魔法の授与とセトの誕生
ある少女が死の床にあった。
病室には静かな時間だけが流れていた。窓から差し込む光は柔らかく、風が白いカーテンをわずかに揺らしている。少女は寝台に横たわったまま、薄く目を開いた。
少し離れた場所では、母親が医者と小さな声で話をしていた。
少女にはその言葉は聞こえなかったが、二人の表情だけで十分だった。母親は何度もうなずきながら口元を押さえ、医者は静かに頭を下げている。
少女は二人をしばらく見つめていた。
そして何も言わず、再び目を閉じた。
すると、寝台の感触も病室の匂いも、どこかへ消えていった。
彼女が次に立っていたのは、どこまでも続く草原だった。
空は青く、高いところを白い雲がゆっくりと流れている。木々は風に揺れ、小鳥のさえずりが遠くから聞こえてきた。病の苦しさも体の重さもそこにはなく、彼女は初めて自由に息を吸うことができた。
それでも胸の中は少しも軽くならなかった。
彼女は辺りを見渡し、小さくつぶやいた。
「私はどうすれば良いのかな」
答える者はいない。
少女はその場に座り込み、膝を抱えた。
涙は激しくこぼれるわけではなかった。ただ静かに頬を伝い、草の上へ落ちていった。
その時だった。
風が吹いた。
最初はそよ風だったものが、次第に彼女の周りを巡り始め、小さな旋風となる。草が揺れ、木の葉が舞い上がり、光を受けてきらきらと輝いた。
その風の中から、不思議な声が響いた。
「あなたに魔法を授けよう」
少女は涙を拭き、顔を上げる。
姿は見えない。
けれど確かに誰かが語りかけていた。
「それは王国とその民を作ることができる。あなたは豊かになるだろう」
「魔法?」
少女は聞き返した。
その言葉はあまりにも現実離れしていて、夢の続きを見ているようだった。
すると別の旋風がどこからともなく一本の木の棒を運び、少女の前へ静かに置いた。
木肌は滑らかで、特別な装飾は何もない。
どこにでもありそうな細い枝にも見えた。
少女は恐る恐るそれを拾い上げる。
不思議と温かかった。
握ると、手のひらへ命が伝わってくるような感覚があった。
軽く振ってみる。
しかし何も起こらない。
空も大地も変わらず静かなままだった。
少女は少し困ったように笑った。
「やっぱり普通の棒じゃないの?」
すると風の声は穏やかに言った。
「土に命じなさい。あなたの子となるように」
その言葉だけを残して、旋風は静かに収まった。
草原には再び風だけが流れている。
少女は木の棒を見つめた。
本当にそんなことが起こるのだろうか。
疑いもあった。
けれど失うものは何もない。
彼女は大地へ向けて木の棒をそっと差し出した。
「土よ、私の子となれ」
言葉が終わると同時に、地面の一か所へ水滴が落ちた。
一滴。
また一滴。
それは雨ではなく、どこからともなく湧き出す雫だった。
乾いた土はゆっくり湿り始め、小さな塊となる。
さらに土は集まり続け、人の背丈ほどの大きな塊へ姿を変えた。
少女は思わず一歩後ろへ下がった。
「本当に……」
驚きの声を漏らす。
大きな土塊はしばらく静止していたが、やがて表面がゆっくりと動き始めた。
その一部が離れ、小さな塊となって転がる。
それは少しずつ手や足を形作り、少女よりも背の低い、人の姿になった。
まだ土そのものだった。
肌も髪も服もなく、すべてが柔らかな土でできている。
けれどその瞳だけは不思議と優しかった。
「凄い」
少女は思わず笑顔になった。
恐ろしさよりも喜びが勝っていた。
彼女はしゃがみ込み、その土の子と目線を合わせる。
「あなたの名前は何というの?」
土の子は少し首を傾げた。
「分からないよ。好きに呼んで」
少女は少し考える。
名前を与えるということは、その子を一人として認めることのように思えた。
「じゃあ……セトと呼ぼうかな」
土の子は嬉しそうにうなずいた。
「分かった。僕はセト。」
そして間を置いて、まっすぐ少女を見つめる。
「君は僕に何をしてほしい?」
その問いに少女は迷わなかった。
「仲間を増やして、賑やかにしたいな。」
彼女は草原を見回す。
広い世界には、自分とセトしかいない。
静かすぎる景色は、どこか寂しかった。
「皆で幸せになる。」
それが彼女の願いだった。
大きな願いではない。
ただ誰も独りにならず、笑って暮らせる世界。
それだけで十分だった。
セトは静かにうなずく。
「分かった。」
その返事には迷いも打算もなかった。
「僕、働く。」
そう言うと、セトは足元の土へ手を伸ばした。
柔らかな土は彼の指先に従うように集まり、新しい形を作り始める。
やがて自分によく似た土の人々が次々と生まれた。
セトは彼らを兄弟と呼んだ。
生まれたばかりの彼らは整然と並び、一人残らずサウラの方を向く。
そして声をそろえて尋ねた。
「私たちは何をすればよいでしょうか。」
サウラはその光景を見て、小さく息をのんだ。
自分はいつの間にか、一人ではなくなっていた。




