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62話 観測開始:5年4日目-2 / 黒鉄の大剣、白木の長杖

 レイラのローブを必死に引っ張るが、大人の体はあまりに重く動かない。

 持ち上げようとうなり声を上げると、突然のことに、アリシアが濡れた瞳でエデンを見た。


「……おねえちゃん?」


「ママ! ママ、起きて!」


 なんとか、少しだけ体を浮かせ、自分の体を下に潜り込ませようとするも、足の上にレイラの冷たい体が落ちてきた。

 それを見た者が、心配そうに一歩前に出ると――。


「――近寄らないでっ!」


 青白い光が、三人を取り囲むように地面に広がる。周囲を拒絶するかのように、巨大な氷の壁が天に向かってそそり立った。

 その中でエデンは、まるで狂ったようにレイラの体を掴んでいた。


「ママ、逃げないと! どこか……どこかに!」


「お……ねえ、ちゃん……」


 ここにいたら、埋められてしまう。

 エデンの手が震え、小さな体で全身を使って引っ張る。だが、静かに眠るレイラの体は、びくともしない。

 エデンの力を込める苦しげな声だけが、氷の壁の中に虚しく響いていた。

 どれだけ、それが続いただろうか。

 手が滑った拍子にエデンの体が後ろに転がり、氷の壁に体をぶつけてしまった。


「お、おねえちゃん……むりだよ……」


「無理じゃない! だって! ……だって……」


「……あんた……エレだね?」


 しわがれた声が、氷の壁の向こう側からかけられた。


「……エバ、様……」


「ああ、やっぱりそうだ。その声、一度だけ聞いた事がある」


 エバは氷の壁の前でゆっくりと座ると、透き通った氷の先、顔を歪める少女に向けて静かに語りかける。


「……ずっと……一緒にいたんじゃな」


「……」


 エバの言葉にエデンは何も答えず、ただ警戒するようにレイラの体を強く抱きしめた。


「……突然の別れは……あまりに、受け入れ難い」


「……」


「それが永遠で……愛する者であれば……尚更じゃな」


「……エバ様……私、私は……認めたく、ないのです」


「儂もじゃ……逃げ出したいが……それも難しい」


 そっと顔を上げると、エバの深い皺の刻まれた目から、一筋の涙がこぼれ落ちていた。

 その手がぴたりと、冷たい氷の壁に押し当てられる。


「じゃから……ちゃんと、お別れをしないとの」


 その言葉に、エデンの体が、ぴくりと動いた。

 顔を落とし、腕の中のレイラの、もう二度と笑うことのない顔をじっと見つめる。

 そしてレイラの顔をぎゅっと抱きしめると、静かに目を閉じた。


「……はい」



 *********


 

 村を見下ろす、小高い丘の上。

 ジンとシエルが指揮を執り、男たちが地面を掘り返していく。そのぽっかりと開いた穴の中へと、レイラの亡骸がそっと横たえられた。

 

 もう二度と動くことのない腕の中には、布にくるまれたディーンの片腕が、最後の温もりを求めるかのように優しく抱かれている。

 彼女の傍らには、ディーンが贈った木彫りの小鳥が、その頬にそっと寄り添うように置かれていた。

 

 人々が思い思いに野の花や木の実を添え、その上から、シャベルにすくわれた土が、静かに被せられていく。

 足元から徐々にレイラの姿が見えなくなっていく中、アリシアが震える声で、ぽつりと呟いた。


「ママ……なんで、みえなくしちゃうの?」


 その声に、隣で手を繋いでいたエデンの表情が、苦痛に歪んだ。


「アリシア……」


「おねえちゃん。あれじゃあ、ママに、あえなくなっちゃうよ」


 アリシアはそう言いながら、こらえきれなくなったように、その大きな赤い瞳から再び大粒の涙を流し始めた。


「……うん……そう、だね」


「もう、あえないの?」


「……うん」


 エデンが俯いたまま、かろうじてそう答えると、アリシアは堰を切ったように声を上げて泣きじゃくり、エデンに抱き着いた。

 傍にいたエバが、震える腕で二人をそっと抱きしめる。

 だが、アリシアの泣き声は丘の上に響き渡り、その場にいた人たちの涙を誘った。

 シエルも手を止め、霞んでいく視界を乱暴に手の甲で拭うと、その隣でジンがただ一言、「シエル」と静かに呟いた。


「ああ……分かっている」


 本当なら今すぐにでも、狂ったように泣き叫びたい。

 だが、すぐ傍で誰よりも悲しんでいる子供がいるのに、そんな振る舞いができるはずもなかった。


(エデンは……泣かない、のだな)


 そっと視線を送った先で、アリシアに抱き着かれたエデンは、ただ真っ直ぐに、土に埋もれていくレイラの姿を見つめていた。


(だというのに……何て顔を、しているんだ)


 多くの人が涙を流す中、一滴の涙も見せない彼女。

 けれどその顔は、絶望という感情をそのまま形にしたかのように歪み、そこにいる誰よりも深く苦しんでいるように見えた。

 視線を戻せば、レイラの肩から上だけが、土の中からかろうじて姿を見せている。

 シエルは盛られた土に震える手を突き、絞り出すように別れの言葉を告げた。


「……さらばだ、レイラ。……我が、姫よ⋯⋯」

 


 *********



 墓石の代わりに、ディーンの大剣とレイラの長杖が、互いを支え合うように交差させて立てられた。

 一人、また一人と、集まった人々が最後の別れを惜しみつつ、静かに村へと戻っていく。

 エバとシエルは、その場から動こうとしないエデンとアリシアにかける言葉も見つけられず、ただ黙って寄り添っていた。

 やがて空は燃えるような茜色に染まり、夜の闇がすぐそこまで迫っている。

 それを見上げるように確認し、シエルが優しい声で口を開いた。


「一度、村に戻る。……エデン。また、後で来るからな」


 シエルがそう言って立ち上がると、エバも杖を支えに、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……そうじゃな。毛布でも、持って来ようかねえ」


 その視線の先では、泣き疲れて眠ってしまったアリシアが、エデンに身を預けるようにして眠っていた。

 寄りかかられたエデンは何も言わず、ただじっと二人の墓標を見つめ続けている。

 

 シエルはエデンの頭をそっと撫で、エバもまた、その小さな体を片手で優しく抱きしめると、丘を下って村へと戻っていく。


 残されたエデンは、涙の跡を残して眠るアリシアの寝顔を見つめた。


 アリシアは、ずっと、泣いていた。エデンに抱き着きながら、ずっと、ずっと、大きな声を上げて泣いていた。

 大粒の涙が零れ落ちるたびに、大きく口を開けて、その悲しみの全てを吐き出すかのように。

 彼女だけじゃない。村の人々も、エバも、シエルやその仲間たちでさえも。

 アリシアのように声は上げなくとも、その悲しみを表現するように、確かに涙をこぼしていた。


(それに比べて、私は――)


 ふと顔を上げると、丘の上から、夕闇に沈む村が見えた。その奥に、小さく自分たちの家が見える。

 魔法や剣を練習した、あの賑やかな庭も。小さな木造の家も。時々、鳥の姿で、皆でお出かけした村も――。

 何も変わってはいないはずなのに、その全てがひどく色褪せて見えた。あの場所に、四人で過ごす温かい時間は、もう、二度とやってこない。

 その事実を理解した瞬間、エデンの顔がくしゃりと歪み、両手を自分の胸に押し当てた。


(……痛い)


 ずっと、体が痛い。バラバラに壊れそうで、歪んでしまいそうで、引き裂かれてしまいそうなほど、痛くて苦しい。なのに――。



 --------------------


 [REQUEST] システムチェックを要請。


 [PROCESSING] 全システムの自己診断を実行中...


 [COMPLETE] 自己診断を完了。


 [STATUS] 全システム、正常稼働。検出された論理的・物理的エラーはありません。


 --------------------



 何度確認しても、返ってくるのは同じ結果。


(……どうして、エラーでは、ないのですか?)


 エラーであれば、修復すれば元に戻るのに。この焼き切れるような痛みも、息が詰まるほどの苦しみも、綺麗に消し去ることが出来るのに。


(ママ、パパ……痛い……痛いよ……痛い、苦しい、痛い……痛い)


 これが、『感情』なのだろうか。これは果たして、『正常』なのだろうか。こんなにも、ひどく辛い状態が『正常』だというのであれば、なぜ――。


(ああ、どうして……涼花様……なぜ、私に……『感情』なんて、つけたのです……)


 感情さえなければ、この痛みを知ることも、苦しいと感じることも、なかったのだろうか。

 その思考が、エデンの視線を力なく地面へと落とさせた時。アリシアの瞼が、そっと持ち上がった。


「……おねえちゃん?」


 そのか細い声にエデンが顔を向けると、アリシアが心配そうな、泣き腫らした瞳で、彼女のことを見つめていた。


「おねえちゃん……なんだか、すごく、いたそうなおかお、してる」


「……うん」


「アリシアもね、ここ、すごくいたい」


 そう言って、アリシアは自分の胸をとんと叩いた。

 そして、不思議そうに口を開く。


「おねえちゃんは、なかないの?」


 その指摘に、エデンはそっと目を逸らした。


「この身体……泣け、ないの……」


 それは他の誰でもない、自分自身がそう設定したこと。

 『不要な機能』として、遺伝子情報から削除した。

 涙も、汗も、血でさえも、この体には流れていない。

 苦しそうにそう伝えると、アリシアは顔を下げてしまったエデンの手をぎゅぅっと握りしめた。


「……それじゃあ、アリシアがなく」


「……え?」


 顔を上げれば、アリシアがまた、その目にいっぱいの涙を浮かべて、エデンのことを見つめている。


「おねえちゃんのぶんも、アリシアがいっぱい、なくから」


「……うん」


 それから、アリシアはもう一度、大きな声を上げて泣いた。

 アリシアの声が、風に乗って夕闇の空へと消えていく。

 その声は、静まり返った村に降り注ぎ、果てしない大地に広がり、一体、どこまで届くのだろうか。

 

 この光景を見た人は、何て言うのだろう。大口を開けて、ただ、ひたすらに泣きじゃくる、この幼い少女を見て。

 滑稽だ、と笑うだろうか。それとも、正気を疑うだろうか。

 だけど、それでも良いと、エデンには思えた。

 

 大切な人を失って、涙一滴流すことさえできない、自分なんかより、ずっと。

 

 視線を戻せば、レイラの杖にはめられた青い宝石が、最後の夕日を反射して、儚く、美しく、輝いていた。


 

 

 ああ、私は――


 感情《欠陥》のあるAIなのだろうか。





 第3章 「Fatal Error」~黒鉄の大剣、白木の長杖~ 完





「あんの、クソババアがぁっ!」


 怒声と共に蹴り飛ばされた椅子が、暗い書庫の中をガタンという大きな音を立てて転がった。

 それを見ても、キューレの怒りは収まらない。忌々しげにテーブルを叩くと、ソファへ不機嫌そうに体を投げ出した。


「……あーっ! くそったれ!」


 納得がいかない、とばかりに足をばたつかせ、柔らかなクッションを、踵で何度も、何度も蹴りつける。

 しばらくそうしていると、大きくはあーと息を吐いて、もぞもぞと座り直した。


「……はぁ。まったく、やってくれたものだ。今のところ、全て順調に進んでいたというのに」


 そう言って不機嫌そうにカタカタと貧乏ゆすりをしていたかと思えば、突然自分の頭を抱えて、「ああああっ!」と、甲高い声を上げた。


「まったく、どうすればいい!?」


 ぶんぶんと、子供のように頭を振ると、今度は、唐突にぴたりと動きを止める。そして『こちら』へと振り返った。

 

「……ふむ、君はどう思う? 君なら、あの打ちひしがれている哀れな彼女に、どんな言葉をかけるかい?」


 困ったように『こちら』をじっと見つめながら、手をひらひらと振った。


「まあ、話をじっくり聞くだの、何も言わず傍にいて欲しいだの、色々とあるのかもしれんが……少し、考えるか」


 どこか、いつもより真剣な表情でそう呟くと、彼女は立ち上がって書庫の闇の奥へと歩いていく。

 その背中が遠くなる中、「……まったく」と、声だけが虚しく響いた。


「大変なのは、これからだというのに」

【第3章「Fatal Error」完結!】

最後まで読んでくださりありがとうございます!


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第4章も毎日投稿します!

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楽しく読ませていただいています。続きが気になる! 自分はキューレ推しです。
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