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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第2章 「API」〜万能のエネルギー『魔力』は、『プログラム』を稼働する〜
32/40

32話 観測開始:3年18日目-4 / 血飛沫く黒鉄

 一瞬の出来事に、残りの人影が甲高い悲鳴を上げた。


「ギギィッ!?」


「ギャ、ギャー!!」


 近くの枝に静かに着地し、エデンはその光景を視界に収めた。

 子供の様に見えたそれは緑色の肌をしており、浮いた肋骨と骨ばった身体が不気味さを漂わせている。耳は異様にとがり、大きな口には人とは思えないするどい歯がいびつに並んでいた。切れ長の目が吊り上がり、開けた口からはよだれがこぼれ、見る者に悍ましさと不快感を猛烈に叩きつける。また知能があるらしく、その手に粗末な棍棒を握る者もいた。



 --------------------


 [ALERT] 未定義の生体情報を観測。

 

 [ERROR] データベースに該当する既知の地球生物が存在しません。

 

 [SYSTEM] 新規カテゴリ『魔物:ゴブリン』として仮登録します。


 --------------------

 


(これが……魔物!?)


 驚愕するエデンが動きを止める中、大剣を振り下ろしたディーンの姿が一瞬ぶれる。すると次の瞬間には空気の揺れとともに別のゴブリンの首を、その大剣で切り飛ばしていた。

 そのすさまじさにエデンが言葉を失っていると、残りの2体が狂乱の雄叫びを上げ、ディーンを挟撃せんと左右から迫る。それを視界の端で捉えながら、ディーンは振り抜いた大剣をこともなげに――


「おらぁ!」


 目の前のゴブリンに投げつけた。大剣は熟れた果実を砕くようにゴブリンの頭蓋を粉砕し、脳漿と血反吐をぶちまけながら背後へ抜けていく。

 がら空きになった背中に、最後のゴブリンが獰猛な笑みを浮かべた。好機とばかりに地を蹴り、その鋭い爪を突き立てんと腕を振り上げる。


「ディーン様!?」


 思わずエデンが上げた声が、夜の森に響いた。

 だがその心配は無用とばかりに、ディーンは振り返りざまゴブリンの顎を的確に蹴り上げた。


「グギャっ!?」


 断末魔すら途中で途切れさせるように、ディーンは体勢を崩したゴブリンの足を掴み、渾身の力で地面に叩きつけた。

 ベギィ、と頭蓋が割れるおぞましい音を最後に、辺りは再び静寂に包まれる。ディーンは1つ息を吐くと、樹上のエデンを指でくい、と呼んだ。

 

「エデン、俺が良いというまで、声は出すなと言っただろう」


「はい……申し訳、ありません」


 謝罪の言葉を述べながらディーンの肩にふわっと着地すると、ディーンは「まあ、いい」と言って辺りを見回した。

 もはや動く影はなく、辺りは血と肉塊、そして贓物が飛び散っている。冒険者でも駆け出しは腰が引けるような惨状だが、肩の小鳥は微動だにせず辺りを見下ろしている。その異様な度胸に内心で舌を巻きつつ、ディーンはエデンの目的を思い出した。


「魔物が見たいんだったな。ゴブリン、近くで見てみるか?」


「はい」


 足元でうつ伏せに転がっている死体を足で転がすと、その顔がごろりと上を向いた。地面に叩きつけられた衝撃で鼻がつぶれ、目が飛び出している。歯も何本かかけたり、辛うじて歯茎に繋がっているような状態だ。子供に見せるものではないその惨状を前に、エデンは体を前に出すようにゴブリンを見つめていた。


「これが、ゴブリンですか……」


「ああ。ハンスの奴は足を滑らせた拍子に噛みつかれてな。あと引っかかれていたか? 俺も、助けるのが遅れた」


 ディーンの言葉に、家に担ぎ込まれた男の、血に染まった服と苦しげな呼吸を思い出す。


「……魔物はいろいろな種類が存在するのですよね。ゴブリンは、その中でも危険なのですか?」


「ん? あー、そうだな……」


 エデンの言葉に、ディーンが困ったように頭を掻いた。


「まあ、単純な強さだと雑魚だな。腕力も、少し力の強い子供程度しかない。だが、厄介なことにこいつらは群れる」


「群れ、ですか」


「ああ。繁殖力が高く、あっという間に数が増える。人のおん……、いや、人を攫ったりもするんでな。一体一体は弱くても、被害が大きくなる。そういう意味では危険な魔物だな」


「なるほど……」


 肩の上の小鳥はディーンの説明に、その意味を確認するようにコクコクと頷いた。

 

「魔物というのは……恐ろしいですね」


「そうだな……」


 ディーンはそう呟くと、革鞄から小ぶりのナイフを取り出し、ゴブリンの死体の胸を切り裂き始めた。


「ディーン様? いったい、何を」


「ああ。こいつを回収しないとな」


 そう言って、ディーンは躊躇なくその体内に手を突っ込んだ。エデンが「えっ」と息を呑む間もなく、引き抜かれた彼の手には、鈍い光を放つ3センチほどの石が握られていた。


「魔石……」


「レイラに聞いたか? ゴブリンは素材としての価値はほとんどないが、この魔石だけは別だ。まあ、こんな小せえ奴じゃ大した値にはならんがな」


 ディーンはそれを革鞄にしまうと、手際よく他の死体からも魔石を回収していく。その様を肩の上から見つめながら、エデンはぽつりと呟いた。


「やはり、この世界は危険です……」


「ん? どうした?」


 小鳥はその羽の色と同じく、暗く沈んだ声で俯いていた。

 

「今の私では、アリシアを守ることができません……」


 初めて直視したこの世界の現実は、あまりにも暴力に溢れていた。自身の無力さを突きつけられ気落ちしていると、ディーンが「ふっ」と短く笑った。

 

「なんだ。お前は、そんな事気にしてるのか?」


「で、ですが……大切な事では?」


 そう思って顔を上げると、ディーンは「まあな」と顎に手を当て、どこか遠い目をする。


「この前の誕生日の魔法、凄かったな。俺はよく分からんが、頑張ったんだろう?」


「はい。ですが、この話とは……」


「だったら、これから努力して、強くなればいいだろ」


 その、あまりにあっけらかんとした言葉に、エデンの体がピクリと硬直した。


「まあ、焦るな。それまでは、俺が守ってやる」


「……はい!」


 力強い返事に満足そうに頷くと、ディーンは地面に突き刺さった大剣に手をかけた。「ふんっ!」という気合と共に一息に引き抜くのを見て、エデンは邪魔にならぬよう近くの枝に飛び移った。


「それじゃあ、そろそろ帰れ」


「はい。ディーン様は?」


「まだゴブリンが残ってる……今日は帰れないな。明日……いや、明後日には帰るさ」


 ゴブリンが何処から来たのかも確認したい。もしかしたら、()()()()()()場所に集落を作られている可能性もある。ディーンが思考を巡らせていると、エデンが心配そうな声をかけた。


「……ディーン様、お気をつけて」


「ああ」


 ディーンはそう応え、森の奥へと踵を返した。だが、一歩踏み出したところで、雷に打たれたように何かに気付き、はっとした表情になる。


(これは……かっこいい父親として、アピールできたんじゃないのか!?)


 まさに千載一遇。普段家にいない自分にとって、この貴重なチャンスは逃せない。ディーンは勢いよく振り返り、枝に止まる黒い小鳥に向かって、満面の笑みで口を開いた。


「なあ、エデン! そろそろ、おれのこともパ――」


 その視線の先。枝の上には、エデンのアバターが消えた後に残る魔力の粒子が、雨粒に混じって煌めきながら消えていった。


「……いねえ」


 ディーンの間の抜けた声が、雨音の中に虚しく響いた。


 

 *********



「お?」


 アリシアの小さな声と共に、エデンの意識がコアの中から急速に浮上する。視界が開けると、そこには口に手を当てているアリシアと、その前で静かに腕を組んでいるレイラの姿があった。


「お……?」


 レイラが穏やかに笑いかける。だが、その体から発せられる空気は、彼女が怒っていることを雄弁に語っていた。


「アリシアちゃん、どうして今、お口におててを当てたのかしら?」


「……あくび、した!」


「そう……」


 レイラはそう言うと、アリシアの体に顔を寄せる。そしてエデンの視界いっぱいに彼女の顔が映りこんだ時――


「エデンちゃん、そこにいるんでしょう!? 今すぐ出てきなさい!」


「は、はい! ただいま!」


 バタバタとアバターを構築し、ぽふっとベッドの上に着地する。だが慌て過ぎたのか、足が空を掻き、コテンとベッドの上で体を投げ出すように転んでしまった。

 その首根っこを、レイラの細い指がそっと、しかし有無を言わさぬ力で掴む。エデンは顔の前まで持ち上げられると、吊り上げられた眉の下で、レイラの瞳が厳しく光る。


「いったいどこに行っていたの!? ディーンを追ったわね!?」


「は、はい! そ、その通りです!」


「危ないことしないの! 心配するでしょう!?」


「申し訳! ありません!」


 レイラは「もう!」と一つ強く吐き出すと、小鳥を叱るのをやめ、その体を優しく両手で包み込んだ。


「……危なくなかった?」


「はい。ディーン様が離れているようにと、おっしゃってくださったので」


「そう……」


 レイラはベッドに腰を下ろすと、口を押えたまま二人のやり取りを見ていたアリシアの頭を撫でながら、エデンに語りかける。


「魔物は、見れた?」


「はい。ディーン様が、あっという間に倒されました」


「そっか……ねえ、エデンちゃん」


 レイラは、エデンの瞳をまっすぐに覗き込んだ。


「今もまだ、戦えるようになりたいと思う?」


「? はい、アリシアを守ることが出来るようになりたいです」


 むしろ、その気持ちは前より強くなった。もしかしたら、今後魔物が、アリシアの前に現れるかもしれない。

 その迷いのない答えに、レイラはふわりと微笑んだ。


「アリシアちゃんも魔法を使えるようになったら、二人一緒に、少しずつ教えてあげる」


「本当ですか!?」


「アリシアも!?」


「うん。だから、あまりに焦らないようにね」


「は、はい。分かりました……」


 レイラは「よろしい」と満足げに笑うと、「それじゃあ、今日はもうおやすみなさい」と言って立ち上がった。部屋を出ていこうとするその背中に、エデンはふと抱いた疑問を投げかけた。


「ママ様、1つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ん? なあに?」


「何故、ディーン様とご結婚を?」


「おー、アリシアも、しりたい!」


 アリシアも興味津々といった様子で身を乗り出した。

 不釣り合いというわけではない。いつもの仲睦まじい様子を見ていると、理想の夫婦のように思える。だけど、ディーンの荒々しいまでの強さと、レイラの気品ある優雅な佇まい、どうにも結びつかなく感じてしまう。するとレイラは少しだけ頬を赤らめ、困ったように、でもどこか嬉しそうに苦笑した。

 

「やーね、二人とも。そんなことが気になるの?」


 そう言って手を振る姿に、エデンとアリシアは身を乗り出すようにうなずいた。

 

「はい。とても気になります」


「うん! おしえて!」


 その姿に笑いを零しながら、レイラは布団を手に取るとばさりとアリシアとエデンの上から被せてしまった。

 

「わっ!?」


「おー。ばさー」


「いいから、ほら、早く寝なさい。おやすみ」


「はい。おやすみなさい」


「おやすみー!」

 

 レイラは手を振って扉を閉めると、誰もいないリビングの中、一人椅子に腰を下ろした。

 目が覚めたハンスは、少しふらつきながらエバと一緒に家に帰って行った。

 玄関についてしまった血は、ディーンが帰って来たら一緒に掃除をしようと心に決める。


「どうして、ディーンと結婚したのか、か」


 呟いたその声は、誰に聞かれることもなく消えていった。

 まさかエデンにそんな事を聞かれるとも思っておらず、変な反応をしてしまっていなかったか、少し気になってしまう。

 窓を打つ雨音を聞きながら、肘をついて少し熱を帯びた頬に手を当てる。遠い日を懐かしむようにうっすらと笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。


「そうねえ……あの人が他人のために……死ぬことが出来るから、かしら」

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