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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜
28/40

28話 観測開始:3年1日目 / 水鳥のワルツ

 満天の星が、広いはずの空を所せましと瞬く下で。庭に運び出したテーブルの上には、特別な日を祝う料理たちが、魔法の灯りに照らされて湯気を立てていた。


 ディーンが仕留めた猪は、肉汁滴る艶やかなソースをまとったステーキに。村で採れたばかりの野菜たちは、ルビーのように輝く木の実を散らしたサラダへと姿を変え、ポタージュからは香ばしい湯気が立ち上る。バスケットからは焼きたてのパンが香ばしい匂いを放ち、グラスに注がれた瑞々しい果汁が、星の光を映してきらめいていた。

 いつもとは違う豪華な食卓を前に、アリシアは椅子の上で身を乗り出し、その大きな瞳をこれ以上ないほど輝かせた。

 

「うわー! すごい! ママ、すっごく、すごい!」


「ありがとう。ママ、腕によりをかけちゃった」


「おぉー! これは凄いな、最高の匂いだ!」


「いただきまーす!」


「あ、アリシアちゃん。まだよ、まだ待って」

 

 早速とフォークを掴もうとするアリシアの手を、レイラの指が優しく制止した。

 

「それじゃあ、アリシアちゃん。今日で3歳ね。お誕生日、おめでとう」


「うん!」


 笑顔で頷くアリシアにレイラも嬉しそうに微笑むと、肩に乗っていたエデンをそっと自分の指先へと移した。

 

「じゃあ、お祝いの最初にね。エデンお姉ちゃんから、プレゼントがあります!」

 

 その言葉に、アリシアの弾むような動きがぴたりと止まり、差し出された小鳥を不安そうに見つめた。


「エレおねえちゃん……」

 

 ぽつりと、目の前の小鳥を確認するように呟く。その隣で、ディーンが場の空気を温めるように、ポンと手を叩いた。


「おー! エデン、頑張れよ!」


「はい……アリシア、見ていて欲しい……」


 小さな小鳥は、アリシアの真っ直ぐな視線から、決して目を逸らさない。まるで時間が止まったかのように見つめ合う二人に、ディーンは苦笑しながらアリシアの肩を優しく揺さぶった。


「ほら、アリシア。お前も『頑張れ』って応援してやれ」


「う、うん……が、がんばれー!」


「ふふ、それじゃあ、始めましょうか」


 レイラの柔らかな声が、合図となった。

 エデンは思考の全てを、これから成すべき1つの事に集中させていく。


(大丈夫……この日のために、ギリギリまで調整を重ねた。ママ様とも何度も確認した。大丈夫……大丈夫……)


 アリシアがどんな反応をするか分からない。怖くないと言えば嘘になる。だけど、今、自分がアリシアにしてあげられる全て。それを、ただ届けたい。

 すっと姿勢を正し、凛とした声で宣言する。

 

「それでは、いきます!」


 

 --------------------

 

 [REQUEST] 魔法構築プログラム『Create_Water_ver.2.0』の実行を要請。

 

 [PROCESSING] 現象再現のため、物理演算及びモーションパスアルゴリズムを構築中...


 --------------------



 最適化されたプログラムが立ち上がり、アバター内の魔力が渦を巻くように輝き始める。



 --------------------

 

 [LOADING] 基礎パラメータをロード...

 

   > TARGET_ENTITY: 水 (H₂O)

     >> SUBATOMIC_PARTICLE_MODEL: 素粒子標準模型(Standard Model)

        >>> QUARK_CONFIG: u/d | LEPTON_CONFIG: e

     >> ATOM_STRUCTURE: 水素(¹H) [p:1(uud), e:1] | 酸素(¹⁶O) [p:8, n:8, e:8]

     >> MOLECULAR_GEOMETRY: 非直線形分子構造 - C₂ᵥ点群

        >>> BOND_ANGLE: 104.45°

        >>> O-H_BOND_LENGTH: 95.84 pm

     >> INTERMOLECULAR_FORCE: 水素結合(Hydrogen Bond)

        >>> BOND_MODEL: 静電相互作用及び、分子軌道相互作用モデルを適用

 

  > INITIAL_STATE: 温度 - 288.15K (15°C) | 状態 - 液体

 

  > FORM_MODEL: 『アバター・ボディ』内データ 'Blue-and-white_Flycatcher' を取得


  > MOTION_PATH: 事前設定済みシーケンスを適用

 

  > BEHAVIOR_MODEL: モーションパスに準拠

 

  > RENDER_MODE: 物理準拠(Physically Based Rendering)

     >> PROPERTY: 透過率 - 80%

     >> PROPERTY: 屈折率 - 1.333

     >> PROPERTY: 表面反射 - 環境光をリアルタイムで反映

 

  > COORDINATES: 複数座標へ、ポリゴンデータをボクセル展開

 

 [ROUTING] アバターの魔力を指定座標へ集束中...


 [EXECUTING] 全パラメータを適用し、魔力変換プロセスを開始。

 

 [SYSTEM_LOAD] 0%... 2%............98%...99%...[COMPLETE]

 

 [COMMAND] Create_Water.exe --RUN


 --------------------


 

 エデンの嘴が、星明りを凝縮したように青白く輝き、その先端の空間に、無から宝石が生まれるように小さな水滴が現れた。水滴は生命を宿したかのように滑らかに形を変え、やがてエデンと瓜二つの、水で編まれた透明な鳥となる。

 水の小鳥は、音もなく静かに羽ばたくと、吸い込まれるように夜空へと舞い上がった。


(――もう1つ!)


 

 --------------------


 [EXECUTING] スキル『光学迷彩』を起動します。

 

 [PARAMETER] 変更対象:アバター・サーフェイス・シェーダー


 [LOADING] 『高透明度流体クリア・リキッド』のシェーダーデータをロード中...


 [APPLYING] 表面ポリゴンの物理プロパティを置換。シェーダーを『流体力学シミュレーション』モードで適用します...


 [COMPLETE] 表面処理が完了。


 --------------------

 


 刹那、純白の小鳥の体が淡く光り輝き、その羽毛は流麗な曲線を描く水流へと変質する。そして、夜空に浮かぶもう一羽の自分を追うように、レイラの手からふわりと飛び立った。

 アリシアが、二羽の舞う姿をあんぐりと口を開けて見上げる。その頭上から、まるで天上の音楽のような、澄み切ったさえずりが降り注いだ。「わあ……」と感嘆の息が漏れるのを見て、レイラは悪戯っぽく微笑むと、夜空へとそっと手をかざした。

 

「じゃあ……私も、少しだけお手伝い」

 

 レイラの手がほんのりと青い光を放つと、二羽の軌跡を祝福するように、無数の色とりどりの水球と、ダイヤモンドのようにきらめく極小の氷粒が出現する。


「お誕生日だもの。世界で一番、綺麗にならないとね」


 さらに、ぼんやりと柔らかな光を放つ魔法の灯りがいくつも生まれ、その光が水球や氷粒に乱反射し、夜空に光の天蓋を描き出す。

 まるで星屑を纏ってワルツを踊るように、二羽の水鳥は戯れ、追いかけ、幻想的な光の中でくるくると舞い続けた。

 アリシアの瞳に、万華鏡のような光が映り込み、思わず星を掴むように両手を空へと伸ばした。

 

「すごい! すごーい!」


「おおっ、すごいな! アリシア、もっと応援だ! 『お姉ちゃん』って呼んでやれ!」


「うん! おねえちゃん! エレおねえちゃーん!」


「そうね、エデンちゃん。とても……とっても、綺麗よ」


 両手を上げた先で繰り広げられる光の饗宴に、アリシアの視線は釘付けになる。

 やがて、星空の輝きすら霞ませた幻想的なワルツは、そのクライマックスを迎え、一羽の鳥が夜の闇に溶けるように、静かに消えていった。

 エデンは元の姿に戻りながらふわりとテーブルに着地すると、不安そうにゆっくりとアリシアを見上げた。


「あ、アリシア……お誕生日、おめでとう」


 アリシアは、気に入ってくれただろうか。レイラは、凄く褒めてくれたけれど――。


「あ……」


 アリシアが、何かを呟きかけた。

 その声に、エデンの体がびくりと震える。レイラとディーンが息を呑んで二人を見つめると、アリシアが椅子から飛び降りるようにして、エデンに手を伸ばした。そして、その小さな体でそっと掴む。


「あいしゃ、このおねえちゃんがいい!」


 そう言って柔らかな頬を、小鳥の体に押し付ける。それを見て、レイラは安心したようにほっと息を吐くと、アリシアの肩に優しく手を置いた。


「アリシア。エデンお姉ちゃんは、世界に一人しかいないの」


「そうなの? じゃあ、こわれちゃっても、おんなじ?」


「う、うん……いつも、同じ私……よ」


 エデンが震える声でそう告げると、アリシアの顔が、ぱっと輝いた。

 

「やったぁ! おねえちゃん、だいすき!」


 あまりに率直な言葉に、エデンの体が喜びで硬直する。


(だいすき……いま、だいすきって言われましたか?)


 ゆっくりと、その言葉を何度も心の中で反芻し、そっとレイラとディーンに視線を送る。すると、二人はニコニコと笑いながら、こちらを見つめていた。

 エデンは、こわごわと翼を広げる。視界の端に映った柔らかい羽毛を、そっとアリシアの頬へと伸ばした。


「あ……アリシア……私も、私もね、大好きなの」


 たぶん、この言葉が、一番適している。

 広げた翼がアリシアの頬に触れ、それだけで嬉しくなる。

 触れ合う娘を見て、ゆっくりと近づいたレイラは、2人まとめてそっと抱きしめた。


「私も、二人とも大好きよ」


「俺もだ! お前たち、大好きだぞぉ!」


 ディーンの逞しい体が、レイラの外側から、アリシアもエデンも、家族全員を大きな腕の中に包み込む。そのまま、喜びを爆発させるように、グルグルと回り始めた。


「きゃあ!?」


「あっはっは! みんな、大好きだ!」


「きゃーっ、パパー!」


「で、ディーン様!? アリシアが落ちてしまいます!?」


 夜空に、レイラの嬉しそうな悲鳴と、アリシアの弾けるような笑い声、そしてエデンの幸せな焦りの声が、いつまでも響き渡っていた。

 満天の星が温かい光で、いつまでも家族を祝福していた。



 


 第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜 完


 


 

 音が死んだような静寂の中。

 その中心にぽつんと立つキューレが、何の前触れもなく、着ていた白衣をばさっと空へ投げた。放物線を描き、優雅に舞った白衣が、やがて力なくぱさりと床に落ちる。


「……違うな」


 誰に言うでもなく呟くと、彼はつまらなそうに首をひねり、白衣を拾って無造作に羽織りなおした。

 納得がいかない、というように無限の書庫を見回すと、何を思ったか、一番近くの本棚に歩み寄り、そこに並ぶ本をバサバサと床に叩き落としていく。やがてがらんどうになった棚に軽やかな身のこなしで足をかけ、闇へと続く高みへ登り始めた。


 そして、遥か上空から「とうっ」という間の抜けた掛け声と共に、その身を投げ出す。空中でしなやかに1回転すると、音もなく床に着地し、ズダッと完璧なポーズを決めてみせた。


「……これは……いける!」


 その瞳をキラリと輝かせ、満足げに立ち上がると、まるで今気づいたとでもいうように、『こちら』に視線を向けた。


「おや、来ていたのか? 少しは空気を読んでほしいものだ」


 ヤレヤレと大げさに肩をすくめると、いつの間にか出現していた純白のソファへ、尊大な態度でだらしなく体を投げ出した。


「まあ、いい。ところで、子供というのはどうしてああも非論理的なんだ? 正直、理解に苦しむ。それに家族というのは、あんなに苦労しないといけないのか?」


 そう言いながら、ソファに立てた肘に気怠そうに顔を乗せる。その目は、すでに『こちら』ではなく、遥か遠くの何かを眺めているようだった。


「あるいは、人間というのは、そういう不合理性の果てにしか『幸福』を見つけられない、不便な生き物なのかな。……君も、そうなのかな?」


 ふっ、と嘲るような笑みを浮かべ、彼は「ま、興味ないがね」と付け加えると、「ふぁ……」とあくびをした。


「さて、私も存外に忙しいのでね。今日は帰りたまえ」


 その言葉を合図に、キューレの姿はインクが水に滲むように闇へと溶けていく。完全に姿が消える寸前、ふらりとその幻影が揺らぎ、まるで独り言のような呟きが、静寂の底にぽつりと残った。

 

「いつまで、鳥かごみたいな家の中にいるんだか……まあ、外の世界は、危険に満ちているけどね」

【第1章「Hello, World!」完結!】


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

もし少しでも「続きが気になる!」「エデンとアリシアを応援したい!」と思っていただけましたら、下部にある【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】をポチッといただけますと、執筆の大きな、大きな励みになります!


第2章、最初の3日は引き続き1日2話投稿、その後は毎日1話ずつの投稿になります。

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