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いばらの冠  作者: サモト
いばらの冠
13/53

12.

 マスカード伯は、接客の合間に城下を回った。大人数ではなく、近しい兵だけを連れてだ。それでも結構な人数になり、大通りが窮屈に感じるほどだった。


 もちろん、ロゼットやヤナルたちもお供した。徒歩ではあるが、エセルに近い位置で、だ。


「……」


 ロゼットは首のうしろをさすり、周囲に視線をめぐらせた。前後左右にいる兵は、皆、前を向いて歩いている。だれもロゼットに気を払っている様子はない。


 しかしながら、前を向くと、またうなじの辺りがちくちくと痛んだ。実際に痛みがあるわけではないが、幻痛を引き起こすほど痛いのだ。四方八方からの視線が。


 ロゼットが口を尖らせると、隣を歩くエドロットが苦笑した。


「痛いだろ、視線」

「なんで僕らにらまれてるの? 味方に」

「仕方ないんだよ。俺ってカッコよすぎるから、妬まれまくって大変大変」


 エドロットは通りがかった町娘たちに手をふった。むこうもはじけるような笑顔で返してくる。隠されていた兵たちの敵意が、一瞬にして、分かりやすく顕現した。


「エドロット」

「分かってますって、伯爵」


 ちっとも分かっていないエドロットは、また後でねー、と町娘たちに手をふった。主人は小さなため息をついたが、師団長や大隊長といった面々は、無言の圧力をかけてくるだけだった。巡回は重苦しい静けさを伴っていた。


「俺ら、伯爵サマの覚えがメデタイから妬まれるんだよねぇ」

「覚えがメデタイ? どこが」

「俺たち、常識ある兵にはさせられない情報を集めさせられてるんだよ。ラヴァグルートでは俺たち三人だけ連れて、おまえを捕まえに行って。伯爵に私用で使われんのが、羨ましいみたいだな」

「そんなの、伯爵にいいように使われてるだけだろ。どっちかっていうと貧乏くじじゃないか。どこが羨ましいんだ」

「同感。分からず屋たちに、はっきりいってやってくれ」


 エドロットは肩をすくめ、果物売りに近づいていった。これいくら、とりんごを指差し、馴れ馴れしく接近する。隊列を乱すことをまったく気にしていない。こういうのも恨まれる原因か、とロゼットは納得した。


「――うわっ、うわああああっ! 危ない!」


 不意に、背後で男の叫び声がした。兵隊たちが全員、ぎょっとして振り返る。坂の上から、木樽が勢いよく転げ落ちてくる。何人かはとっさに道の端に避け、何人かは往来で立ち往生した。馬が暴れ出して、統率が乱れる。


「伯!」


 忠義なことに、旅団長が主人の前に出た。樽とみごと衝突し、地面に倒れる。


「……ありゃりゃ」

「っていうか、伯爵、安全圏にいた気がするんだけど」


 ロゼットは早々に道の端に避けていた。エドロットの隣で、のんびり一口りんごをかじる。樽に轢かれた仲間を助け起こしたり、暴れる馬をなだめたり、巻き添えを食らって、荷をこぼしてしまった商人があわてる騒ぎを、しゃくしゃくと口を動かしながらながめていた。


「伯、大丈夫ですか?」

「おケガは?」

「すぐにあの男をひっとらえてまいります」


 師団長や隊長たちが、主人のもとへ集まった。部下に指示を与えながらも、忠犬のように、主人の側をはなれようとはしなくなる。私のことはいいから早く事態を収拾しろ、というエセルの言葉を受けて、ようやくはなれた。


「過保護な部下たちだね」

「心酔してるからな。伯爵サマに」

「うわ。理解できない」

「だろうな。だって、あいつらも自分の意思じゃねえし」


 エドロットも一口りんごをかじった。どういう意味だと目で問いかけているロゼットに、答える。


「つまり、あれもまた魔法ってコト。伯爵は人を思い通りに動かせるのさ。隊の偉いさんたちは、この島来て変なこと目の当たりにしても、平気そうにしてるだろ? 伯爵に感覚鈍らされてんだよ」

「……人心操作か。おっそろしいところだな、ここは」

「ちなみに、一歩まちがえると忠誠心突き抜けちゃって、ドキドキなイベントが発生するっていう、伯爵には諸刃の剣的魔法」

「自業自得だね」


 ロゼットはりんごの芯を捨てると、槍をつかみ直した。エドロットもりんごを口に押しこみ、剣の柄に手をかける。二人はぬれた通りに立ち、武器をかまえた。


「おかしいよなあ。溜めとく必要のある土地柄でもないのに」

「樽の中身が水ってねぇ」


 兵の合間に、こぼれた野菜を拾ったり、片づけを手伝う町人たちがいる。彼らは片付けながら、徐々に近づいていっていた。侵略者である、エセル・マスカード伯へと。


「――下は任せた!」

「はいよ!」


 ロゼットが槍を閃かせると、エセルを狙って飛来した矢が地面に落ちた。矢が跳んできた方角は、右斜め前の屋根の上。男が二人、身を伏せ、石弓でエセルを狙っている。


「背中、借りるよ!」


 かがんでいた兵を踏み台に、ロゼットは塀の上へ跳躍した。着地の衝撃を利用して、さらに飛ぶ。エドロットが町民のナイフをはじきとばしたことがきっかけで、下も大騒ぎになった。潜伏していた敵がつぎつぎと化けの皮をはぎ、武器を手に戦いをしかけてくる。


「逃げるなよ。卑怯者」


 屋根の上に立ったロゼットは、槍の切っ先を敵に突きつけた。さっそく、うろたえ、逃げ出そうとした男の腕を斬る。もう一人の敵は懐剣を手にし、立ち向かおうとしてきたが、ロゼットを見てつぶやいた。


「ロゼット王女……?」


 槍の狙いが、わずかにぶれた。


「君ら、ひょっとしてラヴァグルートの残兵?」

「なぜ……」

「何をいってるか知らないけど、僕はロッツだ。王女なんかとは違う」


 屋根を蹴る。老人は両手でナイフを握り、反撃を図ったが、槍の方が断然リーチが長い。柄に足をすくわれ、老人は屋根の上から転がり落ちていった。


「ラ……ヴァ……クルー…ト王……万歳……」

「……」


 最後の力をふりしぼってつぶやくと、老人はがっくりと、地面に倒れた。


「……下、手伝うか」


 ロゼットは槍を握り、地面に飛び降りた。


* * * * *


 対応が早かったおかげで、マスカード伯の兵に死者はなかった。だが、負傷者は出た。エドロットも負傷した一人で、騒ぎを収拾して帰ると、さっそくヤナルの治療を受けた。


「危なかったね。本当に、早く気づいてよかった」

「はっきりいって俺のおかげだから。俺が気づいたおかげ――いてっ。なあ、ヤナル、なんでこの診療所には女の子がいないワケ?」

「いるだろ。ほら、そこに」


 ロゼットの言葉に、近くで兵の包帯を取り替えていた女性が振り返った。女の子というには年をとり過ぎた、四十過ぎの女性だ。エドロットが好みの顔をしていたらしい、丸いパンのような顔で、うふっと笑う。エドロットが脱力した。


「巻き添え食ってた女の子、美人だったなー。助けたお礼に、彼女に治療してもらいたかった」

「分かったから、大人しくしててくれよ。薬が塗れないだろ」


 ヤナルは呆れながら、ぶつくさいうエドロットの腕の傷に薬を塗りこんだ。


 その間、ロゼットは薬箱の中をのぞきこんだり、棚の治療道具を手に取ったり、壁に干されている薬草をながめていた。傷はすぐに治る上に、疫病にかかったこともないので、物珍しいのだ。


「失礼。――皆、そのままでいい。楽にしていてくれ」


 エドロットの治療が終わったころ、兵が一人診療所へやってきた。偉い立場にあるのだろう、患者たちは立って敬礼しようとした。兵はそれを制して、ロゼットたちの方へ近づいてきた。


「今日はすばらしい働きだった。伯もいたく感心しておられた」

「いえ、当然ことをしたまでですので、師団長殿」


 エドロットは敬礼した姿勢のまま、つづきを待った。わざわざ礼だけをいいにきたわけではあるまいと、警戒しているようだった。


「治療は終わったのか?」

「終わりました」

「終わったなら、二人とも、来てもらえるか」


 ただ事でない雰囲気だった。ヤナルとエドロットは顔を見合わせ、立ち上がった。ロゼットの存在はなかば無視されていたが、立ち上がっても、制されるようなことはなかった。ヤナルたちとともに診療所を出て、城の空き部屋に入る。


「三人とも――今日は一人いないが――三人とも、若いながら戦での働きぶりも目を見張るものがある。時々、兵として相応しくない行為はあるが、するべきことはしているし、部下の人気も悪くない。私たち上の者たちは、君たちの実力には舌を巻いている」

「どうもありがとうございます」

「お褒めに預かり光栄の至りです、師団長殿」


 話の口火は、褒め言葉で切られた。ヤナルは言葉を素直に受けたが、エドロットの方はなぜかヤケクソ気味だった。もらえるものはもらっておけ、といった体だ。


 ロゼットは、ははん、と心の中で納得する。エドロットたちはエセル直属の兵だ。その彼らに、エセルでなく師団長が折り入った話をしに来ている。おかしなことだ。雲行きが怪しい。


「今日、襲ってきた相手のことは聞いているか?」

「ラヴァグルートの残兵だったとうかがっておりますが」

「そうだ。セレスティアルの残兵も混じっていた。予想はしていたが、我々の反抗勢力が現れたわけだ。捕まえた刺客の話によると、島の西部に残党が集まっているという」

「なるほど。大変ですね」

「それで、君たちの実力を見込んで、ぜひしてもらいたいことがあるんだが」

「なんでしょう?」


 察していながら、エドロットはわざととぼけた質問をした。ささやかな反抗だ。もちろん、あっさり踏み潰されたが。


「残党討伐をしてもらいたい。今回のことで、国内の警備も強化しなければいけなくなった。アヌシュカ方面の国境警備に兵を裂かなければいけない時期に、だ。ただへさえも、精神の不調を訴える者が増えてきているというのに」


 師団長はさも困ったように、しわの寄った眉間に指をあてた。予想通りの厄介ごとに、エドロットはうんざりした顔になった。さらにささやかな反抗を試みる。


「それはそれは。本当に困ったことになってきましたね。私たちも大変ですよ。慣れない土地に来て、常に気を張って。このたび、伯からお休みをいただけて、ほっとしているところだったんですが」

「ゆっくり休んでから、取り掛かってくれてかまわない。あとで問題がないように処理をしてくれれば結構だ」


 エドロットは頬をひきつらせた。あとで問題がないように処理しようと思ったら、早急に対処しなければいけない仕事だ。つまりは貴様らに休暇なんぞやるものか、といいたいらしい。


「この件を、伯はご存知ですか?」

「もちろん、伯に話は通した。君たちの実力を発揮するいい機会だろう、とおっしゃっておられた」


 師団長は挑発的だった。この調子で迫られては、エセルも断れなかっただろう。ロゼットは気の毒そうに護衛二人の背を見つめた。


「伯の御用と護衛は、私たちに任せてくれていい。君たちには兵を与えるし、武器も与える。がんばってきてくれ」

「了解いたしました、師団長殿」


 ヤナルはきびきびと、エドロットはそれなりに敬意をこめて、師団長に敬礼した。三人だけになってから、ロゼットは同情をこめてエドロットの肩を叩いた。喜色を浮かべているのはヤナルだけだ。


「よかった。師団長からこんな大役を任されるなんて。嫌われてると思ってたけど、そうじゃなかったのかな」

「……」

「どうかしたか、エド?」

「俺さ、おまえって、俺より顔よくないし、要領悪いし、クソまじめでいらない気苦労背負って可哀想って思ってたんだよな。でも、今、はじめて、心からおまえが羨ましいって思った」

「素直さって偉大だね」


 まったくダメージを受けていないヤナルの肩に、エドロットとロゼットは手をおいた。


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