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48話 観測開始:4年134日目-1 / パパ、きらい!

 アリシアが振り下ろした木剣が、ディーンの右足めがけて飛ぶ。その一撃を、ディーンは半歩下がるだけで紙一重で躱した。


「あっ!?」


「おっと、隙ありだな?」


 痛くないように、ディーンの木剣がアリシアの肩を狙って振り下ろされる。

 そこへ、横から伸びたもう一本の木剣が阻んだ。

 ディーンの木剣を弾いたエデンが、即座に剣を引き半身に構えて前に出る。


「シッ!」


 短く息を吐きながら、ディーンめがけて一直線に突き出した。

 だがディーンは焦る様子もなく、軽く振るった木剣でいなすように横へと弾く。

 もう一撃とエデンが前に出ると、その後ろでアリシアの木剣が困ったようにふらふらと揺れた。

 小柄な体格に見合わぬ突きが、再びディーンを襲う。

 だが、ニヤリと笑ったディーンが、今度は木剣を上から叩き落とした。

 エデンの切っ先が地面を突き、勢いのままに芝生の上へと倒れ込んでしまう。


「おふっ!」


「あ、おねえちゃん!」


 思わずエデンを目で追ってしまったアリシアに、ディーンの木剣が持ち上がり――。

 

「おい。よそ見してどうする」


「あうっ!?」

 

 ぽこんと優しい音を立てて、アリシアの頭を軽く打つ。

 彼女は両手で頭を押さえて、その場にうずくまってしまった。

 その有様に、ディーンは苦笑して木剣を降ろした。


「ほら、立てるか」


「あ、ありがとう、ございます」


「ま、最初の一撃は中々良かった。まだ力は弱いがな」


「本当ですか!?」


 普段子供たちには甘々なディーンだが、こと戦い方を教える時においては、一切の妥協やおだてを言わない。

 その彼からの賞賛に、エデンの青い瞳がぱっと喜びに輝いた。

 

「だが、アリシアの動きに気を取られ過ぎだ。さっきのはお前が防がなくても、アリシアは避けられただろ」


「……はい」


 それは何度も注意され気をつけてはいるのだが、どうしても、アリシアに危険が迫ると体が勝手に動いてしまう。


「アリシアもだな。二人とも、互いを気に掛けるのは悪いことじゃない……が、正直に言って、一人で俺と打ち合っていた時の方が、よほど良い動きをしていた」


「はーい……」


「ほら、お前たちも座れ。少し休憩だ」


 ディーンに手招きされ、エデンとアリシアが並んで芝生の上にお尻を下ろす。


「お互い、今ので何を思ったか、正直に言ってみろ」


「お互いに、ですか?」


「おもったこと?」


「そうだ。お前たちは、これから二人で一緒に戦うことが多くなるだろうからな。互いが何を考えているのかを理解していないと、大事な場面での連携もうまくいかん」


 思ったこと、と言われても、自分の動きに対する反省点ばかりが浮かんでくる。

 そう思案していると、アリシアが元気よく手を挙げた。


「おねえちゃんが、じゃま!」


「うっ!」


「エデン、何落ち込んでんだ」


「ディーン様……で、ですが……」


「うまくいってないのを、なんとかしようとしてるんだ。言葉をマイナスに受け取るんじゃなく、改善のヒントが得られたんだろ」


「……は、はい!」


 どうしてもアリシアめがけて木剣が振るわれると、それを防がなければ、と体が動いてしまう。


「お前はどうなんだ? 何を思った?」


「え……私はただ、アリシアを守らなければと、そればかり……」


 胸中を素直に伝えると、アリシアが驚いたように目を見開いた。

 

「えー!? おねえちゃん、なんで!? それじゃあ、パパ、やっつけられないじゃん!」


 そう言って、ディーンにびしっと指差した。

 その先で、ディーンは一瞬驚いたように目を見開くと、ニヤリと笑った。


「あっはっは! そうだよな、守ることばかり考えてたら、俺は倒せないぞ!」


 上機嫌に両腕を上げると、太い腕を曲げて、これみよがしに力こぶを見せつけてくる。するとアリシアが悔しそうに、エデンの太ももをぺしぺしと叩いた。


「ほら、おねえちゃん! パパ、アリシアたちのこと、ばかにしてる!」


「い、いや、馬鹿にはしてないが……だがまあ、本気で倒すつもりで戦わないと、勝てる相手にも負けるかもな」


(いけません……確かに、もし魔物が襲ってきたら、守るだけでは、脅威はなくなりません)


 体が動くようになり、武器の扱いが少しずつ上手くなっても、まだまだ学ぶことばかりだ。


「……ディーン様。2人で戦う時に、気をつけるべきことはあるのでしょうか?」


「ああ、あるな。だけど、さっきアリシアが言ってただろ。少し考えてみろ」


 それだけ言うと、ディーンは腕を組んで、黙ってしまった。

 これは、自分たちで答えを見つけろということなのだろうか。


「アリシア……もっと離れた方が、剣振りやすい?」


「うん! あ、ねえ。つぎは、えっと、こう、パパのまえとうしろから」

 

「あ、なるほど。挟撃するのね」


「ん? きょうげき?」


「前と後ろから同時に攻撃するのを、そう言うの。……ディーン様に、1回くらいは当てられるかな?」


「パパなら、いっぱいたたいても、だいじょうぶ!」


「お、おい……」


 楽しそうに盛り上がる娘たちの作戦会議を、ディーンが苦笑いしながら眺めていると、裏口の扉が開きレイラが顔を出した。


「あら? 何か盛り上がってるわね」


「あ、ママ! いまね、どうしたらパパやっつけられるか、おはなししてるの!」


「はい。二人で作戦会議中です」


 アリシアとエデンが物騒なことを話すのを、レイラは笑いながら、その傍らにしゃがんだ。


「そうねえ……自分より強い相手と戦うのなら……不意を突きたいわね」


「ふい?」


「相手を、びっくりさせることよ」


「おー!……パパがおどろくこと?」


 アリシアがコテンと首を傾げると、ディーンをじっと見つめた。


「……パパ、きらい! とか?」


「ぐはあっ!?」


「あ、アリシア。今言っちゃうと、不意打ちにならないから」


「ん-……。できれば、言葉以外の攻撃にしてあげて。ディーンがかわいそうだから」


 レイラが笑いながら立ち上がると、「今日のお稽古は、これでおしまい」と手を叩いた。


「そろそろ時間だから。皆、汗を流して着替えましょう」


「え? もうおわり?」


「ほら、今日はお出かけするの」


「あー……そうだった」


 エデンの指摘に、アリシアが残念そうに立ち上がる。


「なんだっけ? かんしゃ……そう、じょう?」


「うん。今年の収穫が全部終わったから、神様に感謝を伝えるんだって」


「ふーん」


 興味がなさそうな返事をするアリシアに、ディーンがその頭に手を置きながら笑った。


「美味い飯がたくさん出るんだぞ。いっぱい食べられるんだ」


「ほんと!?」


「ああ。よし、パパと一緒に食べてまわるか」


「うん!」


 アリシアが嬉しそうにディーンの太い腕にぶら下がるのを見て、エデンはレイラの服の裾を、そっと掴んだ。

 

「私は小鳥の姿で、ママと一緒にいた方がよろしいでしょうか?」


「んー、そうねえ……。二人とも、すぐにどこか行ってしまいそうだし……ママと一緒にいましょうか」





 日が落ちても寒くならないように、厚着に身を包んだ3人が家を出た。ディーンの片腕には、彼が丹精込めて削り出した木製の細長い箱が抱えられている。

 エデンはレイラの肩の上を定位置と決め込んだかのように、ちょこんと乗っかっている。


 村の中央への道を歩いていくと、広場が近づくにつれ人の影と騒めき声が聞こえてきた。


「そういえば……以前、この先でママに、魔法で止めていただきました」


「あー。あったわねえ」


「そうなのか」


「え? そんなこと、あったっけ?」


「ほら、アリシアが泣いちゃった時。ディーン様は、いらっしゃいませんでしたが」


 いつの間にか、あれから2年近くが経とうとしている。そう思い返しながら、当時のことで思いついた疑問をレイラに投げた。


「ママにお聞きしたのですが、私を捕まえた弾力のある水魔法……何か、コツなどはあるのですか?」


 エデンのことを水で包み、コパの腕をはじいた水の魔法。クッションのように柔らかく凹み、そして反発するようにコパの腕を押し返した。


「あれは、ただの水魔法なのだけど。んー、コツ、ねえ」


 水に弾力があったら、それは水なのだろうか。もはや別の物質のように感じられるが、魔法の可能性の広がりを感じ興味深い。

 

「んー、なんとも説明し難いわね。良く伸びて、グニグニしてる水をイメージしてるんだけど……普段とは違って、より多くの魔力を圧縮するようにしてるかしら」


「なるほど……参考になります」


「パパ? アリシア、よくわかんない」


「そうだな、俺もよく分からん」


 広場に出ると、そこでは忙しなく人々が動き回り、明るい声が活気を感じさせていた。広場の真ん中には、高く組まれた木製の櫓が鎮座しており、それを囲むように大皿に盛られたご馳走が、テーブルの上にずらりと並べられていた。


「あら? たしか、この時間に来てって……チェリちゃんが言っていたのだけれど……」


「もうほとんど準備が終わってそうだな。……あー、悪いことしたか?」


 ディーンが罰が悪そうに後ろ髪をかきあげると、こちらに気づいたハンスが駆け寄ってきた。


「あ、隊長! 待ってたっすよ!」


「おう、悪いな。ちょっと遅れたか?」

 

「ああ、いや、いいんす。むしろ、ちょうど良かったというか……その、チェリがエバ婆に、こっぴどく叱られてたんで」


 ハンスの視線の先で、チェリが見るからに落ち込んだ様子で地面を見つめている。

 レイラが困ったように頬に手を当てると、ゆっくりとエバが近づいてきた。


「おお、やっと来たかい」


「あ、エバさん。ごめんなさい、私、時間間違えてしまったみたいで」


「まあ、チェリが時間を間違えたことは、もう聞いとる。それより、そろそろ始めようかの」


 エバはそう言うと、手に持っていた松明を、ハンスに押し付けるように前に出した。


「え? なんすか?」


「なんだじゃないわい。とっとと受け取らんかい」


「え、いや。いつも、最初の祝詞はエバ婆が言ってたじゃないすか!」


「別に、誰がやると決まってたわけじゃないじゃろ。ええから、お前がやるんじゃ」


 それだけを言い放つと、エバはチェリの方へと歩いていってしまう。

 取り残されたハンスが、ディーンに助けを求める視線を送ってきた。


「た、隊長ー。代わってくれやせんか? こ、こんな大役!」

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