるほど閑散としていた。兵も、召使も、廷臣も、どの顔にも覇気がなく、一様に暗く疲れた顔をしていた。


「酷いありさまだな。王もいない」


 王座のある部屋の扉には鍵もかけられておらず、王座は空だった。代わりに、執政官が糸の切れた操りに人形のように座っていただけだった。城の人間はだれもが幻術の実験でもされたのか、多かれ少なかれ、精神に異常をきたしていた。


「これだけ力を使った後となると、力を持った王族の精神状態はまともじゃなさそうだな」

「気をつけないとね」


 王城の中では、そこかしこで幻術避けの香が焚かれはじめていた。部屋に残っていた王族を、ダスキーたちが捕らえて外に連れ出している。その中には、ダスキーたちとよく似てはいるが、若干異なる服装の者もいた。北の山の人間だ。王城を攻め入る前に、彼らとも合流した。


「神様が……神様が……見える、見えるわ。もうすぐやってくる――ん!」


 広間に連れてこられた王族は、うわごとのように何かつぶやいていたが、口をふさがれて静かになった。口さえ閉じてしまえば、幻術は使えない。ダスキーたちは次々と王族を捕らえ、沈黙させる。無機質で淡々とした行動で、ロゼットたちは王族よりもダスキーたちの方がむしろ不気味に思えた。


「気の抜ける侵攻だな。城内歩いてても、全然襲われなかったぜ」

「みんな、幻でも見てるよーな顔でこっち見てくるしさ。襲われてるっていう、現実味がないみたいみたい」

「いいかげん、夢と現が混じってるんだろう」


 エドロットたちだけでなく、他の兵たちも肩透かしを食らっている様子だった。あからさまに退屈そうにはしないが、城の中にあちこち注意を散らしている。召使たちが食べ物を振る舞いにまで来るので、気持ち悪いくらい拍子抜けしていた。


「伯爵、首飾りは?」

「まだ足りない」


 エセルは回収した花びらを組み合わせ、難しい顔をした。ほとんど薔薇の形ができあがっているが、あと二枚ほど足りなかった。


「隠し通路の探索は?」

「終わってるよ」


 エセルの問いに、キートは断言した。ロゼットはそっとその場をはなれ、捕まえた王族たちの胸元を一人一人確認しはじめた。花びらのある人間は、胸に花びらの形のアザがあるからだ。


「おい、そこの坊主」


 うずくまる王族の間を縫って歩いていると、兵の一人に見咎められた。何か怒られるかと思って身構えたが、男は上機嫌で手招きをしてくる。


「ちょっとこっち来いよ。変わった酒、飲ませてやるよ」


 相手は上官たちから隠れるようにして革袋を持ちあげた。城の召使からもらったのだろう、城の酒らしかった。ロゼットは無視しようとしたが、男は寄ってきて、馴れ馴れしく肩を抱いてきた。


「そんなに警戒してなくても、もう大丈夫だって。おまえ、見習いか? どうだ、大変だったろ。兵隊ってのはよ」

「そうだね」


 ロゼットはそっけなく返した。ダスキーたちが帰ってきたらまずい。


「坊主はどうして兵士なんてやってんだ? その顔なら、他にも仕事はあっただろ?」

「……は?」

「かわいい顔してるじゃねえか。身体なんてほっそりして……兵士にしとくにゃもったいねえ」


 腰から足にかけて、男の手が這った。悪寒を認知するよりもはやく、ロゼットは問答無用で男を殴り飛ばした。男は他の兵を巻き込んで床に倒れた。エセルがぎょっとして、駆け寄ってきた。


「何をしている。騒ぎを起こすなといっただろう」

「仕方ないだろ。こいつが僕に下劣な考えを抱いてきたんだから」


 エセルは思いっきり不可解そうに、倒れた男とロゼットを見比べた。


「かわいそうなくらい趣味が変わっているらしいな」

「真実だけど、腹立つから君も殴り倒していい?」


 ロゼットは拳を作った。


「おーい、そこの姉ちゃん」

「姉ちゃん?」

「違い違う、隣の銀髪の姉ちゃん」


 まだ若い兵士が寄ってきて、エセルの顔を見て口笛を吹いた。


「間近で見るとすげえ美人だ。ちょっとこっちきて酌してくれよ」

「は?」


 馬鹿か貴様は、という怒鳴るタイミングを逃すほど、突拍子もない発言だった。兵は強引にエセルの腕を掴み、自分たちの輪の中に連れて行く。わっと座が湧いた。


「こりゃあかなりの上玉だ。この城の人間か?」

「名前は?」


 兵たちはでれでれと、エセルに鼻の下をのばした。あっけに取られているロゼットの横で、キートも同じく目を丸くしていた。エドロットとヤナルも疑問符を頭に浮かべている。


「ひょっとして……幻覚とか?」

「そうだとしたら、さっき男が僕に絡んできたのも納得できるね」


 ロゼットは広間に視線をめぐらせた。おそらく、王族が近くに隠れているはずだ。


「伯爵ってば気の毒。めっちゃ美女に見られてんだ、きっと」

「そこらの女よりきれいだもんな」


 男にしては細身のエセルが、筋肉のついた無骨な兵士たちに囲われている図は、どこからどう見ても深窓のご令嬢がチンピラに絡まれているようにしか見えない。キートとエドロットは深く同情した。


「そんなにつれなくするなよー」

「俺ら結構優しいぜー?」


 兵士たちが、エセルの肩やら腕やらに触れた。ロゼットたちは南無三、と一様に合掌した。エセルの目が絶対零度の炎で光っている。


「この――」

「おまえたち、伯に何をしている!」


 エセルが拳を固めたところで、師団長が怒鳴りこんできた。兵たちの頬を容赦なく一発ずつ殴る。


「馬鹿者が! なんと無礼なことを!」


 叩かれた兵たちは、殴られた衝撃で目が覚めたのだろう、びっくりした顔だった。あれ、え、とエセルの姿に戸惑っている。


 師団長は恫喝し、営倉行きだと怒鳴ったが、エセルが制した。兵たちが妙なことになった事情を悟ったようだった。


「いい。許してやれ。幻術だ」

「げ……幻術?」

「まだ王族を全員捕らえ切れていないのさ。周りを見れば分かるだろう」


 エセルは頬を引きつらせながら、周囲を見回した。だれもかれも、エセルに――銀髪の美女に見ほれていた。師団長は大陸ではありえない非常識に気が遠くなったようだったが、幻を見ていることはまぎれもない事実だ。無理矢理うなずく。


「伯、こちらへ。我々がお守りいたします。まったく、情けない。幻ごときに惑わされるとは。鍛錬が足りない証拠です」

「疲れが溜まっていては、かかりやすくもなるさ。そう責めるな」


 エセルはたしなめるが、師団長はうなずかなかった。拳を握り、熱く主張する。


「いいえ、許せません。幻覚に惑わされるなど、伯に対する忠誠心が足りぬ証拠。わたくしでしたら、ありえません。すでに完璧、すでに理想そのものであらせらえる伯に、この上何を望みましょうか。伯がいらっしゃれば、世界は十全。幻を見る余地などない」


 師団長の主張に、その他の師団長や参謀がしっかりとうなずいた。


 全員、何かの一線を越えた目をしていた。


「……今なら、何をしても幻の一言でカタがつくな……」

「は、早まるなってば、伯爵」


 魔法を使い出しそうなエセルに、さすがのロゼットも焦った。逆上寸前のエセルを、四人で安全圏まで引きずっていく。


「敵は? 幻術使ってるアヌシュカの王族はどこ?」

「あ、あそこ! なんか口もごもご動かしてる人が!」


 ヤナルが広間にいた召使の一人を指差した。扮装して潜入していたのだろう。うつむいて、ブツブツと一心に呪文を唱えている。


「早く捕まえないと」


 ヤナルがひとまず香炉に香を追加し、エセルはキートとエドロットと共に男を捕まえにかかる。ロゼットは目立たないよう、部屋の端に退いた。


「ホント、最後の最後まで気を抜いちゃいけない――ね!」


 とっさに、横に跳ぶ。先ほどまで身体があったところを、剣先がかすめた。


「ちょ――何すんだよ!」


 振り下ろされた刃を槍で受け止め、相手にぎくりとする。ダスキーだった。まさか、と思いながら相手の目を見つめる。夢見るような、茫洋とした目つきだった。


「肝心なときにかかるなよ!」


 全力で反撃しては、正体がばれてしまう。ロゼットは手加減しながら、慎重に相手の刃を受け止め、はじき返した。だが、相手が二人に増えると、細かい配慮ができなくなってくる。三人になると、なおさらだった。


「ロッツ!」


 事態に気づいたヤナルが助太刀に入り、ダスキーの剣を受けた。一人減ったが、代わりにもう一人増える。鉄鎖がロゼットの槍に絡みついた。


「なんで僕にばっかり……!」


 一気に奪い返したいのをこらえ、ぎりぎりと槍を引っ張っていて気づく。ヤナルを相手にしているダスキーの顔は、先ほどと違い、まともだった。ヤナルと間合いが開いたほんの一瞬、目が合う。正気の目だった。


 ロゼットの背を冷たい汗が滑り落ちた。足から力が抜ける。襲い掛かってくる男たちは、見直してみれば、どれも正気だ。


 嵌められた。

 アヌシュカの幻術が起こったことにかこつけて、自分が本当にラヴァグルートでないかどうか、試そうとしている。


「……くそ」


 逃げればどこまでも追ってくるだろう。攻撃の手をゆるめれば、相手は近づいてきて、正体を確かめようとするだろう。傷を負えば、すぐさまふさがる傷に相手は不審を覚えるはずだ。

 八方塞だった。


「ロッツ!」


 遠くでキートの叫ぶ声がした。男は捕まったようだが、幻術にかかった兵が何人と、それを取り押さえる兵が入り乱れて、邪魔をしている。こちらに来るのは難しそうだった。


 ロゼットは深く息を吸った。もう逃げ場はなかった。床を踏みしめ、槍を強くつかむ。鉄鎖を伝って、相手の動揺が伝わってきた。様子の変わった相手に、男たちが気色ばむ。ロゼットは不敵に笑った。


「かかってこいよ。全員、まとめて相手してやる!」


 緑の目が炯炯とかがやいた。



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