表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/71

66話 観測開始:5年9日目-1 / 旅立ち

 まだ薄暗い部屋の中、アリシアの赤い瞳が、左上をじっと見つめている。

 エデンの指が髪留めを留めると、アリシアの指が仕上がりを確かめるように、お揃いの髪飾りをそっと触った。


「どう? アリシア、ぼうけんしゃみたい?」


「ん? ……うん、冒険者みたい」


 エデンは頷くと、アリシアの剣帯が緩んでいないか、きゅっと引っ張って確認した。

 アリシアの背中には、黒い片刃の剣が静かに収まっている。腰に付けた小さなポーチには、残されていた回復薬が三本収められている。

 エデンの腰にも同じポーチが着けられ、ベルトに差し込むように、白く輝く剣が携えられていた。


「うん、ちゃんと固定されてる。緩くなったら、ちゃんと言ってね」


「わかった!」


 アリシアは元気よく返事をすると、寝室の扉が開いてシエルが入って来た。


「どうだ、二人とも。準備は出来たか?」


「はい。問題ありません」


「ねえ、シエルおねえちゃん、どう? アリシアたち、ぼうけんしゃみたい?」


 アリシアは背中の剣をシエルに見せるように、得意げにくるりと体を揺らす。

 二人の体とその身に余る武具はひどく不釣り合いに見えるが、シエルの表情がふっと和らぎ、アリシアの頭を撫でた。


「なんだ、もう冒険者になったつもりでいるのか?」


「えへへー」


「もう、出発の時間でしょうか」


「ああ。二人とも、行くぞ」


「うん!」


「はい」


 シエルに続いてリビングへ出ると、テーブルの横を通り過ぎ玄関へと向かう。

 前を行くシエルとエデンの背中を追いながら、ふと、アリシアは足を止め振り返った。

 

 きつく閉められた木窓からわずかに外の明かりが入り、リビングを裂くように一筋の線となっている。

 いつも果実が盛られていたカゴは片付けられ、皆を見守るように置かれていた飾り棚の木彫りの小鳥も、いなくなってしまった。

 あまりの静けさにアリシアが顔をくしゃりと歪めると、その手をエデンがそっと握った。


「アリシア、大丈夫?」


「……うん」


 小さな声で返事をしながらも、アリシアはリビングから、視線を逸らすことができない。


「もう少し、ここにいる?」


「……ううん。もう……パパとママ、かえってこないから」


 自分に言い聞かせるようにそう呟くと、アリシアは手をぎゅうっと握り返した。


「でも、おねえちゃんがいっしょだから。だいじょうぶ」

 

「そう? じゃあ、いこっか」


「うん!」


 アリシアはもう一度だけ、誰もいないリビングを振り返った。そしてもう振り返らずに、エデンに続いて外へと出た。

 

 家の前には、ジンたちが勢揃いして二人を待っていた。

 トトがエデンたちに気づくと、「やあ」と手を振った。


「おはよう。 夜は、ちゃんと眠れたかい?」


「うん!」


「私は睡眠を必要としませんが、アリシアはしっかり眠れていました」


「へぇ。エデンは寝ないのか」


 トトが感心したように顎に手を当てると、その肩越しにバンダがしかめっ面を覗かせた。


「なんだお前ら。剣なんて持って、重くねえのか?」


 その視線がアリシアに向けられると、アリシアは背中の剣を見せつけながら体を揺らした。

 

「おもくない! アリシアね、あれ、あのー」


 言葉が上手く出ずに、ちらっとエデンを見る。


「身体強化ね」

 

「そう! それ、つかってる! だからへいき!」


「はーっ! ガキのくせに、やるじゃねえか」


「あら、凄いじゃない。でも魔力量には気をつけてね?」


 シェリーがとんがり帽子を被ると、ジンが区切りをつけるように口を開いた。


「それじゃあ、俺とシエルはこの子たちと一緒にネストを目指す。皆は、先に辺境伯と合流してくれ」


「仕方ねえな」


 バンダが目を細めると、シエルが手に持っていたカバンを、彼へ差し出した。


「バンダ。すまんが、こいつを持って行ってくれ。それと『朝露の森』に、2人の部屋の確保も頼む」


「んあ? なんだよ、てめえで持って行きゃあいいだろ?」


「そう言うな。我々は、森の中を通るんでな」


「あ、アリシアたちの」


 アリシアが小さな声で呟いくと、バンダは仕方ねえなと言わんばかりの態度でカバンを受け取った。

 そしてエデンたちを見下ろし、歯をむき出しにしてにやりと笑った。


「じゃあ、俺らは先に行くからよ。ガキども、またネストで会おうぜ」


「え、皆さま、一緒には行かないのですか?」

 

「ああ。依頼に間に合わなくなる」


「もー、私も、もっと一緒にいたかったわ。2人とも、しばらく会えないけど、今度遊びましょうね!」


「うん! またねー!」 


 シェリーが悪戯っぽくウィンクをすると、手を振りながらトト、バンダと共に、急ぐようにその場を去ってしまった。

 彼らの背中を見送り、ジンがゆっくりと歩き出す。

 アリシアはもう一度だけ、静まり返った我が家を振り返った。そして何も言わずに前を歩き出したエデンに、並ぶようにしてその小さな一歩を踏み出した。

 まだ人影のない早朝の村の中、アリシアは少しだけ肌寒い空気を感じながら、隣を歩くエデンに小さな声で囁いた。


「おねえちゃん、だれもいないね」


「まだ朝早いから。皆さん、まだ寝てるんだと思う」


 エデンが辺りを見渡すも、まだ人の起きている気配もない。あと一時間もすれば、この村にもいつもの営みが始まるのだろう。


「えへへ」

 

「ん? 楽しそうね。どうしたの?」


「おそと、おねえちゃんといっしょにあるいてる」


 アリシアはエデンの手を握ると、嬉しそうにぶんぶんと大きく振り始めた。

 


 *********



 エバはテーブルの上に用意していた一冊の本へと、皺の刻まれた手を伸ばした。

 何枚もの羊皮紙に糸を通した、あまり綺麗とは言えない出来栄えに、つい眉を寄せて小さく唸ってしまう。

 本当はレイラに渡そうと用意していた物だったが、まあ、あの心優しき小鳥にであれば、渡しても良いだろう。

 本をそっと懐にしまうと、エバはゆっくりと家を出た。家の前に置かれていたベンチに腰を降ろし、はぁと息を吐く。


「……寂しく、なるねえ」


 ぽつりと呟くと、エバの耳に微かに複数の足音が聞こえた。

 来たかと心の中で息を吐くと、こちらに気付いたシエルが、驚いたような顔で駆け寄ってきた。


「……エバ殿。待っておられなくても、挨拶に伺うつもりでしたが」


「いんや、どうにも目が覚めてしまってね。……おはようさん、アリシア、エデン」


「エバーバ! おはよ!」


「エバ様、おはようございます」


 エデンが律儀に頭を下げるのに口元を緩めながら、エバはゆっくりと二人に近づき、その装いをまじまじと見つめた。


「なんじゃい、剣なんて持って。こりゃ、魔物も怖くて逃げ出しちまうね」


「ほんと!?」


「かっはっは。ああ、本当だとも。ほら、もっと近くにおいで」


 エバが地面に膝をつくと、近づいてきたアリシアとエデンの小さな体をぎゅっと抱きしめた。


「二人とも……元気にやるんだよ」


 その名残惜しさを滲ませた声に、アリシアも小さな声で「うん」と頷いた。


「ここは、いつまでも、お前たちの故郷じゃ。いつでも、好きな時に帰ってくればええ」


「エバーバ……」


「はい。ありがとうございます」

 

 実際には、王都まで行ってしまえばあまりに遠く、もう二度と帰ってくることなど叶わないかもしれない。

 エバは二人の頭を優しく撫でると、懐から用意していた本を取り出した。


「こいつを、持っていきなさい」


 そう言って、エデンへと差し出された本。それを受け取りながら、エデンは首を傾げた。


「あの、この本は?」


「中には、儂の知る、調薬のレシピが書いてある。……まあ、師から弟子への、贈り物といったところかねぇ」


 エバがうっすらと笑うと、それを聞いたジンとシエルが、驚きのあまり息を呑んだ。


「えっ、調薬の?」


「エバ殿、それはあまりに、貴重な物では?」 


「なあに。どうせ、他に渡してやりたい相手もおらんのでな」


 カラカラと笑うエバに、エデンは本をそっと開いた。

 そこには手書きの絵と少し癖のある文字で、薬草の種類、量等が細かな注釈と共に記されている。

 エデンが視線を上げると、エバが真剣な顔でこちらを見つめていた。


「持っておいき。いつか、お前さんの助けになるかもしれん」


 孫娘に渡すには、あまりに無骨が過ぎる贈り物かもしれない。

 だけど、一番役に立つものを贈りたかった。だが、旅をするにはずっと持つには邪魔だろう。

 エバがちらっとシエルを見ると、シエルは頷いてエデンの手から本を受け取った。

 

「私が、お預かりしておきます。エデン、ネストに着いたら渡そう」


「分かりました。……エバ様、大切にします」


「エバーバ! ありがとう!」


 アリシアが嬉しそうにエバに抱きつくと、エバはどこか寂しそうに、アリシアをしばらく抱きしめた。

 老いたこの身にとっては、もう会えることもないかもしれない。

 最後にもう一度頭をゆっくりと撫で、そして笑った。


「さて……それじゃあ、そろそろ行きなさい。まだ、寄るところもあるじゃろうし」


「そうだな。最後に……二人にも、挨拶していかなくては」

 


 *********



 丘の上から村を見下ろすように立てられた、黒い大剣と、白い杖。

 その墓前で、アリシアは首を傾げた。


「なんて、いえばいいの?」


「んー……何を言えばいいのでしょう?」


「何でもいいんだ。今、思ってることをそのまま伝えるといい」


「そうだな。アリシア、お前は、冒険者になるんだろう?」


 シエルがそう言うと、アリシアははっとして墓の前に立った。

 そして、背中の剣をぐっと握る。

 すると、剣を固定していた金具がひとりでに外れ、その小さな体で剣を正面に掲げた。


「パパ! ママ! アリシア、きっと、えーきゅうぼうけんしゃになるから!」


 その声と共に剣をぐっと持ち上げると、ちょうど顔を見せた朝日が、黒い刀身に反射してキラリと光った。


「いってきます!」


 満足そうにアリシアは頷くと、剣を背中に収めて戻ってくる。


「いってきた!」


「ああ。きっと、ディーンも応援しているよ」


「ほら、エデン。お前も行ってこい」


「あ、はい」


 エデンがゆっくりと前に出て、墓の前で静かに腰をかがめた。

 彼女の背中を照らす朝日に、シエルは振り返って目を細める。


「日が出たな。昼頃には川に着きたいのだが」


「まあ、多少遅れても問題ないさ。依頼も、バンダ達ならなんとかするよ」


 ジンとシエルの会話を聞きながら、アリシアの目線の先で、エデンの口が小さく動いた。


「レイラ様、ディーン様。アリシア様は、必ずお守り致します」


 その声が微かにアリシアの耳に届くと、アリシアは不思議そうに首を傾げた。

 そしてエデンはさっと立ち上がった。


「ん……もういいのか?」


「はい。問題ありません」


「そうか。じゃあ、俺たちも少しだけ」


 そう言って、ジンとシエルも墓へと近づいていく。

 その背中をエデンが見つめていると、アリシアが横から顔を覗き込んできた。


「……おねえちゃん、だいじょうぶ?」


「ん? 私は、大丈夫よ。アリシアも、はい。寂しくないように」


 エデンが差し出した手を、アリシアはぱっと握りしめた。

 たぶん、たぶん、気のせいだ。それか、最近大変だったから、間違えちゃったのか。

 アリシアがじーっと繋がれた手を見つめていると、シエルとジンが戻って来た。


「待たせたな。今度こそ、出発するぞ」


「2人とも、転ばないように気をつけるんだよ」


「はい。分かりました。アリシア、疲れたらちゃんと言ってね?」


 そう言って微笑むエデンの顔は、いつも通りの優しい顔だ。

 エデンに手を引かれ丘を下りながら、アリシアはブンブンと首を振った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ