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54話 観測開始:5年2日目-1 / もう一度言ってくれ!

 森の中を北目指して歩き続け、月明かりが差し込む開けた場所に出た。

 その中央にディーンは腰を下ろし、腰袋から水筒を取り出してレイラに渡した。


「よし、ここで少し休憩だ」


「……はあ、流石に少し、疲れたわね」


 ディーンの隣に腰を下ろすと、彼女は有り難く水筒に口をつけた。


「……ふぅ。村からは、どれくらい来たのかしら?」


「そうだな。だいたい、15㎞ってところだ」


「ずいぶん歩いたつもりだったけれど、まだそれだけの距離なのね」


「いや、良いペースで来ている。……それより、少し寝ろ」


 一度戦いが始まれば、いつ休めるか分からない。最初から消耗していたら、取れる選択肢も限られてしまう。


「近くに、魔物はいないのね?」


「ああ。3㎞以内には何もいない。今なら、少しは休める」


 ディーンはそう答えつつ、革袋から一束の葉と、着火用の魔道具を取り出す。

 三枚ほどの葉を重ねて火で炙り、その上に適当な大きさの石を乗せると、鼻腔を刺す独特の異臭が立ち上った。


「……相変わらず、ひどい匂いね」


「はは、久しぶりだと尚更だろ」


「……これで、眠れるかしら……よいしょ」


 レイラはそう言いながら、ディーンの方へとすり寄る。そして彼の太ももをぽんぽんと叩くと、枕のように頭を乗せてごろりと横になった。


「お、おい」


「いいじゃない、誰に見られるわけでもないのだから」


「……まあ、そうだが」


 どこか締まらない空気が流れる中、ディーンは仄かに赤く光る魔除草を見つめながら口を開いた。


「なあ、聞いてもいいか?」


「なあに?」


「……子供たちを抱きしめていた時、何を考えていた?」


 レイラは何も答えず、木々の隙間から見える星空を見つめていた。


「レイラ。俺は、こんなとこで死ぬ気はないぞ」


「そうね……でも、考えてしまったの。もしも……って」


「この程度のことは、前にもあっただろ」


「きっと、母親になったからね……どうしても考えてしまうの。もし、もしも、って」


「……そうか」


 レイラの言葉に、ディーンもまた空を見上げた。

 自分はどうなのだろう。父親になって、何か変わったのだろうか。


「でも、約束したから。早く帰るからって」


「ああ、そうだったな」


「一緒にいられる時間は、残り少ないけれど……でも、今は毎日が楽しいの。アリシアが走り回って、エデンちゃんはそれを止めようと、一生懸命に追いかけて。あなたがそれを見て笑って……」


 レイラの手が、ディーンの手をそっと握った。


「そうだな。こんな生活は、想像もしたことがなかった。良いもんだな」


「……だから、思うの。私、ひどい母親だわ」


 ぽつりと呟かれた声に、ディーンは怪訝な顔で視線を落とした。


「なに言っているんだ、お前は」


「……私が成し遂げたいことの為に、子供を作って……あなたも、巻き込んだ」


 そう語るレイラの顔は、後悔するように歪んでいる。

 ディーンは手を握り返しながら、深いため息を吐いた。


「レイラ……いいか、一度しか言わないから、聞いてくれ」


「……ん?」


 不思議そうに視線を上げたレイラと、ディーンの視線が交わった。

 

「お前のことを……愛している。もう、ずっと前から」


 そうはっきりと告げると、レイラの青い目が驚きに大きく見開かれ、頬が赤く染まっていく。


「まだ、ちゃんと、伝えたことはなかったからな……それに俺は、巻き込まれたんじゃない。助けてもらったんだ」


「あ、あ……」


「あいつらも、お前のこと大好きだろ。お前は、良い母親だ」


 そう言い切ると、レイラは茫然と彼の顔を見上げていた。

 ディーンは照れくさそうに笑うと、「それに」と言葉を続けた。


「まさかこの俺が子育てなんてな。娘に剣を教えてやるなんて……俺もずいぶんと、立派になったもんだ」


 わははと笑うと、つられてレイラも小さな笑みをこぼした。


「アリシアは、間違いなく俺より強くなるな。エデンはまだ力が弱いが、立ち回りが上手い。あいつら、本当にAランク冒険者になるんじゃないか?」


「そうね。アリシアは魔法を、もう少し頑張らないといけないけれど……エデンちゃんは……」


「ん? エデンの魔法の腕は、よく褒めていただろ」


「そうなんだけど……あの子が将来どうなるか、まったく想像がつかないの。きっと私が考える未来なんて、軽く超えていってしまう気がするから」


 そう言われ、ディーンも納得するように頷いた。

 エデンが人の姿を得てから、まだ一年しか経っていない。それなのに、あの腕前――。


「二人とも、どんな大人になるんだろうな」


「きっと、素敵な女性になるわ。だって、私たちの娘なのだから」


「はは、そうだな……なら尚更……」


 ディーンは、すいっと顔を上げた。木々の間から見えるどこまでも広がる星空が、変わらず二人を見下ろしている。


「魔境に入らんとな」


「ええ。そのために、準備してきたのだから」


 そこで会話が途切れ、静かな時間が流れる。

 目の前の魔除草が燃え尽きそうになり、ディーンが新しい束に手を伸ばした時、レイラが小さな声で呟いた。


「……あのね」


「どうした?」


「え、えっと……その……わ、私も……愛してる、から……あなたに夫になることを求めた、もっと、ずっと、前から……」


 尻すぼみになって、最後には消え入りそうになる声。それを聞いたディーンの手が、ぴたりと止まった。

 驚いてレイラの顔を見るが、彼女は膝の上で顔を背け、こちらを頑なに見ようとしない。しばらく茫然としていたディーンは、はっと我に返ると、レイラの体を揺さぶった。


「も、もう一度言ってくれ!」


「い、言わない! あなただって、一度だけだって!」


「そ、そこをなんとか!」


「……ね、寝る。もう、寝るから!」


 そう言ってレイラは、完全に横を向いて体を丸めてしまった。

 銀色の髪の間から、耳まで真っ赤に染まっているのが見える。

 同じく顔に火照りを感じながら、慌てて魔除草を追加し、頭を振った。


「お、起きたら、また移動だな」


「ええ。……遅れないようにするから」


「ああ……よろしく頼む」


 

 *********



 家主のいないキッチンで、エバはジャムのたっぷり塗られたパンをお皿に乗せた。

 昨晩ハンスに渡された手紙。

 村に訪れている危機。子供の面倒を頼みたいというお願い。そして彼女自身もディーンと共に行くこと。最後に、急なお願いに対する謝罪が書かれていた。

 アリシアたちの面倒を見ることが、億劫なことなどありはしない。無事に戻ることが出来るかという不安が、今もエバの中で渦巻いていた。

 

 朝食を手にリビングへと顔を出すと、アリシアがテーブルの上の小鳥となにやら交渉をしていた。


「ねえ、おねえちゃん。けん、さわっちゃだめかな?」


「ぴっ! ぴっ!」


「えー……ないしょで!」


「ぴっぴっぴっー!」


 アリシアの言葉に、小鳥が全身を使って、ぶんぶんと首を横に振っている。


「アリシア。剣とは、なんのことだい?」


「パパがね、きのう、くれたの!」


「ん? お誕生日に、剣をもらったのかい?」


「うん! ママはね、これくれた!」


 そう言って、アリシアは自分の羽飾りを指さした。


「そうか、剣をねえ。でも、ディーンに止められてるんだね?」


「ぴっ!」


 エバの言葉に、小鳥が待ってましたとばかりに力強く首を縦に振る。


「それじゃあ、ディーンが帰ってくるまで我慢しないとねえ」


「うー……はーい」


 残念そうに、アリシアがお皿のパンに手を伸ばす。

 エバも自分の皿に手を付けようとした時、何も食べずにアリシアを眺めている小鳥に気がついた。


「……おっと、いけないねえ。エレのご飯、すっかり忘れていたよ」


「ぴ?」


 エバは席を立つと、裏口から庭へと出て行ってしまった。


「なんで、おにわいったの?」


「さあ……私、このアバターだとご飯食べられないのに」


 体の中には、ただ魔力が渦巻いているだけだ。

 疑問を抱きながらアリシアの食事風景を眺めていると、エバが満足そうな顔で戻ってきた。


「おったおった、ほれ、お前さん、こいつなら食べるかね?」


「……あー」


「ぴっ!?」


 エバが差し出した指には、うねうねと気味悪く動く、一匹のミミズがつままれていた。


(こ、これを……私が、食べる!?)


 嘴でこのうごめく体を引き裂き、飲み込む。それはきっと、体の中で、いつまでも動き続けるのだろう。


(うひいいぃぃっ!?)


 ミミズから逃れるように後ずさると、その様子にエバが首を傾げた。


「ふむ、どうやら、ミミズはお気に召さんかったかね……そうじゃな、蜘蛛なんぞは、どうだろうね」


「ぴっ、ぴいーっ!」


「あっ」

 

 想像するのも悍ましいエバの提案に、エデンは悲鳴に近い声を上げると、逃げるように窓から外へと飛び出していった。

 エバがその姿を口を開けて見送っていると、アリシアは「ごちそうさまでした!」とフォークを置いた。


「アリシアや。エレは、虫は嫌いなのかい?」


「え? んー……わかんない。でも、たべてるとこ、みたことない」


「あらら、そうだったか。こりゃ、いらんかったね」


 エバはミミズを窓から庭へと放ると、アリシアが椅子からぴょんと降りた。


「ねえ、エバーバ。アリシア、おねえちゃんのことみてくる!」


「おお、そうかい。じゃあ、ちとお願いしようかねえ」


「うん!」


 アリシアが裏口から庭に出ると、エデンがベンチの上で、しょんぼりと体を揺らしていた。


「おねえちゃん、どうしたの?」


 エデンはアリシアの肩に飛び乗ると、羽で泣きつくかのように顔にしがみついてきた。

 

「あ、アリシア! ど、どうしよう、私、あんなの食べられない!」


「……じゃあ、たべなければ?」


「あ……そ、そうね。別に、食べなくても問題ないんだった」

 

 新しいアバターを得てから、レイラが作ってくれたご飯を食べてきた。

 いつの間にか習慣になっていたが、本来エデンの動力源は魔力だ。

 だけど、アリシアとご飯を食べられないのは、少しだけ残念に感じてしまう。


「……ママ、早く帰ってこないかな」


「うん、そうだね……おねえちゃんずっと、とりさんだし」


「以前はずっと、この姿だったじゃない」


「そうだけど……アリシア、おんなのこの、おねえちゃんがいい」


「……エバ様がいる間は、難しいね」


 エバはエデンが人の言葉を理解し、魔法を使えることは知っている。だけど、レイラに相談せず勝手なことはしない方がいいだろう。

 エデンは気を取り直すように首を振ると、アリシアに体を寄せた。


「それで、今日は何しようか」


「んー……まほうのれんしゅう?」


「でも、エバ様の前だとお話できないから……もっと安全なのがいいね」


「そっか……じゃあかくれんぼは?」


 2人が今日の遊びを相談していると、食事を終えたのか、エバが顔を出した。


「エレ、おったんじゃねえ。二人とも、そろそろおうち入るかい?」


「ぴっ!」


「うん! かくれんぼする!」


 二人が振り返りながらそう伝えると、エバは皺を深くしながら笑った。


「おや、かくれんぼかい。それなら、儂も一緒にやろうかねえ」


「え!? ほんと!?」


「ぴっ!」


「でもその前に、お皿片付けるのを手伝っとくれ」


 

 *********



「引っかかったぞ、北西に5㎞だ」


「数は?」


「……ちっ! けっこう多いな。1500はいる」


 ディーンは顔をしかめ、発動したギフトスキル『箱庭の戦場』に意識を集中した。

 まるで鳥の視点から見下ろすような戦況図の上を、無数の駒が森の中を移動している。


「ゴブリン、灰狼、オーク。ハンスの言う通りだな。……上位種も混じってはいるが、王種がいないのは幸いか」


「そうはいっても、1500は多いわね」


「ああ……それにまとまって行動はしてるが……隊列を作ってるってわけでもないな」


 群れは確かに、トリト村の方向へゆっくりと進んでいる。

 だが、種族ごとにまとまっているわけでもなく、統率が取れているとは言い難い奇妙な行軍。

 その群れの中心に存在する2つの反応に、ディーンは眉をひそめた。


「……二体だけ、正体の分からないやつがいる」


「ディーンが知らない魔物? このあたりで?」


「なんだ? 間違いなく中心にいる。群れを率いているのか?」


 多様な種を率いる正体不明の敵。


「……しばらくは、距離を保ちながら様子を見る。本当に村に向かってるのかを、見極めないとな」


「分かったわ」


「目的はあくまでも、時間を稼ぐことだ。もし群れの進路が村から逸れていたら、何もしない。だが奴らが村に向かっていると確定したら、奇襲に備えて一気に先回りするぞ」


「ええ……いよいよね」


 レイラが緊張した表情で、白木の杖をぐっと握りしめた。


「潜むのにちょうど良い場所がある。行くぞ」

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