52話 観測開始:5年1日目-2 / 火急の知らせ
突然の質問に、エデンは意味が分からず首を傾げた。
「なにって、私もアリシアと一緒に冒険者になるの。お姉ちゃんなんだから」
「そうだけど! えっと、そうじゃなくて……」
アリシアが何か言いたそうに、悩ましげな表情を浮かべる。上手く言葉にできずにいると、レイラが「エデンちゃん」と助け舟を出した。
「将来何か、やってみたいことはあるの? アリシアと一緒だからじゃなくて、あなた自身がやりたいと思えること」
「……私がやりたいこと、ですか?」
「ええ」
アリシアを守ること、それが自分の存在意義であり、目的だ。それ以外の、自分自身のやりたいこと――。
「……特に、思い当たりません」
「そう……。きっと、いつか見つかるわ。自分がやりたいと思える夢がね」
「そう、ゆめ! おねえちゃんの、ゆめ!」
アリシアがピシっとエデンを指さしてくるが、それを受けてエデンが困ったような顔をする。
「んん……難しいです。自分がやりたいこと、となると……」
「そうね。でも、自分で決めないとね」
「……それは、誰かに決めてもらってはいけないのですか? 例えば、ママやディーン様に」
自信のなさそうな瞳に見つめられ、ディーンは笑いながらエデンの頭をぽんぽんと叩いた。
「夢は自分で決めるもんだ」
「ええ。相談はしてもいいけれど、人に委ねちゃ駄目よ。……だけど、そうね」
レイラの視線が、何かを思い出すように、少しだけ上を向いた。
「もし機会があったら、いつか『魔技連邦エルク』へ行ってみるといいわ。きっとエデンちゃん、あの国を気に入ると思うから」
その言い方に、エデンが感じた小さな違和感。
「ママは、一緒には行かないのですか?」
何気なく返した言葉に、レイラの表情がぴたりと固まった。それを見て、エデンは首を傾げながらディーンを見つめる。
「ディーン様? 皆で行きますよね?」
「あー……」
なぜかディーンが、苦しそうに言葉を濁す。くっついているアリシアも、「パパ?」と不思議そうに首を傾げた。
ディーンが何かを言おうと、口を開いたまさにその時。玄関の方から扉が叩かれる音と、叫ぶような男の声が聞こえてきた。
エデンは慌てて人の姿から小鳥へとその身を変え、飾り棚の定位置へと飛び上がる。それを確認したディーンが玄関の扉を開けると、もつれるようにして転がり込んできたのはハンスとダグだった。
ぜえぜえと息をする彼らは、汗と土で顔をひどく汚している。
「……どうした、お前ら」
数日をかけ、村の北部にある遠方のポイントを確認しに行っていたはずだ。あまりにも早すぎる帰還にディーンが眉をよせると、ハンスが顔を上げた。
「た、たいちょ……げほっ。大量の、ま、魔物……!」
掠れきった声に、ディーンの目がすっと細められる。
「少し待ってろ」
急ぎ戻ってきたであろう二人の肩を力強くパンと叩くと、ディーンは急ぎ足でリビングへと戻った。
「アリシア。エレと一緒に寝室で遊んでいろ」
「えーっ!?」
「アリシア。ほら、お部屋いくわよ」
楽しい時間の終了に、レイラが窘めるようにアリシアの手を掴んだ。エデンも棚から飛び立つと、アリシアの服を嘴で咥え、寝室の方へと引っ張るように羽ばたき始める。
ディーンは裏口から一直線に小屋へと向かった。
勢いよく扉を開け、手早く防具を身に着けていく。大剣を背負い、革袋の中身を確認、そして棚から丸められた羊皮紙を掴み取ると、すぐに家へと引き返した。
テーブルに羊皮紙を投げるように置くと、キッチンでコップ2つに水を注ぐ。
玄関で座り込む二人に手渡すと、彼らは受け取るなり一気に飲み干した。
「おい、何があった」
「へ、へい! 魔物の群れっす!」
「群れで、間違いないんだな?」
「はい! 確かに、確認したっす!」
「そうか……二人とも、よくやった」
急を要する知らせを持ち帰った部下たちに、ディーンの口からの労いの言葉が漏れる。
「ダグ。疲れてるところ悪いが、もう一走りしてくれ。トーマを呼んできてほしい。その後は、家で休め」
「わ、分かりました!」
「ハンス、もっと詳しい情報が知りたい。こい」
ふらつきながらも、任務を遂行しようと出ていくダグを見送り、ディーンはリビングの椅子にハンスを座らせる。
その前で羊皮紙を広げると、寝室からレイラが出てきた。
「ディーン、何があったの?」
「魔物の群れがでた」
真剣さを増したその声に、レイラの表情も引き締められた。
「ハンスさん、ご無事で何よりでした」
「え? あ、レイラさん! い、いえ、自分、逃げ帰ってくることしかできなくって」
「ハンス。この場合は、情報を持ち帰る事が何よりも重要だ。お前はよくやった」
ディーンが断言すると、ハンスは張り詰めていたものが切れたように、安堵の息をついた。
その様子にディーンは頷くと、立ったままテーブルに両手をつく。
広げられた羊皮紙には、トリト村を中心とした手書きの地図が描かれていた。
「ハンス、群れはどのポイントで見た?」
「えっと、北側の8番と、9の間っす。確か、このあたり」
ハンスが指したのは、村から北北東へ、およそ百キロメートルの距離だった。
「近いな……いつ見つけたんだ?」
「き、昨日の朝っす! 遠目に確認して、それで……ここに向かって進んできてて……」
「なに?」
思わぬ報告に、ディーンの眉がピクリと上がった。レイラも、驚きの表情で口を開く。
「この村に、向かってきているのですか?」
「正確にこの村かは、分からないっすけど……方角はぴったりでした!」
「そうか……数は分かるか?」
「えっと、数は……千はいたと思うんすけど……でも、もっといた、かも。多すぎたし、木で隠れていて……」
昨日の朝に発見したのであれば、早ければ明日にでも村に押し寄せるかもしれない。
ディーンが顔をしかめると、ハンスが「でも、変だったんす」と首を傾げた。
「なんか、ゆっくり移動してる、というか……魔物なのに、統率が取れてるみたいで。それに、途中で目があっちまって、絶対見つかったと思ったんすけど……こっちのことなんて、気にもしてない、というか」
「……だとしたら、上位種が率いる群れの可能性がある。厄介だな」
「そ、そうなんすか?」
「ああ。何かしら目的をもった群れなんだろ。恐らくだが、統率している魔物がいるはずだ。何の魔物だ?」
「えっと……。見えたのはゴブリンと、灰狼に……あ、あとオークもいたっす!」
その言葉に、ディーンとレイラは、思わず顔を見合わせた。
「種族の違う魔物が、群れを作っているのか?」
「聞いたことがないわ……ハンスさん、魔物の氾濫ではないんですよね?」
「え、いや、移動は本当に、ゆっくりだったんす! だから逃げてこれたんで!」
そう主張するハンスに、ディーンの思考に次々と疑問が積み重なっていく。
率いている魔物が分からない。その目的も。そしてなぜ、種族の違う魔物を従えることができる?
「ディーン。なんにしても、助けが必要よ」
「……そうだな。レイラ、すぐに手紙を書いてくれ。ジン達と――」
「ええ。冒険者ギルドにもね」
急ぐようにレイラの背中が仕事部屋に消えていく。その姿に、ハンスが焦ったように口を開いた。
「た、隊長! これから、どうしたらいいっすか?」
「ああ、お前はダグと――」
今後の指示を出そうとしたら、再び玄関の扉が控えめに叩かれた。ハンスが玄関へと向かい、困惑した表情のトーマの腕を掴んで戻ってきた。
「ほ、ほら! はやく!」
「な、なんですか? あ、隊長、どうしたんですか。急にダグさんがうちに来て……」
「悪いな、トーマ。休みだったのに。だが、今すぐお前にやって欲しいことがある。とりあえず、座れ」
ディーンの緊張感を帯びた声に、トーマが表情を変えて椅子に座ると、それを追ってハンスも腰を下ろした。
「トーマ、端的に伝えるぞ。魔物の大群が、この村に近づいてきている」
細かい説明を省いたディーンの言葉に、トーマは顔をしかめ、じっとその顔を見つめ返した。
「……それで、どうするんです?」
「そ、そうっすよ! 隊長、どうしますかっ!?」
「ハンス。お前は一度、しっかり休め。そして明日からは、村近辺の見回りをしろ。ダグとな」
「へ? そ、それっていつも通りじゃないすか……」
「ああ。そうだ。いつも通りに振るまえ」
思わぬ指示に、ハンスが混乱したように立ち上がった。
「い、いや、隊長! 一刻も早く、皆で逃げた方がいいんじゃ……!」
「いやあ、ハンスさん。それは無理ですよ。僕たちならともかく、子供や老人もいるんですから」
「ああ。夜の森に入ったことがない奴も多い」
「で、でも! このままここにいたら、魔物が来るんすよ!?」
「そうだ。だから、応援を呼ぶ」
叫ぶハンスにそう返すと、ディーンは、今度はトーマに視線を移した。
「トーマ。お前は今すぐネストへ、手紙を届けてくれ」
「手紙、ですか? ですけど、ギルドはすぐには動けないですよ? いったい誰に」
「ギルドにも要請は出す。だが、最優先は俺の仲間だ。あいつらなら、急いで駆けつけてくれる。早ければ、魔物より早く来てくれるかもしれん」
「……隊長の、お仲間ですか」
「あ、会えますかね? 確かお仲間って、冒険者っすよね?」
「そう思いたい。だから、なんにしても賭けだ」
前兆の無かった、魔物の大群。こうなってしまった以上、完璧な対応なんて存在しない。
少しでも、全員が助かる可能性が高い方に賭けるしかない。
「賭け、っすか」
「ああ。群れの目的が分からん以上、下手に動けん。この村を魔物が狙う物なんて、食い物か、それとも……苗床か」
「そ、そんな……」
「もし魔物の目的が人なら、全員で逃げても、どこかで追いつかれますね。それなら、応援を待った方が危険が少ないと」
「そうだ。だからハンス、お前たちはいつも通りに仕事をしている振りをしろ。群れのことを知った皆が、パニックになる方がまずい。だが、群れの影響で近場の魔物も興奮している可能性がある。そいつらから、村を守れ」
「へ、へいっ!」
ハンスが繰り返し頷く横で、トーマが「それで、お仲間はどちらに?」と身を乗り出した。
「ネストの中央通りにある、『朝露の森』という宿に行け。そこに『黒鉄の英撃』というパーティが宿泊しているはずだ」
「ああ、そこなら場所は分かります。馬、使っても?」
「もちろんだ。ネストまで潰すつもりで走らせろ」
「た、隊長は、どうするんすか?」
「おれは群れを足止めする。出来る限りな」
「……は?」
「……まあ、そうなりますよね」
ディーンの言葉に、ハンスが唖然とした表情を浮かべる。それを横目に、ディーンはトーマの胸を拳でトンと叩いた。
「頼んだぞ。夜の森だ。馬を転ばせてケガさせたりするなよ」
「はい。それで、肝心の手紙はどこに?」
トーマが首を傾げると、タイミングを見計らったかのように、レイラが仕事部屋の扉から姿を現した。
*********
レイラはペン先にインクを浸すと、迷いのない筆致で紙の上を走らせ始めた。
一通目の宛先は冒険者ギルド。内容は、トリト村近辺での大規模な魔物の群れの発生報告と、緊急の救援要請。そして、ギルドを介さず『黒鉄の英撃』へ個人的な依頼を出すことの許可。それらを簡潔にまとめ、封筒に滑り込ませた。
流れるように次の紙を手に取ると、彼女の手がぴたりと止まった。
(……エデンちゃんのこと、書くべきかしら)
これまでも、親友のシエルとは手紙でのやり取りを続けていた。だが、結局エデンのことは、まだ伝えていない。万が一手紙が紛失したり、思わぬ者の手に渡ってしまったりする可能性を拭えなかった。だけど、もし――。
レイラの視線が、群青色のローブと白木の杖へと向けさせる。そして再び筆を走らせ、目の前に四通の手紙が並んだ。
要件だけしか書けなかったことに唇を噛むと、間違えないようそれぞれ宛名を記す。
ペンを置くと、レイラはローブを手に取った。
(思ったよりも早く、また着ることになったわね……)
見た目より軽いローブを身に纏い、棚からベルトに着ける空の皮袋を取り出した。
作業台の下から、子供たちが作った回復薬を皮袋に詰め込んでいく。左手で書き上げた手紙を大切に持ち、右手で馴染んだ杖を握る。
あまりに少ない装備に不安を感じつつも、レイラは仕事場の扉を開いた。
「あら、トーマくん。来てくれていたのね」
「……レイラ。なんだ、その恰好は」
「なにって、決まっているでしょう? 群れを、足止めしにいかないと」




