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44話 観測開始:4年28日目 / アリシアの餌付け

 振り下ろされた木剣が、カッ、と乾いた音を立ててディーンの剣に防がれた。

 悔しそうに表情を歪めたコパは、もう一撃とばかりに剣を引き、隙だらけに大きく振りかぶる。その無防備な動作に、ディーンが軽く振った木剣が、コツンとコパの頭を的確に叩いた。


「いでっ!?」


「馬鹿野郎、戦ってる時に、そんな大振りしてどうする」


 頭を抱えてうずくまるコパから視線を外し、横で見守っていたハンスに、ディーンは自身の木剣を放り投げる。


「お、っと、と」


「まだ子供の遊びの域を出んな。基本から、ちゃんと教えてやれ」


「う、うす!」


 ディーンが地面に降ろしていた荷物に手をかけると、それで稽古が終わりだと察したコパが、「えーっ!」と不満の声を上げた。


「ディーンさん、もうちょっとだけ教えてよ!」


「お、おい、コパ! 隊長に失礼だろうが! ちゃんとお礼を言うんだ!」


 ハンスが、コパの小さな頭をぐりぐりと無理やり下げさせる。その大きな手の下で、コパは負けじと頭が下がらないようにこらえていた。

 ディーンはポーチを付け直し、地面に突き刺していた大剣を背中に担ぐ。帰宅の準備を終え、未だ木剣を手に、名残惜しそうにこちらを見つめてくるコパに振り返った。


「また今度、時間がある時に見てやる」


「ほんと!?」


「ああ。だがそれまでの間は、ハンスの言うことをよく聞いておけ」


 ディーンの言葉に、コパはぱっと顔を輝かせて頷くと、少し離れた場所で、早速ぶんぶんと素振りを始めた。

 ディーンはハンスを手招きし、コパに聞こえないように小声で話しかけた。


「まだ体が出来上がっていないのは仕方ない。だが、今は剣の技術よりも先に、心構えを教えてやれ」


「心構え、っすか?」


「ああ。敵は的じゃないんだ。お前、魔物と対峙する時、何を考えている?」


 目の前の部下は、ディーンから見て、特別秀でているわけではない。だが見回り組として、トリト村近辺にいる魔物と戦う分には信頼できる。言動が軽い時もあるが、よく物事を考えている男だ。

 

「そうっすね……相手の隙を伺いながら、どう来られても対応できるように……」


「それだ。それをあいつに、教えてやれ」


「あ、そうっすよね! 隊長、ありがとうございやす!」


 深く頭を下げたハンスに1つ頷いて返すと、ディーンは家路へと歩き始める。その背中に、「コパ! いいか、俺の言うことをよーく聞けよ!」というハンスの、少しだけ偉そうな声が追ってきた。

 仕事終わりの心地よい疲労を感じながら、先ほどの稽古を思い返す。


(……良いもんだな、子供ってのは)


 村を通り抜け、庭へと回って荷物を降ろす。今日も何事もなく務めを果たせたことに安堵しながら、玄関へと戻った。

 この扉を開ければ、また、あの穏やかで賑やかな時間が出迎えてくれる。はやる気持ちを抑え、ディーンはリビングへと顔を出した。

 

「帰ったぞー、ただい――」


「アリシア!? なんで意地悪するの!?」


 出迎えた少しだけ剣のある声に、ディーンの言葉が思わず止まる。

 椅子の上に立ったエデンがテーブルに手をついて身を乗り出し、その先でアリシアがフォークを持った手を得意げに高く掲げていた。


「ちがうもん! アリシアが、あーんしてあげる!」


「私は、もう一人で食べられるから!」


「やだーっ! アリシアがするの!」


 その騒がしい姉妹喧嘩のすぐそばで、レイラはテーブルに肘をつき、ただニコニコと楽しそうにその光景を見つめている。

 ディーンは状況が飲み込めないまま、テーブルに近づいた。


「喧嘩してるのか? 珍しいな」


 その声にレイラが振り返ると、微笑みながら「おかえりなさい」と口を開いた。

 

「喧嘩じゃないのよ。ただ、じゃれているだけ」


「ん? そうなのか?」


 ディーンが首を傾げていると、アリシアがエデンの目の前のお皿から、小さく切られた果物をフォークで刺し、その口元へと運んだ。


「はい、おねえちゃん。あーん」


「……あ、あーん」


 しぶしぶといった様子でエデンが小さな口を開けると、その中にフォークがそっと差し込まれる。

 すると、先ほどまでの不満げな表情はどこへやら、エデンの顔がふんわりと和らぎ、もぐもぐと口を動かしている。アリシアが満足そうに、次の一口をどんどんその口へと運んでいった。


「……なんだか、餌付けみたいだな」


 自分から口を開けて次の一口を待つようになったエデンを見て、つい漏れてしまった感想に、レイラが「ふふっ」と笑った。

 

「エデンちゃん、普段はあまり表情が変わらないけれど、ルルを食べる時だけは別だから。アリシアも、その可愛い顔を一番近くで見たいのかもしれないわね」


「なるほど……? まあ、楽しそうなら何よりだ」


「あ、パパ! おかえり!」


「ディーン様、おかえりなさい」

 

「ただいま。二人とも、どうだ? 俺がいない間、何か変わったことはなかったか?」


 ディーンがそう尋ねると、エデンが、はいっ、と小さな手を真っ直ぐに挙げた。


「聞いてください! 私達、ママのお仕事をお手伝いしているのです!」

 

「パパ! あのね、はっぱをね、こう、ゴリゴリって」


「アリシアが薬草をすり潰している時は、私がすり鉢をしっかりと押さえているのです」


 エデンが目の前のお皿を両手で持つと、アリシアに差し出す。その上で、アリシアがフォークを握る手を回してみせた。

 その共同作業の報告に和んでいると、正面に座ったレイラが口を開いた。


「エデンちゃんね、体を動かすのが、とっても上手になったの」


 その言葉に、ピクリとディーンの眉が動いた。


「二人でお庭を走り回ったり、転んじゃう時もあるけれど……でも、もうお着替えも一人でできるようになったのよね」


「はい! 私、一人でできます」


 エデンは誇らしげに小さな胸を張ると、むふー、と満足げな息を吐いた。

 

「お洋服も一緒に畳んでくれるし、食器だって運んでくれるのよ」


「アリシアもやってる!」


 アリシアがそう言って、ディーンの腕をぺたぺたと叩く。それを見たエデンが、少しだけ目を細めた。

 

「いいえ。アリシアは、途中で飽きてしまうことがあります」


 始めは楽しそうに作業するのだが、途中から服を丸めて投げたり、ばさばさと振り回したりして、いつもレイラに注意されている。

 そのありのままの報告に、アリシアが驚いたように振り返った。


「おねえちゃん! なんで、ほんとのこというの!?」

 

「え、なんで嘘つこうとするの?」

 

 お互いに目を丸くして見つめ合う中、レイラが「まあ、まあ」と苦笑した。


「アリシアちゃんも、一生懸命手伝おうとしてくれているわ。だから、これからも二人で頑張りましょうね」


「うん!」


「おお、二人とも偉いじゃないか」


「えへへー」


 二人の頭を交互にポンポンと撫でると、アリシアがだらしのない顔で笑う。

 すると、レイラが、真剣な表情でディーンを見つめた。


「ディーン、それでなんだけど」


「ん?」


「……そろそろ、始めても良いと思うのよ」


 レイラの真剣な眼差しに、ディーンも意図を悟る。

 そして、少しだけ低くなった声で、二人の娘に語り掛けた。


「二人とも。明日、俺は仕事が休みでな」


「え!? ほんと!?」


「久しぶりのお休みですね」


「ああ。だから……」


 ふと脳裏に、ハンスと、そして目を輝かせて木剣を振っていたコパの姿がよぎった。

 

「明日、もう一度やってみるぞ。身体強化の練習をな」

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