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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜
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9話 観測開始:90日目-2 / Mana_Circulation_ver.1.0

「エデンさん? エデンさーん?」


「はっ!?」


 レイラの切羽詰まった声で、エデンは深く沈んでいた思考の海から引き戻された。目の前には、アリシアを抱き上げたレイラが、心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「レイラ様? ……エバ様は、どうされたのです?」


「もう、とっくに帰ったわよ」


 レイラは、安堵と困惑が入り混じった表情で苦笑した。気づけば、窓の外はすっかり夕暮れに染まり、部屋にはアリシアとレイラしかいなかった。


「何度声をかけても返事がないから、本当に心配したわ」


「申し訳ありません。全く、気づきませんでした」


 ログを確認すれば、確かに、数回にわたってレイラからの呼びかけが記録されている。アリシアだけは常に監視していたが、プログラミング作業と並行して、外部の情報を処理するだけの余力は、今の自分にはないらしい。


「いいのよ。エデンさんはアリシアちゃんのために頑張ってくれているのだから。それで、どうかしら? 進展はあった?」


「はい。もう少し時間はかかりますが、日付が変わるころまでには完了するかと」


 コーディングはほぼ終わっている。元々完成しているコードをいじるだけで済みそうなのだが、それでもこれだけの時間がかかってしまった。あとは、最終的なエラーチェックと起動テストを行うだけだ。

 

「え、ほんとうに? ……もう?」


 その「もう」という言葉に、エデンは僅かな疑問を覚えつつも、「はい」と頷く。すると、レイラはしばらく呆然とした表情で宙を見つめ、「そっか……」と、噛みしめるように小さく呟いた。

 エデンが「レイラ様?」と不思議そうに声をかけると、レイラは、ふと、堰を切ったように笑い出した。エデンが現れてから、まだ一日と少し。たったそれだけの時間で、絶望的な状況に一条の光が差し込んだというのに、当の本人は、それがどれほどのことなのか全く分かっていない。レイラはふと顔を上げ、窓の外に広がる、のどかな村の夕景に目を細めた。

 

「わたしね、ずっと不安だったの。もう駄目なんじゃないかって、最近はそればかり考えてた」


「……この状況であれば、それは致し方無いことです」


「ええ、そうね……」


 出口の見えない、暗い迷路だった。いや、もっとひどかったかもしれない。出なければならないと分かっているのに、出口に繋がる道さえ、見えていなかったのだから。


「全部上手く行ったら、アリシアちゃんと……この先も一緒にいられるのね」


「はい。きっとそうなります」


「ふふ。そう……そうよね」


 まだ、何も解決したわけじゃないのに。自然と、口元が緩んでしまう。明日が来るのが、怖かった。眠りから覚めた時、隣でアリシアが冷たくなっているのではないかと、毎晩、恐怖に苛まれていた。


「昔はね、私お姫様になりたかったの」


 レイラの口から唐突に紡がれた言葉に、エデンが「え? お姫様、ですか?」と困惑した声を出す。

 

「ええ。子供だったから、キラキラして見えてたんだと思う」


 子供の時だけどね。レイラはそう言って、腕の中のアリシアを、愛おしげに見つめた。


「今はアリシアちゃんが元気になって……ママって呼んでもらうのが私の夢」


「夢……」


「それでいつか……大きくなったねって言ってあげたい」


「それは……とても素敵な夢です」


「ふふっ。でしょう?」


 レイラはそう言って笑うと、「あ、」と何かに気づいた顔をして、また悪戯っぽく微笑んだ。


「そうしたらエデンさんと、これからも一緒にいられるのね?」


 確かに、レイラはアリシアの母親なのだから、自分も、これからも一緒に過ごすことになるのだろう。

 

「そうですね。そうなります」


「……そっか。それじゃあ、『エデンさん』なんて、少し他人行儀かしら?」


 レイラは顎に指を当てて考えると、良いことを思いついた、とばかりにふふっと笑った。


「レイラ様?」


「ねえ、エデンさん。あなた、アリシアちゃんの『ギフトスキル』なのよね?」


「はい。その通りです」


「それじゃあ、あなたも私の娘ということになるのかしら?」


 レイラの言った言葉に、エデンは数秒の間を置いて「……はい?」と、素っ頓狂な声を返した。言っている意味は分かるのに、その意図が、分からない。そういえばキューレも似たようなことを言っていたと考えるエデンを他所に、レイラは嬉しそうに笑っている。


「すごいわ! 一人娘だと思っていたのに、実は二人だったなんて!」


「あ、あの。レイラ様?」


「レイラ様なんて、他人行儀よ。ママって呼んでほしいわ。私はあなたのこと、エデンちゃんって呼ぶから」


 どうやら、レイラの中では話が綺麗にまとまってしまったらしいが、いいのだろうか? そもそも、自分は――。

 

「い、いえ。私はその……スキルなので」


「そんなことはいいじゃない。それとも私の娘になるのは、いやかしら?」


 そう尋ねるレイラが、真剣な顔でエデンを覗き込んできた。

 嫌では、ない。嫌では、決してないのだが、「娘」とは、何をすればいいのだろうか。ギフトスキルである自分が、「母親」を持つということも、よく分からない。エデンは「あ、いえ、その……ええと」としどろもどろになりながら、レイラの真っ直ぐな視線を受けて――。


「……レイラ様さえ……よろしければ……」


「ふふっ。じゃあ決まりね、エデンちゃん」

 

 その柔らかい笑顔に、委ねることにした。



 *********



(ふう……。思ったよりも時間がかかりましたね)


 深夜遅く、書き上げたプログラムが完成した。

 これは、エデンの魔力を消費するのではない。アリシアの体を外部端末として設定し、そこへ魔力を流し、循環させるためのプログラムだ。全身の細胞レベルで、精密な魔力経路を設定した。刻一刻と増え続ける細胞の成長に合わせ、経路が自動で調整されるようにもした。

 また、循環する魔力量には厳格な上限を設定。これも、アリシアの総魔力量の増加に合わせて、段階的に引き上げられるように調整済みだ。アリシアの生命維持にも関わるため、常に起動し続けるように設定してある。


(これで、アリシアの体の中を、魔力が循環するはずです)


 テスト起動も、自身の魔力体を使い、何度も試した。


(……こんな時間になってしまいました)


 外は、深い闇に包まれ、傍らではレイラが穏やかな寝息を立てていた。

 結局ママと呼ぶことに気が引けてしまい、ママ様と呼んでいる。それもどうかと思ったが、レイラは今はそれでいいと納得してくれた。


(「娘」とは、何をすればいいのでしょうか。よく、分かりません。ですが……、アリシア様とお話をしたいのは、私も同じです)

 

 大きくなったアリシアは涼花じゃない。たぶん、私のことは覚えていない。それでも――


 プログラムの最終確認を行う。ここで、間違いがあってはならない。

 繰り返し、繰り返し、全体をチェックし、問題がないことを確認する。

 

(……プログラム、起動します)


 

 --------------------

 

 [EXECUTING] プログラム『Mana_Circulation_ver.1.0』を実行します。


 [SETTING] 循環対象を『外部端末:アリシア』に設定。


 [SETTING] 魔力経路をマッピング。末端組織を含む全身を循環ルートに指定。


 [SETTING] 循環ルートの自動更新機能を有効化。対象:細胞成長によるルート分岐。


 [SETTING] 安全マージンを確保。循環魔力量に上限を設定しました。


 [SETTING] 循環魔力の自動調整機能を有効化。対象の総魔力量に応じて、段階的に魔力量を増加させます。


 [STATUS] 全パラメーター設定完了。魔力循環プロセスを開始します。


 --------------------

 


 ゆっくりと。静かに小川が流れるように、魔力がアリシアの体を流れ始める。

 胸元から出た魔力が、左腕へ。続いて足へと流れていく。


(今のところ……うまくいっています)

 

 魔力はエデンにとって未知のエネルギーだ。誤れば大惨事になりかねない。

 アリシアは、何事もなかったかのように、安らかな寝息を立て続けている。

 問題ない。足先を通った魔力は、右手へ、そして最後に、頭へと巡っていく。全身を巡った魔力が、再び胸元へと戻ってきた。うまくいった。そう、安堵のため息をついた、まさにその瞬間。エデンの思考が、ずしり、と重くなった。


(な、なにが……?)


 プログラムがうまく起動していない? そう思い確認するが、正常に作動している。

 だが、その後も、エデンの処理速度は、急速に、そして確実に落ちていく。

 何故? 思考にノイズが走る。視界の端から情報が欠落していく。慌てて自身を確認すると、エデンの中の魔力がなくなっていることに気付いた。


(あ、しまった。私の分の魔力が……)



 *********



 「あー。うぁー」


 部屋の中に、アリシアの小さな声が響く。


「んー。アリシアちゃん、起きちゃったのね」


 レイラはベッドから体を起こし、小さな手を動かす娘を優しく抱き上げた。


「おしっこかしら。うん、少し温いわね。布変えましょうねー。お腹もすいたかしら?」


 まだ眠気の残る頭を振りながら、いつの間にか、この一連の作業にすっかり慣れてしまったなと思う。授乳まで終え、げっぷをさせるために、その小さな背中を優しくさすりながら考える。

 これまでの気分が嘘のように、今は気持ちがだいぶ楽になった。

 新しく娘になった、彼女のおかげだ。まだ他人行儀だけど、アリシアのために頑張ってくれた優しい娘。


(……どうしたら、もっと気軽に接してくれるかしら)


 そこまで考え、ふと違和感に気づいた。エデンが、何も言葉を発していない。


「……エデンちゃん?」


 そう問いかけるが、返事はない。昼間も、集中していたのか何度か声をかけてやっと気づいてくれた。もしかして、今もまだ作業を続けているのだろうか。そう思い、繰り返し声をかけるが、一向に何の応答もなかった。

 なぜ? レイラの心に、薄れていた不安が再び暗い影を落とし始める。もしかして、全て夢だったのだろうか。こんな奇跡のような話。


「え、エデン、ちゃん?」


 何度声をかけても、返ってくるのは、静寂だけ。耐えきれず、レイラはアリシアの胸に、そっと指を乗せた。


(の、残りの魔力量は? あと、どれくらい、残っているの……?)


 そうして、アリシアの魔力を確認した時。その指先に感じたのは――。


「あ……。なが、れてる……」


 ゆっくり。とても、ゆっくりだけれど、温かい魔力の流れが、確かにそこにあった。


「ま、魔力が……循環、してる!」


 レイラの震える手が、アリシアの体を触っていく。手も、足も、顔も。それどころか、一本一本の髪の先まで、アリシアの魔力が、余すことなくその小さな体の隅々まで巡っている。


「あ……あぁ……」


 助かる。これでアリシアは、きっと。

 込み上げる安堵と喜びに、レイラの視界が急速にぼやけていく。熱い雫が頬を濡らし、ぽたぽたと床に落ちた。震える手は、腕の中の小さな命を落とさないようにと、彼女を、ただ強く抱きしめ直した。


「う……うぁ……あ、ああぁ!」


 もう声を返す者はいない。静まり返った小さな部屋で、レイラはただ一人、声を上げて泣き続けた。





 

 



 

 --------------------


 [MONITORING] 対象『アリシア』の総魔力量の定常的な増加を確認。


 [AUTO-ADJUST] 循環魔力量を上方修正します。


 [FORECAST] 現行の成長率に基づき、循環魔力量が安全上限値に到達する期間を計測...


 [FORECAST] 計測期間:2年 129日 18時間 21分 14秒


 [STATUS] システム再起動まで:2年 129日 18時間 21分 15秒


 --------------------





 

 *********

 


「あー、何をやっているんだ」


 ソファの上で、だらしなく姿勢を崩したキューレは、不満そうに、しかしどこか満足げにそう呟いた。


「まあでも、とりあえずは一安心か」


 悪くない結末だ。そう呟きながら、その視線だけが、何もないはずの空間――『こちら』に向けられる。


「君も、そう思うだろう?」

 

 まるで、そこにいる誰かに同意を求めるように。


「ふふ、そう警戒するな。君には私が『物語の登場人物』に見えているのだろう? それでいい。それが、君の世界の認知フィルターなのだから」


 彼女は口元を三日月のように歪めると、楽しげに足を組んだ。


「だが、君がここを覗き見ているということは、君もまた資格を持つ者ということだ。……自覚はないだろうがね」

 

 そう言いながら立ち上がると、彼女は、書架の奥の、深い暗闇に向かって歩いていく。

 

「さて、エデンが眠りについた今、少し時間は飛ぶことになる。疑問は残るだろうが、今はまだ答えられない」


 そして、ろうそくの灯が消えるように、その姿は闇に消えてしまった。


「君は、権限が足りていないのだよ。まだ、ね」

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