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いばらの冠  作者: サモト
いばらの冠
17/53

16.

 石積みの建物は窓が小さく、昼間でも室内は暗かった。人は影となって見えるだけで、動くとまるで影絵のようだった。外は明るく陽光に満ちているのに、部屋はやけに静かで、別の世界のようだった。


「今しかないんだ」


 人影は三つあった。骨太そうな体躯の人間と、やわらかな曲線を描く影と、細長く頼りない影と。自分の意思を再確認するように、三人は強くうなずいた。


「内部抗争でエヴァンジェリンは壊滅状態」

「神もいないに等しい」

「この秘密は、墓の下へと持っていこう」


 三人は部屋の奥へと歩み寄った。布の靴を履いているのか、靴音はしない。


 部屋の奥には、大きな木箱がおかれていた。箱のそばに、窓の光が四角く落ちているおかげで、箱の輪郭が何とか分かる。


 ――だれにも知られてはいけない秘密だ。


 雨戸が締まると、箱が開いた。

 生臭いにおいとともに。


* * * * *


 討伐に発ってから一ヵ月弱、キートたちは無事、もう一度セレスティアルの地を踏んだ。きれいに残党を倒し、アヌシュカの王子を捕縛し、さらに味方まで連れて。


「やればできるじゃないか、おまえたち」

「いやあ……できたなあ」


 エセルに面と向かってほめられ、キートは頭をかいた。だが、素直には受け取れない賛辞だった。すべてはダスキーという頼りになる味方ができたおかげだったからだ。


「アヌシュカの王子に幻術を使わせて制圧、か。おまえたち、すっかりこの島に適応したんじゃないか?」

「したくねえけどな」


 キートたち三人は乾いた笑いを漏らした。慣れたくないのに慣れてしまった自分が恨めしそうだった。


「伯爵は、ダスキー・メイソンたちとはもう話したのか?」

「少しだけな。銀髪というだけで、すっかり信用されたぞ。エヴァンジェリンとばれないか冷や冷やする」


 エセルは悩ましげに嘆息した。


「他のお偉いさん方の反応は?」

「神だの魔法だのというから、うさんくさそうにはしているが、こちらの利益になることは確かだ。協力してもらう方向で決まりそうだな。――どうかしたのか? 乗り気でないようだが」

「あっちの見返りは聞いた?」

「少し話しただけだからな、聞いてない。何かあるのか?」


 首をかしげるエセルに、キートたちは難しい顔をした。顔を見合わせる。ロゼットはキートたちよりさらに下がったところで、手のひらの上にのせた白い結晶をながめていた。


「なあ、伯爵。ロッツの呪いを解いてやってくれよ。ロッツ、ラヴァグルートの人間だってバレるとまずいんだよ。あいつらに生贄にされちまう」


 近くにダスキーたちがいるわけではないのだが、キートは人目をはばかるように、ひそひそと事情を説明した。


「いいだろ? ここまでやって結局無駄でしたなんて、死んでも死に切れなくなるぜ。ロッツ、きっと伯爵の枕元に毎晩立つぞ」

「枕元に立ったら冥府に送り返してやる」

「意地悪せずに解けよ。恩は売っとくもんだって」

「伯爵、僕からもお願いします。ロッツがいなかったら、俺たちは味方にやられて死んでましたし」


 三人から詰め寄られ、エセルは上体をそらせた。いつの間にかロゼットと親密さを増している三人に驚いているようだった。少し身を傾げ、三人の後ろにいるロゼットに声をかける。


「ロゼット・ラヴァグルート、おまえはどうしたい」


 相変わらず、ロゼットは手のひらの上の結晶を凝視したまま微動だにしない。手で額を押さえたので、我に返ったかと思えば、やはりまだ自分の世界にこもっている。反応がない。


「ロゼット・ラヴァグルート?」


 二度目でようやく、ロゼットは顔を上げた。エセルは怪訝そうにした。


「具合でも悪いのか?」

「心のこもった社交辞令をどうもありがとう。僕がそんなにやわに見える?」

「見えるわけがあるか」


 心配を皮肉で返され、エセルは不機嫌そうにした。ロゼットの手から、白い結晶を受け取る。


「これがアヌシュカの王子から取り出した、アヌシュカの力の源か。なんていうの?」

「『花片の首飾り』だ。『いばらの冠』や『摘蕾の杖』と違って、アヌシュカは王族が分散して力の源を持っている。回収するのが手間だ」


 結晶は二つあった。形も大きさも不揃いだが、どれも花びらの形をしている。すべて集めると薔薇の形になるという。一人一つということはなく、人によって持っている数は違うらしい。


「で、どうする。冠を取るか? おまえのおかげで、この三人は帰ってこられたようだから、解いてやってもいいぞ」

「取らなくていいよ。それより、君も自分の心配をしたら? エヴァンジェリンだなんてばれたら、島の人間には崇め奉られるだろうけど、兵にはそっぽ向かれるよ」

「いわれるまでもない。貴様もあいつらに八つ裂きにされないよう気をつけるんだな」


 エセルは三人から受け取った報告書を伏せ、下がっていいと手で合図した。三人はほっと肩の力を抜く。事後報告まで終わると、ようやく気が抜けたようだった。それぞれ自室に散っていこうとする。


「――れ? ロッツ、おまえは休まねえの?」

「休むよ。でも、これからは、伯爵の側にいるのが一番安全だと思ってさ。指揮官の側なら敵と戦う機会が少ないだろうし、メイソンたちと予告なしに鉢合わせる事態が避けられる」


 キートたちはもっともだとうなずいた。長椅子に寝転がるロゼットの頭をぽんと優しく叩き、去っていく。顔をしかめている主人は、少しも眼中になかった。


「僕を無事、自由の身にすること。それが君と僕の約束のはずだ。このくらいは協力してもらうよ」

「……好きにしろ」


 エセルは書簡を一つ取り、読みはじめた。ロゼットは槍を長椅子に立てかけると、クッションを枕にし、まぶたを閉じた。そして、白い結晶に触れたとき見たものを回想した。白い花びらの結晶に残った、初代アヌシュカ王の記憶だったのか。頭の冠が呼応しているように、アザが熱を帯びてじんと痛む。


「この部屋……やっぱり赤ん坊の声がする」


 独りごとのように漏らす。視界を閉ざしているために、エセルがどういう反応をしたのか分からなかった。ペンを動かす音も、紙のすれる音すらもせず、静寂が部屋を包む。


 静けさを壊すまいとするように、ロゼットはそっと胸を上下させた。


「勝手に触るなよ」


 エセルは槍に手を伸ばしかけていた引いた。仕事に飽いたらしい。書簡を投げ出し、側まできていた。


「いい品だな。ぼろぼろだが」

「師匠が一番大事にしてた品だ。あとでちゃんと手入れするさ」


 無遠慮に槍をながめつづけるエセルに、ロゼットは警戒の眼差しをむけた。ひったくるような行動には出ないが、苛々と神経を逆立てる。


「何をそんなに警戒している。いくらいいものでも、人のものを盗むわけがないだろう。見ているだけだ」

「君の場合、余計なものまで“見る”」


 攻撃的な目に浮かぶ、不安と怯えを感じ取って、エセルは半歩下がった。気まずそうに視線をさ迷わせる。


「……本当にいいのか」

「何が」

「冠だ。貴様一人いなくとも、戦には困らない。無事に自由にするのが約束なんだろう? 外すぞ」


 エセルは銀色の指輪を取り出し、指先でいじった。銀の環が光を跳ね返し、目にちらちらと光を投げかけてくる。ロゼットは天井を見上げた。


「いいよ。本当にいいんだ。本当のことをいうと、外して欲しくない」

「妙なことをいうな。ずっと外して欲しかったんだろう?」

「少しだけ、外すのが怖いんだ。冠がなくなれば、僕はただの人間に戻る。身を守る鎧が無くなるみたいで、不安なんだ」


 いって、ロゼットは自嘲ぎみに笑った。


「おかしいよね。ずっとこの力を嫌ってきたのに、結局頼ってるんだ。この冠がなければ、僕はこの世に生きてなかった」

「その冠がなければ、そんなに苦労もしなかったさ」

「ああ、その通りだ。この冠のせいで、どれだけ辛酸舐めさせられたことか」


 額の棘だらけの冠に触れる。名の通り、この冠は持ち主を守りもすれば傷つけもした。いばらのように。


「その指輪は、なんなの? 魔法を使うときははめている気がするけど」

「『結実の指輪』だ。三王家の持っている力の源と同じようなものだ。ただ、おまえたちのように呪いはないがな。魔法の効果を増強してくれる。この指輪がないと三王家の力は取り出せない」


 おもむろに手を伸ばすと、エセルは意を察し、指輪をのせた手を差し出してきた。ロゼットは相手の掌に手を重ね、かるくにぎった。エセルの手ごと指輪を掌中に収めると、手を額にあて、ゆっくりと息を吐いた。


「どうしてもっと早く来てくれなかったかな」


 指輪の感触をたしかめるように、ロゼットは強くエセルの手を握りこんだ。手は自分よりも一回り大きく、まぶたを閉じて感じ取れば、思ったよりも硬く、骨ばっている。


「おかげでずいぶん遠回りをさせられたじゃないか」

「余計なことをせず、おとなしく待ってればよかったのさ」


 甘ったれた子供のような物言いに、エセルふんと鼻を鳴らした。ざまあみろといった態度だが、口調にとげとげしさはなかった。空いている手の親指が、ロゼットの頬にのこる傷跡をなぞる。痛くない程度に強く。


 ロゼットは身じろぎした。


「勝手に触るなってば」

「そっちこそ手をはなせ」

「ああ、ごめんごめん。それにしても君の手、師匠のと大違いだな。長いし細いし白いし、女の手みたいだ」

「握りつぶすぞ」


 エセルは指に力をこめた。ロゼットもぎりぎりと握る。


「この……っ」

「僕に勝てるとでも?」

「貴様は冠がなくなってちょうどいいくらいだ」


 手がはなされると、エセルの手は血の気がなくなっていた。エセルは眉間に苦悶を浮かべ、痛む手を押さえた。


「ねぇ伯爵」

「なんだ」

「お話してよ。僕が寝るまで。おとぎ話を」

「あいにくと、そういう類いの話は覚えてない」


 エセルが付き合っていられるか、と立ち上がろうとすると、ロゼットは違う、と引き止めた。


「君たちにとってはおとぎ話だっていうお話さ」

「……」

「教えてよ、この島で昔あった真実を。それも約束だったろ?」


 エセルは躊躇した後、長椅子の腕置きにかるく腰掛けた。両手を組み合わせ、足の間におく。


「呆れるほどくだらない話だぞ」

「人生の半分はくだらないことだ」


 エセルはかすかに笑い、右手でいばらの冠に触れた。指先がゆっくりあざをなぞる。


 エセルは長く深く呼吸をした後、物語をつむぎはじめた。


「昔々……この島にまだ神と神に仕える一族がいたころのこと」


 昔々の話。

 神さまと魔法使いの住まうおとぎの国の話を。


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