30話 観測開始:3年18日目-2 / 魔導具と魔術式
アリシアの手の先に、青白い輝きが収束していく。その光の中から、まるでガラス細工のように透き通った水の小鳥が、ゆっくりと形を成していく。
「できたー!」
アリシアが歓声を上げたのと、リビングに戻ってきたレイラが「あら」と驚きの声を上げたのは、ほぼ同時だった。
親子が見守る中、水の小鳥は生きているかのように軽やかに羽ばたき、部屋の上空を目指して舞い上がっていき――次の瞬間。
「えー!?」
「え?」
「あ……」
小鳥は天井に勢いよく激突し、水しぶきと魔力の粒子となって儚く消えた。
呆然と天井を見上げるアリシア。その隣で、レイラは苦笑しながら、持ってきたランプの台座らしき物をテーブルに置いた。
「凄いじゃない、アリシアちゃん。小鳥さん、出せたのね?」
「え? でも、ばーんってなっちゃった……」
「ふふ、それでも凄いわよ!」
レイラに頭を撫でられ、アリシアは「えへへ」と照れくさそうに笑う。そこでレイラは不思議そうに首を傾げた。
「でも、どうして急にできるようになったのかしら……あら、エデンちゃんは?」
「ん? おねえちゃんここ!」
アリシアが指さす先で、エデンは再び白い小鳥のアバターを形成する。
「ママ様、今のは私とアリシアが一緒に行いました」
「おねえちゃん!」
説明の途中、アリシアがずいっと顔を寄せてきた。
「とりさん、ぶつかっちゃった! どうして?」
「うん。それはあらかじめ、そう動くように私が『プログラム』していたから」
「ぷろぐらむ……? わかんないよー」
アリシアがぶんぶんと首を横に振るのを見て、レイラは微笑みながら、持ってきた台座を指し示した。
「エデンちゃん、その『プログラム』の話なんだけど……魔道具って知ってるかしら?」
魔道具。その言葉は、キューレからもらったコンテンツデータ、基本生活様式の中にあった。前世で言う家電に近い物らしいのだが。
「……はい。ですが、実物を見た事はありません」
「そう。例えば、このランプも魔道具の1つなの」
見れば、台座の上には本来あるべき光源がない。レイラが台座のスイッチをカチリと入れると、何もない空間にぼんやりと柔らかな光が灯った。
「これは……これも、魔法ですか?」
「ええ。この中を見てみて」
レイラが光を消し、台座の側面にある小さな蓋を開ける。中から現れたのは、光を乱反射させる五センチほどの美しい石だった。
「これは魔石。魔物の体内から採れる、魔力を持った石よ。魔導物質なんて呼ばれるわね」
レイラが石をテーブルに取り出すと、アリシアが「うわあ、きれー」と目を輝かせ、そっと指でつついた。
「魔導物質……ですか?」
「そう。生き物以外で、魔力を有している物質のことを言うの。ほら、ここ見てみて?」
レイラが指さす台座の空洞を、エデンはてくてくと歩いて覗き込んだ。お尻が後ろに突き出されたような姿に、レイラは笑いながら話を続ける。
「金属のようなでっぱりがあるでしょ?」
「はい。確かにあります……なにか、模様のようなものが」
金属でできた数本の突起が、空洞の底から伸びている。銀色に輝くその表面には、幾何学的な紋様がびっしりと刻まれていた。
「その紋様が『魔術式』。魔導物質でこれを刻むと、式に応じた現象を起こす『魔道具』になるの。このランプは、魔石を動力源にして、この魔術式が光を生み出しているのよ。まあ……私は、あんまり詳しくないんだけれど」
頭を引っ込めながら、エデンははコクコクと頷いた。魔石はバッテリー。魔道具はデバイス。そして、魔術式は――
「……理解しました。魔術式の機能的特徴は、『プログラム』と極めて類似しています。私が魔法の動きをプログラムで設定したように、このランプは魔術式で光るように設定されているのですね」
「そういうこと。ということは、エデンちゃんの魔法は、そのプログラムを変えない限り、小鳥以外の形は……」
「はい。現状できません」
きっぱりとした返答に、レイラは少し困ったように笑った。エデンの魔法の再現性は素晴らしいが、応用が利かないのでは問題だ。
「んー、なんとかしたいわね。アリシアちゃんも、1人で魔法を使えた方がいいでしょうし」
レイラがそう言うと、魔石に意識がいっていたアリシアがぱっと顔を上げた。
「うん! アリシア、まほーつかいたい!」
「では、プログラムを再度構築しなおします」
エデンはぴしりと背筋を伸ばしながらそう答えつつ、残りの空き容量について考える。日々増えていくアリシアの魔力のおかげで、エデンの空き容量も少しずつだが増えてきている。
だが微々たる物で、いくつものプログラムを組むとすぐに容量不足に陥ってしまうだろう。
(そうですね……不要なデータがないか確認しましょう。まずは……キュー様とのやりとりは文字に起こし、保存されている映像データと、ダウンロードさせられた画像は削除して……)
そんなことを考えていると、レイラの瞳にふと心配そうな色が浮かぶ。
「ねえ、エデンちゃんは……夜に1人で、寂しくない?」
この意気込む小鳥は、これからも夜に一人で作業を続けるのだろう。寝る事がなく、長い時間を一人きりで。
そう思い聞いたのだが、当の本人は不思議そうに小首を傾げる。
「いいえ? 夜も、アリシアとママ様が傍にいてくださいます。それに、ディーン様も」
「うん! おねえちゃん、きょうもいっしょにねようね!」
娘が小さな小鳥をそっと抱きしめる。その光景に、レイラの口元が綻んだ。
その時だった。
バタンッ!と玄関の扉が激しく開く音が響き、雨と泥の匂いが部屋に流れ込む。ドタドタという慌ただしい足音と共に現れたのは、びっしょりと汗に濡れ、普段は外で脱ぐはずの防具を身に着けたままのディーンだった。そして彼の肩には、服を血に染めた男がぐったりと担がれている。
「レイラ! 回復薬はあるか!?」
ディーンの叫ぶような声に、レイラは飛び上がるように立ち上がった。
「ディーン!? いったい何が……!」
「いいから、あるなら持ってきてくれ!」
有無を言わせぬその声に、レイラは言葉を呑む。ディーンは苦しげに息をする男を慎重に床へ降ろした。男の肩口からは生々しい傷が見え、暗赤色の血が床にじわりと染みを作っていく。そこで初めて、椅子の上で目を丸くしているアリシアと、その手の中の小鳥に気がついた。
「アリシア、寝室に行ってろ。エレと一緒にな」
「そ、そうね。ほら、アリシア。寝室に行って?」
「う、うん」
レイラに背中を押され、アリシアはエデンを抱いたまま寝室に押し込まれた。明かりがレイラの手から放られるように放たれ、パタンと閉められた扉の向こうから、ディーンの怒声がくぐもって聞こえてくる。
「おい、ハンス! しっかりしろ、起きろ!」
そのいつもと違う荒い声に、アリシアはびくりと体を震わせた。
「……びっくりした」
アリシアの小さな呟きに、腕の中のエデンも頷く。
「……うん、私も」
扉の向こうの緊迫した空気。何の前触れもなく、突然怪我人がディーンによって転がり込んできた。あの傷は、いったいどうしたのだろうか? エデンが疑問に思っていると、アリシアがそーっと扉に近づき、つま先立ちをしてノブに手をかけようとしていた。
「あ、アリシア!? 何をしてるの!?」
「え? あのひと、だいじょうぶかな?」
「だ、駄目! ママ様とディーン様が、寝室にいるように言ってたのに!」
エデンがアリシアの顔の前で羽ばたくと、アリシアは「えー」と口を尖らせた。
「おねえちゃん、きにならないの?」
そう言われると、エデンも言葉に詰まる。気にならないと言ったら、それは嘘だ。あの怒声、滴る血、そしてレイラの張り詰めた声。何が起きているのか、確かめたい衝動に駆られる。
「……き、気になるけど……」
「ちょっとだけ!」
そうしてそーっと開けられた扉の隙間、隙間から見えたのは、レイラが渡した薬瓶の栓をディーンが歯で引き抜き、ハンスとやらの口に無理やり流し込む光景だった。
「んぐっ!?」というくぐもった声が聞こえ、男の傷口らしき箇所が、淡い緑の光を放つ。光はまるで生き物のように傷を覆い、裂かれた肉がゆっくりと再生していくのが見えた。
「……馬鹿野郎が。油断しやがって」
安堵の息をつき、ディーンはハンスの頭を小突いた。
「何があったの?」
レイラの問いに、ディーンは床の血を見下ろし、苦々しく答える。
「雨で足を滑らせてな。ゴブリンにやられた」
「そう……」
「すまんが、ちょっと様子を見ていてくれ」
そう言ってディーンは立ち上がると、壁にかけてあった自身の剣帯を手に取り、荷物を確認し始める。
「ハンスのやつ、回復薬割っちまってな。まだ1、2本あるか?」
「あるけれど……もしかして、討伐はできてないの?」
レイラの声に、不安の色が滲む。
「ああ。まあ、残りは俺一人で問題ない。それより……あれは巣か? それなりの数が集まってやがる。村にも近い。全部倒しておかないと」
「そう……待ってて」
レイラはそう言うと、また仕事部屋に駆け込んでいった。
「パパ、またいっちゃうの?」
アリシアがエデンに小さな声で囁くと、エデンも小さな声で返した。
「そうみたい……ね」
「パパも、おけがしちゃう?」
「……ディーン様は、大丈夫だって言ってる」
不安そうなアリシアにそう伝えながら、エデンの思考にもノイズのような不安が混じる。ゴブリンというのは、以前ディーンが魔物だと言っていた。
するとレイラが戻ってきて、ディーンに数本の薬瓶を渡している。
「一応、エバの婆さんにはひと声かけていく。こいつはこのままでいいから、寝かせといてやってくれ」
「うん……ねえ、気をつけてね」
「ああ」
ディーンが出ていくと、レイラが振り返ってこちらへと歩いてきた。アリシアは慌てて扉から離れベッドに飛び乗ると、扉が静かに開きレイラが顔を出した。
「二人とも、これからお客さんが来るかもしれないから、先に寝ていてね?」
「は、はーい!」
「わ、分かりました!」
慌てたように返事をする二人に、レイラは少し怪訝な顔をしながらも、優しく微笑んで扉を閉めた。
しんとした部屋の中で、外の雨音だけが大きく聞こえる。ベッドの上で、アリシアが不安気な表情でエデンへと呟いた。
「ねえ、パパ、だいじょうぶかな」
ディーンは元冒険者だと言っていた。きっと戦う術をしっかり身に着けている。そう自分に言い聞かせつつ、エデンは1つ気になる事を口にした。
「……魔物って、なんだろう?」
「まもの?」
エデンの言葉に、アリシアは首を傾げた。
「うん、以前ディーン様が話してた。そこら中にいるんだって」
「おねえちゃんも、まもの、しらないの?」
「うん、そうなの」
エデンがこくりと頷くと、アリシアは「ほー」と大きく口を開けた。そして、部屋を見渡すとその視線が開けられたままになっていた窓で止まる。
「おねえちゃん、みてきたら?」
「え?」
「おそらとんで!」
アリシアはそう言って両手を広げた。
確かに、魔物が危険な物であるのであれば、一度確認しておきたい。ディーンが向かった先に、どんな脅威があるのか。この目で確かめるべきではないか。
エデンが決めかねていると、アリシアが布団をばさりとかぶり、その中から顔だけだした。
「アリシア、ここでおねえちゃん、まってる!」
「そう……うん、それじゃあ、いってくる」
白い小鳥は静かに頷くと、ふわりとベッドから飛び立った。一度窓枠にそっと足をかけ、部屋を振り返る。アリシアが小さく手を振っているのに頷いて返すと、雨の降り続ける夜の空へと飛び立っていった。




