70話 観測開始:5年9日目-5 / Guided_Freezing_Birds.ver.1.0
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[SUCCESS] 新規連携プログラム『Guided_Freezing_Birds.ver.1.0』の登録が完了しました。
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作業に割り当てていたコアの処理領域が、身体の神経回路へと再接続されていく。
そして、少しずつ五感がシステムへと流れ込んでいき――。
「……にゃにを、しゃれていふのれしゅか?」
「む、エデン。戻ったか」
視界いっぱいに映ったシエルが、エデンの頬をむにゅ、と摘まんでいた。
シエルが手を離すと、その隣からアリシアが同じように頬に手を伸ばそうとしている。
エデンがアリシアを見つめると、彼女はばっと手を引っ込め、自分の頬を両手で隠した。
「だめー! おねえちゃん! アリシアのほっぺは、だめなんだからー!」
「駄目……? うん。アリシア、分かったわ」
「……え?」
「それで、エデン。突然固まったから心配したぞ。いったいどうしたんだ?」
彼女の表情は晴れやかな笑顔だが、どうやら心配をかけてしまったらしい。
だが、成果は得る事ができた。
「はい、新しい魔法を構築していました。ここから、灰狼を仕留めます」
「さっきもそう言っていたけれど……ここから、500メートルくらい離れているんだよね?」
エデンが改めて魔物の位置を確認すると、灰狼たちは少し移動しており、今の距離はおよそ650メートル。
「はい。問題ありません」
「……そうか。なら、見せてもらおう」
「……おねえちゃん、あたらしい、まほう?」
「うん。アリシアも、見ててね」
エデンがそう伝えると、アリシアが嬉しそうにぱっ顔を輝かせた。
右手をそっと前に出す。
皆から興味の視線を浴びながら、構築したばかりのプログラムを起動した。
「――いきます」
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[REQUEST] 魔法連携プログラム『Guided_Freezing_Birds.ver.1.0』の実行を要請。
[SYSTEM] 連携シーケンスを開始。サブシステムをコールします。
[SUB_SYSTEM] アプリケーション『マジックソナー』を起動... 広域探知データを同期。
[ANALYSIS] 探知データを解析... ターゲット『灰狼』3体の座標を特定。
[CALCULATING] 各ターゲットへの最適障害物回避ルート(Guided Root)の演算を開始... 完了。
[SUB_SYSTEM] 魔法プログラム『Ice_Familiar_ver.2.03 Model;Swallow』の生成シークエンスを開始。
[PARAMETER] 生成数:3
[PROCESSING] 基礎パラメータをロード... 各個体へ最適化ルートデータを同期中...
[EXECUTING] 全パラメータを適用し、魔力変換及び、相転移プロセスを開始...
[SUCCESS] 使い魔(Swallow)x3 の生成を完了。
[STATUS] 全3機、スタンバイモードへ移行。マスターの実行コマンドを待機します。
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放たれた魔力が、瞬時に3羽の氷で形成された鳥へと姿を変える。
それはエデンの周りを軽やかに羽ばたき、日差しを反射してきらりと輝いた。
「おー! おねえちゃん、きれいなとりさん!」
「へえ……。凄い繊細な魔法だね。本物みたいに動いてる」
「うむ、見事だな。だが、それだけではないのだろう?」
シエルに促され、エデンは頷くと凛とした声で呟いた。
「――行きなさい」
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[COMMAND] Guided_Freezing_Birds.exe --RUN
[SYSTEM] 全3機、全自動誘導による突入シークエンスを開始。
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その声を合図に、三羽の鳥は一斉に森の奥へと飛び立った。
それはみるみるうちに速度を上げ、あっという間に視界から消えていく。
枝の間を巧みにすり抜け、岩の上を滑るように滑空する。
そして森の中を無警戒に歩いていた三体の灰狼、そのがら空きの横っ面に――。
「……着弾を確認。灰狼三体、全て倒しました」
「む?」
「は?」
「お?」
エデンの淡々とした報告に、疑問の声が返ってきた。
木々の向こうでは、確かに灰狼の頭部が無惨に吹き飛び、その骸が地面に転がっているのだが。
「あの……灰狼を倒したことを、報告したのですが」
「おねえちゃん、すごーい! どうやったの!?」
「いや、言ってる意味は分かっているぞ。こんな森の中、どうやって魔法を当てたのだ?」
「エデン、今の魔法はなんだい? ただの鳥じゃないんだね?」
一斉に向けられた興奮気味の声に、思わずエデンの体がたじろぐように後ろへ下がる。
「そ、そうですね。最適な飛行ルートを、予め設定しましたので」
「設定? エデン、簡単に言うがな……」
「されで、今の魔法は、なんて名前なんだい?」
名前なんて、考えていなかった。だが、仮として付けたプログラム名は。
「そう、ですね……。安直ですが、『導かれる氷結鳥』、でしょうか」
「導かれる、ね。まあ、確かにそんな魔法なんだろうけど」
「ジン。とりあえず見に行ってみんか? どうなったのか見てみたい」
シエルに促され、皆で着弾地点へと足を踏み出す。
すると、アリシアがエデンの傍に来て目を輝かせた。
「おねえちゃん。いつもと、ちがうとりさんだった?」
「うん。よく分かったね」
「えへへー。さっきのまほう、すごかった!」
歩きながら、アリシアが楽しそうに手を上に上げた。
設計通りに稼働し、目標を撃破できたから、一応は成功と言える。
だが最適化の余地と、それに課題もある。処理が複雑すぎて、通常の魔法と同じだけの数を生成できない。これを解決するには――。
ふと、頭上から降り注いだ鳥のさえずりに視線を上げる。
木に作られた巣穴から、数羽の小鳥が顔を出しているのが見えた。
「……最善とは、言えませんが、まあ、当面は……」
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「……『導かれる氷結鳥』、か」
焚き火が発つ灯が顔に揺らめく中、シエルはぽつりとその名を呟いた。
道中に見つけた小さな洞窟に留まり、夜が明けるのを静かに待っている。
「どうしたんだい?」
「ああ、いや……。エデンの魔法について少し考えていてな。衝撃的だった」
シエルの言葉に、ジンも昼間の光景を思い返す。
魔法の結果を確認しに行ったら、三体の灰狼が頭部を破壊され息絶えていた。
威力は通常の魔法と変わらないと謙遜していたが。
遮蔽物の先を正確に打ち抜く。その精密さと応用範囲の広さを考えれば、もはやまったく別の魔法だ。
「そうだね。あんな魔法は、俺も初めて見た」
「あの様子だと、本人はどれだけ凄いことか分かっていないな。遥か先にいる相手を倒せる、そんなこと出来る者など……まあ、一人は心当たりはあるが」
「はは。フィフィはS級冒険者だけどね」
五年前に別れた、どこかつかみどころのない森人の少女。その顔を思い出し、ジンは小さく笑った。
「それにしても、面白い子だね。見た事もない魔法を使えば、突然鳥の姿になったり。……レイラも、もちろん凄かったけど」
「そうだな。あの美しい鳥の魔法、まるでレイラみたいだ。それに探知スキルは……」
「まるで、ディーンみたいだね。それに、アリシアもゴブリンを真っ二つ。どう育てたら、5歳児がああなるんだろう」
二人とも、ゴブリンを一撃で倒していた。
何度か魔物と戦わせてみたが、まるで相手にならなかった。
「やっぱり、親バカじゃなかったかな」
「……いや、あの手紙は、親バカな部分もあっただろう」
洞窟の奥に目をやれば、これまたエデンが作った奇妙な水のベッドの上で、アリシアがぐっすりと眠っている。
あの魔法もかなりの物だ。
レイラも似たような物を作っていたなと考えていると、ジンが焚火に枝を投げ入れた。
「二人とも、本当にディーンの娘なのか」
「なんだ? それはそうだろう」
「……俺にとって、ディーンが父親だなんて想像できないからね」
「私にとっても……レイラが母親か。どんなだったのか、あまり想像できんな」
「あの子たちの見た目は、レイラそっくりだけどね。でも、使う魔法も戦い方も……どこか、二人のことを思い出すよ」
「……それで、街に着いたらどうする? 予定よりも、大分早く着くぞ」
「うん。まずは、ギルドに行こうか。今回の件、報告しないといけないし」
「ギルドか……なあ、冒険者の特例登録があっただろう? あいつらを、見習いとして登録してみては?」
シエルの提案に、ジンは首を横に振った。
元々はそうしようかと思っていた。
年齢制限に引っかかってしまい冒険者として登録できないが、特例登録であればそれも可能だ。
「二人とも、本登録で推薦する」
きっぱりとしたジンの返事に、シエルは目を細めた。
「おい、五歳児で本登録なんて、前例がないだろう」
「見習い期間なんて、二人には何の糧にもならないよ」
冒険者の見習い期間は、言うなれば依頼を受ける練習みたいな物だ。受けられる依頼も、街の掃除や届け物、落とし物探しくらい。
「……分かっているのか? 私達は、しばらく一緒には、いられないんだぞ?」
「薬草採取や、ゴブリン討伐くらいで経験を積ませるさ。クラリスにもそう頼んでおく」
「まあ、それなら……だが、そもそも特例での本登録には、試験が……」
そこまで言って、シエルは言葉を飲み込んだ。
試験の内容は、単に実力の確認だ。
「あいつらなら、落ちるわけないか」
「そう思うでしょ? たぶん、大丈夫だよ」
「たぶんで決めるな」
どこか能天気な答えに、枯れ木を掴んでジンへと投げつけた。簡単に掴まれ、焚火に放り込まれてしまったけれど。
その余裕がなんとなく気にいらずシエルが口を尖らせると、ジンが時間を確認するように上空を見上げる。
それを見て、シエルが慌てたように立ち上がった。
「それじゃあ、ジン。交代の時間になったら起こしてくれ」
「うん。おやすみ」
「い、いいか? 魔除草を使うのは、私が寝てからにして欲しい」
「はいはい。分かってるから」
呆れたように笑うジンに、シエルは念押ししてから洞窟へと入った。
そこには、眠っているアリシアの手を握りしめたエデンが、うっすらと目を開けた状態で地面に座り込んでいる。
(……まったく、妹思いだな)
親を亡くしてから、エデンは献身的にアリシアに寄り添い続けている。
その振る舞いは確かに姉と呼ばれる存在で……まあ、背はアリシアより低いのだが。
「エデン。起きているか?」
小さな声で囁くと、ぴくりとエデンの瞼が揺れ、ゆっくりと視線が上がった。
「あ、シエルさん。どうかされましたか?」
「いや。少し気になったことがあってな。たしかお前の剣、ミスリルだったな?」
「はい。その通りです」
エデンは頷くと、空いている方の手で自分の剣をシエルへと差し出した。
それを受け取り、鞘からそっと抜く。すると、ミスリル特有の、透き通った刀身が現れた。
「良い剣だ。ところで、ミスリルの剣について、お前はどこまで知っている?」
「剣について、ですか? 魔力を流すと、切れ味が増すとは理解していますが」
「……そうか」
ディーンは魔法が使えなかったし、レイラは剣がからきしだ。
それでもエデンにミスリルの剣を選んだのは、流石と言うべきだろう。
「いいか。ミスリルはな、魔力の通りが格段に良い。それはつまり魔法を発動するための触媒としても、使うことができるということだ」
剣を返しながら、シエルは教え諭すかのように言葉を続ける。
「例えば、剣先から直接魔法を発現させたり……。私の戦いを以前見ただろう。私の剣もミスリル製だ」
「それは、気づきませんでした」
「明日から剣の使い方を教えてやる。……今はネストに着くまでしか、時間が取れんがな」
本当は時間をかけて教えてやりたいが、仕方がない。
シエルがそう伝えると、エデンは興奮気味に、こくこくと頷いた。




