11.
突然の女王の死はセレスティアルに大きな打撃を与えたらしく、一戦交えたものの、セレスティアルはすぐに降伏を申し入れてきた。
マスカード伯はやはり王族の命と引き換えに、降伏を受け入れた。白亜の城にマスカード伯の旗が立てられた日、セレスティアルの王族はみな殺され、冷たい墓石の下に葬られた。
「これで三分の二を占領、か。快調だけど、もう一年過ぎてんだよな。早いもんだ」
キートは墓石に手をのせると、疲れを自覚したように肩を落とした。ロゼットはまったく平気な様子で、穴掘りに使った道具を片づけはじめた。
「元気だな、おまえ」
「あと一国でしょ? もう少しじゃないか」
「なあ、ロッツ。アヌシュカもやっぱ、妙な力があったりすんの?」
「するよ。アヌシュカの王族は、幻を見せることができるんだ。幻術使うと心が病むとかいって、使われたことないらしいけどね」
ロゼットが当たり前のように述べると、キートは地面に座りこんだ。頭を抱える。
「まだ慣れてないの?」
「いや……俺はこの島の非常識さにいい加減慣れたけどさ。他のヤツラがね。なだめんのが大変で」
「この間、あの杖が勝手に暴れだして、兵士襲ったんだっけ? まだ尾を引いてるんだ」
エセルの持ち帰った『摘蕾の杖』のことだ。箱に入れてただ置いておいたら、こっそりつるを伸ばして、兵を襲ったのだ。今は鍵つきの箱に入れられ、箱に鎖まで巻き、エセルの部屋で厳重に保管されている。
「襲われなかったやつもショックが大きくてさ。兵士も島の住人と話す機会があるだろ? そうすると、変な話を聞かされるわけよ。皆バカにしてたんだけど、ラヴァグルートとか、あの杖とか、ちゃんと実例があるじゃん。だんだん話を信じるようになってきて、常識が崩壊してきて」
「最近、毎晩酒と愚痴の相手をさせられんだよな。女の子と遊べねえっつーの」
「診療所にも、ストレスで体調悪くした患者がいっぱい来るんだ」
キートとエドロットとヤナルは眉間にしわを刻み、深々とため息を吐いた。
「あー、ちくちしょう! 俺だって叫びたいっつーの!」
「カムバック・コモンセーンスッ!」
大陸の方角をむいて、キートとエドロットは拳を振り上げた。そこにちょうどエセルがやってきたので、二人は詰め寄って、上司をなじった。
「責任取れ! 伯爵!」
「アタイらをこんなんにした責任は重いわよっ!」
興奮している部下に、何の話だ、とエセルは怪訝そうに眉をひそめた。ヤナルが事情を説明する。
「なるほど……では、責任を取って、おまえたちを自由にしてやる。永遠にな。どこへなりとも行くといい」
「つまりクビかよ!」
雇用主の横暴に、雇われ人たちは憤然と拳を振り上げた。
「冗談だ。休暇をやる。さっき会議で、一度兵を休ませた方がいいということになったから、おまえたちも休め。短期間に二国も占領したんだ、少し内政を整えて、吸収した兵をくわえて軍を編成し直さないといけない。しばらくおまえたちの出番はない」
「あり? そうなの」
「三人一気に休まれるのは困るから、交代でな。期間はひとまず一ヶ月だ」
三人は諸手を上げて喜んだ。さっそく順番を決める方法を話し合いはじめる。すると、ロゼットが手を上げた。
「三人とも一度休みなよ。伯爵のお守りなら、僕がする」
「え? いいよ。これが僕らの仕事だし」
「いいじゃん、ヤナル。お言葉に甘えちまえば。な、エド」
「俺もそう思うけど――」
エドロットは主人の顔色をうかがった。かなり悪かった。そんなこと許すか、というオーラが全身から発散されている。
「は、伯爵は反対みたいですね」
「セレスティアルからロッツをつれて帰ってきたの、伯爵のくせに。仲良くなったんじゃねえの?」
「ひょっとして、あのウワサ気にしてる?」
エセルはさらに嫌悪をあらわにした。それに気づいていながら、エドロットとキートはにやにやと笑う。ヤナルがなんともいえない顔になった。何を知らないロゼットだけが、話題に置いていかれる。
「何? ウワサって」
「それが、ちょっと聞いてくださいまし、奥・サ・マ。ラヴァグルートのご婦人方の間で、一番ホットな話題」
「伯爵様とその部下の、隠された報われない恋のお・は・な・し」
「はあ……?」
ノリノリで話を振られ、ロゼットは思いっきり怪訝そうにした。エドロットたちとエセルを見比べて、少し考えこむ。そして、ヤナルよりも、なんともいえない顔になった。
「へえ……そういうことか。僕は人の趣味をあれこれいうつもりはないから、温かく見守ってあげるけど……。ふうん……」
「おいこら!」
「激しく違う!」
「俺らのことじゃないよ!」
物好きだなあ、といいたげな視線に、護衛三人は鳥肌を立てて、激しく首を横にふった。きょとんとするロゼットに、視線を集中させる。
「……ちょっと待った。僕? なんで? 僕、そんなウワサの種を撒いた覚えもないんだけど」
「いやいや、あっただろ」
「ほら、おまえがいなくなる直前にあったパーティーで」
「伯爵とその、いちゃついてたっていう証言が……」
尻すぼみのヤナルの説明に、ロゼットの中でようやく回路が繋がった。パーティーのとき、嫌がらせに抱きつき、誤解を招く発言をしてやったのが、どうやら見事に花を咲かせたらしい。
「ご婦人方の間で『禁断の主従愛!?』って大好評」
「だいこうひょうっ!?」
「傷つきながらも愛しい人を守るため戦う少年。頬の傷跡はきっと伯爵を守るために負ったに違いない! それによって燃えあがる愛の炎っ! 結ばれないと知りつつも惹かれあう二人! ――って感じで」
「アのつく炎よりも憎悪の炎が燃えるってば! 燃え盛るよっ!」
「ご婦人方のお茶会でも、厨房でも、旬の話題なんだってさ」
「さっさと腐れっ! そんな話題っ!」
叫ぶロゼットに、エドロットがさらに付け加える。
「最近では、伯爵の美形っぷりが、実は男装の麗人だっていうウワサを呼んでよ。エセルちゃんがお姫様、ロッツが王子様っていうパターンでも妄想暴走中。もう止まんないね、あれは」
「だれか止めろ!」
最後はエセルとセリフが重なった。めずらしく二人の意見が一致した瞬間だった。
「伯爵ってば、死ぬほどかわいがってやるっていったんだって? 見かけによらず、ダ・イ・タ・ン」
「でも、嫌いじゃないわ、そういうの」
「アタシも。かわいがってくれる?」
キートとエドロットが悪ノリして、二人にしなだれかかる。ロゼットとエセルは満面の笑みを作り、口をそろえていった。
「お望みなら、天国にイくほど」
とてもとても空恐ろしい笑みだったので、ふざけていた部下二人はすぐさま黙った。さー、休暇の順番決めるぞー、と無理矢理話題を元にもどす。主人に背を向け、くじにしようだとか、カードゲームで勝負だとか、あれこれ話し合いをはじめた。
「……ともかく、そういうわけだ。貴様には当分、用はない」
「なんだ。早く終わらせて、楽になりたいのに」
ロゼットは抱えていた穴掘り道具を、乱暴に木箱に投げ入れた。エセルの後ろの、白い墓石を振り返る。墓石には葬られている王族の名が彫られているが、何列にも渡っており、犠牲者の数の多さを物語っていた。
「どうして皆殺しなの? キートたちも不思議がってたけど」
「皇帝陛下は猜疑心が深くてな。自らも父親を殺して皇帝の座についただけに、子孫というものには警戒心が強いのさ」
「こうした方が、皇帝陛下の思し召しがいいってわけ?」
説得力のない口調に、ロゼットはますます怪訝そうにした。
「じゃあ、三王家の力を奪うわけは? 大陸育ちの君には『いばらの冠』も『摘蕾の杖』も必要ないどころか、持ってたら困るものだろ」
「障害は、取り除けるなら取り除いた方がいいと思っただけだ」
「……ふうん」
納得いかなかったが、これ以上追求しても、エセルが口を割る可能性はうすかった。ロゼットは道具を倉庫へと運び、片づけを終えた。
そのとき、地面が揺れた。小さい揺れだったが、会話を途切れさせるには充分だった。ヤナルたちは相談を止め、不安定な地面に踏ん張る。
「また地震か。多いな、この島。いつもこうなのか?」
「何年かに一度あるくらいだよ。今が異常」
ロゼットは北の方角を見やった。島の北には火を吹く山があるため、島では地震が起こる。このごろ余震のような小さな地震がつづいているので、そのうち、大きな地震が来るかもしれない。
「三年前には津波、去年は大雨で、今年は地震か。せっかく占領した島が沈まないといいね」
「そうだな」
エセルはつぶやくようにいった。どうでもよさそうな反応だった。奇妙な反応に、ロゼットは困惑を深める。
「で、伯爵。休暇は俺からに決まった。ヤナルとエドロットが残るんで、よろしく」
「分かった。ゆっくり休め」
「ラジャー!」
キートは敬礼すると、さっそく町の方角へと消えていった。
「伯爵、今からのご予定は?」
「接客だ。当分な」
エセルは護衛二人を連れて、城の中へと戻っていった。ロゼットも後につづく。他にすることもなかったからだ。
だが、途中で足を止めた。城に目をやる。二階の、レースのカーテンがかかった窓に、怪訝そうにした。
「ねえ、伯爵。あそこの部屋、だれの?」
エセルは質問の意図が分からず、不審そうにした。
「あそこから、赤ん坊の泣き声がするんだけど」
「赤ん坊?」
ヤナルたちが首をかしげ、耳に手を当てた。耳を澄ますが、二人は不可解そうにしただけだった。
「聞こえないの? こんなに響いてるのに」
「全然しないよ」
「っていうか……あそこの部屋って」
エドロットは、左隣にいる主人を横目にした。
「伯爵の部屋?」
「赤ん坊なんて連れてきた覚えはないし、預かっている覚えもない。気のせいだろう」
何を馬鹿なことを、とエセルは踵を返した。ロゼットは納得いかなかったが、確かにエセルが連れているわけがない。
「……変なの」
泣き声は止んだ。ロゼットはしばらく部屋の窓を見つめていたが、そのうち三人の後を追った。




