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51話 観測開始:5年1日目-1 / 二振りの剣

 森の中を二組の足が駆け抜けていく。

 ダグがついに限界を超え、投げ出されるように地面に転がった。ハンスが慌てて振り返り、彼の腕を掴んだ。


「しっかりするっす! ほら、立て! 早く!」


「……っぶはぁっ! はぁっ……わ、分かってる……分かってるけどさぁ……!」


「休むなら、戻ってからっすよ! さあ!」


 ほとんど休憩を取らずの強行軍。

 なんとか立ち上がり、膝に手をつくダグを見て、ハンスは自分の水筒を押し付けた。


「残り少ないっすけど、補充してる暇もない。気休め程度に、少しだけっすが」


「わ、分かってる……んぐっ、ぷはぁっ……助かった」


「よし、行くっすよ!」


 再び勢いよく走り出す。

 ダグも、遅れまいと歯を食いしばって後を追うのを肩越しに確認し、ハンスは視線を前に戻した。

 舗装された道などない、ただの森の中をひたすらに駆けていく。

 必死の形相で走りながら、ハンスは心の中で悲鳴を上げ続けていた。


(まずい、まずい、まずい! 早く……! 一刻も早く、隊長に、このことを伝えないと……!)



 *********



 目の前に置かれた、艶のある箱。

 エデンはそれを不思議そうに眺めると、顔を上げてレイラを見つめた。


「これは、いったい何でしょうか?」


「ママから、二人へのプレゼントよ」


「プレゼント!?」


 アリシアがその言葉を聞いて、顔を輝かせながら両手を高く上げた。

 その傍らで、エデンはきょとんとした顔で瞬きを繰り返している。


「プレゼント……私にも、ですか?」


「ええ、そうよ。エデンちゃん、アリシアちゃん。五歳のお誕生日、おめでとう!」


「おおーっ! 二人とも、もう五歳か! いやあ、大きくなったなもんだなあ!」


 エデンは驚いたように、改めて顔を箱へと近づけ、じっと見つめていた。

 去年の誕生日に、ディーンから木剣をもらった。

 だが、それは訓練のためという理由があったし、すぐには受け取らなかった。

 純粋な贈り物にどうすれば良いのか分からず、ただ箱を眺め続けていると、しびれを切らしたアリシアが手を伸ばして箱を掴んだ。


「おねえちゃん、あけないと!」


「あっ!? そ、そうね」


 エデンもそっと蓋に触れる。二人でこくりと頷き、一緒に箱の蓋を持ち上げていく。


「……これは」


「うわあっ! きれい! かわいい!」


 そこに並べられていたのは、鳥の羽をかたどった2つの美しい髪飾りだった。

 透き通るような乳白色の羽の根元には、それぞれ燃えるような赤と、深い海の青に輝く宝石が埋め込まれている。

 その輝きを青い瞳に映しながら、エデンは驚いた表情で顔を上げた。


「こんな素敵な物……いいのでしょうか?」


「もちろんよ。二人とも、着けてみましょうか」


「うん! アリシア、こっちがいい!」


 アリシアが赤い宝石のついた羽を指さした。彼女の、瞳の色と同じ赤。

 エデンも残された青い髪飾りを、慎重に持ち上げる。

 自分の瞳と同じ青い宝石に、顔が映り込んでいる。その顔が綻んでいることに気づき、なんだか気恥ずかしくなって、慌てて表情を正した。


「エデンちゃん、着けてあげるわ」


「……はい。よろしく、お願いします」


 髪飾りを渡すと、レイラの手がエデンの前髪を梳くようにして横に流していく。そして、ぱちんという音と共に、前髪が固定された。


「うん……ええ、よく似合ってるわ」


「ああ。いい感じだ!」


「あ、ありがとう、ございます……」


 胸の奥からじんわりと温かいものが込み上げ、エデンは思わず顔を伏せた。

 アリシアの髪飾りも、エデンと全く同じ位置で光を放っている。

 

「おねえちゃん、おそろい!」


「うん。おんなじ、だね」

 

 二人で顔を見合わせて笑うと、ディーンが勢いよく立ち上がった。


「俺からもプレゼントがある。ちょっと待ってろ!」


 それだけ言い残すと、ディーンは大股で裏口から出て行ってしまった。

 レイラが食事の終わったお皿を片付けるのを見て、エデンとアリシアも、自然と目の前のお皿に手を伸ばした。レイラの後を追うように、キッチンへとお皿を運んでいく。

 机の上が綺麗に片付いた頃、ディーンが両手に武器を携えて戻ってきた。


「待ったか!? あ……すまん、片付けがあったな」


「いいのよ。ほら、二人とも、座って」


 レイラに促されて椅子に戻ると、ディーンがテーブルの上に二振りの剣を置いた。


「レイラとも相談して決めた。だが、本物の剣だ。危ないからな。使う時は、絶対に、俺かレイラに確認してからにするんだぞ」


「おー!」


「これは……本物の、剣ですか」


「アリシア。これはお前のだ。ちょっと立ってみろ」


「うん!」


 ディーンが持ち上げたのは、黒光りする片刃の剣だった。

 刃は厚く、幅も広い。

 ディーンの持つ大剣を、そのまま子供用に仕立てたかのような、無骨で力強い一振りだ。


「重いぞ、持てるか?」


「うん!」


 向けられた柄を、アリシアが両手でしっかりと握った。


「お? お、おもいぃ……!」


 ディーンがそっと手を離すと、重みでアリシアの体がぐらりと傾く。

 だが身体強化を発動させたのだろう、ピタリとその動きが止まった。

 腰を落とし剣を構えると、アリシアは目を輝かせてゆっくりと振り上げた。


「きのけんより、すっごくおもいけど……でも、なんだか、ちょうどいいかも!」


「お、おい……ここでは振るなよ? 今度、ちゃんと練習の時間を作るからな」


「えー! ちょっとだけ!」

 

 慌ててアリシアの手を掴むディーンに、アリシアが残念そうに眉を下げる。

 その光景に、レイラが困惑したように呟いた。


「いつの間に、こんなに力が強くなっちゃったのかしら?」


「アリシアの剣は、そんなに重いのですか?」


「ええ。黒曜鉄といって、ディーンの大剣と同じ素材で作られてるの。……私じゃ、持ち上げるのはともかく、振り回すのはね」


「では、私も無理ですね」


 レイラとエデンが首を傾げる前で、ディーンがアリシアに、革の剣帯を装着させていく。

 剣を背負うように固定すると、満足そうに胸を張るアリシアが拳を握った。


「アリシア、ぼうけんしゃみたい!」


「はは、そうだな。サイズも問題無さそうだな。よし、一旦外すか」


「えー、パパ、もうちょっと!」


「また今度な」


 アリシアが縋るようにディーンのシャツを掴むも、ディーンの手が留め具を外していく。

 エデンはもう一振りの剣へと視線を移した。

 こちらは青みがかった美しい鞘に納められた、細身の剣だ。持ち手は白く、金の装飾が施されており、実用性の中にも華やかさが添えられていた。

 角度を変えながらそれを眺めていると、ディーンがその剣を持ち上げた。


「エデン、待たせたな。気になるか?」


「はい!」

 

 エデンの落ち着きのない様子に笑うと、ディーンは、チャキリという澄んだ音と共に剣を抜いていく。

 現れた刀身は、光に透かすとその向こう側がうっすらと見える。

 普通の鉄ではないのをエデンが興味深そうに眺めていると、テーブルの上に置かれた剣をアリシアが覗き込んだ。


「おねえちゃんの、なんだかきれい!」


「うん……なんだろう、透けて見えるね」


「ミスリルという、とても珍しい金属でできているの。驚くほど軽くて、魔力の通りが非常に良いのよ」


「ミスリル、ですか?」


 初めて聞くその名前にエデンが首を傾げると、ディーンは剣を鞘に収めた。


「エデン。俺は魔法のことはあまり詳しくない。それでも、お前の腕が良いのはなんとなくだが分かる。きっとこの剣はお前のことを助けてくれるはずだ。持ってみるか?」


 差し出された剣を両手で受け取ると、重みで少しだけ腕が下がった。

 四歳児の体格のエデンであっても持つことが出来る。身体強化を発動すれば、問題なく振ることが出来るだろう。

 持ち手は滑らないように、柔らかな革が巻かれている。


「……ありがとう、ございます。とても、嬉しいです」


「ミスリルの剣は、刀身に魔力を通すことで切れ味が上がる。きっとお前なら、すぐに使いこなせる」


 そう言って差し出された大きな手に、エデンは名残惜しそうに、持っていた剣をそっと返した。


 ディーンが二振りの剣を片付けに裏口から出て行ってしまうと、アリシアは名残惜しそうに、テーブルに突っ伏した。


「あー……けん……」


「アリシア。行儀悪い」


「でも、おねえちゃんさー……さわりたくないの?」


「う、そ、それは……触りたい、けど……」


 ちらりとレイラを見ると、にっこりと笑って首を横に振っていた。これは、絶対に駄目なやつだ。

 アリシアもそれを察したようで、うーとうめき声を上げながら椅子に座り直した。

 その時、「ところで」と、レイラが場の空気を変えるように口を開いた。


「二人とも、大切なお話があるの」

 

「あ、はい。分かりました」


「ん? たいせつな、おはなし?」


「ええ」


 レイラの返事に、アリシア姉の真似をして姿勢を正す。


「もうしばらくしたらね、この村を出ていこうと思うの」


「はい」


「うん」


 エデンとアリシアが素直に頷くので、今度はレイラの方が不思議そうに目を瞬かせた。


「……二人とも、驚かないの?」


「以前、ママがそうお話されているのを、聞いてましたので」


「あ、そ、そうだったかしら……」


「おねえちゃんから、おしえてもらった」


「そ、そうなのね」


 その物分かりの良さに、レイラはつい苦笑してしまう。てっきり、アリシアが駄々をこねるのではないかと、少しだけ覚悟していたのに。


「なんだ、何の話だ?」


 戻ってきたディーンが、椅子に座りテーブルに肘をついた。

 

「ん。村を出ることについてね。二人とも、もう知っていたみたいで」


「そうなのか」


「二人とも、嫌じゃない? たぶん……もう、ここへは帰って来ないと思うの」


「何の問題もありません」


「……エバーバもいっしょ?」


 アリシアが少しだけ寂しそうに首を傾げた。

 家で過ごすことが多かったアリシアにとって、この村で話し相手と呼べるのは、エバだけだったかもしれない。

 

「エバさんは、一緒には行かないの。だから、お別れのご挨拶をしないとね」


「そっか……うん、わかった」


「まあ、別れは残念だが……その分、新しい出会いもたくさんあるぞ。俺たちの仲間と一緒に、王都へ行くからな」


「なかま?」


「もしかして、冒険者の方ですか?」


「ああ。今、近くの街に来ていてな。そこで依頼を片付けたら、合流する予定だ」


「ぼうけんしゃ!?」


 アリシアが目を輝かせると、ディーンの太ももをぺちぺちと叩いた。


「アリシアも、ぼうけんしゃ、になりたい!」


「お! そうかそうか! じゃあ、ギルドに行かないとな!」


「ギルド、ですか?」


「冒険者ギルドね。依頼の斡旋や、冒険者の登録をしてくれる所よ。場所によっては、訓練場や酒場が併設されていたりもするわ」


「ネストのギルドは良いとこだぞ。冒険者が多いからな」


 なるほど、とエデンが頷くと、アリシアはテーブルに身を乗り出した。


「アリシアね、うみ、みてみたい!」 


「あはは、そりゃすぐは無理だが……まあ、冒険者を続けていれば、いずれ見る事が出来るだろうな」


「うん! こんな、おっきいの!」


 そう言ってアリシアが、両手をめいっぱいに広げる。それを見て、ディーンがもっと大きく両手を広げた。

 

「いいや、もっとだ! こーんなでっかいんだぞ!」


「おーっ!」


「海ですか……私も一度、見てみたいです」


「ふふ、冒険者をしていたら、いろいろな所に行けるわ」


 レイラがどこか懐かしそうにそう言うと、エデンの頭を撫でながら言葉を続ける。


「聖国の首都は息を呑むほど美しいし、リグレスの街は凄い活気があるから」


「ああ。リグレスはいいぞ。まあ、血の気が多いやつばかりだから、喧嘩も絶えないがな」


「アリシア、りぐれすもいきたい!」


「はは。まあ、そのうちな」

 

 ディーンが腕を組んでニヤリと笑うと、アリシアの頭を撫でた。


「だが、そうか……おまえ達ならもしかしたら、A級冒険者にもなれるかもな」


「……冒険者には、等級制度があるのですね」


「ええ。私達はC級だったけれど」


「冒険者として生きるなら、これからも剣の訓練を頑張らんとな」


「うん! アリシア、パパみたいな冒険者になる!」


「おう、そうか! だが無茶はするなよ」


「うん!」


 アリシアが小さな手でディーンの顔に抱き着くと、その瞳が、ふと、エデンをじっと見つめた。


「……ねえ、おねえちゃん」


「ん? なあに?」


「おねえちゃんは、なにがしたいの?」



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