7話 観測開始:89日目-5 / 知性あるスキル
『知性あるスキル』。それが何を意味するのかは分からない。だが、レイラの口ぶりから察するに、それは博識な存在として認識されているのだろう。だとすれば。
「いえ、初耳です。私が本当に『知性あるスキル』と呼ばれる存在なのかも、定かではありません。それに、恐らく私は……知らないことだらけです」
かつてハッキングした、膨大な研究データ。ここが地球であれば、どれほど有用だったことか。だが、この未知の世界においては、その大半が役に立たない数字の羅列に過ぎない。
気落ちしたようなエデンの声に、レイラは「あら」と優しく微笑んだ。
「それじゃあ……私と一緒ね」
「……え?」
「私も知らないことばかりだわ。アリシアちゃんのことも、あなたのことも」
「一緒……ですか」
「うん。だから、いろいろ教えてね」
そう言って悪戯っぽく笑うレイラに、「はい」とエデンは真っ直ぐに答えた。
「ところで、先ほどエバ様の前で話さないようにおっしゃったのは、『知性あるスキル』というのが関係しているのでしょうか」
神の祝福を受けた存在なのであれば、それは喜ばしいことではないのか。そう伝えると、レイラは静かに首を横に振った。
「ただ皆が喜んでくれるだけなら、それでいいの。でも、中には悪意を持って近づいて来る人も、いるかもしれないから」
悪意。その言葉に、エデンの思考に、高木の顔がよぎった。確かに、ああいった手合いに存在を知られるのは、迷惑なだけだ。だが、エバはどうなのだろう。
「エバ様は、信頼できないのですか?」
彼女がどんな人物かは知らない。それでも、アリシアとレイラを心配しているのは見て取れた。そう伝えると、レイラは少し考えてからゆっくりと首を振った。
「そういうわけじゃないの。本当によくしてくれているし、感謝もしてる。だけど、まだ知り合ってから1年も経ってないのよ」
「承知いたしました。そういうことであれば、レイラ様以外の方の前では、決して話さないようにいたします」
「そうね。しばらくは、そうしましょう」
まだ、自分が本当に『知性あるスキル』であると確定したわけではないが、用心に越したことはない。判断するには、あまりにも情報が足りなすぎる。エデンがそう結論づけていると、レイラが「それじゃあ」と話を続けた。
「アリシアの事を話しましょうか。エデンさん、魔力についてはどれくらい知ってるの?」
「私がアリシア様の魔力で稼働していること。それと、先ほどの魔法は……魔力をエネルギー源として、何らかの現象を発動させている、ということでしょうか?」
原理は不明。だが、何か現象が発生するには、必ず原因とエネルギーが必要だ。エデンの返答に、レイラは「その通りよ」と頷いた。
「魔力は、この世界に生きるものすべてが宿す力。植物や鉱物に含まれていることもあるけれどね。空気中には『マナ』と呼ばれる魔力の源が含まれていて、生き物は皆、呼吸することでそれを取り込み、自らの魔力としているの。ここまでは、分かる?」
「はい。では、魔力不適応症とは、マナを魔力に変換できない体質のことを言うのでしょうか」
「ええ。そういう人は、マナに体が耐えきれずに壊れてしまう。だから、私たちは皆、生まれながらにして魔力を持っているの」
「なるほど。理解しました」
「私たちは、その魔力を使って魔法を使うことができる。そして、より多くの魔力があれば、より強力な魔法を、何度でも使えるというわけね」
このあたりは、前世のエネルギーと同じだろうか。大きな物を動かすには、それに比例した運動エネルギーが必要となる。おそらく、レイラが使った水の魔法と灯の魔法では、前者の方が魔力を消費しているはずだ。
「魔力の量は人によって違うのですか?」
「そうね。人は体が成長するにつれて、魔力量が増えていくの。だからアリシアちゃんも大きくなれば、自然と魔力量は増えていくけれど……」
「……それを待つ時間はない、ということですね」
レイラの言葉を継ぐと、彼女は悲しげに頷いた。時間が解決してくれるなら、それで良かった。だが、アリシアの体調を考えれば、そんな悠長なことは言っていられない。
「ここからが、大事なことなのだけれど。魔力量は、体の大きさの他に、『魔力の器』の大きさによっても変わると言われているの」
レイラはそう言って、両手でそっと、器の形を作ってみせた。
「器、ですか?」
「ええ。体にマナを取り入れても、その器が満たされてしまうと、それ以上は魔力として溜めることができないの」
「では、魔力量を増やすには、その器を大きくすれば良いのですね?」
「そう、その通りよ。ただ……それが、一番の問題なの。器を広げる方法は、あるのだけれど……」
「でもねぇ」と、レイラは再び悩ましげに俯いてしまう。エデンが「レイラ様?」と声をかけると、彼女は「やっぱり、これしかないわ」と顔を上げ、決意を固めた目で口を開いた。
「『魔力循環』よ」
「魔力循環、ですか?」
「ええ。体の中で魔力を循環させるの」
レイラはそう言って、自身の胸元、魔力のある場所を指さした。
「ここを起点に、手、足、頭と、ぐるりと一周させる。体の隅々まで魔力を通すの。そうすると体に魔力が馴染んで、少しずつ、器が広がっていく」
レイラは自分の体を指でなぞりながら説明すると、「でも」と続ける。
「魔力循環は、自分の魔力を、自分の意志で動かす必要がある。まだアリシアには出来ないわ」
「では、私がやります」
エデンがきっぱりとそう告げると、レイラも安心した表情で頷いた。
「ええ、そうなの。エデンさんならもしかしたら……アリシアの魔力を、動かせるかもしれない」
願うようなレイラの視線を受けながら、エデンは得た情報を整理していく。相手は未知のエネルギー。やってみなければ、結果の予測もできない。
「進捗は、随時ご報告いたします」
「ええ、お願い。分からないことがあったら、何でも聞いてちょうだい。二人でなんとかしましょう」
「はい。ですがその前に」
エデンは言葉を切り、目の前のレイラを見上げた。彼女の意気込みは心強いし、頼りにしたいことも出てくるだろう。だが――
「レイラ様は、まず、お休みになってください」
「え? ど、どうして?」
レイラは驚いた顔をするが、センサーなど使わなくとも、彼女の体調が優れないことは一目瞭然だった。
「はっきり申し上げますと、顔色がよくありません。先ほど食事をしっかりとられましたので、次は十分な睡眠をとるべきです」
きっぱりとそう告げると、レイラは「う……」と表情をしかめるもなお食い下がった。
「で、でも……エデンさんは?」
「私は、寝る必要がありませんので。アリシア様が目を覚まされたら、すぐにお呼びいたします。なので今は、お眠りください」
「そ、そうなんだ……分かりました……」
レイラはしぶしぶと言った様子でベッドに上がるも、それでも気になるのか、ちらちらとアリシアを見つめてくる。
「レイラ様。ご心配されるのは、分かりますが……」
「むぅ……はぁい。寝ますよぅ。……ありがとう」
そう言うと、彼女は布団を体にかける。そして、まるで糸が切れたかのように、すぐに静かな寝息を立て始めた。
(……お礼を、言われてしまいました?)
まだ、何も成し遂げてはいないというのに。そう思いながら、エデンはアリシアの様子を改めて確認する。
変わらず眠り続けるその顔は、心なしか少しだけ、痩せて見える。急がなくては。
(まずは、魔力の確認をしなくてはなりません)
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[REQUEST] 対象『アリシア』の魔力観測を開始。
[CALIBRATING] 観測データに基づき、魔力量の暫定単位を設定...
[MONITORING] 対象からの魔力流入量をリアルタイムで計測中...
[ANALYZING] 流入魔力の周期性を解析... 波形パターンの構築を開始...
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アリシアから絶えず流れ込んでくる魔力を観測し、データとしてまとめていく。魔力は、まるで人が呼吸をするかのように、不規則な波を描きながらエデンの中へと流れ込み、そして消えていく。
(魔力の動きに、明確な規則性がありません)
わずかに余った魔力は、エデンの中に留まりながら、コアの周囲をふわふわと漂っていた。
この魔力を、動かすには。1つだけ、方法は分かっている。
(音声認識システム、起動。……停止。……起動)
エデンのシステムの切り替えに反応し、それに必要なだけの、ごく微量の魔力が移動する。
(ですが、これでは魔力が消費されてしまいます。どうすれば……)




