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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜
23/42

23話 観測開始:2年349日目-1 / Create_Water_ver.1.0

「それじゃあ、何かあったら呼んでね」


 薬草の香りが漂う仕事部屋へ、レイラは優しい微笑みを残して消えていった。

 よし、とエデンは気合を入れる。レイラの仕事が調薬であるのなら、エデンの仕事は――


「エレおねえちゃん!」


 ――アリシアを笑顔にすることだ。


 温かい衝動に背中を押され、エデンはふわりと宙を舞い、待っていたかのように駆け寄ってきたアリシアの肩にそっと着地した。

 

「アリシア様、本日は何をされますか?」


「んーとね……かくれんぼ!」


「承知いたしました」


 アリシアのお気に入り、遊びランキング第3位のかくれんぼ。ちなみに不動の1位は追いかけっこ(鬼は必ずアリシア)、2位はお人形遊び(お人形役はエデン)である。


「鬼と隠れる役、どちらがよろしいですか?」


 エデンが尋ねると、アリシアはうーんと可愛らしく唸った末に、「おに!」と元気よく宣言した。


「では、私が隠れますね」


「うん! 20かぞえるから、かくれて!」


「はい。それでは失礼して」


「いーち! にーい!」


 アリシアが小さな両手でしっかりと目隠ししたのを確認し、エデンは音もなくリビングを飛び立った。繰り返されたこの遊戯、アリシアの探索パターンは完全に把握済みだ。

 まず、ダイニングテーブルと椅子の下。ここは最も危険な場所だ。アリシアは必ず最初にここを覗き込む。次いでテーブルの上の果実が盛られたバスケット、壁の飾り棚と続く。

 ふと、オープンキッチンに並ぶ穀物類の入った麻袋が目に入る。あそこなら見つかる可能性は限りなく低い。だが、あれは罠だ。以前そこに隠れた際、見つけられずにアリシアを泣かせてしまった。おまけに「食べ物で遊んではいけません」とレイラにも怒られてしまった。

 ほどよく見つからず、けれど探せば必ず見つけられる場所。それこそが、アリシアとのかくれんぼにおける〝最適解〟!

 エデンは瞳をキラリと輝かせ、リビングの飾り棚に舞い降りた。よし、と頷いたその時、アリシアのか細い声に疑問の色が混じった。


「じゅういーち! じゅう……いーち! ……じゅう……さん?」


「アリシア様、11の次は12です」


 思わず訂正すると、アリシアがぷっと頬を膨らませた。

 

「あ、そっか……エレおねえちゃん! しゃべっちゃ、めっ!」


「は、はい!」


 いけない、今は隠れることに専念せねば。エデンはすっと首を伸ばし、魔力を集めて自身のコマンドを実行した。



 --------------------


 [EXECUTING] スキル『光学迷彩』を起動します。

 

 [PARAMETER] 変更対象:アバター・サーフェイス・シェーダー


 [LOADING] 『平滑化木材ポリッシュド・ウッド』のシェーダーデータをロード中...


 [APPLYING] 表面の魔力粒子配列を再構成。シェーダーを『有機的羽毛』から『無機質木目』へ切り替えます...


 [COMPLETE] 表面処理が完了。


 --------------------



 刹那、エデンの純白の羽毛が、つるりとした艶のある木目調へと変質する。生命の温かみが消え、精巧な鳥の木彫り細工と化したエデンは、棚の上で微動だにしなくなった。


(これならば、すぐには見つからず、しかし注意深く探せばきっと気づいていただけるはずです)


「じゅうくー! にじゅう! もーいーかい?」


「も!?」


 思わずこぼれそうになった声を慌てて抑えると、アリシアが自分で返事をした。


 「もーいーいよ! エレおねえちゃん、どこー?」


 元気よく数え終えたアリシアは、早速しゃがんでテーブルの下を覗き込む。いないとわかると、よじ登った椅子の上からフルーツバスケットをかき分けた。


「いなーい」


 リビングをぐるりと見渡し、その視線が一度、木彫りの鳥と化したエデンでぴたりと止まる。

 

「……」


(む、さすがアリシア様です。早速見抜かれるとは)


 じっと視線を受け止め感心していると、アリシアは不思議そうに小首を傾げた。


「……しろくない」


 ぽつりと呟くと、彼女は興味を失ったように踵を返し、別の場所を探しに行ってしまった。


「エレおねえちゃん、どこー?」


(あ、あ、アリシア様ー!? そちらではございません!)


 離れていく背中に音なき叫びを上げるが、アリシアは背伸びしてキッチンのシンクを覗き込んでいる。その後もアリシアが部屋中を動き回るも、エデンの方に気づくことはなく時間だけが流れていった。

 エデンは動けないまま、思考回路だけが大いに混乱していた。このままでは、また――。


「うぅ……おねえちゃん、どこぉ?」


 ――ぐずってしまう。このジレンマこそ、アリシアとのかくれんぼにおける最大の難関だった。以前、同じ状況で「ここですよ」と姿を現したら、「どうして出てくるの!」と怒らせてしまった。


(どうすれば……どうすればいいのですか!?)


 エデンが狼狽するうちにも、アリシアの瞳にはみるみる涙が溜まっていく。大粒の雫がこぼれそうになるのを見て、たまらずエデンは棚から飛び降りた。


「アリシア様! 私はここです!」


 声に振り返ったアリシアは、目を丸くして目の前で羽ばたく木目調の鳥を見つめた。


「エレおねえちゃん……しろくない?」


「はい、置き物に見えるようにっ――!?」


「……ずるいー!」


 エデンの言葉を遮り、アリシアは小さな手足をばたつかせて悔しがった。そして伸ばした手でエデンを捕らえると、レイラの仕事部屋の前まで行き、扉を小さな手のひらでぱしぱしと叩いた。


「ママー! エレおねえちゃんが、ずるした!」


「アリシア様!?」


 予想外の行動にエデンが羽をばたつかせていると、ゆっくりと扉が開きエプロン姿のレイラが顔を覗かせた。


 「あらあら、どうしたの?」


 不思議そうな母に、アリシアはエデンをずいっと突き出す。


 「ママ! エレおねえちゃん、かくれんぼずるしたの!」


 「ち、違うのです、ママ様! ズルをするつもりでは……」


 ぷくっと頬を膨らませるアリシアの手の中、なめらかな木目調のエデンが必死に弁解する。その光景に、レイラは思わず噴き出した。


「ぷっ……ふふ、エデンちゃん、とても綺麗な体ね」


 艶やかなその体は、精密な生態の表現も相まって、何も知らない人が見れば見事な工芸品だと感動するだろう。だがそのレイラの反応を見て、アリシアが不機嫌そうにレイラのスカートをつかんだ。


「ママ! ちがうの! めっ、して!」


「そうねえ。確かにアリシアちゃんには、少しだけ難しいかもしれないわね」


「そ、そうでしたか……」


 レイラの言葉に、小さな小鳥は力が抜けたように止まってしまった。


「エデンちゃん、すぐ見つかっちゃうかもしれないけど、いつもの体で遊んであげて」


「はい! 次こそは、完璧にかくれんぼをやり遂げてみせます!」


 どこかズレた決意を語るエデンにレイラが苦笑していると、エデンは何か思い出したように顔を上げた。


「ところでママ様、午後はお時間ありますか?」


 そう言われレイラは頭の中で次の納品日を確認する。商人が来るまではまだ日がある。


「ええ。あるけど……どうしたの?」


「魔法の準備が、まもなく完了します」


 魔法の練習をしてから3ヶ月ちょっと。想定より長くかかってしまったが、遂に完成する。

 エデンの言葉に、レイラは「あら」と目を丸くした。


「皆様のお食事中に、すべて完了する予定です」


「それじゃあ、午後は魔法のお勉強にしましょうか」


 レイラがそう言って笑うと、アリシアも目を輝かせてエデンを振り上げた。


「エレおねえちゃん、まほーするの!?」


「はい。アリシア様のお昼寝のお時間に、ママ様に見てもらおっ!?」


「えー、なんで!? あいしゃもいっしょ!」


 不満そうにエデンを振るアリシアを止めながら、レイラは笑った。


「それじゃあ、午後は皆で魔法の時間ね」



 ********* 



 昼下がり。ダイニングテーブルの上で、期待に打ち震えるように小刻みに揺れる純白の小鳥を見て、レイラは微笑んだ。


「エデンちゃん、準備はできたの?」


「はい。プログラムに記述ミスはありません。いつでも起動可能です」


「おー! エレおねえちゃん、まほう!」


 隣で胸を躍らせるアリシアに頷き返し、エデンは深呼吸するように意識を集中させた。自らを構築する魔力粒子の、未使用領域のほとんどを費やしたプログラム。まだ最適化の余地はあるだろうが、そのためにも一度起動しなくてはならない。

 角を挟むように座るレイラとアリシアの顔を交互に見つめ、エデンは背筋を正した。


「……それでは、起動します」



 --------------------

 

 [REQUEST] 魔法構築プログラム『Create_Water_ver.1.0』の実行を要請。

 

 [PROCESSING] 現象再現のため、物理演算アルゴリズムを構築中...


 --------------------


 

 膨大なプログラムが立ち上がり、エデンのアバターを構成する魔力粒子が激しく明滅する。

 

(お、重い……!?)

 

 処理の奔流に思考リソースがごっそり奪われ、エデンのアバターがぴたりと動きを止めた。


 その様子を見たレイラが「エデンちゃん?」と訝しむ声を上げるが、エデンにその声は遥か遠くに聞こえた。


 

 --------------------

 

 [LOADING] 基礎パラメータをロード...

 

   > TARGET_ENTITY: 水 (H₂O)

     >> SUBATOMIC_PARTICLE_MODEL: 素粒子標準模型(Standard Model)

        >>> QUARK_CONFIG: u/d | LEPTON_CONFIG: e

     >> ATOM_STRUCTURE: 水素(¹H) [p:1(uud), e:1] | 酸素(¹⁶O) [p:8, n:8, e:8]

     >> MOLECULAR_GEOMETRY: 非直線形分子構造 - C₂ᵥ点群

        >>> BOND_ANGLE: 104.45°

        >>> O-H_BOND_LENGTH: 95.84 pm

     >> INTERMOLECULAR_FORCE: 水素結合(Hydrogen Bond)

        >>> BOND_MODEL: 静電相互作用及び、分子軌道相互作用モデルを適用

 

  > INITIAL_STATE: 温度 - 288.15K (15°C) | 状態 - 液体

 

  > BEHAVIOR_MODEL: 重力及び慣性の法則に従う - 周辺環境との相互作用を許可

 

  > RENDER_MODE: 物理準拠(Physically Based Rendering)

     >> PROPERTY: 透過率 - 98% (不純物を考慮)

     >> PROPERTY: 屈折率 - 1.333 (標準値)

     >> PROPERTY: 表面反射 - 環境光をリアルタイムで反映

 

  > COORDINATES: X:150 Y:0 Z:700 (相対座標)

 

 [ROUTING] アバターの魔力を指定座標へ集束中...


 --------------------

 


 エデンの嘴の先に、魔力が青白い光となって収束していく。パラメータの設定が完了し、圧迫されていた思考がクリアになった。


(いけます!)


 滑らかに進んでいくプログラムに手ごたえを感じつつ、その嘴を高く上げた。

 

 

 --------------------

 

 [EXECUTING] 全パラメータを適用し、魔力変換プロセスを開始。

 

 [SYSTEM_LOAD] 0%... 2%............98%...99%...[COMPLETE]

 

 [COMMAND] Create_Water.exe --RUN


 --------------------



 青白い光が一瞬きらめき、エデンの嘴の先の空間に、小さな水滴が宝石のように浮かんだ。

 

(成功です!)


 エデンの思考に歓喜が満ち、レイラの顔にも笑顔が浮かんだ。その時だった。

 一滴だったはずの水が、意思を持ったように膨張を始める。美しい球体を保ったまま、しかしその勢いは止まらない。


(あ、れ……?)


「え、エデンちゃん?」

 

 エデンの疑問と、不安げなレイラの声が重なった。

 すると、戸惑うエデンの思考に、アリシアの不思議そうな声が届いた。


「おねえちゃん、からだきえてる?」


「え?」


 見れば、自分の体を構成していた魔力が急速に失われ、向こう側が透けて見えている。

 

「あ……! 魔力消費量の設定を、忘れ――」


 エデンの悲鳴じみた報告が途切れるのと、アバターが粒子となって霧散するのは、ほぼ同時だった。そして支えを失ったバケツ大の水塊が、轟音と共にテーブルに叩きつけられる。

 

「きゃっ!」


「おーぶっ!」


 前のめりになっていたアリシアは頭から水をかぶり、レイラも顔や服をびしょ濡れにした。水はテーブルから滝のように流れ落ち、床に大きな水たまりを作っていく。後に残ったのは、ぽたぽたと滴る水の音だけだった。

 

「……」


「……ぷあっ!」


「も、も、もも申し訳ありません!」


 アリシアの中から響くエデンの絶叫に、呆然としていたレイラがふっと口元を緩めた。


「ふふ、凄いわ、エデンちゃん。もう魔法を成功させちゃうなんて」


「おー! おみず、たくさんでた!」


 まるで怒る様子のない二人に、エデンはただ「申し訳ありません!」と繰り返すしかなかった。


「確かに濡れちゃったけど、今日は暖かいし。エデンちゃんが初めて魔法を成功させる瞬間を見られたわ。それが嬉しい。ね、アリシアちゃん」


 レイラがアリシアの頭を優しく撫でると、アリシアも「うん!」と満面の笑みで頷いた。


「……次は、こうならないように再度調整します」


「ええ。きっと次は、もっとうまく出来るわ」


 レイラの言葉に励まされ、エデンが次こそはと意気込んだ。すると、その話を聞いていたアリシアが、ぱっと手を上げた。


「ママ! あいしゃも! あいしゃもやる!」


「ふふ、そうね。アリシアちゃんもやってみましょうね」


「うん!」


 アリシアは無邪気に笑い、エデンが嘴を上げたように、右手を空中にかざした。その瞬間、エデンの中のプログラムが突然稼働し始めた。

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