24話 観測開始:2年349日目-2 / 家族と主従
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[REQUEST] マスター権限により、魔法構築プログラム『Create_Water_ver.1.0』の実行要請を確認。
[PROCESSING] 現象再現のため、物理演算アルゴリズムを構築中...
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「え……!?」
エデンの思考に、先ほどとは比較にならない負荷がかかる。途切れ途切れになった思考を続けるも、ただ疑問が駆け巡る。
(な……ぜ!? ア、リ……シア様……が!?)
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[LOADING] 基礎パラメータをロード...
[ROUTING] 魔力を指定座標へ集束中...
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「アリシア様! 危険です! おやめください!」
高負荷処理が終わり、再度生成したアバターから出したエデンの絶叫も、興奮したアリシアの耳には届かない。彼女の小さな右手に、エデンが使った量の数倍もの魔力が、青白い光となって渦を巻き始める。
「あいしゃもやるの!」
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[EXECUTING] 全パラメータを適用し、魔力変換プロセスを開始。
[SYSTEM_LOAD] 98%...99%...[COMPLETE]
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エデンの尋常でない様子に、レイラの顔から血の気が引いた。
「ま、まさか……!」
「アリシア様!」
エデンの制止を振り切り、アリシアは満面の笑みで叫んだ。
「それーっ!」
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[COMMAND] Create_Water.exe --RUN
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青白い閃光が走り、リビングの天井付近に巨大な水球が出現した。それは一瞬で膨張し、天井を軋ませる。その光景を見たレイラが、咄嗟にアリシアを抱きかかえた。
「いけない!」
「えっ?」
次の瞬間、水球が限界を超えて弾け、津波のような奔流がリビングを呑み込んだ。テーブルも椅子もいとも簡単に押し流され、アリシアを抱いたレイラの体が物量に押され、なすすべなく壁際へと流されていく。
「ママ様!」
レイラが壁に叩きつけられる寸前、その間に滑り込んだエデンがコマンドを発動した。
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[EMERGENCY_PROTOCOL] スキル『可変構造』を強制起動。
[PARAMETER] 変更対象:アバター・スケール
[PARAMETER] 指定サイズ:現行の1000%に設定。
[WARNING] 急激なスケール変更により、アバターの構造的整合性が著しく低下します。
[WARNING] 予測される最大稼働時間:3.2秒
[RECONSTRUCTING] 『マナ・ポリゴン』を緊急再構成... アバターを拡大します。
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「きゃっ!?」
次の瞬間、エデンのアバターが巨大なエアバッグのように膨れ上がり、ふんわりとした羽毛が衝撃を受け止める。だが、到底その衝撃に耐えきれず、アバターはガラスのように砕け散り、レイラは勢いを殺されたものの、それでも強く背中を壁に打ち付けた。
「ぐっ……!」
「ママ様!? ご無事ですか!?」
「え、えぇ……。エデンちゃん、今のは……?」
割れたアバターの残滓を目で追うレイラに、エデンがアリシアの中から叫んだ。
「私は問題ありません! 今は退避を!」
濁流はレイラの腰の高さにまで達している。様々な物を勢いよく流しており、ここにいては危険だ。レイラは近くの裏口ドアに手を伸ばすと、力任せに開け放った。出口に殺到する水に押し出されるように、アリシアと共に庭へ転がり出る。
「アリシア様、ママ様! お怪我は!?」
アバターを再構成したエデンが、慌てて二人の傍らに舞い降りた。
「う……ええ、大丈夫。アリシアちゃん、大丈夫?」
腕の中のアリシアに呼びかけると、驚きに固まっていた彼女の表情がくしゃりと歪み、母の胸に顔をうずめてわっと泣き出した。その背を優しく撫でながら、レイラは息を切らしてエデンを見上げた。
「どうして、アリシアが突然魔法を……?」
「……アリシア様が、私の中のプログラムを稼働されました」
エデンの言葉に、レイラは目を細めた。
「プログラム……というのが私は分からないけれど。アリシアは……エデンちゃんの力を使えるということ?」
「正確な回答は難しいですが、恐らくは……」
エデンの答えに、レイラは「そう」とだけ呟き、何かを思案するように目を伏せた。やがて、泣き疲れたアリシアが腕の中で静かな寝息を立て始める。
その寝顔を見つめ、エデンがぽつりと呟いた。
「……何故、アリシア様は魔法をお止めくださらなかったのでしょう?」
プログラムは稼働した。だけど、最後の発動コマンドを宣言しなければ、それはただの設計図だ。
「私はお止め出来ませんでした……なぜ……どうして……」
「ねえ、エデンちゃん」
落ち込むエデンに、レイラがそっと手を差し出した。夕暮れの光が、その掌を温かく照らしている。エデンがおずおずと着地すると、レイラは慈しむように顔を寄せた。
「さっきは守ってくれて、ありがとう」
「……ですが、私は……」
「ふふ。エデンちゃんは、アリシアが本当に大切なのね」
「はい……私にとって、最も……大切な方です」
「そう……」
レイラは一度言葉を切り、核心を突くように、静かに、しかしはっきりと問いかけた。
「ねえ、エデンちゃんはアリシアと、どんな関係になりたいの?」
その問いの意味を掴みかねて、エデンは戸惑うように首を傾げた。
「関係、ですか?」
「ええ。アリシアと共に生きる、家族になりたい? それとも、アリシアを主と敬う主従の関係?」
「……一緒に生活をしていれば、それは家族なのではないのですか?」
エデンの思考が混乱する。家族。主従。意味は理解できる。だがレイラは首を振って、静かに続けた。
「主従関係だって、同じ家で暮らすわ。でも、心の在り方が違う」
レイラはそう言って、小さな小鳥の胸元を指で触った。
「こころ……?」
「もしエデンちゃんが主従関係が良いというのであれば、それでも良いの。でももし、アリシアを守りたい、時には自分の言うことを聞いてほしいと本気で願うのなら……家族として対等に接してみたら?」
「対等……」
「人は自分より下の者の言葉を、本当の意味では聞こうとしないものだから」
「それは……そうなのかもしれません」
論理的には理解できる。だがその言葉にうなずくのが正しいのか、分からない。
「でもエデンちゃんは、アリシアより自分を下に置いてるわね」
「……ですが、私はアリシア様の『ギフトスキル』です」
「関係ないわ」
エデンの小さな声に、レイラはきっぱりと言い切った。
「エデンちゃん、あなたがどうしたいかよ」
レイラはそう言って、その透き通る青い瞳で、小鳥の黒い目をじっと見つめた。少しの時間が流れ、小鳥の体から出たのは自信の無さそうな、震える小さな声だった。
「……アリシア様は、私を……受け入れてくださるでしょうか?」
「大丈夫よ。アリシアのことを、大切に思ってくれているのなら」
「……対等というのは、どうしたらいいのでしょう?」
「ふふ。そうね、まずはその敬語からやめてみましょうか。様付けをやめて……アリシア、って呼び捨てにしてみて?」
「よ、よ呼び捨てですか!?」
『呼び捨て』。その単語にエデンがうろたえていると、家の表の方から「うおぉ!? なんだ!?」というディーンの驚愕の声が響いた。
「あら、ちょうど良いわ。片付け、ディーンにも手伝ってもらいましょう」
レイラはアリシアを抱え直し、ゆっくりと立ち上がった。
「エデンちゃん、アリシアと一緒に寝室で待っていて。あの子が目を覚ましたら……こう言ってあげてちょうだい」
レイラは悪戯っぽく微笑んだ。
「――おはよう、アリシア、ってね」




