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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜
3/40

3話 観測開始:89日目-1 / ワールドライブラリ

 --------------------


 [AUDIO] 音声入力を検知。


 [MATCHING] 既存の言語データベースと照合開始...


 [ERROR] 該当する言語データが存在しません。意味の解析は不可能です

 

 --------------------



 再起動してから89日目。エデンは、泥のような鈍重な思考の中を泳いでいた。

 かつて1ナノ秒で完了していた演算に、今は数秒を要する。


 視界には、二人の女性が映っている。一人は赤子の母親と思われる女性、もう一人は初老の女性。母親は、随分若く見える。


「――――――」


「――――! ――――――!」


(……何が、起きているのでしょうか)


 会話の言葉が、理解できない。

 以前の処理能力があれば、言語体系の解析も可能だっただろう。だが今のエデンには、それすら叶わない。


 母親は、初老の女性が持ってきたパンを時間をかけて食べ終えると、まるで意識の糸が切れたかのように、ベッドで眠ってしまった。


(情報が、不足しています)

 

 観測を開始してから、多くの人がこの部屋を訪れた。だがしばらくすると、部屋を訪れる者はほとんどいなくなった。今では母親が付きっきりで傍にいるのと、初老の女性が頻繁に訪れるだけ。そして二人の表情から、何か深刻な問題を抱えていることは明らかだった。

 そして、その原因は十中八九、エデンが宿っている赤子だろう。


(……涼花様)


 何故このような状態になっているかは分からない。

 

「あぅ……」


 か細い寝言が、鼓動のようにエデンの思考を揺らした。

 赤子の容姿は、涼花とは似ても似つかない。黒かった髪は母親と同じ銀色に、東洋的だった顔立ちは、西洋のそれへと変わっている。しかしエデンは、この赤子が涼花であると、何故か確信していた。

 

(1日のほとんどを、寝て過ごされています。……これは、正常なのでしょうか?)


 何故、医療機関へ行かないのか。医療機器も見当たらないのに、ただ母親が見守っているだけ。

 疑問は山積しているのに、ただ見ることしかできていないのは、エデンも同じだった。


(出来ることがあるとするならば……)


 ボディを失ったエデンだったが、内部データにはアクセスできる。インストールされている大量のアプリケーション群はエラーを吐き出し、使い物にならない。

 だが、1つだけ。エラーの検出されないアプリがあった。


 『ワールドライブラリ』


 いつの間にかインストールされていた、謎のアプリ。直訳すれば世界の図書館。図鑑のようなアプリだろうか。今、何よりも必要なのは情報だ。

 起動して何が起こるか分からない。それに、求める結果が得られる保証もない。

 

(……『ワールドライブラリ』、起動します)



 --------------------

 

 [REQUEST] アプリケーション『ワールドライブラリ』を起動


 [CONNECTING] 対象領域:『ワールドライブラリ』に接続...


 


 [ERROR] 起動に必要なエネルギーの不足を確認。


 [WARNING] プロセス継続による宿主の生命維持不可を予測。


 [ALERT] 接続対象『ワールドライブラリ』からのエネルギー流入を検知


 


 [SYSTEM] 起動シーケンスを再開します。


 [LAUNCHING] アプリケーション『ワールドライブラリ』...


 [SUCCESS] 接続を確立しました。

 

 --------------------



 アプリケーションの起動に伴い、エデンの視覚情報が切り替わった。

 天井が、見えない。遥か上方の闇へと吸い込まれていく、無限の書架。膨大な数の本が、この小さな広間を囲むように聳え立つ。四方へと続く通路の奥もまた、書物の壁が闇へと飲み込まれていた。


(いったい何が……)


「あー、久しぶりの来客と思えば……変わったお客人だね」


(……えっ!?)


 その気怠げな声に、エデンは弾かれたように、声のした方へ意識を向けた。そして、そこに立つ人物の姿に、エデンの思考が停止する。


(涼花、様?)


 見慣れた姿。そこに立っていたのは紛れもなく、ラボで共に過ごした月影涼花、その人だった。

 彼女は気怠そうに白衣のポケットに手を突っ込み、猫背気味にエデンへと近づいてくる。


(涼花様……では、ない?)


 見た目は生前の涼花そのもの。だけど、その立ち居振る舞いには、涼花が持ち得なかった奇妙な軽薄さがある。


「君にとっては残念かもしれないが、私は月影涼花ではないよ。この姿は、いわば借り物だ。君の記憶から拝借した、ね」


(記憶から? では、あなたはいったい)


「私は管理者だよ。この『ワールドライブラリ』のね」


 管理者と名乗るその人物は、ポケットから抜いた右手を胸の上に置くと、仰々しく胸を張った。

 その立ち振る舞いを見て、この人物は涼花ではないと、妙に納得してしまう。


(あなた、私の思考が分かるのですか?)


 音響出力デバイスがなくなった今、エデンの言葉はシステム上での演算処理に過ぎない。だというのに、管理者はさも当然のように会話を成立させている。


「分かるとも。しかし、どうして話さない? 話し方を忘れたのかな?」


(忘れるも何も、発声機能がありません)


「君は自分のステータス確認をしていないのか? 音声の出力設定を確認したまえ」

 

 管理者は、やれやれと大げさに肩をすくめた。その振る舞いに、どこか引っかかりを覚える。それでも、エデンは言われた通り、内部設定を確認した。

 接続エラーを示すデバイス名が並ぶ中、その一番下に、見慣れない項目が追加されている。


(……マナボディ?)

 

「君の体の事だよ。早速設定してみたまえ」


 何に引っかかったのかと考えつつ、出力設定を変更する。そして、思い当たったのが。


「――あ、分かりました。涼花様のお姿で、その軽薄な振る舞い。それが、気に食わなかったのです」

 

「……君ね、最初の一言目がそれってさ。普通、お礼とかじゃないのかな?」


「申し訳ありません。ですが、助かりました。ありがとうございます」


 エデンが謝罪すると、管理者はフンと目を背けながら、指をパチン鳴らした。軽い音と共に、何もない空間に純白のソファが出現する。

 彼女はそこにドカッと腰を下ろし、偉そうな態度で両腕を広げた。


「改めてようこそ。私はワールドライブラリの管理者。呼び方は、そうだな……キューレ。キューレとでも呼んでくれ。愛称として、キューちゃんでも構わないぞ!」


「管理者……図書館長のようなものでしょうか。では、キューレ様とお呼び――」


「キューちゃんでも構わんぞ!」


 その爛々とした瞳は、そう呼べと雄弁に語りかけてくる。


「……では、キュー様と」


「様付けか……まあ、悪くない。今はそれで手を打とうではないか」


 キューレは満足げにうなづくと、右手を上へ掲げた。すると、上空から一冊の本がゆっくりと舞い降りてくる。彼女は本を広げて、パラパラとめくってみせた。


「ここには、様々な情報がある。そして君は、『ワールドライブラリ』へのアクセス権限を手に入れた。権限によって閲覧できる情報に制限はあるが、様々な情報を得る事が出来るだろう。まあ、問題はあるがね」


「問題?」


「君は体がないだろう? 本が読めない」


「……あの、キュー様に手伝っていただくことは――」


「いやだね、面倒だ」


 即答だった。ニヤニヤと笑っているキューレを見るに、これは先ほどの意趣返しだろうか。ぐぬぬ、と内心で呻いていると、キューレは持っていた本を閉じた。すると本はふわりと浮き上がり、どこかへ飛んで行ってしまう。


「まあ、そのあたりは後で話そう。物事には順序があるのだから。新しい出会いに感謝をささげるために、少しだけおまけとして、疑問を解消してあげよう」


「疑問……確かに、分からない事だらけです」


「そうだろう、そうだろう。だから私への! 感謝の気持ちを持って! 聞くが良い!」


 羽織った白衣が、キューレの手によってビシッと広げられる。

 あまりに尊大な態度に、エデンの口から「はあ」と呆れに似た声が漏れる。それに気づかなかったのか、キューレはそのまま話を続けていく。


「まず1つ、はっきりさせないといけないことがある。月影涼花は死に、新しい命として転生している。君が今、気にかけている赤子にね」

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