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68話 観測開始:5年9日目-3 / ジンのテスト

「うー」


 アリシアはうめき声をあげながら、前を歩くジンの背中を見つめた。


「……うさぎさんの、おかおが……なくなっちゃった……」


「アリシア、大丈夫?」


「うん、だいじょうぶ……」


「シエルさん、見なくても良いって言ってくれてたのに」


 アリシアの視線の先、ジンの肩には皮を剥がれた兎がぶら下がっている。

 血が滴るのを見て、アリシアが顔をそむけた。


「うあー……」


「アリシア。前見ないと。転んじゃうから」


 エデンはアリシアの背中に手を回しながら、小さく息を吐いた。

 突然目の前を横切った兎を、アリシアが咄嗟に捕まえた。

 だがその哀れな獣は、夕食の一品となることが決定。

 解体はジンがやってくれたが、エデンが見学したいと伝えると、アリシアも一緒に見たがった。


「だって、あんなになるなんて……」


 もがく兎の首が落ち、切り口から噴水のように血が噴き出した。

 少し青ざめた顔のアリシアに、エデンだけでなく後ろを歩くシエルも心配そうに見つめている。

 そして少し開けた場所に出た時に、シエルが口を開いた。


「ジン。少し休むか」


「……ああ、そうしよう。ちょうど話したいこともあったし、少し長めに休憩を取ろうか」


 アリシアの様子を見て、ジンはシエルに向けて指をくい、と動かした。

 

「ん? 2人とも、そこの木陰で座って休んでいるといい。アリシア、無理はするなよ」


「はい。分かりました」


「うん……」

 

 ジンが子供たちと距離を開けながら眺めていると、エデンがアリシアの剣帯を手際よく外している。

 声が届かないところまで来て、シエルが口を開いた。


「それで、話とはなんだ?」


「ここまで魔物には会わなかったけど、今後はそうもいかないからね」


 この辺りに、脅威となるほどの魔物はいない。

 せっかくならあの子たちにも、魔物と戦う経験を積ませてやりたい。


「二人と手合わせしたんだろう? アリシア、戦えるかい?」


 エデンは灰狼を一人で倒したと聞いた。

 だけど、アリシアはエデンに寄りかかるようにして、ぐったりと休んでいる。

 その様子を見て、シエルは困ったように笑った。

 

「元気であればだが……アリシアが戦えるかなど、愚問だな」


「はー、やっぱりねえ」


「やっぱり?」


「ほら、前にディーンから届いた手紙、覚えてるかい?」


「手紙? ……ああ、あの親ばかたっぷりのやつか?」


 半年ほど前だったか。レイラの字で書かれた、分厚い手紙。

 だがそのほとんどは、ディーンによる娘を褒め称える言葉が、延々と並べられていた。


「その手紙が、どうかしたのか?」


「あながち、ただの親ばかじゃなかったのかもね。戦いのことなら、ディーンは見立てを外したことはないから」


「……そうかもな。……だが、あの様子では」


 アリシアは、まだ五歳。動物の解体でショックを受けるのは当然だし、魔物と戦うのはまだ早いかもしれない。

 ジンが悩んでいると、その視線の先でエデンが小鳥の姿になり、木の上へ飛び上がった。


「……あれ、なんだい?」


「知らん。が、おもしろいだろう?」


「……まあ、確かにね。あれもスキルなのかな?」


 ジンは笑いながら、エデンたちへと歩み寄る。

 すると、エデンが木の実を落とそうと鳥の体を押し付け、枝がしなった反動で吹き飛んだ。

 そのまま他の枝にぶつかり、魔力の粒子となって消えてしまった。

 

「……どういうことだい?」


「まったく、何をしているんだか」


 シエルは剣を抜くと、光の刃を飛ばし果実を切り落とした。

 アリシアがそれをキャッチすると、彼女から魔力が溢れ出し、エデンの体を顕現させていく。

 

「アリシア。うまく掴んだな」


「うん! シエルおねえちゃん、これ、たべていい?」


「ああ。だが少し待て」


 シエルは果実を受け取ると、布で拭き始める。


「休めていそうで何よりだ。ところで、話したいことがあるんだけど」

 

 ジンが伝えると、エデンは真剣な表情でこくりと頷いた。

 アリシアは……シエルの手に握られた果実に、心を奪われてしまっているようだが。


「いいかい。ここから先は、いつ魔物と遭遇しても、おかしくない」


「はい。承知しています」


「まあ、このあたりには弱い魔物しかいない。俺とシエルがいるから、何も心配はいらないよ」


「分かりました」


「ところで、剣の練習はしてきたんだってね」


「はい。まだあまり自信はありませんが。アリシアも……」


 エデンがアリシアに目を向けると、ちょうど大きく口を開けて齧り付いているところだった。


「……アリシア。もう、元気になったの?」


「んんーっ! んぐ……おねえちゃん、これすっごくおいしいよ! たべる?」

 

 そう言って食べかけの果実を差し出してくるが、エデンは微笑んで首を横に振った。


「アリシア。体調はどうだい? 剣、持てそうかな?」


「うん! だいじょうぶ!」


「そうか。なら俺も、君たちの力を見せてもらおうかな」

  

 アリシアが食べ終わるのを待ち、二人はジンと対峙した。

 少し距離を開けて立つジンは、剣を鞘に納めたまま片手持っている。


「エデン! アリシア! 遠慮するなよ! 叩き伏せてしまえ!」


「はは。まあ、本気でかかってきていいからね」


 腰に携えたミスリルの剣。

 エデンは身体強化を発動させながら、すぐ隣で剣を握りしめているアリシアに声をかけた。

 

「アリシア、大丈夫? 重くない?」


「うーん……ちょっとおもい、かも」


「身体強化、いつもより強めに使って……あと、試しに振ってみるとか」


 そう伝えると、アリシアは剣を力強く振り下ろした。

 エデンも剣を鞘から抜くと、両手でその柄を握りしめ、横に一閃薙ぎ払った。

 空気を裂く音が鳴り、剣の重さに体が振り回されることもない。


「大丈夫そうかい? 準備ができたら、いつでもかかってきてね」


「ん! だいじょうぶ!」


「それでは、いきます!」


 さらに身体強化の出力を上げ、全身に力が漲ってくる。

 そして、アリシアが剣を下段に構えながら横から飛び出した。それに遅れまいと、エデンも地を蹴って加速する。


「やあぁっ!」


 たった数メートルの距離。

 アリシアは一息でジンへと肉迫すると、跳躍しながら剣を振り上げた。

 その跳躍は高く、ジンの頭上を取る。

 ちらりとジンの視線が上に逸れたのが見え――。


「――しっ!」


 その、一瞬の隙。

 アリシアの下から飛び出すように、エデンが地を這うようにジンの懐へと突撃した。

 剣を腰だめに引き、切っ先を真っ直ぐにジンへと向ける。

 アリシアが渾身の力で剣を振り下ろすのと同時、ジンめがけて、突きを放とうと――。


「はい、それまで」


 一瞬、黒い閃光が視界を横切りーー。


「え?」


「……あれぇ?」


 エデンの腕が、ぴたりと止まった。

 驚いて振り返ると、背後に回り込んでいたジンに腕を掴まれている。

 アリシアもまた同じように手を掴まれ、体をぶらりと浮かせていた。


「二人とも驚いたよ。良い動きだった」


「え、もうおわり?」


「今、何が起きたのでしょう……」


「はっはっは、二人とも、ジンを少し驚かせたぞ! よくやった!」


 そうなのだろうか。エデンの目には、まったく彼が動じているようには見えない。

 ぽかんとした顔でジンを見上げていると、何か納得したように頷いている。


「そうだね、最初は見学からだけど……やっぱり、アリシアも戦ってみようかな……」


「ジンさん?」


「ん、アリシアも?」


「ああ。無理強いはしないけどね。戦ってみないかな? 魔物とね」



 *********



「これが、何か分かるかい?」


 ジンが茂みの手前でしゃがみ込み、地面の一点を指差した。

 草が不自然に踏み倒されており、森の奥へと細い道のように続いている。


「わかった! どうぶつさんだ!」


「何かが通った跡だとは、分かりますが……」


「はは、正解。確かに、何かが通った跡だね。でも動物じゃないかな。もっとよく見てごらん」


 湿った土の上に、小さな足跡が残されている。

 それは人間の子供の足跡のようにも見えるが、どこか歪だ。


「なんか、たくさんある?」


「これは……ゴブリンの足跡ですか?」


「うん。また正解。これは、ゴブリンの足跡だね。数は三体か四体。まだ新しい足跡だから、そう遠くには行っていないはずだね。こんな風に、見つけた痕跡から得られる情報がないか確認するんだ」


「うむ。何も考えずにいると、気づいた時には魔物に囲まれていたり、思わぬ相手と出くわす羽目になる。だから常に慌てず、周りに気を配ることが大切だ」


「なるほど。分かりました」


「ん? うん、分かった!」

 

「よし。ここからは、あまり声を出さないようにね。ゴブリンに気付かれるかもしれない。あと、シエルから離れないように」


「いいか、アリシア。初めて見る魔物だから、驚くかもしれない。だが安心しろ。私がいるからな」


「うん!」


 アリシアは嬉しそうに笑うと、前を行くエデンに駆け寄ってその手を握った。


「ん? アリシア、どうしたの?」


「えへへー。おねえちゃん、がんばろうね!」


「うん。アリシアも、怪我しないように、気をつけてね」


 先を行くジンの背中に続きながら、茂みの中を慎重に進んでいく。

 そうして歩くこと、およそ5分。

 前方から、低い笑っているような声が聞こえてきた。


「……よし、見つけた。2人とも、あれが見えるかい?」


 ジンが腰を落とし、囁くように言う。

 だが、アリシアの目には茂みが邪魔でよく見えない。


「んー……」


 アリシアが背伸びすると、ほんのちょっとだけど、葉の隙間からその姿が見えた。

 自分と変わらないくらいの背丈の、緑色の何かが集まって、けたけたと笑い声を上げている。子供のように見えるけど、少し違うような……?

 アリシアが首を傾げていると、隣で同じようにつま先立ちしていたエデンを、シエルがそっと持ち上げた。


「ほら、エデン。これなら見えるか?」


「あ、ありがとうございます」


「あれがゴブリンだ。見たことはあるかい?」


「はい。以前、一度だけですが」


「そうか。じゃあ、俺は行くから、よく見ておくといい。あ、でも気分が悪くなるようなら、見なくてもいいからね」

 

 エデンは見たことがあると聞き、アリシアがもっとよく見ようと、ぐっと前のめりになった。

 するとバランスを崩し、咄嗟に藪を手をついてガサリと大きな音を立ててしまう。

 その音に気づいたゴブリンが、一斉にこちらを振り返り――。


「ふぇっ!?」


 人に似てるけれど、決して人ではないその異様な風貌。獰猛な顔つきに、病的な緑色の肌。

 アリシアが上げた声に気づいた魔物は、にちゃあと嗜虐的な笑みを浮かべた。


「ギャギャギャギャッ!」


「ギシャーッ!」


「わ、わ、わ」


 アリシアは慌てて体を起こそうとするが、茂みに絡まった手がうまく抜けない。


「アリシア、落ち着け。大丈夫だ」


「あ、うん……」


 シエルに片手で抱き上げられ、視界が一気に開ける。

 その先で、ジンがまるで散歩でもするかのように、のんびりと歩みを進めているのが見えた。


「ギギッ!? ギャギャア!!」


「グギャ! ギャギャ!」


 そう掛け声を上げ、ゴブリンがジンへと一斉に襲い掛かる、のだが――。


「あれ?」


「……遅い、ですね。ゴブリンは、身体強化を使わないのですか?」


 エデンの言うとおり、ゴブリンは子供のような体で、タッタッとジンに向かっていた。

 一番前にいた個体が、ジンめがけて右手を伸ばす。その指先から、異様に長く伸びた黒い爪が見えた。


「……ふっ」

 

 ジンが剣を抜くと同時に、ゴブリンの頭が胴体から離れ鮮血が舞った。


「うわ、わっ!」


 思わず、シエルの腕にぎゅぅとしがみつき、目を細めてしまう。

 続けて襲いかかってきたゴブリンも、ジンの剣閃によって一太刀で切り伏せられていった。


「よし。皆、もう出てきていいよ」


 シエルに下ろしてもらい、アリシアは姉の後ろに隠れるようにして近づいていく。

 辺りには鉄錆のような血の匂いが立ち込め、そして何よりも、酷い獣臭がする。

 思わずえずきそうになり、アリシアは鼻を強くつまんだ。 

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