第2話
「リラ」
フェドートはクローゼットに向かって呼びかける。3センチほど空いた隙間から、茶色の目が睨みつけるように見上げてきた。
全身で警戒している少女の倍ほどある高さから、フェドートは小さくため息をつく。どうしてこんなものを預かることになったのか。いや、ひとえに出来の悪い兄のせいであるが。
「リラ、食事ができた。そこから出てきなさい」
茶色い目をした小さな生き物は、ぴりぴりと目を細めて動こうとしない。テディベアを強く抱きしめたのがフェドートにはわかった。相手の気配を読むすべは、こんなところで役立てるために磨いたわけではないが。
「リラ、」
困り果てたフェドートは、しゃがみこんで少女と目線を合わせる。びくりと怯えて一歩さがったのが見えた。色素の薄いフェドートの目は、しかし常人よりはるかに多くのものを視ることができる。
「そう怯えないでほしい。私は君を傷つけるつもりはない。兄からくれぐれもと頼まれたんだ。一口でいいから食べてくれないかい?」
懇願する口調で言って、シチューの皿を差し出す。においにつられたのか、少女の目が輝いて前のめりになった。
「私と一緒に、夕飯を食べてほしいんだ。嫌かい?」
小首をかしげて、少女の目を見つめる。小動物のように警戒していた子供は、また小動物の単純さで警戒を解いた。
ゆっくりとクローゼットを開け、そろそろと忍び出てくるのを横目で確認し、フェドートは子供の愚かさに感謝すると同時に憐れみを覚えていた。
テディベアと一緒に椅子に座ろうとする少女が、フェドートのサイズに合わせた椅子の足に苦戦しているのを見て、ひょいと抱き上げて座らせてやる。
「ありがと」
はにかむように笑った子供に、フェドートは笑みを返してやった。