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たんていぶっ!

作者: 森コイン

「愛って何だと思う?」

 俺が部室の席に着いて早々、先輩は儚げな表情で言ってきた。

 俺は挙手をし、

「先輩。何もかも唐突すぎて付いていけません。簡単な説明でもした方がいいと思います」

 愛についての返答じゃなかったのが不満だったのか、先輩は机を強く叩いた。強く叩き過ぎたのか、右手の拳をさすっている。

「メタなの? 私たちは所詮文字の上の存在でしかないの!?」

 肩を振るわせ、先輩は芝居がかったように嘆く。

「そうですね」

「ま、いいわ。考えてみればしがない一個人が一生掛かったとしても、自分を知ってもらえる人数は限りなく少ない。そう思えば、読者の数だけ私の偉大さを認識できるわけだし、文字上の存在も悪くはないわね」

 フフンと先輩は勝ち誇ったように鼻で笑う。

「見られると言っても、数なんてたかが知れてますけどね。短編なら尚更です」

「じゃ、連載にしなさい」

「無理ですよ。所詮俺たちはたかだか数秒の思考で生み出されたんですから。今のこの会話でさえ行き着く先は未定なのに、連載にしたら更新停止フラグが立ちまくりです」

「今の連載作品も土台なんて決まってないのに書き始めたじゃないの」

「先輩。いくらメタでも踏み込みすぎは危険です。作者関係の話は駄作の烙印を押すも同然です」

「そ、じゃさっさと説明しちゃってよ」

 投げやりに先輩は言って、机に脚を乗せながら雑誌を読み出した。


 ここで一応は伝えておくが、先輩は女だ。実は男でしたという設定はない。

 で、椅子を傾け、二足で立たせてバランス取りながら机に脚を投げ出すその姿。短いスカートからユートピアが見えそうでドギマギしそうだとか思われそうだが、それはない。

 確かに制服は膝上十センチのミニスカートでお望みのシチュエーションになっているが、俺は全く目を奪われることはない。

 何故ならば先輩は正直な話、大して美人でもないからだ。

 壮大な比喩を用いた描写をしてしまったならば、それは誇大表現になってしまうだろう。嘘はいけない。

 顔、標準。身長、標準。胸、貧でも巨でもない標準。体型、標準。

 詰まるところ特徴がないのが特徴といえる見た目である。だが、中身は標準仕様ではない。一言で表すならば『変人』

 誰しもが脳内の活動を円グラフで表したならば一パーセントは変人要素があるとは思う。俺も――それを今言う必要ないか。

 先輩の脳内は九十九パーセントが変人で占めてるんじゃないかと思う。

 その変人ぶりはこの部室に俺と先輩しかいないことで明らかだ。

 あ、ちなみにこの部の名称は『探偵部』なんじゃそりゃという話だろう。俺もよく分からない。探偵らしき活動なんか未だ見たことがないし、本棚にはミステリー小説が置いてあるわけでもない。探偵に関連あるのは某少年探偵漫画だけだ。

 部室のドアには“依頼募集”の張り紙があるが、誰が好き好んで胡散臭い部に依頼にくるだろうか。

 だから、こうして部室に来てもすることは、先輩の突拍子もない会話について行くことだけだ。


 さて、説明という設定構築は終わったし、話を続けるか。

「で、何の話でしたっけ」

 そう俺が会話を再開すると、先輩は雑誌を置き姿勢を正す。椅子がガタンと鳴った。

「ああ、どの漫画の必殺技が一番強いかという話をしてたんだったわね」

「違いますよ! 愛がどうとかの話でしたよ」

「それ飽きた」

「俺何も答えてないのに!?」

「だから、もう必殺技の話でいいんじゃないの。所詮愛の答えなんてのは人によって変わる物なのよ。論ずるだけ無駄」

「なに、深いこと言ったような得意げな顔をしてるんですか。先輩、付き合った経験ないでしょう」

 俺もだが。

「とりあえず、私はデ○ノートを推すわね」

 勝手に話を進められた。

「それ必殺技ですか? 道具だと思いますけど」

 俺の指摘が耳に届いているのかは分からないが、先輩は答えずに足下の鞄を漁り、取り出した物を机に置く。

「道具? じゃあ斬魂刀はどうなの? あれも道具と言えるでしょ」

「確かにアレは武器で、必殺技でもないですがそれぞれが持つ特色は必殺技に入れていいんじゃないですか」

 適当に答えながら、机上のノートに目をやる。表面が黒の二つ折りのファイルに見える。……え、これはまさか。

「だったら、黒いノートが持つ殺人能力も必殺技と言えるでしょ。必ず殺す……このノートほど当てはまる言葉もないわね」

 先輩は勝ち誇った顔になると、ペンを取り出し、黒いファイルを開いた。中に挟まってたのは紙――え、まさかやはりこれは、

「先輩やめてください! 幾ら完全犯罪が可能な代物だからって、先輩が黒に染まる様を見たくはありません!」

 と、俺は叫びながら机に身体を乗り出して制しようと手を伸ばす。

 しかし、先輩はペンを持つ手を紙へと近づけていく。俺は唇を噛みしめ、紙に小さな丸を描くのを見ていることしかできなかった。

「……先輩、何故回覧板を鞄に入れてるんですか?」

 受け取ったことを示す丸を書き込み、先輩はファイルを閉じる。

「今朝持って行くのを忘れただけよ」

「いや、隣に持って行く物を鞄に入れとく意味が分からないんですが。出るときに手に持って隣に渡せばいいと思いますけど、うっかりキャラを目指してでもいるんですか?」

「それは危険よ」

 ネルフの総司令官のように先輩は机に肘を乗せて両手を組み、真剣な面もちで言う。

「むき出しで回覧板を持っていたら、家を出たところで回覧板マニアにひったくられる危険性がある」

「何ですかそのマニアは!? というか、そんな奴いないでしょ」

「世界は広いのよ。あなたにもいずれ分かるわマニアの世界が」

 まるで世界を闇を知り尽くしてしまった人のような枯れた微笑みを先輩は浮かべた。

「いえ、大して知りたくもありません」

「そう。素質はあると思うけど」

 それってマニア臭でもしてるということですか。

 先輩は回覧板を持ち、再び鞄にしまうかと思いきや……後ろに投げた。

「先輩、何をして――」

 投げられた回覧板の行方を見て、俺は目を見開く他なかった。ありえない出来事だった。

「回覧板が浮いている……っ!?」

 回覧板は何もない空中に浮いていた。なんだ? マジックなのか? 糸だとしてもフラフラしてないし、回覧板はしっかり固定されているかのようだが。

「お隣の鈴木さん家に持ってって」

 先輩は振り向くこともせずに、誰かに命令するような事を言っている。しかし部屋には俺しかいない。俺に? 俺が鈴木さんに持って行けと? 何を?

 俺がパクパクと口を動かし、声にならない驚きを叫んでいると、回覧板が動いた。

 カツカツカツ。

 足音らしき音。

 ガチャ。

 部屋のドアが開く音。

 パタン。

 静かにドアを閉めた音。

「…………」

 沈黙。

 宙に浮いた回覧板がひとりでに部屋から出ていった。足音を鳴らしながら。

「エル、知ってるか?」

 先輩の声に、閉じられたドアから視線を外して先輩に向ける。


「ドラ○もんはドラヤキしか食べない」


 先輩は不敵に笑った。

 おい、話に脈絡がねえし、死神でもリンゴでもないし、俺はエルじゃねーよというツッコミをグッと堪えながら、

「いや、ドラヤキ以外にも食べてますから。食事とか野比家にお世話になってますから」

「そもそも消化器官なんてあるの?」

「それは天国のF雄先生にでも聞いてください」

 先輩は顎に手を当て考える仕草をする。どうせろくでもないことは分かり切っている。

「トイレとかどうしてるのかしら」

 ほらな。

「あれだけドラヤキ食べてるんだし、ウン――」

「先輩! それは言っちゃ駄目です! というかその話題はとりあえずやめましょう」

「別にいいじゃない。ギャグの定番でしょ」

「それで笑えるの小学生までですよ」

 ドンッ! と先輩は机を叩いた。強すぎたらしく左手の拳をさすっている。

「私が小学生並と言いたいわけ!?」

 何故先輩は怒っているのだろうか。俺の発言に怒りの琴線に触れる個所はなかったはず。

「ア○レちゃんが、アレを棒でつつくシーンで満点大笑いしていた私を小学生並だと言いたいわけなんでしょ!?」

 机に体を乗り出し、俺へと顔を近づけながら先輩は怒気とツバを飛ばしてくる。

「違います。単に一般的な考えを言っただけです。別に先輩を小学生並みの頭脳だと言っている訳じゃないですって(一般の枠から外れてる考え持ってるし)。つか、今どきア○レちゃんを観てたことをツッコミたいです」

「赤絨毯ネタは無視するわけね」

「もうお笑いブームも過ぎた感がありますし」

「まあそうね。じゃ、話してあげる。事の顛末を」

 先輩は再び真剣な面もちを作る。

 その顔をしてから、真面目な話が口から出てきた事は無いに等しい。

「あれは――そう、水曜日だったわ。帰宅途中にコンビニに寄って、私はジャ○プを立ち読みしていた。一通り読み終わって、サ○デーを手に取って読んだわ。確かコ○ンが解決編だったわね。次にマガ○ンを読んで、次にヤング――」

「――うぉい!」

 これには口を挟まずにはいられない。

「この立ち読みの下り絶対必要ありませんよね!? つか、いつまで立ち読みする気ですか。かなり迷惑ですよ! あと、そこまでならチャン○オンも読んであげてください」

 チッ、と舌打ちをしてから先輩の話は本題へと移る。

「で、帰り道に空き地があるんだけど、何となく、横になった土管の中を覗いてみたんだけど――」

「あの……先輩はドラ○もんの世界に暮らしているんですか?」

 空き地で、土管が横たわっているなんて、ガキ大将たちがよく野球しているあの空き地のイメージしかない。現実にそんな場所があるのか?

「は? なに意味の分からないこと言ってるの? 続けるけど。その土管の中にア○レちゃんのDVDボックスがあったわけ。それを持って帰って観たの」

 と、先輩の話が終わったようだ。やっぱり立ち読みのくだり全く必要なかったな。

 さて、どう言ったらいいのやら。

「土管の中に何故、DVDがあるんですか? エロいのなら何となく分かりますけど、ア○レちゃんで、しかもDVDボックスなら、かなりのア○レちゃんファンか鳥○明が好きな人ですよ。そんな好きな物を何故そこに置く必要があるんですか? というか勝手に持って帰っちゃ駄目ですよ」

「全く問題ないわ。だって、ご丁寧に段ボール箱に入ってて『大切に観てください』と書いてあったし、あと毛布にもくるまれてた」

 捨てた人かなりのア○レちゃん好きだよ。まるで子猫をなくなくの思いで捨てるように、よっぽどの理由があったと推察できるじゃないか。

 俺は雨の中、断腸の思いでDVDボックスを捨てる光景を想像し涙がこみ上げてきた。

「先輩っ、今度そのDVD見せてください……ウウッ」

「それは無理」

 即答が返ってきた。

 えっ……どういうことですか? まさか、俺を先輩の家に入れたくないとか? いやだなあ。俺はやましい思いを持つことはありませんよ。まあ、精々女子の家に初めてお邪魔したことを記念日にしとくくらいです。何なら貸してもらうだけでもいいですが。

「売ったから」

 先輩は悪びれる顔もなく、そう付け足した。

「拾った物を売ったんですか!?」

 捨てた人もまさか大切な物が中古で流れる未来は想像してなかっただろう。

「別にいいじゃない。拾ったものは私の物。アンタの物も私の物」

 俺を指さしながら偉そうにジャ○アンみたいな事を言いやがって。

 とりあえず、部室に置いてある私物を持ち帰るべきか考えていると、


――コンコン。

 と、ノックが聞こえた。

 珍しい。この部室を以前ノックしたのは先輩が注文したソバ屋くらいだ。部室まで届けに来るなんて何とも商売熱心なソバ屋だったな。

「私が出る」

 先輩は椅子を引いて立ち上がると、ドアへと近付き、壁に張り付いて耳を澄ましている。貴女はどこのス○ークですか。


 十数秒ほどドアの向こうの気配を窺ってから、ノブを握りほんの僅かだけドアを開いた。

 そこまで警戒心を高めている理由が俺には分からない。この部室に金目の物はないし、人目をはばかる怪しい活動をしているわけでもない。ヤバい物と言えば先輩くらいだ。

「用件はなに?」

 僅かな隙間の向こうにいるであろう人物に先輩は言った。俺の位置からはどんな人かは見ることはできない。

「あ、あのぅ」

 可愛らしい声だ。女子のようだな。

「えっと……い、依頼を……」

 依頼だと。物好きな奴もいたものである。

「したいんですけどぉ……」

 声だけでオドオドした雰囲気が伝わってくる。先輩、愛想笑いとかしないからな。気持ちは分かる。

「短編だから無理」

 先輩はスッパリ依頼を破棄した。

「えっ……あの……」

 バタンとドアが閉じられ、ツカツカと歩いて先輩はまた椅子に腰掛ける。

「――って、先輩!? 何故断ってんですか!? ここ探偵部ですよね!?」

 俺が初めて部活動らしき活動をできるチャンスが……。

「そうよ。けど、短編だから仕方ないこと。無駄に長くなりそうな自体は避けるべき。依頼したいなら“世界を面白くする涼宮(略)に頼めばいいと思うわ」

「うちの高校にS○S団はありませんからっ! というかまたここでメタにするのはいかんでしょ。断るならせめて、他の依頼が立て込んでて……とか理由作れると思いますが」

「年中暇なのに、立て込んでて……なんて理由はすぐに嘘だと見破られるに決まっているわ!」

「何故、自信満々に言うんですか……悲しすぎますよそれ」

「平和ってことじゃない。行く先々で事件を起きるとか、些細な依頼が殺人事件に繋がってるとか、そんな都合良い展開があるほうがオカシいのよ」

「いや、事件起こらなかったら探偵物じゃなくなってしまいますから。コ○ンくんがただただ永遠に小学一年生生活を送るなんてツマらなすぎます」

「そうかもね。ま、それはそれとして重要な事があるの」

 先輩はキリリと顔を引き締めた。どうせロクな事じゃないのは分かってるが、

「なんですか」


「どうやってこの話を終わらせるかよ!」

 ドーンと先輩は両手で机を叩き、痛めたか掌を制服でさすっている。

「まあ、グダグダでいいんじゃないですかね」

 最後に限ってキチンと締めたりとかしてもな。

「ま、面倒くさいし。ちゃっちゃっと終わらせましょ」

 鞄を拾って先輩は椅子から立つ。

 長門が本を閉じる。と同様にこれが部活終了の合図で、俺も鞄を取り席を立つ。


「私たちの部活動はまだまだ続くッ!」


 先輩は窓の外を指さして言い放った。

 指した先には夕陽があって、部室の壁がが斜陽でオレンジに染まっていた。いつの間にそんな時間経過していたのかは気にしてはいけない。

「短編ですし、打ち切りもなにもないですけどね」

「こうしとけば、連載の時に“あの話題作が帰ってきた!”ってできるわ」

「そんな予定は未来永劫白紙でしょうけどね」

「確か、今日月曜日だったっけ」

「立ち読みですか?」

「まあそうね。一緒に来る?」

「いえ、遠慮します」


 ふと、俺は振り返って夕陽に染まる部室を眺めてから、ドアを閉じた。

 今日も探偵部の先輩と俺のくだらない会話は終わった。

 また明日も、だ。



次回予告


探偵部室で死んでいたのは謎の男

残された謎のダイイングメッセージ『犯人は、ヤス』

二人はこの謎を解くことはできるのか!?


そして明かされる主人公の名前とは!?


こうご期待!(しかし、予定は未定)

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