表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いばらの冠  作者: サモト
いばらの冠
12/53

11.

 突然の女王の死はセレスティアルに大きな打撃を与えたらしく、一戦交えたものの、セレスティアルはすぐに降伏を申し入れてきた。


 マスカード伯はやはり王族の命と引き換えに、降伏を受け入れた。白亜の城にマスカード伯の旗が立てられた日、セレスティアルの王族はみな殺され、冷たい墓石の下に葬られた。


「これで三分の二を占領、か。快調だけど、もう一年過ぎてんだよな。早いもんだ」


 キートは墓石に手をのせると、疲れを自覚したように肩を落とした。ロゼットはまったく平気な様子で、穴掘りに使った道具を片づけはじめた。


「元気だな、おまえ」

「あと一国でしょ? もう少しじゃないか」

「なあ、ロッツ。アヌシュカもやっぱ、妙な力があったりすんの?」

「するよ。アヌシュカの王族は、幻を見せることができるんだ。幻術使うと心が病むとかいって、使われたことないらしいけどね」


 ロゼットが当たり前のように述べると、キートは地面に座りこんだ。頭を抱える。


「まだ慣れてないの?」

「いや……俺はこの島の非常識さにいい加減慣れたけどさ。他のヤツラがね。なだめんのが大変で」

「この間、あの杖が勝手に暴れだして、兵士襲ったんだっけ? まだ尾を引いてるんだ」


 エセルの持ち帰った『摘蕾の杖』のことだ。箱に入れてただ置いておいたら、こっそりつるを伸ばして、兵を襲ったのだ。今は鍵つきの箱に入れられ、箱に鎖まで巻き、エセルの部屋で厳重に保管されている。


「襲われなかったやつもショックが大きくてさ。兵士も島の住人と話す機会があるだろ? そうすると、変な話を聞かされるわけよ。皆バカにしてたんだけど、ラヴァグルートとか、あの杖とか、ちゃんと実例があるじゃん。だんだん話を信じるようになってきて、常識が崩壊してきて」

「最近、毎晩酒と愚痴の相手をさせられんだよな。女の子と遊べねえっつーの」

「診療所にも、ストレスで体調悪くした患者がいっぱい来るんだ」


 キートとエドロットとヤナルは眉間にしわを刻み、深々とため息を吐いた。


「あー、ちくちしょう! 俺だって叫びたいっつーの!」

「カムバック・コモンセーンスッ!」


 大陸の方角をむいて、キートとエドロットは拳を振り上げた。そこにちょうどエセルがやってきたので、二人は詰め寄って、上司をなじった。


「責任取れ! 伯爵!」

「アタイらをこんなんにした責任は重いわよっ!」


 興奮している部下に、何の話だ、とエセルは怪訝そうに眉をひそめた。ヤナルが事情を説明する。


「なるほど……では、責任を取って、おまえたちを自由にしてやる。永遠にな。どこへなりとも行くといい」

「つまりクビかよ!」


 雇用主の横暴に、雇われ人たちは憤然と拳を振り上げた。


「冗談だ。休暇をやる。さっき会議で、一度兵を休ませた方がいいということになったから、おまえたちも休め。短期間に二国も占領したんだ、少し内政を整えて、吸収した兵をくわえて軍を編成し直さないといけない。しばらくおまえたちの出番はない」

「あり? そうなの」

「三人一気に休まれるのは困るから、交代でな。期間はひとまず一ヶ月だ」


 三人は諸手を上げて喜んだ。さっそく順番を決める方法を話し合いはじめる。すると、ロゼットが手を上げた。


「三人とも一度休みなよ。伯爵のお守りなら、僕がする」

「え? いいよ。これが僕らの仕事だし」

「いいじゃん、ヤナル。お言葉に甘えちまえば。な、エド」

「俺もそう思うけど――」


 エドロットは主人の顔色をうかがった。かなり悪かった。そんなこと許すか、というオーラが全身から発散されている。


「は、伯爵は反対みたいですね」

「セレスティアルからロッツをつれて帰ってきたの、伯爵のくせに。仲良くなったんじゃねえの?」

「ひょっとして、あのウワサ気にしてる?」


 エセルはさらに嫌悪をあらわにした。それに気づいていながら、エドロットとキートはにやにやと笑う。ヤナルがなんともいえない顔になった。何を知らないロゼットだけが、話題に置いていかれる。


「何? ウワサって」

「それが、ちょっと聞いてくださいまし、奥・サ・マ。ラヴァグルートのご婦人方の間で、一番ホットな話題」

「伯爵様とその部下の、隠された報われない恋のお・は・な・し」

「はあ……?」


 ノリノリで話を振られ、ロゼットは思いっきり怪訝そうにした。エドロットたちとエセルを見比べて、少し考えこむ。そして、ヤナルよりも、なんともいえない顔になった。


「へえ……そういうことか。僕は人の趣味をあれこれいうつもりはないから、温かく見守ってあげるけど……。ふうん……」

「おいこら!」

「激しく違う!」

「俺らのことじゃないよ!」


 物好きだなあ、といいたげな視線に、護衛三人は鳥肌を立てて、激しく首を横にふった。きょとんとするロゼットに、視線を集中させる。


「……ちょっと待った。僕? なんで? 僕、そんなウワサの種を撒いた覚えもないんだけど」

「いやいや、あっただろ」

「ほら、おまえがいなくなる直前にあったパーティーで」

「伯爵とその、いちゃついてたっていう証言が……」


 尻すぼみのヤナルの説明に、ロゼットの中でようやく回路が繋がった。パーティーのとき、嫌がらせに抱きつき、誤解を招く発言をしてやったのが、どうやら見事に花を咲かせたらしい。


「ご婦人方の間で『禁断の主従愛!?』って大好評」

「だいこうひょうっ!?」

「傷つきながらも愛しい人を守るため戦う少年。頬の傷跡はきっと伯爵を守るために負ったに違いない! それによって燃えあがる愛の炎っ! 結ばれないと知りつつも惹かれあう二人! ――って感じで」

「アのつく炎よりも憎悪の炎が燃えるってば! 燃え盛るよっ!」

「ご婦人方のお茶会でも、厨房でも、旬の話題なんだってさ」

「さっさと腐れっ! そんな話題っ!」


 叫ぶロゼットに、エドロットがさらに付け加える。


「最近では、伯爵の美形っぷりが、実は男装の麗人だっていうウワサを呼んでよ。エセルちゃんがお姫様、ロッツが王子様っていうパターンでも妄想暴走中。もう止まんないね、あれは」

「だれか止めろ!」


 最後はエセルとセリフが重なった。めずらしく二人の意見が一致した瞬間だった。


「伯爵ってば、死ぬほどかわいがってやるっていったんだって? 見かけによらず、ダ・イ・タ・ン」

「でも、嫌いじゃないわ、そういうの」

「アタシも。かわいがってくれる?」


 キートとエドロットが悪ノリして、二人にしなだれかかる。ロゼットとエセルは満面の笑みを作り、口をそろえていった。


「お望みなら、天国にイくほど」


 とてもとても空恐ろしい笑みだったので、ふざけていた部下二人はすぐさま黙った。さー、休暇の順番決めるぞー、と無理矢理話題を元にもどす。主人に背を向け、くじにしようだとか、カードゲームで勝負だとか、あれこれ話し合いをはじめた。


「……ともかく、そういうわけだ。貴様には当分、用はない」

「なんだ。早く終わらせて、楽になりたいのに」


 ロゼットは抱えていた穴掘り道具を、乱暴に木箱に投げ入れた。エセルの後ろの、白い墓石を振り返る。墓石には葬られている王族の名が彫られているが、何列にも渡っており、犠牲者の数の多さを物語っていた。


「どうして皆殺しなの? キートたちも不思議がってたけど」

「皇帝陛下は猜疑心が深くてな。自らも父親を殺して皇帝の座についただけに、子孫というものには警戒心が強いのさ」

「こうした方が、皇帝陛下の思し召しがいいってわけ?」


 説得力のない口調に、ロゼットはますます怪訝そうにした。


「じゃあ、三王家の力を奪うわけは? 大陸育ちの君には『いばらの冠』も『摘蕾の杖』も必要ないどころか、持ってたら困るものだろ」

「障害は、取り除けるなら取り除いた方がいいと思っただけだ」

「……ふうん」


 納得いかなかったが、これ以上追求しても、エセルが口を割る可能性はうすかった。ロゼットは道具を倉庫へと運び、片づけを終えた。


 そのとき、地面が揺れた。小さい揺れだったが、会話を途切れさせるには充分だった。ヤナルたちは相談を止め、不安定な地面に踏ん張る。


「また地震か。多いな、この島。いつもこうなのか?」

「何年かに一度あるくらいだよ。今が異常」


 ロゼットは北の方角を見やった。島の北には火を吹く山があるため、島では地震が起こる。このごろ余震のような小さな地震がつづいているので、そのうち、大きな地震が来るかもしれない。


「三年前には津波、去年は大雨で、今年は地震か。せっかく占領した島が沈まないといいね」

「そうだな」


 エセルはつぶやくようにいった。どうでもよさそうな反応だった。奇妙な反応に、ロゼットは困惑を深める。


「で、伯爵。休暇は俺からに決まった。ヤナルとエドロットが残るんで、よろしく」

「分かった。ゆっくり休め」

「ラジャー!」


 キートは敬礼すると、さっそく町の方角へと消えていった。


「伯爵、今からのご予定は?」

「接客だ。当分な」


 エセルは護衛二人を連れて、城の中へと戻っていった。ロゼットも後につづく。他にすることもなかったからだ。


 だが、途中で足を止めた。城に目をやる。二階の、レースのカーテンがかかった窓に、怪訝そうにした。


「ねえ、伯爵。あそこの部屋、だれの?」


 エセルは質問の意図が分からず、不審そうにした。


「あそこから、赤ん坊の泣き声がするんだけど」

「赤ん坊?」


 ヤナルたちが首をかしげ、耳に手を当てた。耳を澄ますが、二人は不可解そうにしただけだった。


「聞こえないの? こんなに響いてるのに」

「全然しないよ」

「っていうか……あそこの部屋って」


 エドロットは、左隣にいる主人を横目にした。


「伯爵の部屋?」

「赤ん坊なんて連れてきた覚えはないし、預かっている覚えもない。気のせいだろう」


 何を馬鹿なことを、とエセルは踵を返した。ロゼットは納得いかなかったが、確かにエセルが連れているわけがない。


「……変なの」


 泣き声は止んだ。ロゼットはしばらく部屋の窓を見つめていたが、そのうち三人の後を追った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ