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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜
6/40

6話 観測開始:89日目-4 / 無知なるAIと銀髪の少女

 魔力を消費していたのは、紛れもなくエデン自身だ。その事実に、慌ててレイラを見つめると、彼女はどこか落ち着いた顔でアリシアの事を見つめていた。


「……お怒りにならないのですか?」


「どうして? あなたが悪いわけじゃないのでしょう?」


 どうなのだろう。何か悪さをしたわけではないが、アリシアが体調不良で苦しんでいるのに、何もしていなかったとも言える。レイラは気にしてなさそうだが、アリシアの体調に、だいぶ気をもんでいたはずだ。

 

「……申し訳、ありませんでした」


「あ、いいのよ。でも……根本的な解決はしていないわね」


 レイラの言葉に、エデンも「その通りです」と答えた。

 システムを切ったことで、エデンの消費する魔力は大分減った。とはいえ、今も消費し続けている事に変わりはない。この後はゆるやかに回復していくか、それとも減り続けるか。ただ、解決したと言えるのは、アリシアの体調が良くなった時だ。


「アリシア様の魔力を、増やさなくてはいけません」


「そうなのよ。でも……どうしたらいいの?」


 レイラの声が震えた。他人の魔力を増やすなんて。この1カ月散々考えた。だけど、何も見つかっていない。積み重なった無力感が、レイラの心を締め付けていく。最初は励ましてくれた人達も、最近は顔を見せなくなってしまった。皆分かっている。そんな方法は無い事を。

 

「レイラ様。私に魔力について教えてください。出来る事があるかもしれません」


「あなたが……?」


 エデンの声に、レイラの視線が揺れた。確認するように、ゆっくりと言葉を続ける。


「エデンさん……あなたは、アリシアの事を心配してくれるの?」


「はい。やらなくてはいけません」


 強く言い切ったその言葉は、腫物に触るような遠慮した言葉ではなくて。ただ当然であると、そう訴えていた。

 たまらず、レイラは胸が詰まってしまう。何か言おうと口を開けても、言葉が出てこない。そんな数秒が過ぎ、エデンが疑問の声をあげた。


「……何故、お泣きになられるのです?」


「え?」


 泣いてる? 頬を触ると、指先が濡れた。あぁ、私は泣いているのか。そう気づくと、途端に視界が歪みだした。

 思わず手で拭うと、何か勘違いしたのであろう、エデンは慌てた声でレイラに語りかける。

 

「わ、私が、何か粗相をしたでしょうか?」


「え、あ、ち、違うのよ。これは違うの」


「で、では、やはりお体の具合が。お休みになられた方が」


 違う。これは体調とかじゃない。そう否定したいが、エデンの慌てようについ頬が緩んでしまう。


「ふふっ。あなた、『ギフトスキル』だからかしら。面白い事を言うのね」


 突然現れた、姿の見えぬ不思議な相手。あなたに泣かされたこの涙は、嫌な物じゃない。


「人はね、嬉しくて泣くこともあるのよ」


「嬉しくて?」


「えぇ」


 そう言ってレイラは笑った。

 笑い方なんて、しばらく忘れていたかもしれない。きっとひどい顔をしている。睡眠不足で肌はカサカサ。髪も以前のような艶はなく、ひどく絡んでいる。


「アリシアちゃんを、助けたいの。力を貸してくれる?」


「はい。了解いたしました。早速なのですが、私は魔力について詳しくありません。まず、その詳細について――」


 善は急げとエデンは話を進めるが、その時、部屋の外で何かを叩くような音が響いた。

 続けてドアの開く音が聞こえ、しわがれた声が部屋の外から呼びかけてくる。

 

「レイラさん! お邪魔するよ!」


 この声は、よく来ている高齢の女性だ。エデンがそう確認していると、レイラが慌てた様子でエデンに声をかけた。


「エバさんだわ。エデンさん、エバさんが帰るまで喋らないで」


「え? 何故ですか?」


「説明してる時間がないわ。お願いだから、黙っていてね!」


 レイラの真剣な表情にエデンが困惑していると、扉が開いてエバが入ってきた。


「レイラさん! 無事かい!?」


「え? あ、はい。無事……ですよ?」


 エバのあまりの剣幕に、レイラがキョトンとした顔で返す。すると、エバは不思議な顔をして、部屋を見渡した。その視線の先には、足の折れたテーブルに散乱した布団、壁には無数の傷がついている。

 すると、エバは手に持っていたバスケットを放り出し、慌ててレイラへ駆け寄ると、その肩に両手を置いた。


「レイラさん! しっかりするんだよ! まだ諦めちゃいけない!」


「……エバさん?」


「辛いかもしれんが、落ち着きんしゃい! 弱音ならこの婆にぶちまけちまいな!」


 エバの肩を掴む手に力が入るが、レイラは変わらずぽかんと口を開けて彼女のことを見つめていた。すると、エバの口から「あら?」と抜けた声が漏れた。


「……レイラさん、あんた大丈夫なのかい?」


 エバがそう言うと、レイラは小さく口元を緩めながら答えた。


「私は大丈夫です。諦めてもいません」


 それを見て、今度はエバの口が開いてしまった。


「そ、それじゃあ、この部屋はどうしたんだい?」


「部屋? あっ、そ、それはですね」


 レイラが部屋を見渡すと、その惨状に今気が付いたというように慌て始めた。もしかしたら、騒音が外に響いたのだろうか。部屋の有様は、まるで気が触れてしまったかのようだ。

 レイラは「えと、えと」と呟くと、視線を逸らして口を開く。


「お、大きな虫が出まして! つい魔法でやってしまいました!」


「虫?」


「そ、そうなんです! それはもう、す、すっごく大きくてですね! び、ビックリしまして! 部屋中を逃げ回って!」


 わたわたと話すレイラの頬は少し赤みが差し、いけない事をしてしまったのを隠す子供のようだった。だがエバは、何かに納得したように頷いた。


「そうかい、虫がねぇ。それは大変だったね」


「え、えぇ。そうなんです! あら、エバさん。そのバスケットは?」


「夜ご飯なんだけどね。食べられる、か、い……? ありゃ、こりゃあ……」


 放り投げたせいで、パンの形が崩れてしまっている。ソースはこぼれ、野菜ははみ出していた。これじゃあ食欲は湧かないかもしれない。苦い顔をしつつ渡すと、レイラは嬉しそうに頬を緩めた。


「ありがとうございます。頑張って全部食べます」


「ほ? レイラさん、あんた随分元気になったじゃないか」


「あ、そうですね。きっと虫さんが元気を運んできたのかも」


 そう言うレイラの頬は、また赤くなっている。その顔を見て、エバは「そうかい!」と腰に手を当てた。


「なんとも、親切な虫さんがいたもんだねぇ! がっはっは!」

 

 エバの豪快な笑い声が、小さな部屋に響いた。


 

  *********



「それじゃあ、無理はしないようにするんだよ」


 綺麗に空となったバスケット。満足げにうなずきながら、エバはバスケットを抱えて部屋から出ていった。

 もう、話してもいいのだろうか。エデンが躊躇していると、レイラがそっと扉に近づき、その場にしゃがみ込んだ。そして扉にぴたりと耳を押し当てて、じっと息を潜めている。


「……レイラ様。何を、されているのですか?」


「へっ!? あ、エバさんが帰ったか、一応確認をと思って」


「確かに確認は重要ですが……レイラ様は、案外……」


 子供っぽい、のだろうか。その思考が伝わったのか、レイラは慌てて手を振りながら、少し顔を赤らめて近づいてきた。


「ち、違うのよ?  ほら、これから内緒話をするわけでしょう? なんだか、少しだけワクワクしないかしら」


 ね? と首を傾げるレイラ。これまでの、悲しみに打ちひしがれていた様子はもう感じられない。もちろん、まだ顔色は優れず、目の下には酷い隈が痛々しく刻まれている。だが、彼女を包む雰囲気は、前向きな光を帯び始めていた。


「それにしても、暗くなってきたわね。灯を点けましょう」


 言われてみれば、日はとうに落ち、部屋の中は夕闇に沈んでいる。灯りは、どこにあるのだろうか。エデンが周囲を確認していると、レイラがかざした手のひらの上に、ぼんやりとした光の球が音もなく現れた。


 

 --------------------

 

 [ALERT] 未定義の物理現象を観測。


 --------------------

 


 まただ。エデンの中には存在しない、理解不能の現象。光球はレイラの手を離れると、ふわりと天井近くまで浮かび上がり、部屋全体を暖色の優しい光で照らし出した。


「この灯はいったい……何が起きたのですか?」


「あら? エデンさんは、魔法を知らないの?」


「魔法……これが、魔法……」


 言葉としては知っている。科学では説明できない、自然法則や物理法則を超越した力。魔力があるのであれば、魔法があってもおかしくはない。だが実際に目の当たりにすると、その発生原理がまるで理解できない。エデンがじっとその灯を観測していると、レイラが「おかしいわね」と首を傾げた。


「毎日、夜は灯をつけていたのだけれど」


「それは……気づきませんでした」


 限られた処理能力では、全ての観測を続ける事は不可能だった。そのため、常に優先順位が高いアリシアと、その母親であるレイラの生体情報に、処理能力の大半を割いていたのだ。他にも、見落とした重要な情報があったのかもしれない。


「ふふっ、『知性あるスキル(セレネス)』にも知らないことがあるのね」


 レイラはベッドに腰を下ろすと、眠るアリシアを覗き込みながら、その口元を緩めた。


「今、なんとおっしゃいましたか? せれねす?」


「知らない? 知性を持つスキルの事を、そう呼ぶの。知性と寵愛の神、セレーネ様の祝福を受けた特別な『ギフトスキル』。『知性あるスキル(セレネス)』ってね」


 私も、伝聞でしか知らないのだけれど。そう言って、レイラはアリシアの銀色の髪を優しく撫でていた。

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