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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜
13/40

13話 観測開始:2年221日目-1 / アバター・ボディ

「そ、それはそうですが……」


 まるで見透かされたかのような言葉に、返す言葉が詰まってしまう。


「今日は戻って、得た情報を噛みしめることだ。新しい世界を学ぶがいい」


「……はい。分かりました」


 名残惜しさを感じながら、エデンはワールドライブラリからログアウトした。



 *********

 

 

「ん……くぁ」


 まだ夜の静寂が支配する薄闇の中、ディーンは身じろぎ1つで目を覚ました。もはや体に染みついた習慣だ。隣に目をやれば、レイラがその腕の中にいるアリシアに、そっと身を寄せて穏やかな寝息を立てている。ディーンはそっと手を伸ばし、レイラの頬にかかった髪を優しく払った。

 今日も良い1日になりそうだ。二人の寝顔がくれる活力を胸にしまい、彼は姿の見えないもう一人へと、囁くように語りかけた。


「エデン、起きているか?」


「はい。ディーン様、何かご用件でしょうか?」


 どうやら『知性あるスキル(セレネス)』は、本当に寝る必要がないらしい。便利なもんだと思いつつ、まだ眠気で引き締まらない顔を手でもみほぐす。


「仕事に行ってくる。今日は夕方には帰れると思うから、レイラにそう伝えてくれ」


「仕事、ですか? まだ日も登っていませんが」


「ああ。二人は起こすなよ。寝かせておいてやれ」


 じゃあ行ってくる、とだけ言い残し、ディーンは音もなく部屋から出て行った。

 こんな時間からどこへ行くのだろうか。エデンは彼の背中を意識の中で見送りながら、ワールドライブラリで得た情報の解析を再開する。結果は芳しくない。この世界『アルテリア』の文明レベルは、細かい差異はあれど転生前の地球よりだいぶ低い。そして、決定的に違う点が1つ。


 魔法――。


 地球には存在しなかったテクノロジーが、生活を支える根幹になっている。火を熾し、水を操り、明かりを灯す。それは日常そのものであり、戦いのための力でもあった。科学という体系的な知識の代わりに、経験則と直感に基づく魔法が、この世界の理を形作っている。


(魔法、ですか……私も使うことができたら良いのですが……)


 そんなことを思考していると、窓の隙間から一条の光が差し込んだ。その光が瞼を刺激したのか、レイラが「ん~」とうめくような声を上げながら、ゆっくりと目を開いた。


「……ん? ……ディーン?」


 ぼんやりとした眼でディーンが寝ていたはずの場所を見つめ、そこに残る温もりを探すように、数秒間動きを止める。


「ママ様、おはようございます」


「あ……おはよう、エデンちゃん」


 レイラはまだ夢の中に半分いるような、そんな声で囁くと、ふにゃりと笑った。


「ディーン様でしたら、一時間ほど前に『仕事』とのことで出ていかれました」


「そう……。もう、起こしてっていつも言ってるのに」


 そう言って、少しだけ頬を膨らませる。


「ディーン様は、起こさないようにと仰っていました」


「……明日は、もっと早く起きるわ。ふぁ……まだ眠い」


「もう少し休まれてはいかがですか?」


 まだ朝も早い。眠たそうに目をこする様子を見てそう伝えるが、レイラはゆっくりと首を横に振った。


「……ううん。今日はエバさんが来るし、準備だけしておかないと」


 そう言って、名残惜しそうにベッドを抜け出すと、寒さが堪えたのか体をブルっと震わせた。


「アリシアちゃんが起きたら呼んで?」


「はい。かしこまりました」

 

 静かに去っていくレイラの背中を見送り、エデンは自身のシステムへと意識を戻した。得られた情報は一通り確認した。そしてもう1つ、新しくインストールされた未解析のアプリケーション。『アバター・ボディ』の検証をしなくてはならない。


(起動しなくては中身が分かりません……)


 初めてワールドライブラリを起動した時は、魔力不足により危うくアリシアを苦しめるところだった。残存魔力は十分。大丈夫だと自分に言い聞かせ、アプリを起動した。

 


 --------------------


 [REQUEST] アプリケーション『アバター・ボディ』を起動。


 [SCANNING] 既存のアバターデータをスキャン...

 

 [RESULT] 該当データなし。


 [SYSTEM] 新規アバターのコンフィグファイルを作成します。


 [EXECUTING] 3D構築インターフェース『アバター・エディタ』をロード中...


 [STATUS] エディター、オンライン。いつでも設計を開始できます。


--------------------


 

 思考スクリーンに展開されたのは、3Dモデルを編集するようなツールだった。各種パラメーターが整然と並び、その中央には、初期状態を示す真っ白な球体オブジェクトが浮かんでいる。そして、そのオブジェクトの下に実行可能なコマンドがあった。


(これは編集ソフトですか。そして……生成コマンド?)


 恐らくこの球体を生成するのだろう。でもどこに? しばらく考えたのち、物は試しとコマンドを実行した。


 

 --------------------


[GENERATE]――生成。

 

 --------------------



 エデンがそのコマンドを実行した瞬間、視界がブラックアウトした。アリシアというアンカーから切り離され、独立したデバイスへと意識が転送されていく。魔力が奔流となって流れ込み、新たな形を構築していくのが分かった。


 

 --------------------


 [EXECUTING] 新規アバター『Default_Form』の生成シークエンスを開始。


 [TYPE] 素体属性:『マナ・ポリゴン』


 [PROCESSING] アリシアの魔力をマテリアルとして、アバターの物理構築を開始...

 

 [PROCESSING] 構築率: 25%... 50%... 75%...


 [SYSTEM] 属性による基本スキル:『可変構造』『光学迷彩』を確認。


 [SUCCESS] アバター『Default_Form』の生成が完了しました。意識転送を開始します。


 --------------------

 


 切断された視界が戻ると、目の前には眠っているアリシアの姿が間近に迫っていた。


(え?)


 アリシアの中から世界を見ていた意識は、今やベッドのシーツの上に存在する、真っ白な球体に宿っていた。物理的な実体。自分の体があるはずのアリシアを、外から見ている。


(何が? え? か、体が!)


 だが、驚きも束の間、純白の球体は表面張力を失った水滴のように形を崩し、水たまりのようにシーツの上へ広がってしまう。そしてその端から、緑色の魔力粒子へと分解され始めた。体の消滅とともに、エデンの意識は再びアリシアの中へと引き戻される。

 慌ててパラメーターを確認すると、初期設定のまま生成したため、形状を維持するだけの魔力設定になっていなかったらしい。だが、失敗ではない。

 エディタを再確認する。ボーン機能、テクスチャマッピング、カラー設定、スケール調整……項目は多岐にわたる。これがあれば、物理的な干渉が可能になる。その事実に、エデンの魔力粒子がふるっと揺れた。


(このアプリは……)



 *********

 

 

 硬い黒パンの皮を丁寧に取り除き、細かくちぎったところに温めたミルク・スープを注ぐ。ふやけて柔らかくなったのを確認し、そのパン粥を木製の器によそった。隣には小さくカットした甘い柑橘類が並び、その手前にはアリシアの小さな手に合わせたスプーンが置かれている。

 朝食の準備を終え、レイラは寝室へと向かった。


(んー、そろそろ歯も生えそろってきたし、もう少し硬めのご飯でもいいのかしら)


 これはエバに相談してみようと考えていると、寝室の中からアリシアの楽しげな笑い声が聞こえてきた。「あら、アリシアちゃん、起きたの?」と微笑みながら扉を開けると、ベッドの上で何やら奇妙な物体を追いかけ、きゃっきゃと笑う娘の姿が飛び込んできた。


「エレ! エレ!」


「お、お待ちください、アリシア様! まだ体の操作が!」


 アリシアが追いかけているのは、5センチほどの白くなめらかな物体。球体から4本の短い円柱が生えたような、なんとも形容しがたい形をしている。その円柱を足のように動かし、ベッドの上を這うようにアリシアから逃げ惑っていた。

 

「とーう!」


「アリシア様ー!?」

 

 アリシアが小さな体を投げ出すように飛びかかり、その物体を柔らかいお腹で押し潰してしまう。レイラは慌てて駆け寄ると、アリシアの体を抱き上げた。


「な、なに!? なんなの、今の虫!?」


 レイラは警戒しながら布団をめくるが、そこには何もいない。ただ、キラキラと輝く緑色の魔力の粒子が、儚く漂っては消えていくだけだった。


「あら、何もいない?」


「あ、ママ! おはよー!」


「ママ様、アリシア様が起床されました」


 二人の呑気な声が聞こえるが、やはり部屋中を見渡しても何もない。


「今のはいったい……?」


 初めて見る何かに戸惑っていると、腕の中のアリシアが得意げに笑った。


「エレ! エレがね、ぱーってなったの!」


「エデンちゃん? エデンちゃん、あなた何かしたの?」


「はい。アリシア様から分離し、外部で活動する物理的手段を確保しました」


 今のがエデン? なんとも言えない形状をしていたが、それが事実であれば詳しく話を聞きたい。そう思いレイラが口を開こうとすると、アリシアが「ママ!」と彼女の服を引っ張った。


「ママ! おなか、ぺこ!」


「……そうね、ご飯にしましょうか」

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