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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜
17/40

17話 観測開始:2年242日目-2 / 許せません!

 空気を裂くような、子供特有の無邪気な言葉。その声に、エバが「こりゃ!コパ!」と眉を吊り上げた。

 アリシアは、その言葉の意味が分からず、不思議そうな顔で言い返す。


「だって、エレ、ほんとにおはなし、できるもん」


「はぁ? 嘘つくなよ! だったら今すぐ、ここで証明してみせろよ!」


 コパと呼ばれた少年は、意地の悪い笑みを浮かべてアリシアを挑発する。レイラが「アリシアちゃん、こっちおいで」と困った顔でその手を引くが、アリシアは動こうとしない。


「え? でも……エレ、おはなし、できるよね?」


 純粋な眼でアリシアはまっすぐにエデンを見つめるが、その期待に応えることは出来なかった。エデンは胸が締め付けられるような痛みを感じながら、申し訳なさそうに小さく頭を下げると、ただ一言か細く鳴いた。


「ぴ……」


「エレ?」


 アリシアの顔に、戸惑いの色が浮かぶ。それを見たコパは、勝ち誇った顔でアリシアを指さした。


「ほーら、話せねーじゃん! この、うそつきー!」


 その言葉を引き金に、アリシアの顔がくしゃりと歪み、大きな瞳から宝石のような涙がぽろりとこぼれ落ちた。


「あ、あいしゃ……う、うそいってなんか……う、うわあああああん!」



 --------------------


 [ALERT] 『アリシア』に、高レベルの精神的ストレスを検知。


 [ANALYZING] ストレス要因:対象個体名『コパ』と断定。


 --------------------



 アリシアの泣き声が、エデンのコアシステムに鳴り響く警報となった。エデンの思考を、燃え盛るような衝動が支配していく。


(この! よくも、アリシア様を!)


 力の限り翼を動かし、エデンは弾丸のようにコパ目掛けて飛び立った。

 小さなその体が空気を裂き、一直線に少年に向かっていく。すると驚いたコパが、反射的に腕を振り上げた。その手が、エデンのアバターと交差する――その、コンマ数秒前。


「ぴっ!?」

 

 エデンの体を、青白い光の水球が包み込んだ。

 ぶつかると思われたコパの腕は、その光の膜に「ぽよん」と、まるで柔らかなクッションに当たるかのように弾かれる。そして、水の膜はエデンの体を捕獲し、空中に縫い付けた。


(な、なにが!?)


「あら、ごめんなさいね。うちの『エレちゃん』、少し驚いてしまったみたいで」


 聞き慣れたはずのその声は、いつもの温かさが感じられない。ゆったりとした口調のはずなのに、氷のような冷たさだった。振り返ると、レイラが、射抜くような鋭い目で、水の球体の中にいるエデンを見つめていた。その不思議と響いた声に、周りの人たちもレイラを振り返り、驚いたように見つめている。


「アリシアちゃん。ほら、泣かないの」


「うわああん! ママぁ!」


 アリシアは、レイラの服にしがみつくと、顔を埋めて泣きじゃくった。その様子を見てレイラは一度目を閉じ、薬品を数えていた男に声をかけた。


「……今日は、家に帰りますね。商人さんは、いつまでこちらに?」


「あ、ああ。明後日まではいる予定だけど、瓶の納品もその時に?」


「はい。それでは、また後日改めて。エバさん、また今度」


「分かってるよ。さあ、レイラ。行きな」


 レイラはアリシアを抱き上げると、人差し指をくいっと曲げた。するとエデンを包んだままの水球が、彼女の隣に、ふわりと移動する。そのまま、静かに家路につくレイラの背中に、「この馬鹿もんが!」というエバの厳しい叱責の声が、小さく響いていた。



 *********



 家に帰ると、アリシアは泣き疲れたのか、レイラの腕の中で、すでにすうすうと小さな寝息を立てていた。

 そんなアリシアを寝室のベッドにそっと寝かせ、レイラはリビングに戻った。水の膜からエデンを解放すると、目を閉じて神妙な面持ちで椅子に座った。先ほどまでの喧騒が嘘のように、物理的な重さすら感じるような張り詰めた沈黙が、部屋を支配している。

 エデンは初めて見るレイラのその様子に、疑問に思いつつ声をかけた。


「ママ様は……お怒りになられているのですか?」


 こんなレイラは、初めて見る。いつも優しく微笑んでいる彼女が、今はとても静かで、纏う空気もまるで違う。


「ええ。そうよ」


 そう言って、レイラの瞼がうっすらと開かれる。


「あのコパという少年に、ですか?」


「いいえ、違う。……違うわ。私は、あなたに怒っているのよ」


「え?」


 レイラの視線がエデンを射抜くと、エデンは思わぬ言葉に停止してしまう。

 エデンは怒っていた。アリシアを傷つけ、泣かせたあの少年に。当然、レイラも同じだと考えたのだが、彼女の怒りの原因は自分だと言う。


「私に……ですか?  あの少年ではなく? 何故ですか?」


「あの子に本気で襲い掛かったわね。もし、私が間に合わなかったら、どうなっていたと思う?」


 それはもちろん、あのまま少年とアバターが衝突し、この脆弱な体は――


「あんなこと、してはいけないわ。あなたの体が、大勢の前で砕け散るところだったのよ」


 そうなれば、「エレちゃん」がただの鳥ではないと知られてしまう。小さな村だからこそ村人全員が知る事になるし、行商人はここで見たことを誰かに伝えるだろう。それがどんな形で返ってくるか、正確には分からない。

 論理的には、エデンも理解できた。だが、アリシアが泣いてしまったという事実が、その論理に「でも」と反論する。


「ですが、あの子供はアリシア様を泣かせたのです! 許せません!」


「怒ることはいいの。でも、その怒りを、どういう形で行動に移すかは、考えなければならないわ」


 きっぱりと言い切ったレイラの静かな声に、エデンは「ですが……でも……」という反論の言葉を小さく呟いた。


 だってあの子は、アリシアを泣かせたのだ。


 リビングの空気が、また重くなっていくその時だった。ガチャリ、と玄関の扉が開く音と共に、陽気な声が響いたのは。


「ただいまー! 帰った……ぞ。……ん? どうした、二人とも」


 部屋の空気を感じ取ったのか、ディーンの語尾が、リビングに吸い込まれるように消えた。彼はレイラとエデンを交互に見比べると、訝しげな顔で近くの椅子に腰を下ろした。


「……それがね」


 レイラが、広場での出来事を、ぽつり、ぽつりとディーンに説明していく。ディーンは眉間に皺を寄せながらも、しきりに頷いて話を聞き終えると、ふーっと一度大きく息を吐いた。そして、「そうか」と呟き、エデンに向き直る。


「話は分かった。エデン、お前が怒るのも無理はない。だが、レイラの言うことももっともだ。お前が、自分を危険に晒す必要はないんだ」


 ディーンにも諭され、エデンは白い小鳥の頭を、小さくこくりと下げた。それを見て、ディーンは「よし!」と納得したように、親指をぐっと立てた。


「任せておけ。俺がそのガキを、ちょっとぶん殴ってくる」


「ディーン、待ちなさい」


 ガタリ、と音を立てて席を立とうとしたディーンの逞しい腕を、レイラが細い指で、しかし有無を言わせぬ力で掴んだ。


「何も分かってないじゃない! 今は、そういう話じゃなかったでしょう!?」


「あれ? そうだったか? 俺はてっきり、そういう結論かと」


 どこかズレたディーンの返答に、レイラがこめかみを押さえていると、今度は玄関をコンコン、と慌ただしくノックする音が響いた。


「れ、レイラ。ほら、誰か来たみたいだぞ」


「もう! あなたが見て来なさい!」


 だが、その声に応じる前に、遠慮がちに玄関が開けられた。リビングに顔を覗かせたのは、困り果てた表情のエバだった。


「あら、エバさん? どうかされたんですか、こんな時間に」


 レイラがそう言うと、エバは申し訳なさそうに、そして青い顔で口を開いた。


「それがのお……村の子供が一人、家に帰ってこなくてね。村中を探しても、どこにもおらん……お前さんたち、見ておらんか? ほら、昼間、アリシアを泣かせてしまった……コパじゃ」

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