表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/71

50話 観測開始:4年302日目 / 分子間結合

「もーっ! あたらないーっ!」


 アリシアが放った水の弾丸は、レイラが生み出した水球から大きく外れて木々の向こうへと消えていった。


「アリシア。集中しなさい」


「んーっ! してるもん!」


 上手くいかない現状に、手足をばたつかせて抗議する。

 子供らしい癇癪にレイラは困ったように眉を下げた。


「落ち着いて考えなさい。どうして、的に当たらないんだと思う?」


「え、えーっと……、うごいてるから!」


「そうね。他には何かあるかしら?」


「え!? ほかに……ん、んー! まとが、ちっちゃい!」


 アリシアが考え抜いた結論に、レイラは頷いた。

 

「そうね。じゃあ、もっと大きな的だったら当てられそう?」


「え? うん! あたりそう!」


「ふふ、そうね。でも残念だけど、的は小さいの」


「えー!」


 レイラが悪戯っぽく笑うと、アリシアが不満の声を上げる。


「的が小さいのなら、もっと大きな魔法を使えば、当たるんじゃないかしら?」


「あ、そっか……。そっかあ!」


 小さな両手の上に、魔力を込めて水弾を作っていく。

 それは見る見るうちに大きくなり、やがてアリシアの頭と同じくらいの大きさになった。


「ママ! はやく、はやくー!」


「はいはい」


 再びレイラが生み出した小さな水球が、先ほどと同じ速さで宙を舞う。それ目掛けアリシアの放った魔法が、ばしゃり、と派手な音を立てながら、レイラの魔法を飲み込むようにして打ち消した。少し強引に感じる解決策だが、いずれ技術はついて来ると信じてレイラが次の魔法を発動する。


「それじゃあ、今度は3つ出すわ。連続して当てる練習ね」


「うん! がんばる!」

 

 アリシアの楽しげな声と水の弾ける音が庭に響き渡る。

 その喧騒から少し離れた木陰で、エデンは一人、新しい魔法の実験に没頭していた。

 手の中に形作られていく、透き通った球体。ふにふにとその不思議な触感を確認していると、いつの間にかやってきたアリシアが、エデンの手元を覗き込んだ。


「おねえちゃん、なあに、それ?」


「ん? はい、触ってみる?」


「うん。……おーっ!?」


 渡されたそれを受け取ると、アリシアが柔らかい感触に目を輝かせた。

 何の変哲もない水球に見えるが、それはアリシアの手の上で、ゼリーのようにぷるんと揺れている。ぎゅっと握りしめると、水の表面が指に沿って心地よく凹み、柔らかな感触の奥に確かな反発力を感じられた。


「うわあっ! なにこれ、すっごく、きもちいい!」


 初めての感覚に、アリシアは夢中になってその水球をいじり始める。

 握ってから手を広げると、凹んだ場所がゆっくりと元の形に戻っていく。

 両手で引っ張ると、びよんと少しだけ横に伸び、ゴムのように元に戻ろうとする。


「えいっ!」


 地面に投げつけられた水球は、ビタンッと平たく広がったかと思うと、ボヨンと草の上を小さく跳ねた。


「エデンちゃん。なんだか、とても面白い魔法ね」


「はい。ママの魔法を、参考にしたのですが……」


「あら、そうなの」


 レイラがそう言ってエデンの隣に腰を下ろすと、アリシアが水球を片手に駆け寄ってくる。

 そしてレイラの膝の上に跨るように座ると、手に持った水球をレイラの頬に押し付けた。


「きゃっ!?」


「あ、アリシア!?」


「えへへー。ママ、どう? きもちいい?」


「あ、あら……ええ、そうね。ひんやりしていて、とても気持ちいいわ」


 驚いたように身を引いたレイラだったが、水球の滑らかな肌触りとひんやりとした水温は確かに心地よかった。


「おねえちゃん! もっと、おっきいのだして!」


「え? 大きいの?」


「うん! もっと、こーんくらい!」


 アリシアがバッと両手を広げる。

 エデンとレイラは何をするのかと顔を見合わせるが、試しにとエデンはプログラムを起動した。



 --------------------

 

 [REQUEST] 魔法構築プログラム『Elastic_Water_ver.1.0』の実行を要請。


 [PROCESSING] 現象再現のため、分子間力強化アルゴリズムを構築中...


 [LOADING] 基礎パラメータをロード...

   > TARGET_BOND: 水素結合(Hydrogen Bond)

   > MODIFICATION: 魔力による結合エネルギーの擬似的増強

   > PARAMETER: 分子間距離 - 0.28nm (最適値) に固定

   > PARAMETER: 表面張力 - 450 N/m (目標値) に設定

   > PROPERTY: 弾性係数 - 高分子ポリマーに近似


 [ROUTING] アバターの魔力を指定座標へ集束中...


 [EXECUTING] 全パラメータを適用し、分子間結合への魔力介入を開始...


 [COMMAND] Elastic_Water.exe --RUN

 

 --------------------



 青白い光と共に湧き出た水が、一つの塊として、波打つように大きくなっていく。

 アリシアが「もっと! もっと!」とレイラの膝の上で体を小刻みに揺らしている。

 膨張を続けた水塊が、直径一メートルにもなろうかというところで、「ストーップ!」とアリシアが大きなバッテンを両手で作った。

 作られた巨大な水球が、ゆっくりとエデンの手の上に落ちてくる。だがその重みを支えきれるはずもなく、エデンの上にべちゃりと乗っかった。


「……重くて、動けません」


「あらら。ちょっとどかしましょうか」


 その大きさに苦笑いしながらレイラが手を伸ばすと、待ちきれないとばかりに、アリシアがその水の塊に飛びついた。


「おー! おっきい!」


「アリシア! 遊ぶ前に、どかすの手伝って!」


 小さな手で懸命に押すが、指が水の中にもぐってしまうだけで、形が変われど一向に動いてくれない。


「あ、あれ?」


「あら? 上手くつかめないわね……仕方ないわ、エデンちゃん」


「あ、はい……」


 レイラに体を引いてもらい、エデンは水の塊の下から脱出した。

 地面に落ちた水塊は、上から押し潰されたようなクッションの形になる。するとそこへ、アリシアがダイブするように体を投げ出した。


「わーい!」


 体の重みで、水塊がぐにゅっと形を変える。程よい弾力に体がぽよんと弾むと、アリシアはそれを独り占めするように両手を広げ、抱きしめるようにへばりついた。

 上機嫌に足をばたつかせるその姿に、エデンがため息をついてレイラへと振り返った。


「申し訳ありません、魔法の練習中だったのに」


「ふふ、いいのよ。それより……ふーん」


 レイラは笑いながら、アリシアが乗っている水塊を、ぷにぷにと興味深そうに指でつつく。


「エデンちゃん、この魔法ってどうやって作ったの?」


「これは、魔力を用いて『分子間結合』を補強しています」


「ぶんしかん、けつごう?」


「はい。水を構成する分子と分子の間を、魔力で補強しています」


「そう……ねえ、その『ぶんし』について、もう少し詳しく教えてちょうだい」


 エデンはこくりと頷き、小さな水滴を魔法で作り出した。


「例えばですが、この水滴。これを二つに分けると、更に小さな水滴になります」


 水滴が2つに別れ、片方はすっと消える。


「それを更に二つに。更に、また分ける。それを、どこまでも繰り返していくと……」


 エデンの声に呼応するように、水滴は見る見るうちに小さくなり、やがて、ふっと見えなくなってしまった。


「……消えちゃったわ」


「いえ、まだここにあります。目で見えなくなるほど、小さくなってしまったのです」


 その小さな指は、レイラの目には何もない空間を指差しているようにしか見えない。


「これを、さらに、さらに分けていくと、最後には、もうそれ以上分けることができない、最小単位の水が出来上がります。それが『水の分子』です」


「……物凄く、本当に、ちーいさなお水、ということかしら?」


 なんとか理解できる言葉で返すと、エデンは嬉しそうに、「はい! その通りです!」と体を揺らしながら頷いた。

 

「この世の全ての物質は、この、目に見えないほど小さな『分子』の集まりでできています。その繋がり方は様々ですが、そこには必ず、絶対的な法則が存在するのです」


「……ということは、その、ぶんし?の繋がりを魔力で強化してあげれば、より硬い氷を作ることも可能なのかしら?」


「はい。逆に脆くしたり、流動性を持たせること等も可能かもしれません」


 その説明に、レイラの青い瞳が大きく見開かれた。

 まるで聞いたことのない、世界の捉え方。

 しかし、どこか体系化された学問のように説得力を感じさせられ、これが『知性あるスキル(セレネス)』なのかと頭をよぎる。

 だけど目の前の娘は、この世界の常識をまるで知らなかった。なんだか、まるで、全く違う世界からやって来たみたいに思えて――。


(……なんて、ね)


 どこか飛躍してしまった自分の思考にレイラが笑うと、エデンが何かを閃いたように顔を上げた。


「ママ! 今、気付いたのです! これは、大変なことです!」


「あ、あら。どうしたの、急に」


 突然、興奮気味に慌て始めたエデンに、レイラも動揺してしまう。


「これです!」


 エデンが差し出してきたその手の上。青白い光と共に、魔法でできた水球が、滑らかに表面を波打っていた。


「……これが、どうしたの?」


 意味が分からずレイラが首を傾げると、エデンはその発見の重大さを伝えるべく、ペシペシとレイラの太ももを叩いた。


「ママ! この魔法は、重力に逆らっています!」


「え? ……そ、そう言われれば、そうね?」


 その、あまりにも当たり前の現象にレイラが目を瞬かせていると、エデンは信じられない、といった様子でレイラの顔を見つめ返した。


「え……ま、ママ! これは、とてつもないことではないのですか!?  私には、まるで理解できません! 魔法が発動している最中ならまだしも、完成して質量を持った水が、指定した座標に留まり続けているのです!」


「そ、そうなのかしら……。あ、当たり前すぎて、考えたこともなかったけれど……」


「これは、魔力の性質なのでしょうか……『座標指定』というプログラムが、物理法則である『重力』よりも優先されている……?」

 

 エデンの勢いに、レイラが苦笑したその時。水塊の上で遊んでいたアリシアから、大きなあくびが聞こえた。

 見れば、その体を猫のように丸め、水塊の上ですっかり眠る体勢に入っている。


「あ、アリシア! 魔法の練習中だったでしょう!? なんで寝ようとしてるの!」


 突発的な休憩だと思っていたのに、もはやアリシアはお昼寝モードだ。そう思い声をかけると、うっすらと目を開けたアリシアが一言。


「ん~……おねえちゃん、うるさい……」


「え?」


 寝ぼけ眼でそれだけを呟くと、彼女は気持ちよさそうに眠ってしまった。

 茫然と、その寝顔を見下ろしていると、眠気を移されたのか、レイラの口からも「ふあ……」と小さなあくびが漏れた。

 驚いたように振り返ったエデンに、レイラはごまかすようにはにかんだ。


「ふふ、ママも少し眠くなっちゃったかも」


「……ママは、いつもお仕事や家事をしてるからです。アリシアとは違います」


 そう言いながら、アリシアの頬をつつくエデン。

 アリシアが起きないと分かると、今度は彼女が潰している水のクッションに手を添えた。

 青白い光が水塊を包み込み、大人二人が余裕で横になれるほどまでに膨らんでいく。


「ママ、どうぞ」


「あら? いいの?」


「はい。寝やすいように、温度も調整しておきました」


 レイラの手が表面に触れると、ひんやりと、しかし冷たすぎない絶妙な温度になっていた。

 ゆっくりと腰を下ろすと、重みで沈むようにお尻が下がり、ひっくり返ったように後ろへと倒れ込む。水のクッションが優しく受け止めると、まるで雲の上にいるかのような心地よい浮遊感が体を優しく支えてくれた。


「ふふ……エデンちゃん。魔法って、本当に素敵ね」


「はい。ママのおかげです」


「……違うわ。あなたが、頑張ったのよ」


 レイラが横を見ると、すぐ傍らで、アリシアが気持ちよさそうに眠っている。そっと抱き寄せると、レイラは立ったままこちらを眺めているエデンに手を伸ばした。


「エデンちゃん。一緒に寝ない?」


「ママ。私は別に、睡眠は必要では――」


「私が一緒に寝たいの。ね?」


 レイラがそう言って、とろけるように微笑む。

 エデンはきょとんとした顔をすると、嬉しそうにその手を取った。そして、アリシアとは反対のレイラの腕の中へと、そっともぐりこんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ